ふいに全部が馬鹿みたいに思えて、投げ出したくなる。こんな終わり切っていて色あせた世界から逃げ出せればどんなに楽だろうか。思考があらぬ方向へそれて消えていく。今日は疲れているのかもしれない。ふわふわの思考のまま端末を操作して、メールボックスを開ける。差出人は今日もろくでなしばっかりでうんざりする。小さく頬を膨らませてサクサク目を通していたら、9が遠慮がちに声をかけてきた。嫌な予感がする。
「45姉。あのね」
「なあに」
「うわさをしてた、あの合コン万年敗者が電話かけてきた。保留にしてるからとって」
「はーい。しょうがないわね。もしもし」
表面上は穏やかに取り繕って電話にでた。適度に取り繕うことだけはうまくなったと自嘲しながら応答を待つ。
「ヘリアントスだ。追加の依頼があって連絡をいれた」
「ついででできることなんですか?」
「ああ。私達が行く目的地の南方の辺境まで、とある人物二人と人形をいくらか連れて行くだけだ。件の迷子と家族ぐるみの付き合いがある人物になる」
次から次へと厄介ごとが私を絡めとる。舌打ちしたいのをぐっと堪えてにこやかに話を聞く。
「追加料金と依頼の内容をどうぞ」
「わかりやすくて助かる。契約書はもうメールしてあるから、目を通してほしい」
「わかりました。他には何かありますか?」
「連れて行く人物との顔合わせもある」
「日程はいつになるんですか?」
「今夜10時には彼らが合流地点に到着予定だから、そのすぐ後だ。彼らとの合流に間にあわせるために先ほどメールで伝えた出発予定通りに夜6時に我々も出発する」
ああ、そういえばさっきのメールにあったな。無人状態で塩漬けにしてある基地を足がかりにするために夜早く出発だって。それに関しては会議直後にみんなに伝達してあったから準備はできてる。その前に、同じ依頼を違う人間から受けていたから心構えだけはできていた。あの、何度も親戚としか思えないような人間ばっかりを逃してくれと頼みにきたやつに。
「用件は以上でしょうか」
「以上だ。今夜六時にヘリポートで待っている」
「了解」
ぷつりと電話が切れた。ほんのちょっとだけの電話なのにどっと疲れてしまう。これだから、お偉いさんとしゃべるのはイヤ。椅子にもたれかかって天井をみれば、9がこっちを覗き込んできた。
「45姉つかれたよね。ココアいれたよ」
「ありがとう。持つべきものはかわいくて気の利く妹よね」
つかれをごまかすように笑ってしゃべれば、おぼろげな顔の輪郭と言葉が頭の中に反響する。
『ありがとう。やっぱりさ、持つべきものはかわいい妹兼親友だよ』
声色も表情も顔も知らないはずのだれかの声が反響して消えていく。春の雨みたいに柔らかで優しい声が、ぬくもりが掌からこぼれ落ちて、たしかあの時の私は。
「45姉?」
「なんでもないってことに、しておいて。18:00に出発だから20分前にここで。装備の最終確認してからヘリポートに向かうからそれまで、解散」
「45姉。あのね、わたしに何かできるかな?」
「うーん。今はいいかな。お願いだから、もう少しだけ一人にさせて」
右手で顔を覆って隠す。今のわたしがどうなってるか知られたくないし、自分自身を知りたくない。全てに蓋をして目を閉じる。私の中に雨が降って、ぜーんぶ洗い流してしまえばどんなに楽になれたか。私の根底をなぞっていく輪郭の無いエコーを消す勇気がない。