オレが教授と秘密を共有する共犯者になってからだいたい一カ月くらい。自分の仕事の合間にオアシスの屋上庭園の端っこでエージェントの生活やら仕事を眺めるのが日課になってきた。
「お、あの動きはただのデート……じゃねえな」
ここのエージェントたちは、いや現実世界で暮らしていた人形たちはストレス発散やコミュニケーションの手段として誰かと寝る。添い寝じゃない方の意味で。人形には望まない妊娠とか関係ないし、不特定多数の人間とヤって性感染症の媒介になるとかそんなことしなければ、人形にとっての性交渉は手軽な娯楽の一つでしかない。資源を消費はしないが大っぴらには言えない娯楽だからこそ、オアシスの実質的な管理者であるペルシカやトップの教授は見て見ぬふりをしてきた。
「先生にその話振ったらめちゃくちゃ拒否されたのがわかんねえ」
マグラシアサーバー内でやることやっても気持ちいいだけで何もないのに先生には断られたのがどうもわからない。どうも教授じゃなくて先生自身はかなり古風な考え方をしているみたいで、「結婚相手とだけすると決めている。相手が見つからない場合には一生だれともしない」って。
「人間ってわかんねえ」
人間と人形。どうにも相容れない存在。先生に触れることを断られたあの瞬間目の前が真っ暗になって息ができなくなるんじゃないかってくらいに怖くて。気がついたら先生に抱きしめられていた。
「オレを拒絶したわけじゃなくて、自分自身の信念の問題だから、って」
オレの震えが止まるまでずっと抱きしめてくれた先生は優しすぎる。最近どうにもその優しさが、声が、まなざしが、いつまでも全部自分のものならいいのにって考えが頭にこびりついて離れない。先生が「教授」を演じているときはまだ耐えられるけど、二人きりでいる時は無意識のうちに先生の服の端っこを掴んだり、寝る時は先生に抱きついていないとダメになってしまった。秘密を共有するための閉じた小さな世界に先生と二人でないと落ち着かないのに、口ではいつもみたいに突き放すような物言いしかできない。
「さむい、な」
オアシス内の温度はいつでも穏やかで過ごしやすいのに、今は妙に寒くて。ぎゅっと自分を抱きしめても寒さはなくならない。あのぬくもりが欲しくて先生にメールを打った。本当に短い、「あいたい」の言葉だけのやつ。そんでそのまま先生の部屋へ走る。誰にも見られないように、でも全力で走って、合鍵でドアを開けて先生のもとへ。
「末宵くんおいで、僕のところへ」
良かった、この人はここにいる。それだけで嬉しくて背中から抱きついた。今は男性の姿をしているからガッシリしている頼もしい背中に安心する。女性の姿の時の小柄で華奢でずっと腕の中に閉じ込めておきたくなる儚さも好き。「教授」じゃなくて、夜毎一つ秘密をオレに教えてくれる、今ここにいる先生だから好き。夜に不安そうに「演じ続けていると自分がわからなくなる、末宵くんが僕を覚えてくれているから僕でいられる」なんて弱音を吐くのを知っているのはオレだけでいい。
「センセ」
先生はいつだって「どうしたの?言ってご覧」なんて言わない。それを言うのは教授を演じている時だけ。先生はオレが喋り出すまで待ってくれる。先生の手がオレの腕をゆっくりと撫でて落ち着くのを待っている。その全てが慈雨のようで、魔法のようで、それがとてもずるい人だ。
「ゆっくりで構いませんよ。僕はここにいます」
「そうする」
あの時縋りついてオレはたしかに救われたのだから、アンタと共に地獄へと堕ちていくのもまた幸せだと言えるまで待ってくれ。