M4が私を探しに来るまで、生き物の気配すらしない山の中でぼんやりと考え事をしていた。こんなときにいつも頭の片隅にある今は亡き親友と交わした言葉の数々が反響しては消えていく。
「ねえ私達の天使。あのね、私が妖精の末裔だなんていったじゃない?」
「そうね。さくらが何度も未来のことを言い当てたり、親しい人達の誰にも言ってないことを言い当てたりするから私もみんな信じてしまってるわね」
「それもあるんだけどね。妖精ってすごいのよ。それ相応の対価はとるけど、契約者を守ることができるの。これから戦乱を歩く天使には必ず必要になるからね、あのね」
「そうね。私の行きたい方向はそうなるでしょうね。なんからの守護があれば生き延びることも容易いわ」
「だからね私達の天使。契約しましょう。そしてね、来年春に生まれる娘を守って。この子を守ることができるのは天使だけなの」
「何その、子供が生まれる頃には夫婦揃ってもう死んでるみたいな言い方」
「半分正解。私達の一族ってね、たまにほんのちょっと先のことがわかるかわりに短命でどんな死に方をするかわかって生まれる人がいるの。それが私。それとね、これから言うことは何があっても忘れないで」
「ねえ、さくら。約束するから。約束するから、だから」
どれだけ時が経とうともすみれの母、さくらと約束したこと、妖精としてのさくらと契約したことは忘れてはいない。対価をいつどうやって支払うのかも。それは忘れていないのに、さくらの声色も姿形も色彩も私がさくらに願った淡い言葉も忘れてしまった。忘れてはいけないのに。ジクジクと心が痛む。その痛みを消すためにタバコでもと取り出してはやめる。それを見て不安げなM4がおずおずと声をかけてきた。それほどまでに心配させてしまったのだろうか。悪いことをしたなという言葉を口の中で転がした。
「アンジェ」
「どうしたのよ」
「宿に戻るまで時間はありますから」
どうやらしばらく待ってくれるらしい。おまけに自分のコートをそっと差し出してきた。冷え込むから着ろと言うことだろう。黙って受け取って肩にかける。なんだか人間みたいに矛盾の塊で愛おしい。まあ、人ならざるものとの契約で暑さ寒さにかなり強くなったし、誤差の範囲で怪我や病気にも強いし、おそろしいほどに幸運になったからあまり必要ないんだけど言わない。薄く曖昧に笑みを浮かべて黙っておく。
「そう。考え事をするくらいの時間はあるのね」
「ええ。AR-15がすみれをみていてくれますし」
「ところでM4」
「なんでしょうか」
静かな冬の雨が降る朝方。遮蔽物のない畑のなかにぽつんとある無骨な作りの納屋、私は誰にもここにいることを告げていない。
「あなたの後ろで微笑んでいるすみれによく似た妖精は知り合い?」
ガラスよりも透明な表情をしながらも警戒は怠らなかったM4が凍りつく。数秒後にギギギと錆びついた蝶番みたいにゆっくり動いて私の顔を覗き込む。彼女の信じられないものを見るような目つきなあたり、人ならざるものと関わりがあるのは自分だけだと思い込んでいたらしい。そこがまた愛おしくてほんとうにすこしだけ、いじわるなことをしてみなくなった。
「人ならざるものは人間や人形が見ないふり、忘れたふりをしているだけでいつもそのにある。薄皮一枚めくった先の闇の中にあるものが見えているのが自分だけだと思わないことね」
「反省、します」
視野が狭かったと素直に反省するあたり、M4の根は真っ直ぐなのだろう。あまり気にするなとそっと頭を撫でてやる。
「ねえさん」
M4のどこか懐かしむような、悲しむような、跪き静かに痛みに耐えるかのような小さな声が雨に溶けて消えた。M4の姉同然の存在M16A1、か。本当にM4は人間みたいにゆらぎ、迷い、誰かを愛し、喪失を痛みと捉える。その姿に「ずっとそうであってくれ」と祈る自分がいた。
「私はまだここにいるから」
どういった意味で言ったのかは自分でもわからない。だけどその言葉にM4は一筋の光明を見出したのか淡い笑みを浮かべる。どうかよく見知った誰かくらいは笑っていてくれ。
「ありがとう。アンジェ。でも、そろそろ行かないと」
「そうね」
「えっと、その。とても言いづらいことがあって」
恋に恋する年頃の少女みたいにもじもじとしながらM4が口籠る。それがなんだかおかしくて、小さな子供の保護者みたいにそっと語りかけた。
「怒らないから言ってみなさい」
「AK-12とAN-94がタダ飯なのを良いことに高い酒と手作りのなかでも手間と材料費のかかる菓子とつまみを朝から大量に。AR-15と私は止めたのに」
「急いで。アイツらにゲンコツ一発いれないと」
どうやら私達には湿っぽい雰囲気は似合わないらしい。雨の中を踊るように駆け出した。