なんとなく、雪が薄化粧を施した森林地帯を一人で歩きたくなった。頭の中に住み着いたうるさい声から少しでも逃げたくて、朝方の森を足早にさまよう。
「そんなにあの子供が心配なのね」
頭の中にしかいない透き通った少女の声が響く。酷くうるさいが、不透明な契約と明確なメリットを提示してくる面倒な声から耳を塞ぐ。そのつらさも、いつまでも腕の中にあってほしい小さな春の花を思えば、耐えられた。
「M16姐さん。すみれ。どこにいるの」
いつまでも隣にあると思い込んでいたものが突然なくなると不安になる。今までだってそう。何人もの人間が、指揮官が、私達を生かすために犠牲になって闇に消えていった。特殊すぎる私達AR小隊を扱うために存在しなかったことになり、淡い色彩と思い出、誓約の指輪と今際の言葉だけを残して消えてしまった。私達を突き動かす言葉、「生きて」。それだけの短いけども残酷な願いだけで私達は戦場を駆け抜けてきた。
「もしもM16姐さんがいたら……いたら、すみれのために何ができるのかすぐに教えてくれるのに」
「私がいたとしても、あれはどうしようもなかったぞM4」
M16姐さんが困ったように笑いながら木の影からやってきた。色々と私達の前に横たわる事情なんかどうでもよくなって、ホッとしてしまう。
「M16姐さん。私、どうしよう。どうしたらいいの?すみれがどこにもいないのが怖いの。どうすればまた指揮官を失わずにすむの?」
「私にも分からない。分からないんだ。もうだれも失いたくない」
不安なあまり、いつもみたいにあの子の父母の形見の手帳にあった言葉をなぞる。AR小隊全員が隅から隅まで読んでいたからM16姐さんがはっとする。
「もしも、すみれが自分のルーツを知りたいなら」
「知りたいのなら、この街へお行きなさい。私達夫婦の故郷、南の果て。極東の人々の正式な移民の街「みずほ」の街へ。そうか。そうだよな。すみれならそうするだろう」
二人して手帳の言葉をすらすらと引用して頷く。
「なあM4。一つここは限定的な休戦としようじゃないか。私だってすみれを守りたいし、あの子のはじめてのわがままを叶えたい」
「いいですよ。M16姐さんのやるべきことと私達のやるべきことが干渉しないように調整しながら休戦にしましょう」
ニッと不敵な笑みを浮かべる。同じ笑い方に姉妹だってことを再確認できて安心できた。さあ、交渉のテーブルにあれこれと並べようじゃない。