昔のスラングもとい、人間の愚かな願望に「他人の金でうまい飯を食いたい」というのがあったらしい。今我々は隠れ住むようにつくられた町の宿でそれをしているが、ぶっちゃけるとなんだ。人間が言う、「生きた心地がしない」だろうか。落ち着かないのだ。ヴァンドギャルドというらしい、長期熟成で渋みが抜けて甘くなるワインを上品なグラスにいれてくるりと回してみる。赤紫の水面に憂い顔の私がうつりこむ。
「憂い顔じゃ、酒と肴は楽しめないわよ」
AK-12が優雅な仕草で軽口とパテドカンパーニュを口にした。
「知ってはいる。あまりにもここが私には非日常だから、わからなくなるだけ」
軽くワインと素直な困惑を口にしたら不安になったのかポケットに手を入れる。生涯を、命を全てを捧げてくれると約束してくれた人たち。存在すら秘匿されても、短期間のうちにいくつもの不慮の事故で喪うまでそばにいてくれた指揮官達。そのうちの一人から信頼の証として贈られたあの人の母親の形見の結婚指輪を指先でなぞってそこにまだあることを確かめる。「何かあったら売るといい」だなんてあの人は痩せ我慢で笑っていたけどそんなことは私は何があってもしない。この指輪だけが私とあの人を繋ぐ唯一の物だから。一人きりの部屋の中だけ指輪をつけて祈るのがもう習慣になってしまったのが本当に悲しくて。
「何か不安?」
「違う。ただ、落ち着かない。理由はまだわからないけど、それだけは言える」
「そう。それでも今を楽しまないと損よ。損。私達に明日なんてないもの。あるのは今だけ」
「一理ある」
人形は失われればそれきりの存在。バックアップを取った時点までの記録は引き継ぐことはあるが、プツリと切れた種類の違う糸を無理矢理結んだようなものだからどうもチグハグになるし不具合の原因にもなる。何度も繰り返せば壊れて本当に失われるのだ。
「私達に物理的に失うものはない。だけどもしもがあったら私と誰かの形のない、名前のつけられない関係は永遠に失われるのだと理解した日からは慎重に動くようになった」
とても小さく、まるでひとりごとをつぶやくようにそっと言葉をため息に乗せる。それを聞いたAK-12はとても驚いたように薄く目を開けた。
「あなたの世界って複雑なのね。私の世界は敵がそうじゃないかしかないの。こういうのってきっと、羨ましいって言うのかしら」
「さあ、どうだろうか。私だって、時折だれかの世界はまぶしくうつるさ」
ちらりと落とした視線の先のワインの水面にうつる私はもう憂い顔ではない。真っ直ぐに未来を見据えて現在を守ると決意したいつもの表情だ。これでいい。
「ああ、そうだ。一つ言いそびれていたことがある」
「何」
「アンタの後方で飲んでいる相方は、酒は初めて?」
「私が知るかぎりではね」
「彼女、アルコールを生まれつき分解できない人間みたいに顔を真っ赤にしながらのれつの回らない舌で何か独り言をガンガンしゃべりながら酒を開けているけど?」
私の言葉を耳にした瞬間、AK-12がまるまる二分ほどフリーズした。よほど想定外の出来事だったらしい。
「まさか、フラッシング反応?」
きっと人形が酔っ払うか普通?と言いたいのだろう。でも、たまに人形に酔っ払う機能をつけるとってもアホな設計者はいる。それを今喋るのは無粋だからワインと共に飲み込む。
「たぶん」
人形が酔っ払うことがよほどAK-12には予想外の事で理解しがたいのかまた一分ほどフリーズしてからそれはもうゆーっくりと振り返って背後で酒と肴を楽しんでいたはずのAN-94を見つめる。
「酔ってる……うそでしょ?」
こちらが慌てるほどに困惑するAK-12がかわいそうになってきたから、テーブルの上の可愛らしい呼び鈴で店主を呼んで水を持ってきてもらう。
酒を飲むのをさりげなく私がとめてた。そしてそっと私が差し出したコップをかかえるように持って少しずつ水を飲み始めるAN-94。こっそりと今後は彼女にアルコールは厳禁だとAK-12に耳打ちする。アンジェにも伝えるべきだとさらに耳打ちすればAK-12は力強く頷いた。
「早く帰ってきて収集をつけてほしいものね」
「そうだな」
アンジェはまだ帰ってこない。M4が外に飛び出した頃から雲行きがあやしくて、今はもう土砂降りの雨。雨は嫌いだって言葉を飲み込むために2本目のワインをあけた。