オレと初塵で先生をがんじがらめにするあの日から10日はたった。開き直ってオレは先生と同棲を始めたし、初塵も入り浸るを通り越して半同棲から同棲にズルズルと持ち込む気だろうってのはわかってきた。なんかもやっとする。おれだけの先生だぞ。
「末の好きは私も好き」
昨日の初塵のよくわからない言葉がよみがえる。
「オレと初塵はちがうだろ」
先生がうっかり落とした小物や初塵が置いていった探索の取得物を拾っては片付けていく。先生は不器用でわりとあちこちに体をぶつけてはモノを落とすし、初塵は服は脱ぎっぱなしにするし雑用はオレにおしつけるし。
「あーもう。初塵と先生は生活能力皆無だし、結局オレが家事やるのかよ」
先生は純粋に不器用でやるのが遅い。初塵はそもそもやる気がない。普段冷たくて他人からの距離をとる先生は実は人付き合いが苦手なだけで天然でぽやぽや。初塵も天然でぽやぽや。妙なところでガッチリかみあってしまい、ベッタリになってしまった。
「先生の特別はオレなのに」
先生のカップを食器洗い乾燥機にいれてつい愚痴ってしまった。でも頬を赤らめてふにゃふにゃと笑うのはオレにだけだし、先生が無意識のうちに体を擦り寄せるのもオレにだけだし、先生の本音を聞けるのはオレだけだし。なんかモヤモヤしてきてしかたない。
「はー、たまには飲むか」
オレは休みで先生は会議で夜遅いか泊まり込みの予定だし、初塵は未到地域の調査のための打ち合わせでいない。今までと違って物資に余裕はできてきたからと酒やタバコ類もすこし出回る様になってきた。過去の嗜好品のデータとオペランドを組み合わせてできたワインとチーズに今夜はサラミと生ハムもとあれこれをテーブルに並べてどっかりソファに座り込む。
「はあ。ひとりってこんなものだったか?」
3人でにぎやかに過ごしているとどうもしゃべるのが多くなってしまう。ポンと栓を開けてこぼれないようにコップにワインをそそいでまずは少しだけ口に含む。酒について詳しくはないがふわっといい香りが鼻と喉を抜けていきモヤモヤがぼやけていくような感覚が頭を覆い尽くす。
「あ、これ意外といけんじゃん」
チーズをちぎってさらにサラミをクラッカーに乗せて食べる。酒とつまみの類は初めてだけどこれなら食べられると調子に乗ってついガブガブと。
ワインボトルの半分は飲んだあたりで思考がふわふわしてきたし、誰か帰ってきた。なんだ、初塵か。視線をワインにもどしてまた飲む。高いワインなので渋いとかはあまり感じないものだからぐいぐいと飲んだ。酒に強いのかすら知らないから酔わない飲み方なんて知らない。
「末。のんでるの?」
「なんだよ。問題あっかよ」
「私にもちょーだい」
「冷蔵庫」
「りょーかーい」
勝手知ったるなんとやらってことで初塵が冷蔵庫をあけて、戸棚から自分専用のカップをだして酒をついてぐいっと一気に飲み干した。
「んー。これはチーズ。末、座る場所あけて」
たぶん、これはチーズがあうと言いたいらしい。よっこいしょと年寄りくさい声を小さく出してソファの場所をあけながら、ふわふわの思考と腕でチーズが乗った皿を初塵の方へとよせる。
「打ち合わせは?」
「機材の不調で調査が延期」
「ん。生ハムは?」
「いる」
「ほいよ。あとさ最近、初塵はセンセにべったりしすぎ」
オレよりくっついてる時間長いとかほんと許せん。さらにワインボトルをあける。さっきのは赤で今度は白。サッパリというか、酸味強めで果物とかケーキがあうなと判断して戸棚から甘いものをいくつか選んでテーブルに並べた。
「いーじゃん。末もおんなじでしょ?」
「ちがうって!オレは先生の特別なの」
「へー、やっぱ末ってきょーじゅとできてんじゃん」
初塵がオレの頬をつつきながらニヤニヤしてからかってきた。
「まだできてない!まだヤってないし!キスすらしてないし!」
「まだヤってないんだ。あれだけ末がきょーじゅをいやらしい目で見てんのに」
「みてねえって!」
オレより力が強い初塵をどうにか引き剥がしてまたワインとつまみのチョコレートを味わう。そんな不純な目で見てねえって。初塵の方がよっぽど先生をいやらしい目で見てたって。
「で、末はきょーじゅにどういうことをしてほしいの?」
「毎日添い寝しておはようっていって、おやすみなさいって言ってくっつきながら寝る生活」
オレの欲しいものってだれかからすればなんてことはないもんだけど、オレはそれがいい。そんな本当に子供みたいな願い事をぶちまけたあとに初塵はやってくれやがった。
「で、ほかには?」
ええい、酒の勢いだ。これはそう酒の勢い。初塵しかいないしもうヤケだ。オレはぶちまけるし、初塵にもぶちまけさせてやる。
「ヤりたい。先生が男性の時はバックでガツガツつかれたい。その最中にしごいてほしい。女性の時は手を繋ぎながら騎乗位で主導してほしい」
「ふーん。そういうの好きなんだ。わかるよ。きょーじゅには優しくリードしてほしいの」
「うん。そんでひたすら好きって言って欲しい」
「うんうん。末はさびしがりのあまえんぼさんだもんね」
お姉ちゃんにはマルッとお見通しだって茹蛸よりも赤くてふわふわした初塵に頭を撫でられた。子供扱いするなっつーの。でも手を振り払えなくてじっとしていた。
「でも、センセはそういうのは特別な相手とやる特別なことって考えだからまだできてない。そこのスタートラインにすら立ててない」
そこがもどかしいな、と小さいこぼしてごまかすように笑った。
「きょーじゅは私たちと違って、今が楽しければそれでいいって在り方じゃないからね」
人間と人形。近づくことはできても埋められない溝とか理解できない概念とか感覚とか、いろいろあるけど一番大きいのは時間の流れ方かもしれない。手入れをやめるとすぐにダメになるオレたちよりもずっと長く続く時間に先生は旅をしていく。それが寂しいだか悲しいとかに近い何かがじわっとオレの内側に広がっていくからそれにふたをするために初塵に話をふる。
「そういう初塵はどうなんだよ」
「えー?私ー?私もきょーじゅとえっちなことしたいよー?きょーじゅ好きだし、もっと知りたいし」
「先生の特別とかはオレのもんだし、秘密とかはまだやんねーから」
「はいはい。知ってる。ねえ、末。好きって難しいね」
「そうだな。酒のおかわりいるか」
流行のサイクルのはやさとか、惚れた腫れたも数日すれば消えていくほどの人形の常識や世界。それ自体はとても単純だけど、それが人形以外に向くととたんに厄介なものに変わってしまう。
「いる。そこの白ワインがいい」
「あいよ」
酔いがかなり回ってきたのもあって途端に口数が減った。ちびちびと飲んではつまみをかじる。ワインボトルもカラ瓶しかないし、冷蔵庫のなかもすっからかんになった頃にドアがあいて先生が帰ってきた。
「ただいまもどりました。末宵くん、初塵さん。僕のいない間に随分と飲んでいたみたいですね」
「おかえり、センセ」
「おかえりー、きょーじゅ」
ぽわぽわした頭でも先生が帰ってきたことが嬉しくてトテトテと駆け寄って二人してハグ。アルコールの強い匂いをかいだ先生が困ったように笑っていた。
「ふたりとも、かたづけは明日にして寝ましょう。ね?」
「ああ」
「うん。あのねきょーじゅ」
「はいなんでしょう」
「これあげる」
初塵が自分のペンダントを外して先生につけて満足そうにうとうと寝始めた。あっずりい。
「センセ、おれも」
指輪を外して先生の左手薬指につけて満足した。
「いいのですか?」
「センセにだけだから。あと、現実世界に戻ったらぴったりの指輪、おんなじやつ買うから」
酒の勢いだから何言ってもいいんだ。気が抜けてきてゆっくり眠くなってきた。でも、迷惑かけちゃいけない。初塵をかかえてふわふわの足取りで寝室を目指す。先生じゃ支えることはできても二人を抱えて動けやしないから。
「ふふふ。ずっと大切にしますね。ありがとうございます。それじゃベッドに行きましょうね」
先生もいつもの白衣をポールハンガーにかけて衣服を緩めて寝室へ。オレも衣服をゆるめて、初塵も起こして衣服をゆるめさせて。いや、途中からあついとか二人してぬかして全裸か半裸か。もう覚えてない。そんなまんま新調して大きくなったベッドに3人が寝転がる。真ん中に先生、先生の右腕にしがみつくオレと左腕にしがみつく初塵。
「おやすみなさい」
「おやすみ、センセ」
「おやすみー」
やわらかな言葉がオレたちを包んでいく。そのままあったかいな、なんてのんきなことを考えて眠りについた。翌朝なんなことになるなんてな