私達はあれから放棄されて間もない街に転がり込んだ。アンジェからしばらくの間警戒と待機を命じられたAK-12が「散歩にでかける」と書き置きしてから嫌な予感がする。念のためにアンジェに「AK-12を探して連れ戻してくる」とメールはした。AR-15にAN-94はアンジェについてるし、どうにでもなるだろう。周辺に誰も、何もないことを確かめてポケットから古いコンパクトミラーを取り出す。古ぼけてよく映らない鏡面を覗き込んでは愚痴をこぼした。あの無駄に性能と顔がいい女のことを追いかけるのであれば、普通の方法じゃ間に合わない。
「はあ。本当に仕方ない。あまり頼りたくない方法しかないのが嫌になる」
人がおとぎばなしの中にしかいないと口にするあいまいな存在。私には最初から見えていたそれらと関わりすぎて、今では合図一つで呼び出して契約を持ちかけるまでになった。いや、なってしまった。腹を括って呼び出す合図になる言葉を静かに口にする。
「ふるべふるべ。ゆらゆらと。ふるべふるべゆらゆらと」
極東を起源にする、力があると信じられていた言葉を静かに鏡にのせる。そしたら鏡はもういい。閉じてポケットに押し込む。顔を上げて空を見れば廃墟と夜空から遠い異国の夕暮れの街並みに景色が変貌した。もうすぐアレがやってくる。
「久しぶりやんねえ。ほんに」
背後からひどく間延びした女性の声がした。ゆっくりと振り返れば私達AR小隊が我が子と溺愛するすみれそっくりの女性がからからと笑っていた。彼女は私の知る限りいつもの服装。襟の詰まった紺色の軍服、金の肩章に胸には数々の勲章、磨かれた革靴姿。いかにも将校といったいでたちでピンと背筋を伸ばして私をおだやかに見つめている。
「さあ、どうだか」
「そんなん言わんといてほし。わて、寂してしゃーないわ」
私の目の前のすみれそっくりの顔と訛りの彼女。人ではない。かつて人であったらしい彼女は対価を支払うことで気まぐれに力を貸してくれる。
「我が子そっくりの顔で言われると腹が立つ」
「まあまあ。そげそげ言わんと。顔借りとるだけかもしれんし」
ケラケラ笑ってからかってきた。それはそれでぞっとする。でも違うだろう。
「いや、あなたは最初からその顔でしょうに」
すみれと出会う前からみているが、彼女はずっとこの顔だった。そこを意地悪に言ってみれば、彼女は豪快に笑った。
「あたりや。ちょっとだけヒントあげるわ。うちはあの子の遠縁にあたるで」
「なら、あんな目にあうまでに保護すれば良いじゃない!」
カッとなって叫べば目の前の彼女はくしゃりと顔を歪ませる。そうか。あなたも私も悲しいのか。
「うちからしたらあん子は妹のひ孫。法律面からすれは強制力はないんや。まあ、すぐにまっと近い親戚が潜り込んで保護する予定やったんやけどなあ。あ、おまんらの指揮官やったやつらな。みなうちの妹の孫で、いとこかはとこどうしやで」
「どうりで顔が似てて家名が同じだと思った」
私達AR小隊と誓約の指輪を通じて唯一無二の存在になったあの人達を思い出した。親戚が連続して潜り込めるグリフィンの警備体制がザルなのは放っておいて、私はもっと話せと言外に示す。
「みな似とるやろー。やろと思たらうちらはそこまで潜り込めるんや。あー、あとな。M16に惚れたやつ。なでかあれ、覚えとらんやろ?知りたいかえ?」
「知りたいに決まってるじゃない」
M16姉さんに誓約の指輪と私達におぼろげな笑顔の輪郭を遺して消えたあの人の行方は知りたい。知って、手を伸ばして取り戻したい。
「うちらみたいなやつてな、自分の命や存在の痕跡を代償に奇跡を一回だけ起こせるんや。あれはおまんらのためにそれをな、やったんや」
ぽたり、ぽたりと涙が頬を伝う。私も泣いていれば彼女も泣いている。ばかなひと。ただ、愛してくれるだけで良かったのに。
「そこまでしなくても良かったのに。私達はただ、指揮官がそばにいてくれたらそれだけで」
「せやったら、忘れやんといてくれんけ?そんで、生きとってくれたらそれだけでうちらは幸せや」
「ばかなひと。いつか必ず迎えに行くから」
すみれも含めて迎えに行く。幸せにする。だから私は人ならざるものに対価を支払う。
「私は全員迎えに行く。その布石に願いを一つ。顔と性能だけはいい同僚が散歩から帰ってこない。だから、殴ってでも連れ戻す。そのための足がほしい」
「対価は?」
「街で開けられてない金庫から見つけた宝石と、すみれが描いた私達の絵」
人ならざるものは宝石と、支払うものが本当に大切にする思い出の品を欲しがる。絵は手放したくないが、背に腹はかえられないから。
「ええよ。今日から一年間、わてを足として好きに使いよし」
「のった」
これからすぐにでも、連れ戻すから。待っていなさいAK-12。