どうも風が強い夜だからだろうか、寝付いたとしてもふっと目が覚めてしまった。私は最初から波瀾万丈なものだから、敏感になりすぎてしまう。いや、うして中央から辺境へとひた走る今だけがきっとおかしいんだろう。そう思い込むことにしておく。
「ホットミルクでも飲んで寝ようかしら。暇つぶしに過去の資料を読むのもいいかも」
隣でぐっすり寝ているSOP2を起こさないように唇の動きだけで言葉を作ってあてがわれた宿舎をでる。廊下にでてみれば、電球が切れる兆候を示す明滅を繰り返すオレンジ色の常夜灯だけがぼんやりと古い廊下を照らしている。
「崩壊液の影響か、急激な気候変動でかなり暖かくなってるとは言えまだ寒い。上着を持って来れば良かった」
横たわる静けさが怖くてまたひとりごとを夜に置いていく。足音をたてるのもなんだか気が引けてゆっくり歩けば、何も持たない私はふわふわと夜闇に沈んでいく。ぷつりと常夜灯が切れても夜を歩けばふと気づいてしまう。
「帰り道をなくした?いや、そんなことはない。ここは狭い。なのにどうして。生まれてからこんな変なことことばっかり。お化けなんていないのに。もういや」
振り返ってもと来た道を歩こうとしたその時、聞き慣れた声が引き止める。
「だめだよ。こっち」
夜の闇から見慣れた姿がすうっと浮かび上がる。黒い夜のなかに無機質な白い肌に夕焼けよりも赤い瞳、薄い唇が弧を描く。
「SOP2じゃない。何?」
咄嗟に誰か、ではなく何かを問う。こんなおかしな夜に出てくるのは大抵ろくでもないモノだと、そんな予感がしたから。
「あたり。危ないから今回だけは部屋におくってあげる。もう夜に出歩いちゃダメだよ」
SOP2の姿を借りた何かの姿が揺らぎ、元来の姿を私に見せる。その姿が過去に見たAR小隊のために命を尽くして消えた人々に似ているものだから、その人たちの名前をつぶやいてしまう。ぼんやりした光を放つ白銀の瞳、紺碧の鱗を持つ魚のような下半身をした何がくすりと笑う。
「違うよ。まあ、いつか会うから。そのときまでおやすみ」
人ならざるものの柔らかく甘い声が私の耳にすっとしみこんでいく。とても危険な誘いなのに急に眠くなって足元がおぼつかない。
「ねるわけには」
「おやすみ」
眠気への抵抗もむなしく、やわらかい胸にだきとめられた。針よりも重いものを持ったことがないんじゃないかってくらいの優しい手に頭を撫でられる。
「いつか、あばいてやる」
「ふふふ。いつか、ね。おやすみ」
甘い誘惑と共に夜が私にも降りてくる。ささやかな抵抗を残してこの後目覚めると朝だった。あの夜を始めとして、何が起きたのかとSOP2に聞いてみれば人差し指を口元に当ててやんわり止められてしまった。
「SOP2!」
「女の子には秘密って武器が必要なの」
「あんなに、迷子の子と今までAR小隊のために尽くして消えた人たちにそっくりで怖い」
「それは、まあ。知らない」
何かを知っていそうなSOP2が目を逸らす。これは見逃せない。さっさと情報を吐き出せと詰め寄るもかわされてしまう。
「ちょっとだけ知ってますーって顔で知らないはナシ!」
「詳しくは知らない。これ以上は本当に秘密ってことにしておいて。それにほら、行かないと怒られる時間だよ」
「むー、今回だけよ!今回だけ」
いつもみたいにはしゃぐSOP2に引きずられながらまた朝が来る。今回だけは聞かないでおくから。また、夜が私を拐うまで聞くのは後にしておこうか。