雨の中を一人で歩いて、適当な廃屋に転がり込む。崩壊液の汚染がひどくなる予測がたてられて、計画的に住民や都市機能を移転した後の抜け殻の街を一人で。この街だった場所に残ったのは体力に不安の残る人やよほどの貧困層くらいだったらしい。あちこちに残っていた新聞や雑誌の記事をかき集めて人の痕跡をたどっては崩壊液がこの世界をどう覆っていったのかを調べていく。それらと我が子が逃げ惑った道筋を照らし合わせると嫌な考えが浮かび上がる。すみれは崩壊液の汚染地帯を一人さまよった可能性がある。元気なのはいいことだか、崩壊液に免疫か完全に適応できる体質だったら心ない人に狙われてしまう。
「不安が一つ増えたな」
ひとりごとが雨粒のようにぽつりと落ちては消えていく。ざあざあと強い雨が地面を殴る。これは当分やみそうにないなと悩む。ホコリで白くなった床に視線を落としてじっとしていると声がした。
「気になることやあるん?」
ふいに鈴が転がるような声がした。はっとして風化しかけた雑誌から顔を上げれば私がよく知る人ならざるものがそこに浮かんでいる。偶然か知らないが私達AR小隊の指揮官をしてくれた人々に我が子に恐ろしいほどよく似たそれは無邪気に笑っている。ギリギリ成人かもしれない女性にしか見えないそれは今度は不思議そうに私を見つめている。得体の知れないもの特有の恐ろしさはソレにはない。どこか懐かしさと優しさを感じて触れたくなってしまう。
「何知りたいん?」
「生憎と、私は素寒貧でな」
それに対価として支払った左目と左腕をアピールすればくつくつと笑ってあっけらかんと言った。
「知っとる。もう取引せぇへん。お前から対価をとるようなこともないわ」
「そうか」
「正直な話な、おまんを一人冥府まで安全に行かせておまんとおまんの伴侶の二人分を連れて帰らせるんに命を削ったから取引はやめたわ」
人ならざるものはどっかりとほこりまみれのソファーに座り込む。人ならざるものの綺麗な服が台無しなるんじゃないかと他人事なのにヒヤヒヤしてしまう。他所行きの上品な服、明らかに金がかかっているであろう上品なアクセサリー。そんな格好はこの廃墟には似合わない。
「無茶をさせたな」
「そんに関してはもうええかなあ。病弱なんに無理すなやって兄弟子に叱られた方がこたえたし」
「大切に思ってくれるだれかがいるんだな。良かった」
「みな優しすぎるんよ」
「私達くらい優しくないと、冷たい世界に耐えられないじゃないか」
「せやなあ。ほいたら、うちは優し子らを守ろか」
人ならざるものが紡ぐ訛りがひどく心地良い。伴侶の訛りにとてもよくにているそれは恵みの雨のように私に降り注ぐ。空いた右手でそっと人ならざるものの頭を撫でる。無邪気に笑ってされるがままでいる所までよく似ている。
「優しすぎるんだよ。おまえも」
「さあなあ」
あの人も目の前の人ならざるものみたいに優しい言葉と心を持った人だから会いたくなる。見れば見るほど似ているから一つ、疑問を投げかけた。
「なあ、一つ聞いていいか」
「ええよ。その質問やったらタダや」
何を質問するのかわかっていたのか。恐ろしいやつだな。そこがやはり人でも人形でもない不可思議な存在なのだろう。でも、それさえ聞くことができればいつ壊れてもおかしくはない私の身体を押してでも戦場を行ける。
「私達の指揮官をしてくれた人々、私の伴侶、我が子はお前と血縁関係はあるのか?」
「あるで。おまんの伴侶と指揮官はうちの妹二人の孫らでおまんの子、すみれはうちの妹のひ孫。すみれの母とその弟を養子に取ったさけ、あん子はうちの孫でもあるわ」
「恐ろしい事実をありがとう。でもどうしてすみれの母を養子とったんだ?」
「うち病弱や言うたやん?結婚はしたけど、子供は諦めてん。目的は財産の散逸防止と医療費と学費の全額援助やね。あの二人の家族とも話し合って養子に来てもろた」
優しい声色にはふさわしくない、今にも泣きそうな笑顔を見てしまった。その決断に至るまでの葛藤がどれほどなのか、私は人形だから永遠にわからない事だ。それでもなぐさめになればいいと、人ならざるものの頭を撫でる。
「そうか。だったらお前が探していたのも頷ける事実だな。私達が未成年を連れ去って隠していたと訴えられてもしかたない事実だ」
「あ、おまんらはええよ。やらかしたおまんらの上司らに訴えたし。あと、うちの妹の孫らを潜り込ませてたからわかったしな」
ぽかんと口を開けたままの私を見て、あっけらかんと言ってくれた。そこまでしてたのか。それに、もうそこまで掴んでいたのか恐ろしい。
「ペルシカさんだけは生かしておいてくれないか」
せめて私達を世に送り出してくれたヘタレだけでもと願う。
「命まではとらんよ。美味しないし」
「とって食う前提か!」
そこは人ならざるものらしい考え方をしている。なんておそろしいんだ。
「んにゃー。利益がないってだけやわ」
「ならいいんだ。なら」
その意味ならいい。現実的でほっとした。
「まあ、うちらもほどほどで手打ちにせんと。めんどくさてかなわん本家がでしゃばるまえにどうにかせんとな」
「地縁に血縁が絡み合う面倒さにあるのが人の厄介なところだ」
「せやねえ。うち、途中まで人やったし、まだまだ面倒やわ」
「最初から人ならざるものじゃなかったのか」
「人ならざるものと交わった一族から、たまーになあんねん。人として生まれたのに途中から人間辞めるやつが」
目の前の人ならざるものは妙に人間くさくて優しくて、脆い。幼い頃は人として生まれて人として育ったのなら、腑に落ちる。
「私の伴侶もそうか」
「いん。でな、すみれも人間のままか人間辞めるか決められるで」
「そうか。でも私としては、人のままでいてほしいかな。わがままだってのは理解してるけど」
「そうけ。ええんやで、お前は優しいまんまでいててな」
「はいはい」
「あんなあ」
「急にどうした」
「あんな、家族になってくれん?絶体絶命やってときに飛び込めるとこ欲しない?」
「厄介ごとで数え役満ができる女にそれを言うのか?」
「おまんのこと好きやねん。うちの一族はそんな女に入れ込むんや。笑うやろ?」
「笑わないさ。もしも。もしもの話だ。そんな時がきたら、家族になってほしい」
「約束やで」
「約束だ」
私達二人に雨が降る。傘をなくした私達はもう帰れない、戻れない。それでま進む二人に道はなくても、行かなくては。