それから、近くて遠い距離のままでぽつぽつと互いの知りたいことをしゃべる。そこら辺に転がってるがれきに腰掛けて遅い朝日だけを見つめて、互いは見ない。今の私達にはそれで十分だった。
「あのね」
「なんだ」
「左腕を何に差し出したの?M16から、暗くて冷たい水の恐ろしい匂いがかすかにする」
視界の端でM16がちょっとだけ動揺した。匂いについてしゃべったあたりで露骨にM16が視線を逸らしたりどう話題を変えようか口をモゴモゴしてる。仕事以外だとわりと隠し事がへたくそなのがかわいいの。
「アイツを迎えに行く対価に左腕と、戒めのために直さないで置いた左眼を人ならざるものに差し出した。それだけの価値はあった。私は娘と伴侶のためならなんでもするし、なんでもやった」
二分くらい空を見上げて、じっくり考えてからM16はやっと言葉を絞り出した。こうやって話をしていくうちにじわじわと、M16の運命の人のことを思い出していく。不思議でありえないはずなのに、すとんと腑に落ちる。不思議なことになじみすぎたのかも。
「他の匂いもする。うーんと、たしかこの水の匂いはたしか、すみれそっくりのアレかな?」
冬の冷たい風にのって覚えのある匂いが鼻をくすぐる。しょっぱさを感じる水の匂い。私がちょくちょく不思議なこと絡みで取引をする人ならざるものからする匂いがした。
「それだけでわかるもんなんだな」
「カンは鋭いからね。あとねー、すみれの行方とM16に全てを捧げてくれたあの人が今どうしてるのか知りたい」
「私が知ってるのはわかってるのか。恐ろしい妹だな」
ばっとM16が振り返って私の顔をじっと覗き込む。その顔が迷子の子供みたいでぎゅーって抱きしめたい。できたら、よかったのにな。でも、このままじゃだめだから悲しいことをごまかすみたいに胸を張って笑う。
「ふふーん。どうだー!」
「カンだけじゃダメだぞ。根拠もないとな」
「根拠?それはわかんないけど、状況証拠ならある」
「言ってみろ」
物言いにトゲをわざわざつくるのに、昔と変わらない優しいまんまのが愛おしい。ニコニコしてたら、ふいっと顔を背けられた。残念。
「私達が偶然何かに近づくと、AR-15やM4やM16はそこから遠ざけようとするみたいに現れては消えるから。三人がそこまで必死になるのは、今じゃすみれのことくらいだよ」
「正解だ。成長したな。ご褒美にヒントをやろう。私達三人はすみれの行方を知ってる。元気だよ」
「良かった。うん。今はそれだけでいいや。あとね、行方を黙ってる理由ってあるの?」
他にも聞きたかったから、聞いてみる。するとM16から予想外の言葉がでてきた。
「人を信じてもいいのか、わからなくなった。とくにペルシカさんとヘリアンさん」
あのM16に名指しで言われてる時点でもうかなりダメだと考えてるのがわかる。実は私もダメだと考えてる。
「わかるよ。理由つけてすみれから逃げてたヘリアンさんもペルシカさんも親になる資格はないし」
「それもあるが、グリフィンが安全じゃないから」
「うんうん……あれ?どういうこと?」
何を今更と言いたくなるけど、M16の言葉を待つ。M16は言葉をかなり選んでいるみたいでかなり待った。
「何の情報をどこに流しているのかが読めない」
「んー?派閥争い?それとも同業他社?それとも政府への密告?」
「いいや、どれにも当てはまらない流れがある。それが引っかかってしかたないんだよ」
「私の予測以上に闇は深い」
あまりのおそろしさに冬空を仰ぐ。この鉛色の空みたいに世界は冷たくて厳しい。
「ああ、深いぞー。私は自ら深みに潜って現代のオルフェウスをやって成功したんだから、間違いない」
M16は昔みたいに無理して笑顔を作るくせは変わらない。それがつらくて胸がきゅっと痛む。
「死の淵の向こうにM16の運命の人はいたんだね。そりゃみつからないし、初めからいなかったことになるわけだ」
「ひとならざるものに左腕と左眼を差し出したかいはあったし、他にも収穫はあった。なあSOP2、いい子にしてたか?」
「してたよ!」
こんな時こそ笑わないと。胸を張って、M16の前に出る。笑顔、つくれたかなあ。
「そんないい子にはご褒美に面白いことを教えてやろうか」
「やったー」
それは純粋に嬉しい。目の前がぱあっと明るくなった気がした。気のせいでもいい。希望がないと。
「AR小隊の指揮官をしてくれた人達とすみれは全員親戚」
「そんなの顔見ればわかるじゃん」
「SOP2にはわかるよな。うんうん。あと、これは宿題。すみれのルーツを今から言う所で調べてほしい」
「危険じゃない?」
「動くものはすべて消したから、今のうちなら大丈夫さ」
「M16が言うなら間違いないね!」
「こら、もっと私を疑え」
叱られるのも懐かしくて悲しい。
「必要ないよ」
「変わらないな。今から言うことをしっかりおぼえて調べるんだぞ。また会ったら教えてくれ」
「わかった」
まさかあれほど警備がガチガチで情報とれずに泣きをみて、ペルシカさんに頼み込むなんてこの時は思いもしなかった。