「うわあ、最悪」
今日は休みにしたから遅めに起きて、先生とのんびりミルクティーとチョコレートブラウニー食べながらダラダラしようって決めていたのに。オレより先に先生が起きてるなって寝起きの動かない頭でぼやーっと考えながら寝室から出たら初塵が先生の左腕にしがみついてた。なんでだよ。
「おはよう」
先生が教授モードでいる。自室でそれやんの疲れそうだな。冷蔵庫からチョコレートブラウニーを取り出して先生の口に放り込む。小動物みたいに幸せそうにもぐもぐ食べる先生かわいい。
「末、ここにいたんだ。最近とくに急にいなくなるから心配したの。探したんだよー」
初塵からいつもみたいになってぽやっとした声と表情そっくりの要領を得ない言葉がでてきた。
「なんでここにいんだよ。自分の部屋に戻れよ」
「末がいない寒くて空っぽの相部屋に?」
「知るかよ」
先生の右隣にどっかり座って先生の右腕にしがみつく。落ち着く。耳をぴったりあてて目を閉じるだけで現実世界に置いてきた何かを呼び起こすような何があって、ずっとこうしていたくなる。地脈や地下水脈をだまーって見つめているような静けさでオレの内側が満たされていくような。
「末ー」
「あんだよ」
「きょーじゅの音って地脈に似てるね。落ち着く。あ、まって、水脈みたいな音と冷たさもある。霧烟る森と湖を抜けた先にある鉱山みたいな感じがする。人間じゃないみたい」
感覚として理解は出来るけど、言語としては何言ってんだよわけわかんねえよって目を開いて言いかけるととても驚いた先生と目があった。
「森とかのやつは秘密、ね?」
優しいけど有無を言わせない笑顔がそこにあった。なんかよくわかんねえけど初塵と同時にコクコク頷いてまた腕にしがみつく。まあ、初塵はいつもわけわかんないしいつものことかと思考放棄して目を閉じる。地脈のような水脈のようなふしぎな幸せの音がゆっくりとオレを満たしていく。でもその幸せをぶっ壊すのんきな声がすぐ横から聞こえてきた。
「末ー」
「またかよ」
「きょーじゅって教授じゃないよね」
前言撤回、目が冴えた。どう口封じするか考えないと。殺気立つオレを先生は笑顔で制した。
「末宵くん」
「でも」
「ダメだよ。あとね初塵ちゃん。きみに譲歩できるのはここまで。あとは現実世界でボクを見つけられたら教えてあげるね」
先生と約束をするの、一番最初はオレが良かったのに先越されたのがむかつく。
「えー。ま、いっか。末がべったりってことはわるいひとじゃないし」
初塵が頬を膨らませて拗ねて先生の腕に頬擦りして自分もベタベタに甘えてきた。それをやるのはオレだけでいいんだやるな。
「わるいんだけどね、末宵くんは僕の秘密を共有する唯一無二の共犯者だから」
先生は困った様に笑うけど声色は強くダメはものはダメだと示す。甘いんだよ先生は。あとは初塵じゃないやつが先生自身に疑問を抱いて聞いてきたらどうするか聞きたいな。夜、ベッドの中で聞くか。
「ふーん。じゃあ、すぐに見つけたら末ときょーじゅと3人でずーっと一緒にいようね」
「はい。約束です」
約束、先に初塵としたのか。なんでオレじゃないんだ。ぎゅっと腕にしがみつく力を強くしながらぼそっと不満をこぼした。
「なんで3人なんだよ」
「へえ、末はきょーじゅとふたりっきりでベタベタしてたいんだ。思春期のカップルみたいに」
「な、なんだよ!その、思春期で初恋に浮かれ切った弟をからかう姉みたいなのは!」
「そうだけど」
初塵がぷーくすくすって笑いながらからかってくる。一々調子狂うんだよやめろよ。まったく!視線だけて先生に助けを求めるけど、「しょうがないな」と曖昧に笑ってるだけだった。
「末はきょーじゅとできてるんでしょ?」
「まだできてない!」
「まだ、なんだ。へえ、そうなんだ」
「末はさ、きょーじゅとどうなりたいの?」
「どうって、なんだよ」
「関係性は今のまんまでいいの?」
はっとして初塵を見た。実際には一分もたってないんだけどオレの中ではとても長い時間をかけて震える声をやっと一言だけどうにか絞り出した。
「やだ。もっと先生のこと知りたいし、オレのことを知ってほし……」
顔が熱くてしかたない。どうにかなりそうだ。
「ほーら、言えたじゃんヘタレ」
初塵のにへらぁって笑顔がむかつく。
「ヘタレじゃねえって!なんなんだよ!」
「ふふふ。いいですねえ。思春期のきょうだいみたいな喧嘩」
のんきな先生と初塵に対してため息を大きくついてチョコレートブラウニーを口に詰め込む。優雅な休日は手に入れられなかったけど、少しだけ言えたから許そう。少しだけ。