人の目がない所だとこの子は愛情を必要とする子供でいられるみたい。あたいの膝の上でいつもべったりしてるし。そうだろうな、終わってしまった広い世界に、すぐ頼れる保護者はあたいだけになったんだから。
「おかあさん。あのね」
他人がいるときとは違う年相応の幼い話し方にほっとする。すみれをおちつかせるために小さな頭を撫でれば、柔らかくて細い髪の毛が指の間を通り抜けていく。くすぐったそうに笑う娘の笑顔がかわいくてしかたない。45といる時とはまた違ったあたたかさが胸にひろがった。すみれはぼろぼろのカバンから取り出した古い写真の束を大切に手にしている。あたいに見せたいし、何か説明したいらしくてあたいの顔色を伺っている。
「なあに。あたいはずっとそばにいるから、ゆっくり話せば良いんだよ」
そこまでして欲しくないあたいは優しく微笑んで声をかければ、すみれはぱあっと花が咲いたように笑った。いつまでもこの子には笑っていてほしい。45にも笑っていてほしかった。ほんの一瞬蘇るもう会えない気弱なあの子への罪が、あたいを責め立てる。それでもうまく取り繕うあたいはきっと酷い保護者だろう。
「そうだった。おかあさんはずっと一緒」
ぷくぷくほっぺがりんごみたいに赤くなる。我が子があんまりにもかわいいから、ほっぺにキスをする。ふわふわしてて、あったかくて、優しくて、自分が持ってる何もかもをかけて守りたい。これがきっと我が子への愛なんだろうなあ。
「そうだよ。ずっとそばいるし、毎日愛してるって伝えるよ」
あたいはM4達保護者から、すみれの今までと、これからのためを書いた分厚いメモ帳とデータを託されたんだ。M4達の希望を守って、愛して、一緒に生きなければ。
「おかあさん、わたしは幸せだよ」
あたいはすみれにもっとわがままになってほしい。だから、あれこれ口を挟むし、聞くことにする。すみれが手にしている写真のことも知りたいし、すみれの言葉で過去を知りたい。抱き寄せて向かい合う。見つめあって、約束をしよう。命令じゃなくて、優しい約束を。
「あたいともっと自由に幸せになろう。一緒に海を見に行こう」
「おかあさん、じゃあ約束ね」
おでことおでこをくっつけあって笑う。あたいの幸せがまた増えた。
「約束だよ。すみれのこと、もっと知りたいしあたいのことも知ってほしい。だから、おしゃべりしよう」
約束をして、確かめあったらすみれを膝の上に座らせる。すみれを背負うみたいに座らせて、すみれの手元を同じ視点で見られるようにした。
「うん。あのね、わたしの宝物について聞いてくれる?」
「いいよ」
すみれが写真の束を広げて見せる。一枚目は赤ん坊を抱くすみれによく似た夫婦らしい若い男女と、周りを囲んで笑う同年代らしい男女。端の方には夫婦に似た若い男が所在なさげにしている。これはどうやら新しい家族の誕生を友人と記念してとったものらしい。
「わたしが生まれた日に、父さんと母さんが友人達と親戚の人と一緒に撮った写真です。この黒髪でふわふわの髪型がヘリアントスさん。その隣が白い猫耳つけてる人がペルシカリアさん。ペルシカリアさんの隣でおっかなびっくりわたしを見つめているのがリコリスさん。そして、端っこでじっとしてるのが親戚の敦盛おじさん。父さんからはいとこ、母さんの弟あたる人です」
名前に聞き覚えがある。メモリーから検索をかけると、グリフィンの上級代行官、I.O.P.の偉い研究者、鉄血工造の偉い研究者がヒットする。この子の親もすごい人に違いない。
「たくさんの人が祝ってくれたんだね」
「今でも守ってくれる人達です。でも、リコさんが行方不明になってからみんな忙しくて、会えなくてわたしは寂しくて」
日焼けをしたことがない小さな手にそっとあたいのガサついた手を重ねる。小さな手の震えが止まるのを待ってから、寄り添うための言葉をかける。
「あたいがいるよ。ずっと一緒だよ」
「うん。寂しくない。で、えっと二枚目は私が三歳になる直前の写真。生まれた時の写真と同じ人達が笑っているの。で、これが敦盛おじさんと二人の写真。この写真を受け取った次の日に父さんと母さんは、火事で……。私をヘリアンさんに託してから母さんは父さんを探しに火の中へ」
震える声と共にぽたりぽたりと雫が落ちる。あたいにはかける言葉がないから、ぎゅっと抱きしめる。
「一人にしないでよ。寂しいよ。母さんと父さんの思い出も、足跡も。もう写真ととっさにくれた母さんの結婚指輪だけ」
「すみれ」
あたいは孤独なすみれを抱きしめて、悲しみを消化できるまで寄り添うことしかできない。あたいは泣くことも共感も何もできない、ただの使い捨ての物なんだなと再認識してしまった。いつかの俗説の21グラムの重さすら無いこの機械の塊は、慰めの薄っぺらい言葉も言えない。45を励ますときにはするするとでてきた言葉が、出てこない。
「だから、おかあさんだけはずっと一緒にいてください。さいごまでいてくれると約束してくれるなら、わたしはどこまでもついていく」
「あたいはずっと一緒だよ。たくさんの誰かから託された希望を守ると誓った」
「わたしは希望。良かった」
ぽつりとあたいの言葉を繰り返した。そうだよ。君は希望だよ。やっと伝わったみたい。
「あとね、内緒なんだけど、すみれに対する愛おしさが止まらないの。どうしよう」
「もう、おかあさんってば」
戦うためにつくられたあたいは、なぐさめかたがわからないからちょっとだけおどけてみる。そうしたら、しょうがないなとすみれが笑っている。顔は見えないけど、笑っている。その笑顔を大切にしたい。希望は、世界は終わらないと叫びたい。
「すみれ。悲しいなら泣くんだよ。それで悲しいのが空っぽになったらまた笑おう。あたいがいるよ」
「うん。おかあさんがいる。わたしは大丈夫だよ。泣いたらお腹空いてきちゃった。ご飯食べに行こう」
「行こう!お金はいっぱいあるから、好きなものを食べようね」
ぴょんと元気にベッドから降りたすみれの笑顔と涙のあと。あたいは忘れたくない。