立ち上げ前の伽藍堂な基地の窓辺で、すとんと落ちる日差し眺めていた。
「あの手を離さずにいられたら」
手のひらからこぼれ落ちる砂のような命はまだここにあったのだろうか。みっともなく「たられば」を考えては気が沈む。
「どうしてこうなったんだろうな。なあ、さくら。たった一人の娘を私達親友に放り投げて、火に飛び込むなんてしなくてよかったのに」
そもそもの始まりは、大火事に巻き込まれた親友が錯乱して配偶者を探しに火に飛び込んだことだ。あの日は私とペルシカ、親友夫婦と幼い娘すみれとの旅行に呼ばれてついて行った時のこと。
「さくらを止められなかった私達の罪、か」
その先でテロが原因だと推定される火災に巻き込まれた。逃げ惑う人々に揉まれて、さくらが配偶者の幹也を探すために振り返った時にはもう遅かった。私に自分の結婚指輪と「すみれを何があっても守ってほしい」という言葉と当時もうすぐ3歳になる娘を残して火に飛び込んでしまった。私がとっさに手を伸ばしても、空を切るだけで。
「止められなかった」
後悔から逃げたくて目を閉じる。突き刺さる日の光と、あの日から消えない罪悪感を振り払えない。
「ヘリアンは悪くないよ」
業務時は頼りになる研究者、私的な時間は学生時代からの親友のペルシカがいた。ペルシカは私をそっと優しく許すかのように酒瓶数本とワイングラスを差し出した。
「あれは誰も悪くないんだ。強いて言えば、私こそが悪い。止められなかった罪がある。だから、忘れるために飲もうよ。色々持ってきたんだ」
酒瓶の一つとグラスを受け取ってあける。ふわりと香る甘い香りから私が好む銘柄の蜂蜜酒だとわかって頬が緩む。以前に少しだけ話したことを律儀に覚えていてくれたみたいでちょっと面白い。
「君がコーヒー以外を持ってくるなんて、学生時代以来だな」
甘い酒が喉を滑り落ちる。アルコール度数の低い酒からすいすいと飲めてしまう。後に残らなければいいが。
「失礼だなあ。そりゃあ、私だってコーヒー以外も飲むよ。この甘いシードルを全部飲んじゃう。チーズとサラミと、申し訳程度のサラダにくるみパンもある」
腕に抱えた夕食と酒を部屋の備え付けのテーブルにポンポン置いていく。ダボダボの白衣を着ているのに器用なことだ。そのなかの一口大のスモークチーズを私にくれた。チーズの塩気と酒の甘さがちょうどいいと笑えばペルシカも笑った。学生時代のバカなことをやっていた頃に戻れた気がして少し胸が痛む。
「こうやって二人で飲むのは初めてだな。いつだって私とペルシカとさくらと幹也、リコの五人でつるんでいたから」
親友夫婦と、急にあの事件でこの世を去ったリコリスの顔を思い出す。みな学生時代からの友人で、急にいなくなった。
「うん。学生時代からずーっとそうだった。五人が四人になって、急に二人になったのが寂しかった」
シードルをあけて、一気にペルシカがあおった。彼女のそんな酒の飲み方が飲む姿を初めて見る。しばらくみつめていれば、頬が赤いペルシカが塩らしくてかわいい。いや、親友に何ドキドキしているんだ私。きっと酒のせいだろう。
「寂しかったんだな。私達」
「うんうん。寂しくて、忙しくて、守りたい子から目を背けてしまったね」
ペルシカがそーっと近づいて腕を広げる。これを断るのもなんだか悪い気がして素直に飛び込む。酒と、ペルシカの匂いと香水に包まれてふわふわしてさらにドキドキする。いやいや、親友に下心を抱いてどうする。これはきっと酒のせい。
「バカだなあ。私達は」
「今度は間違えないさ。私がいて、ヘリアンがいて、頼りになる子もいっぱいだよ」
ポンポンと優しい手が私の背中を撫でさする。どうも飲みすぎたのかもしれない。どこまでも私に甘い声色と酒が染み込む。とろりと甘いペルシカの声が耳に流し込まれていく。
「そうだな。ところでペルシカ。さっきからじわじわと距離を詰めてきているのはなぜだ」
酒でふわふわした意識をどうにか掴んで、
努めて冷静にペルシカに問いかけた。案の定はぐらかされる。あの頃からずるい性格になったな。
「んー?さあ?あのね、ヘリアン。私はね、ほしいものが一つだけあるんだ」
酒でふわふわのペルシカの声がまだ耳元でささやく。高い体温につられて私の体温も上がってきた。どうしてくれるんだ。
「何が欲しいんだ。学生時代だから無欲で何も言わなかったのに珍しい」
「んふふー。あのね。ヘリアントス。君が欲しい。君だけが、欲しいんだ」
「私は、その」
親友からそんな感情を向けられているなんて知りもしなかったし、知ろうとも思っていなかった。回答に困って、場を繋ぐための言葉を捻り出すべく口を開いた瞬間に大きな変化がおきた。
「ペルシカさん!ヘリアンさん!あのねーー!」
SOP2が部屋に転がり込んできた。一気に酔いが覚めて部屋の端と端まで距離を取る。心臓がうるさいのを気にしないフリをしてSOP2に何があったのかを聞く。
「何があった」
「あのねー。M16やM4達の痕跡をみつけたよ」
「食べながらでよければ詳しく聞こう」
とうやら、私達親友が酒と恋と過去に酔っている時間はなかったらしい。