計画の責任者である『教授』は事態を解決するためにマグラシアサーバーに飛び込んだ!
本当は教授は飛び込んでおらず、替え玉がやったのだが……
ここ、オアシスで教授と呼ばれているやつの第一印象は「何もかもが薄っぺらくて薄ら寒いヤツ」、それだった。今日も視界の端で教授を観察しながら前とどう違うのかをまとめていく。紅茶はちょうど切らしていたものだからしかたなく、右手にチョコレートソースとホイップクリームを山ほどいれたコーヒー、左手にはオアシス内にある情報をまとめたデータベースを映し出すウィンドウ。いかにもここに馴染むために情報仕入れてますって顔で教授について調べていく。
「ふぅん。へえ」
華々しい経歴とそれ相応の待遇、現実世界とのつながりが切れる前にデータベースに入れられた教授のインタビューの切り抜き記事。ここにある限りの情報だけは本物なんだろうな。情報に矛盾はないしと結論づけてコーヒーをすすった。情報に矛盾はないが視界の端、談話室の中心でオアシスの住人に囲まれている教授には矛盾や虚構が人の形をして歩いている様にしか見えない。でもだれも疑問を口にしてはいない。実質的な第二の責任者であるペルシカリアや、その補佐をしているアントニーナあたりは教授に対してうっすら疑問を抱いているようだがそれを口にして波乱を起こすのを避けている節があった。それだけ賢いなら踏み込めよと毒を含んだ感想をコーヒーと一緒に腹の底へと流し込んだ。言動は変わらないのに性別がコロコロ入れ替わってるのに気づけやとは思う。思うけど言わない。面倒だから。溶け出したホイップクリームとチョコレートソースがコーヒーの苦味をうまいことごまかしてくれるのがいい。でも、気を抜いているとやけどをするのがこの飲み方。
「あっつ!」
ああやっちまったなと舌打ちしてコーヒーをサイドテーブルに置いて少し休憩をいれる。視線をウィンドウに戻すと教授がこちらに近づいて、いつも通りのヘラヘラして胡散臭い笑顔を向けていることに気づいた。
「きょーじゅ」
「どうしたの」
「なんでもない」
「そっか。何みてたの?」
「アンタのことだけをずーっと」
データベースの情報を見ていたと解釈できるように答えて、アンタのことを観察していてその矛盾と虚構に気付いたと暗に示した。察しがいい教授はそうかと頷いてオレの手にハンカチとその下に教授の部屋の鍵をのせた。準備いいじゃん。そういうとこは好きだよ。そういうとこだけは。
「ありがと、きょーじゅ」
「どういたしまして。それじゃ、明日も早いから私はここで」
ひらひらと手を振って教授が談話室を去っていく。静かにドアが閉まるその瞬間に短いダイレクトメールが教授から来た。内容は「一時間後に私の部屋に来て」ってそれだけ。頭の回転早いやつは好きだよ。だから行ってあげる。疲れたから今日はもう寝るって雰囲気をだしてまだ騒がしい談話室をそっと抜け出た。ハッブルの巣の屋上庭園とかを適当にぶらついて一時間くらい時間を潰す。この無駄な時間ってのが嫌いなんだってブツブツグチグチ不満タラタラで教授の部屋の前へ。
「しずかすぎる」
奇妙なことに人っ子一人いやしない。教授の自室のある棟の通路に入るずっと前からだれともすれ違ってなんかいない。なんなら俺以外通れないように時限式の鍵でもかかってのかってくらいに。
「ま、いっか。聞けば良いし」
教授に到着したってメールを送ればすぐにドアが開いた。何のためらいもなく部屋に入ると教授がコーヒー片手に椅子に座って待っていた。
「ようこそ僕の部屋へ。書類はどけるなりしてソファーへお座りください。飲み物はコーヒーにしますか?それとも紅茶にしますか?お酒は置いてないのでご容赦ください」
どっかりと白衣と書類まみれのソファーに腰を下ろしながら教授をじっくり観察をもう一度やる。談話室のヘラヘラした笑顔の男性の姿じゃなくて、夕凪の湖面のような静けさと冷ややかさをもった小柄な女性の姿でそうっとささやくように聞いてきた。この、人形だろうが人間だろうが関係なく丁寧でありながらも人を寄せ付けない冷たい佇まいはきっと虚構じゃない。たぶん、ありのままって感じがする。だから、もっと知るべきだと観察を続けることにした。
「紅茶にジャム。アプリコットかベリー系」
「少々お待ちを」
小動物みたいに動く小さな体が紅茶とジャムを運ぶ。そのまま礼だけは言って紅茶を受け取ってアプリコットジャムを山ほどいれて飲む。俺が一息ついたのを見計らって教授が直接的な物言いで尋ねてきた。
「御用件は?」
「データベースのアンタよりも、今ここにいるアンタが知りたい。その雰囲気だと偽らなくてもいいって判断してんだろ?」
「ご名答です。末宵くん」
「その様子だと俺になんか言いたいこと大アリですって顔してるんだけど」
「単刀直入に言いますけど、僕の共犯者になりませんか?」
「はあ?」
驚きすぎてティースプーンが手から転がり落ちた。何言ってんだコイツってのを隠さない俺を見つめていながら、そんなの知るかとばかりに教授は何かのコードをウィンドウに打ち込みながらまたとんでもないことを言ってくれた。
「僕の演技に気づいたのは末宵くん、きみだけです。僕の秘密を共有するただひとりの共犯者になりませんか?」
「報酬は?」
何がなんだかわからなくなって、とりあえずふっかけておけはいいやみたいになってしまった。いやほんとわけがわかんない。でも、じわじわと自分の内側に仄暗い喜びと優越感が湧き上がって口の端が上がってきた。そっか、この教授を構成するすべてが偽りだって気づいたのはオレだけなんだ。
「報酬ですか?そうですね。これにしましょう。なぜ僕が教授を演じているのか、僕自身の情報に……」
慌ててティースプーンを拾って書類まみれの机の端にのせて、急に天然になったなコイツって冷静になってツッコミを入れられる様になった自分自身を褒めたい。いや、もう思考がぐちゃぐちゃになっててもうわからん。ティーカップを机に無理矢理のせて教授をじっと見つめて出方を伺う。
「末宵くん。共犯者になりませんか?唯一無二の」
「なる」
唯一無二の言葉がとても甘く痺れるほど重い毒だとしてもそれに抗うだけの理性はない。ゾクゾクする。この虚構で構築されている存在の奥底にある真実を自分だけが知っているだなんて日が訪れたらきっと幸せなんだろう。だから、共犯者になってこの人と堕ちる所まで堕ちてしまうことを選ぼう。地の底よりも暗い世界へ堕ちたとしても永遠に二人きりならきっと。
「末宵くん。ありがとうございます」
教授の細くやわらかな指先が俺の頬を、唇を撫でて薔薇色の唇が俺の耳元へ寄せられる。その甘い唇からとても小さな囁き、人名らしき言葉と一つの連絡先が耳をくすぐる。意味を理解したその瞬間とてもくらい喜びが全身を駆け巡った。
「ならさ、偽りのないアンタをどう呼べばいい?」
秘密を抱えて二人にしかわからない言葉でお互いの存在を確かめる様に言葉を重ねていく。
「先生で良いのではないでしょうか。万が一誰かに聞かれてもごまかしがききますし」
「じゃあ、センセ。おれからのお願いは共犯者でなくなっても俺を離さないでくれ」
「はい。一生離しません」
どうかいつまでも離さないでくれよ。じゃないと陽の光のささない地の底へ引き摺り込んでしまいたくなるから。