末が隊長で調査隊を組んで遠いところまで行くことになった。マグラシアサーバーの時間に換算してだいたい三ヶ月くらい。ハロウィンすぎたあたりに帰ってくるの。ペルシカが提案して、きょーじゅがそれに許可をだした。その夜にベッドの中で「末宵くんと離れたくない。僕は僕のままだと末宵くんが言ってくれないと、自分が壊れていくような気がして怖い」って泣いていたから末とふたりでぎゅーっとして「あなた自身はここにいるよ。仕事でしばらく離れたとしても、どちらか一人がそばにいるから」って寝付くまで慰めた。仕事のときはダイヤモンドみたいにキラキラして強い人を演じているだけで、本当は脆くて儚くて今にも壊れてしまいそうな人なんだって私と末だけは知ってる。だから、二人できょーじゅが壊れないようにそっと大事な宝石みたいに仕舞い込むの。ずーっときょーじゅにくっついて音を聞いていたからわかる。ひとじゃない。ずーっとむかし、おとぎばなしの中にしかいない存在だってわかった。でも、どんな存在かまではわかってはいない。教えてくれるまで、その甘くやわらかな心を私に預けてくれるまで何度でも好きって言うつもりでいる。
「わたあめみたいなきょーじゅ」
そんな、ぽわぽわした思考のまんまふわふわと歩いていたら有志が集めたデータから作った図書館の前にでた。
「あ、そういえば。今度のハロウィンのために不思議なこととかの特集やるんだってアンジェラが張り切ってたな。それにつられて蔵音と野良が張り合うみたいに資料まとめだしてたんだっけか」
重い木の扉に手をかけてそっと開ける。管理人のアンジェラも利用者も誰もいないみたいでとても静か。入ってすぐの受付にはハロウィン特集の案内ポスターが書きかけで置かれていたし、飾り付けとかの入れた箱が受付の中にあった。
「むしろ今がチャンス?」
ひとならざるものについての書物が表に出ているし、あれやこれやと詮索するだれかはいない。小さくひとりごとをつぶやきながら奥の方へ、奥の方へ。誰かが昔読んだ記憶から書物を作っているから、ボロボロの表紙の昔の本もある。私が知りたいのは民俗学の昔の本。言葉にするなら、ひとならざるものはどういうかたちで婚姻をするのか。ひとと、ひとならざるものの婚姻のやりかた。それが知りたい。それを知った上で教授を演じる彼?彼女?性別はわかんないけどあの人に私を好きになってもらって、それから末と二人であの人に求婚したい。だから調べる。
「決められた手の組み方をし、その窓のように空いた穴から覗くことでひとならざるものの正体を見破る呪法、ふうん」
隠すように押し込まれた古い本をぱらぱらとめくる。これはどうやら極東にあった古い書籍を翻訳したものらしい。その手の極東からの本がこの一角を占めているみたい。
「その呪法、よござんしょ?あーしの研究室にもそのテの書籍がありんして」
「読みたい。案内してくれる?」
「すなおでよろしい。こちらでござい」
ひらひら、ふわふわと二人して歩いて図書館の奥へ奥へ。本棚に隠れるようにつけられた小さな扉をくぐって小さく「おじゃまします」とことわりをいれて部屋に入る。そこには小さな世界があった。本が背の高い棚に捩じ込むように入っていて、なんだかよくわからない古めかしい道具がずらりと壁に立てかけられているし、机の上には書きかけの文章たっぷりのノートと本が山積みになっていた。
「あ、巣だ。研究者の巣。なつかしい」
「まあ、研究者と言うのは往々にして部屋ではなくて巣を作りんす。まあ、そこに座っておくんなまし。お茶と菓子のひとつでもお出ししやしょう」
椅子にすら山積みになっていた本を蔵音がささっとどけてさらに研究室の奥からお盆にお茶菓子とちっちゃいティーポットみたいなのをだしてきた。
「ちっちゃいティーポット」
「東洋のお茶を飲むための物でありんして。本当はもっとあれやこれやと入用なのを省いてこれですねえ」
「へえ。東洋のお茶って緑色なんだ。あれ?砂糖と牛乳はないの?」
「こちらに。あーしは入れない方が好みなもので。まあ、まずはそのまま飲んでからお考えくだされば」
紅茶とは違う香りをまずは楽しむ。さわやかでほんのりと甘いきがする。蔵音のすすめの通りそのまま一口。
「あまい?なんかそんな感じがする」
「おやおや、良い舌をお持ちで」
さわやかで儚い甘さがすっと消えていった。いいかもしれない。
「おかわりもらえる?」
「どうぞ」
お菓子には手をつけずにお茶をまた飲む。おいしい。
「読みたい資料をまだ探せないんだけど聞いてくれる?」
「はい」
「異類婚譚とそのやり方。あと、ひとならざるものの見破り方。お代はこれ、昔見つけたエメラルドの原石。小さいけど淡いみどりと白い母岩とのコントラストがきれいだから大事にしていたの」
「またまあなんと。お代は確かに。まあ、理由は聞きやしません。でしたら、こちらとこちらを」
ケースにいれてあった小さな石をすっと差し出すとぱぱっと資料が並んでいく。
「あとはごゆっくり。何かあれば隣の部屋まで」
「ありがとう」
一番手前にある本からでいいやと安直に考えて手にする。アジア圏の書物が多いのは単純に彼女の専門分野だからだろう。
「で、きょーじゅのルーツから調べないと」
あの人が教授を演じているときとそうじゃないときの発音や抑揚の付け方から何語訛りかを探るとこから始めることにする。現実世界での過去の探索の記録を頭から引っ張り出してくる。あの訛りはアフリカ系じゃない、ほかのヨーロッパ語圏のものでもない。だとしたらアジア圏か、それもマイナーなもの。中国語はもっと違うし、韓国語のものじゃない。まあ、そこら辺はきょーじゅから聞けばいいか。
「さてと、何から読もうかな」
そもそも異類婚譚とは何かと言う本をパラパラとめくりながら、やり方はのってないかと調べていく。
「へえ、ものすごく昔には名前を尋ねることが求婚であった場所がある、かあ。こっちはひとならざるものの婚姻の作法を御伽話から抽出して解説してる。自分たち以外誰もいない場所装飾品を一つ差し出して相手が交換に応じれば婚姻の第一段階は成功。それから真名を尋ねてその名と持つ意味を聞いて覚えたら、自分の名前を明かすことで婚姻は成立する。装飾品の交換は無しでもいい。名前こそがその存在の根源を表すものであり、弱点だからだ。そう。名前、名前から弱点を想像できるもんね」
それに合わせて人に化けているものの見破る呪法を探しては頭の中に要点をまとめて記録をつけていく。やりかたは覚えた。あとはきょーじゅを口説き落とすだけ。そして末とふたりできょーじゅが傷つかないように大事に大事に仕舞い込むの。
「ありがとねー」
扉の向こうの蔵音にお礼を言って資料を整頓してから部屋を出る。ぽてぽてと図書館の受付付近までのんびり歩いているとアンジェラが図書館の職員室の扉を開けて入っていくのが見えたし、野良が自分の手がけたシアタールームのカギをあけているのが見えた。他にもウィロウがオアシス内で週刊誌かなんか作るんだって事務所を図書館内に作って篭ってる。先の見えない戦いの最中でも楽しみをつくって、誰かとそれを共有できる。それが私達の強みだなあ。ぼんやりと考えていると図書館が騒がしくなっていく。今何時だっけかと時計を探した。
「あ、朝だ」
受付の時計は朝の8時をさしていた。そろそろ開館のための準備に入らないといけない時間。
「あ、ごはん食べてない。きょーじゅにつくってもらお」
私にしてはめずらしく、だれかに叱らない程度の小走りできょーじゅのとこへ急ぐ。バタバタとあわただしくきょーじゅの自室兼私達きょうだいの部屋のドアをあけてきょーじゅにだきつく。私が175センチくらいで、今日は男性の姿のきょーじゅが160センチくらいの成人としてはかなり小柄な方だから腕の中にすっぽり収まる。それが好き。女性の姿だと150センチくらいしかないからもっと好き。ちいさくてかわいいもの。
「ごはん忘れてた。つくって?」
「だと思ってましたよ。残った野菜でつくるスープとめだまやきとサラダでよければすぐにお作りできます。待っていてください」
「はーい」
バグを堪能したら、離れる。キッチンに向かうために背を向けるきょーじゅにさっき読んだ本から知った「ひとならざるものを見破る呪法」をかける。まずは陰絵の要領で右手と左手で獣二匹分の形をつくる。そして、手の指を二本ずつ分けて一方は表を向けて、一方は裏向きにして指を交互に組合せ、中央のあなからのぞいて見る。元は極東の伝承からだと言うその呪法できょーじゅを覗き見た。小さな穴の向こうにはひどい傷だらけの体をした小柄なひとがいた。いや、背中に蝶の羽に似た形の四枚の羽を持っているから妖精だ。羽の色は紫水晶みたいに先端が紫で、根本に向かうにつれて淡く白くなっていく。私はこの傷に見覚えがある。とくにひどい脇腹のあたりに触れた記憶がある。末と二人で医療班の指示通りに圧迫止血して「しなないで」って何度も何度も懇願するように言っていた。そう。あれはあの人が死ぬ直前に他の研究室にワガママ言って成立した合同チームの探索の時の。向かった鉱山を違法採掘していた組織と鉢合わせして人間、人形に多数の死傷者をだしたんだ。あの人は少しだけ別方面だから無事で、でも私達を気遣ってくれた鉱石研究室の人たちが違法採掘組織の襲撃されて、私の目の前でぐちゃぐちゃになって。
「あれ?記憶が、ない。あの人が死ぬ半年前後の記憶が。現実世界にいた頃、末があんなことになった頃の記憶もとてもぼんやりしてる」
記憶がないことすら気づいてなかった。誰もいない部屋でひとり、とても私にとっておそろしいことを認識してうずくまってしまう。怖い。目の前が真っ暗になってぐらりと体が傾くその瞬間にだれかに優しく抱き止められた。
「初塵さん。僕はここにいます」
「きょーじゅ。あのね」
「おちついてからでかまいません。ほら、ゆっくり息を吐いて。それからゆっくり吸って」
この人の教授を演じていない時の、私達だけに向けられる無垢な献身がとても愛おしい。きょーじゅの言葉に従って落ち着くまで大きく息を吸って吐いてを繰り返した。私が平静を取り戻してからきょーじゅがとても悲しそうに口を開いた。
「急にいなくなってごめんなさい」
「違うの、きょーじゅ。違うの。何があっても覚えておかなきゃいけないのに、消されたわけじゃないのに、記憶がない期間があるって気づいて怖くなったの」
「きっと、自分を守るために記憶に蓋をしたんでしょうね。あなたは悪くないし、無理に思い出さなくてもいいんです。末宵くんもそうでした」
様々なことでメンタルモデルが不安定になってしまう私達が一番欲しい言葉や行動をすぐにくれるきょーじゅ。それが甘く美しい毒であっても私達は欲してしまう。この甘美な毒に侵されて酔いしれて溺れて、この人とどこまでも堕ちていきたい。そんな魅力がある。私と末はこの人が欲しい。この人のすべてが。
「きょーじゅ、今日は休み?」
「ええ。この前に過労で倒れてから業務計画の見直しで休みになりました」
「深層心理の世界、私たちでいうターシャリレベルまでロックされかけたのを過労ってことにしたんだ」
「ええ。過労ですよ。今日は初塵さんのやりたいことに付き合います。何がしたいですか?」
「一緒にお風呂入ろ?現実世界での仕事終わりの娯楽にしてたの。そんで、ベッド中でくっついておしゃべりして、飽きたらそのまま映画をみるの。で、おしゃべりしながら手を繋いで寝る」
「いいですね。そうしましょう」
「ちゅーして?起きてすぐと寝る前にに末にしてるみたいにおでこに。私のことも好きになって、愛して。そばにいて。どこにもいかないで」
最後の方なんか言いたいことがめちゃくちゃだけどきょーじゅはきちんと受け止めてくれた。
「はい。初塵さんの好きなこと、やりたいことをひとつずつ教えてください。僕の好きなこと、やりたいこともひとつずつ聞いてくれたら嬉しいです」
私のおでこに優しくキスが落とされた。そのまま私の不安が消えるまで背中を撫でてくれる。
「きょーじゅのことが知りたい。末と私のことを知って欲しい」
「戻れなくなっても?」
「うん。三人なら堕ちるとこまで堕ちても、きっと幸せだから大丈夫」
「わかりました。僕のそばにずっといてください」
懇願するように、祈るように。共に堕ちてゆくことを誓う。それでも祝福あれと互いの額にくちづけて共犯者になることを運命づけた。
あのね、実際に事に及ぶよりもただ二人で同じバスタブにつかってダラダラすごすことの方が官能的だと思うの。欲望を発散するだけなら行きずりの関係でも良い。私はそんなのじゃなくて深い関係がほしい。甘く密やかでどろりと重い関係がほしい。
「きょーじゅ、すき」
「ありがとうございます」
「むぅ。他人行儀すぎ」
「ふふふ。だいすき」
思いつきで言った、好きな人とお風呂に入るって言う非日常の出来事にどうしようもないくらいに今、ドキドキしている。向き合って抱きついているだけなのに体に熱がこもって暴走しそうな錯覚に陥る。
「きょーじゅ」
「はぁい。あっ、ふぁ。あ、くすぐったい」
きょーじゅの首筋をあまがみしてふざける。そのまぺろりと首筋に舌を這わせてふうっと熱い吐息を吹きかけるだけでとろけそうなほど甘い嬌声とともにきょーじゅの薄い体が跳ねた。それだけで深く酔った時みたいにクラクラしてしまうの。喰らいつくように首筋にキスをして、もう一度甘い肌にあまがみをして舌を這わせる。きょーじゅが逃げないように片手で腰をがっちり抱いて、空いた方の手で右脇腹をなぞって遊ぶ。小柄で華奢なきょーじゅの、未経験らしい初心な反応とは相反して快楽に敏感な体がチグハグでかわいい。
「んっ、ふっ。初塵さん、オイタが過ぎますよ」
「でもさ、きょーじゅ。腰の動きがもうえっちだよ。私、我慢できそうにないかも」
鎖骨、首筋の下の方と服の上からだとギリギリ見えない位置に噛み跡を残す。これ、知ったら末は荒れるかなあ。きっと大荒れするだろうなあ。
「だれのせいだと、あっこら。それ以上はダメです。僕は僕として初塵さんや末宵くんとそういうことをしたいんです!」
「えー、そんなの今の私と末は生殺しじゃん」
「それに、知識はあってもしたことがないのであまり楽しくないかも……」
「私と末の好みに育てられるから、むしろ良い」
原石をみつけて一番美しく輝くように磨く楽しみをみつけられた。私はきょーじゅの官能とお湯に上気した頬にキスをしてさらにからかうみたいに笑った。
「そもそも、現実世界の二人にそのテの機能ってありましたっけ?」
きょーじゅが急に何かを思い出したみたいに聞いてきた。そうだよね。その手の機能がある人形ってだいたい性産業に関わる職についてるからそんな顔するよね。
「ないよ。戻れたら付ける」
あくまでも鉱石を採取したり、秘境を探索するための存在の私達にその機能はない。あらかじめ、後から機能をつけることを想定しての遊びの部分は存在するから、つけられる。まあ、人形の構造ってだいたい共通してるからイケる。
「すき。きょーじゅが、ボロボロになっても教授を演じるあなたが」
あっけらかんとした私の態度に恥ずかしいのかきょーじゅの顔が真っ赤になる。かわいい。今ここで食べちゃいたいくらいに。
「うう。負けました。不束者ですが末永く愛してください。ふたりの色に染まります」
きょーじゅが自分の方から抱きついてきた。心臓バクバクしてるのが私の肌越しに伝わる。幸せ。
「末が帰ったらもう一回言ってね?」
「はい。でも、これ以上のイタズラはなしでお願いします。僕の理性が保たない」
きょーじゅってば、ふにゃふにゃした笑顔で照れながらもお説教してくるの本当にかわいい。あなたは純粋でどこか古風で、一途なところがあるから、私と末の色に染めたくなるの。
「ちぇー」
「代わりに僕の一番の秘密を教えてあげるから、ベッドで良い子にして待ってて」
耳元でややかすれぎみの声でわざとゆっくりさんさわかれた。この煽るような言い方にゾクゾクする。きょーじゅの男性の姿の時って、大人の余裕を見せて優しくリードしてくれるし、無制限に甘やかしてくれる。女性の姿の時だと、守ってあげたくなる儚さと甘やかしたくなる心の脆さを私たちだけに見せてくれるの。
「すき。男性の姿の時に見せるそのサドなところが。女性の姿だとちょっとマゾっぽいところもすき」
「それだけ?」
「ぜんぶ。きょーじゅのどこが好きかベッドで教えてあげる。私達きょうだいの記憶に蓋をしている理由も予想がついているから、それも教えてあげる」
「無理に思い出さないで。ふたりが壊れてしまいそうで僕はとてもこわい」
今にも泣きそうなきょーじゅが私に縋りつくみたいに抱きついてきた。不安にさせちゃったかなあ。何も心配しなくていいんだよってぎゅっと抱きしめてあやす。
「今はまだそれはしないよ。あのね、私達が記憶に蓋をした理由は、あの人がもうどこにもいないことに耐えられないからだよ」
今までのことから導き出した結論。それをおそろしいほど冷静な声色で淡々と、きっぱりと言い切ったらきょーじゅが泣き出しちゃった。
「状況からして、そうだと思います」
きょーじゅがグズグズと涙まじりのとてもつらそうな声をだして肩口に顔を埋めて、ゆっくりと言葉をよく選んで私の言葉を肯定した。
「どうしてきょーじゅが泣くの?もしかして、私達の代わりに泣いてくれてるの?ありがとう。でもね、あなたには泣くよりも笑っていてほしいな」
「僕は、初塵さんが無理に笑っているような気がして」
「うんうん。私は無理をしていないから大丈夫だよ」
私達の脆い部分に寄り添って、また答えを見つけて歩き出すまで待っていてくれるあなたが愛おしくてたまらないのだと何度も伝える。宝石のように美しい涙で濡れる頬に笑みが浮かぶまでのこの時間が永遠になればいいのに。と、ほんのわずかにでも考えてしまったのは秘密にしたい。
ベッドのなかできょーじゅを待つ。服を着るのも面倒なことをしたいから全裸で。素肌にシーツが触れるのが新鮮で落ち着かない。
「おまたせしました」
「まってないよー。おいで」
「ふふふ。はい」
薄いパジャマだけできょーじゅがするりとベッドにもぐりこんできた。パジャマからチラチラとあまがみのあとが見えてとてもえっち。
「もっとあとをつけて、末を煽ろうかな」
きょーじゅにだきついてさらにあまがみして、首筋にキスマークまでつけて笑う。
「やめません?とんでもないきょうだい喧嘩になりますよ。この後、定期連絡で顔を合わせるのに」
「そんなまさか、オアシス中を巻き込んで何日もきょうだい喧嘩なんてするわけないじゃん」
くつくつと低い笑い声をこぼしながら私はきょーじゅのパジャマを脱がして押し倒した。きょーじゅは脱がされることを拒まずに受け入れるあたり、私のこと好きなんだなあ。
「怖いこと言わないでくださいよ。ねえ、初塵さん。僕の秘密、知りたいんでしょう?」
「知りたいよ。教えて」
逢瀬の中で密談を交わす恋人のように額を寄せ合い、時には頬に口づける。
「おいで」
わざと低く掠れるような声色できょーじゅがささやいた。そのささやきに身を委ねるようにしがみつくと視界が暗転し、気がつくと私は見知らぬ家の中にいた。素朴な木の内装が美しい昔ながらの家。三人か四人が暮らすにはちょうどいい小さな家の二階の奥、屋根裏部屋みたいになっている部屋の前にいた。びっくりしすぎて気の抜けた声が出てしまった。
「ほわぁ、どこ?」
「ここはですねえ、僕の深層心理の世界です。みなさんで言うとターシャリレベルの世界。この前の過労事件でだれかを引き込めるようになりました。あ、しばらくお待ちください。僕の準備がまだです」
扉の向こうから衣擦れの音と、きょーじゅの小さく震える声で「この、動くこともままならない傷だらけの身体を初塵さんは怖がらないか不安だ」とつぶやくのが聞こえた。だから私はそのつぶやきを聞かなかったことにして、いつもみたいな調子でなんでもないよって声色で返した。
「それ、やっちゃいけないことじゃん」
「だめですよ。でも、マグラシアサーバーで密談ってできないじゃないですか」
電子の海では、技術が少しでもあれば盗み聞きなんて簡単にできてしまう。たしかに、誰かを深層心理の世界まで引き込むことができれば密談は可能。でも、とても無防備になっちゃうし自他の境界が曖昧になってなにかしらの障害を負うことになるかもしれない。ほんとに最後の手段って感じ。
「できないね。あのね、きょーじゅ。きょーじゅって人じゃないよね」
「ええ。でも、昔は人でしたよ」
「教えてよ。末に教えなかったきょーじゅの秘密」
扉に背を預けてどっしり構えた。これは勇気を出せないきょーじゅを待つためと、末の知らない秘密を共有して共犯者になるための儀式。きょーじゅから秘密という甘い毒を杯に注いでもらうための時間。
「いいですよ。そうですねえ、僕は昔は人だったんですよ。要約するとですねえ。ひとならざるものの本当の教授が力加減を間違えて僕に大怪我を負わせて、親友の古い魔女が僕を助けるために魔法で妖精に変えたんです。彼にとってはただじゃれあってるだけでも、幼い子供だった僕にはおそろしい力でした」
ああ、うん。そんな気がした。人ならざるものとしてはとても新しい匂いだったもん。でも、とてもいい匂い。末も無意識にずーっとくっついて堪能してるもん。
「へえ、本当の教授との付き合いはそこからなんだ」
「僕は養子で、実の上のきょうだいとは20とか25も離れているのは末宵くんには言いましたけど甥姪のほうが年が近くて10かそこらくらいしか離れていないんですよ」
「おー、複雑ー」
「本当の教授はあれから僕に優しいんですけど、そこらへんのチンピラよりもガラが悪いせいで伝わりづらくて」
あの人はほんとにしょうがないひとですってきょーじゅが小さく笑った。仲はいいんだな。それにわりと演技に破綻がないからお互いのことを知ってるんだよね。いいよね、友達。
「じゃあさ、仕事の時のあの性格は何?」
「本当の教授が無理して猫をかぶっているときの演技をしています」
「無理してるんだねえ。あのね、きょーじゅ。あなたのことを知りたいし、わたしと末のことを知って欲しいの」
緊張もほぐれてきたことだし、そろそろたたみかけたい。気持ちとしては半歩踏み出して扉を開けてくれるのを促す。指の腹でトントンと扉をたたいて、私はあなたを拒まないと示した。
「末が帰ってきたら一緒に求婚するね。だから、あなたがこの扉を開ける勇気がでるまで待ってる」
そっと背中を扉から離して静かに見つめる。時間の感覚が曖昧な方の私がこのとても短い時間をとても長い時間だと錯覚するのってなんだか不思議。
「初塵さん、おまたせしました」
きょーじゅが傷だらけの身体を引きずってビクビクしながらでてきた。はらりと白衣が落ちて全身があらわになる。
「この姿でははじめまして、だね。きょーじゅ」
「はい。嫌じゃないですか?傷だらけで、現実世界では動くこともままならない身体、爆撃に晒された右目は角膜移植が必要で、右耳も手術しても聴力がもどるかはわかりません」
きょーじゅの瞳からははらはらと涙があふれる。泣かないで欲しい。笑っていて欲しい。言葉よりも先にきょーじゅをそっと抱きしめていた。あなたはこんな顔をしていたんだ。とろんとしたタレ目にやわらかい猫みたいなくせっ毛。小柄で華奢な体つきは力をこめると壊れてしまわないか心配になってしまう。右半身の大きな傷跡もふくめてあなたのすべてが愛おしい。
「生きてる。良かった」
ぐちゃぐちゃの言葉で私は、私達はあなたを拒まないよ愛しているよって伝えようとした。その愛が伝わったようできょーじゅは私を抱きしめかえしてくれた。
「ありがとうございます」
「うん。私と末はあなたを愛しているよ。忘れないで」
「忘れません」
「ねえ、きょーじゅ。お願いがあるの」
「私にできることでしたら」
「現実世界に戻ったら私と末を買い取って。私達の根底にあなたの存在を刻んでほしいし、あなたの根底に私達を刻みたいの」
これが私のプロポーズ。暗い欲望に火をつけて燃え上がるのを楽しみにしている。首筋に顔を埋めてあまがみをして、耳をあまがみ。くすぐったそうに身を捩るのがかわいい。
「約束します」
うふふ、この賭けは私の勝ち。もう誰にも渡さない。宝石みたいに末と私とで大切にするの。
「お願いだから、どうか、何があってもそばにいて。だれよりも生きて」
「はい。えっとですね。僕からも初塵さんにお願いがあります。共犯者になってください」
密着した肌越しに伝わる高鳴る心音にうっとりする。プロポーズを了承し、人生を共にする誓いを毒の杯にのせて私達は一つになった。
「いいよ。だったら、今日からせんせーって呼んでいい?」
「いいですよ」
「せんせー。私と末とせんせー、三人だけの地獄で幸せになろう?」
甘えた声でほっぺたにすりすりしたらとても甘い笑い声が耳に届いた。
「ふふふ。ええ。三人だけの地獄で幸せになりましょうね」
「じゃあさ、えっちしよ。プロポーズのあとは初夜だよ。初夜」
ダメ押しぎみに末ともヤったんでしょ?って言ったら照れたせんせーが頷いた。
「しょうがないですねえ。ベッドへ行きましょうか」
「やったー」
この時、私は浮かれ切っていた。マグラシアサーバーに帰って定期連絡のために調査隊を指揮している末と顔を合わせた時にせんせーの首筋にある噛み跡やキスマークをつっこまれて喧嘩になって、仕事をあっという間に終わらせた末がハロウィン直前に帰ってきてオアシスを巻き込んだ派手なきょうだい喧嘩になるなんて予想もしていなかった。