※この作品はR-18です。

ゴーストフロントライン   作:蓮見民江

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秘密は毒のように甘く 五の後編の後編

2階のさらに上、屋根裏部屋が先生の幼い頃の部屋だって聞いて少し冒険しているみたいでワクワクした。くすんだ金色の丸いドアノブを握ってそっとドアを開ける。

「おもちゃいっぱいの子供部屋を想像してたけど、オレの部屋と変わらないな。化石と鉱物標本に化石と鉱石の本、鉱石でわかりやすく示したモース硬度と靱性をわかりやすくしたポスター。先生って石、好きなんだ。

棚の中の子供らしいつたない文字でいつ、どこで鉱石を採取したのかを書いたメモを指差して聞いてみた。そこら辺の小石から水晶や蛍石のカケラが分類もされずに小さな棚の中にぎゅっと詰め込まれているのが趣味そのものって感じがして好きだって言ったら、先生はとても楽しそうに笑って頷いた。

「ええ、とても。近所が鉱山なのもあって、趣味は図鑑を片手に二次鉱床になっている近所の川に水晶や蛍石を探しに行く子供でした」

「かわいい子供時代だな。あー、現実世界に戻ったら一緒に石を探しに行きたい」

「いいですね。立ち話も何なので、ベッドに座っておしゃべりしましょ」

先生に言われるままにベッドに腰掛ける。石と本とあめ色の木の家具と床、乳白色の壁の部屋。先生の呼吸がはっきり聞こえるほどの静けさに身をひたしてじっと先生の言葉を待つ。五分は待ったんじゃないかな。不安そうにぎゅっと目をつぶって痛みを堪えるようにしていた先生がやっと口を開いた。

「えっとですね。末宵くん、僕の一番恥ずかしいところを見ても逃げない覚悟はありますか?」

この人がオレだけに弱味を見せようとしている。それほどまでに信頼してくれている。それが嬉しい。離したくない。先生がずっとオレの腕の中にいて、オレの手が先生の目と耳をふさいでいれば安心できるんじゃないだろうかってくらいに苦しそうにしていて、オレの方が不安になってきた。

「逃げない。だから、先生も俺から逃げないで」

先生の手をつかんで腕の中へ閉じ込める。そこまでしてやっと先生がいつものふにゃりとした笑顔がこぼれた。

「僕こそ君から逃げたりはしません。僕は君に生かされている。嬉しい。あっ、あまりぎゅってしたら化粧がついてしまいます」

「化粧?」

今は女性の姿だからまあ、よくあることだろう。でも、この人の場合は何があるんだろう。

「自分を美しく見せるためじゃなくて、傷を隠すための化粧をしていて、その傷が僕の恥ずかしいというか、一番隠したいものなんです」

「傷があっても先生は先生じゃん。丁寧にやった化粧落として全部オレに見せようって一歩を踏み出そうとしているの、尊敬するよ」

「ありがとうございます。末宵くん。待っててください。化粧落としてきます」

一筋ポロリとこぼれおちた涙を拭って先生はオレの手から離れていく。その一歩を尊重して目を閉じて待つことにする。ただ待つだけのこの深層心理の世界で10分もない時間途方もないものに感じられて、迎えに行こうかなんて変なことを考えだしたその時に小さく声がした。

「おまたせしました。僕のすべてを見てください」

ゆっくりと目を開いて、視線をドアの先へとあげて不安に揺れる先生をみつめる。はらはらと涙を流す先生の体にはダボダボの白衣の端からは元の皮膚の色がわからないほど傷が走っていた。

「末宵くん」

「おいで、センセ。受け止めるからさ」

「はい。傷痕に触れてくれませんか?そうしたらこの涙が止まる気がして」

白衣を脱ぎ捨て、シャツも脱ぎ捨てて床に放り投げて裸になった先生を受け止める。先生のいまにも壊れそうな危うい身体と心をしっかりと抱きとめて安心させるためにささやきかける。

「先生はここにいる。ずっとそばにオレがいる。ずっと教授を演じて無理をしすぎたんだよな。こんなにボロボロの身体を引きずってまで」

日常生活にも支障が出るほどの傷痕をなぞって、痛みが少しでもなくなるようにと祈って額にそっとキスを落とす。顔から首筋、肩から胸から下へと指先をすべらせてどれほどの痛みだったのかと想像を巡らせて苦しくなった。その傷痕ごと受け入れるためにさらに傷痕をなぞっていく。

「そう、ここ。この脇腹のあたりオレと初塵が鉱山奥で必死に圧迫止血した……あれ?なんでオレこんなこと……いや、待てよ?この傷は……あの人が死ぬ直前、鉱石研究チームと合同で鉱山に探索に行った時に数えきれないくらい見て、人手が足りなくて止血手伝えって言われて触って……なんで、人形が忘れるなんてことはないのに」

傷痕をなぞると、ごっそりと抜け落ちていることに気づいていなかった記憶が存在していたことに驚いて手が止まる。

「そうですよ。僕は君に一度会っています。臨時の合同調査チーム、その中の鉱石調査班のほうで。あの時は仕事時に使う名前で自己紹介していましたね」

「うちの研究室の隣にある鉱石研究室。その副室長、サム・ホーキンスって名乗ってたな、あの時の先生。本名はマイナーな民族がルーツでまず読めないからって、わかりやすい名前で仕事してるんだって自己紹介も添えて。柔和な人柄で研究よりも交渉を主に仕事してるような感じだって周りの研究員が喋ってたのも今思い出した」

「そうです。それで本当の教授は僕の腐れ縁の悪友で、高額な報酬と無理難題をふっかけ合う仲で、僕の所属する研究室のさらに隣にあります」

今度は先生の方がオレを安心させるために、蓋をしていた記憶をもとに雑談と額にキスを落として、涙がまだ止まらないのに笑いかけてオレを許すみたいに話す。

「末宵くん。あまりにもつらいことがあるとですね、無意識のうちに記憶に蓋をしてしまうんですよ。君は、君自身を守るためにとてもつらいことの前後の記憶に蓋をしたんです。いいんですよそれで。僕は君がそれを思い出すことはなくても、愛すると決めていましたから」

「先生の全部くれ」

オレの全てを受け止めてくれる。その覚悟に舞い上がってトンチキなことを口走ってしまった。そのぶっ飛んだ言葉を拾って先生は柔らかい声でこう言った。

「ふふふ。末宵くん、いつも言葉が飛躍しすぎじゃないですか?ここは、記憶に蓋をするんだってことを知って事態を飲み込む時間をつくるところですよ。まあ、いいんですけど。君の言葉を聞いて、少しずつ足りない言葉を僕の言葉で補っていきますよ。これからもずっと」

先生がオレの胸に顔を埋めて頬擦りして甘えてきた。かわいい。閉じ込めたい。とっておきの化石や鉱物標本みたいに大事に奥にしまい込みたい。

「うるさい。なんなら、オレはすっげえいらねえけど、先生は欲しがるだろうし初塵もつけるから。先生の全部くれ」

「はい。僕のすべてを君に捧げます。だからずっとそばにいてください」

ぱっと顔を上げて笑う先生。何があっても愛してくれとは言わないその不器用さが愛おしい。

「センセ」

「末宵くん」

その先生の顔がぐっと近づく。きっとかなり無理をして背伸びをしているんだなって気づいたから屈んでオレからも顔を近づける。軽く触れるだけのキスを一つだけ。秘密を共有し、さらに深みへと堕ちていくことをささやくそのキスは結婚式の誓いを立てるときのキスみたいに甘くてクラクラするほど暗くて重いもので。また目が合った時にはもう先生の涙は止まっていた。先生の傷痕が痛々しい唇から甘くて毒のように痺れる言葉が紡がれる。オレが欲しい言葉に行動をすべてくれることが乾いた大地に染み込む雨で、毒そのものだってわかっている。それでもおそろしい毒を入れた豪奢な杯までも食らいたい欲望に身を任せた。

「ふふふ。おいで、末宵くん。そこにベッドがあるでしょう?君としたいことがあるんです」

さっきとは打って変わって妖艶な吐息混じりの声を耳元で理性を溶かしてきた。ずるい。オレは先生が女性だろうと男性だろうとイケるクチなのわかってて誘惑してきた。

「先生が積極的すぎて怖い。いいけどさ、ここまでオレを煽ったんなら止まれない自信がある」

「ふふふ。でしょうね。傷痕だらけの胸も尻も薄い身体で誘惑した甲斐がありました」

「卑下すんのはナシで」

「はい。それで、ここでヤりますか?それとも現実世界に戻ったらにしますか?」

「両方で。服、脱ぐから待ってよ」

「ふふふ。君の欲張りなところ、好きですよ」

理性なんて服と一緒に投げ捨ててしまった。オアシスに戻るために互いに癒しを与える名目で枕を交わす。先生がオレの腕の中で照れながら「新婚夫婦の初夜みたい」なんて恋に夢を見る年頃みたいなことを言うもんだから燃え上がったのは秘密にしたい。

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