自身から背けられる顔に触れる。
レオナールに、こっちを向いて欲しかった。
フェアリーはそんなラウムの行動を笑い転げまわりたくなる気持ちで見ていた。レオナールが感じているものは戸惑いや期待するもの、情欲と葛藤とが入り混じった渦のようなもので、フェアリーはそれらに呑まれまいと自身の舵取りをする。だが、それらに流されて揺られるのもやぶさかではないと思考の隅で考えていた。こんな面白いものを体感できるだなんて、この契約者様はなんて良い拾い物をしたのだろう。
ラウムは両手でレオナールの顔を覆い、正面に向けさせる。
何か言葉を紡ごうとしているのか開いては閉じる唇をじっと見つめ、誘われるように顔を近付けた。
唇同士が触れ合う瞬間、少年は動きを止めた。眼前にある固く閉じられた瞼を覗き込むように見つめ、ふと自分が何をしているのか分からなくなった。息を止めて背後の壁に身体を力いっぱい押し付けているレオナールの姿に小さく笑う。
頬に添えた手をずらし、少年はそこに軽く唇を押し付けた。
「……ッ!!」
大袈裟にびくつくレオナールに再度笑いが漏れる。
自分がどうしてこんなことをしているのか分からない。
頼れる大人が自分の言うことを訊いて大人しくしていることの仄暗い満足感と、自分のことを信用してくれているであろう相手に対する裏切り、同意もなく人の身体に触れる嫌悪感、湿った生温かい人間の感触。
心臓がうるさく鳴り、胸が熱い。それとは反対に身体は冷え、汗が流れる。
ラウムはレオナールの腹に手を這わせ、布を上に引っ張った。
露出した肌にぺたりと手を置く。湿っている。鍛え上げられた身体に羨望を持ち、ラウムは手の平に感じる凹凸を存分に撫でまわした。
「……レオ兄、いいなぁ。僕もこういう風になりたいよ」
「ラ、ウム……、お前はそのままでも十分、……あぁ、いえ」
「レオナールさんとしましてはこのままじゃないと駄目ってことですよー! 欲望丸出し! キャハハ!」
レオナールの、こちらを気遣うように言う言葉が癪に障る。
眉を下げ微かに口角を上げて言う姿はラウムを慰める時の表情と同じだ。
フェアリーが言うようにもしレオナールが子供の身体が好きだったとしたら、この言葉はラウムのことを気遣うというよりも自分の欲望のためなのだろう。
そのどっちもが嫌だった。
「レオ兄……大人ってさ」
「ラウム……?」
「大人って汚いよね。レオ兄も、そうなんだよね。他の奴らと同じで……」
「ラウム……」
少年の言葉に違和感を覚えたレオナールは、今までなんとか逸らそうとしていた意識を少年に向けた。無意識に少年に触れようとすると、その気配にラウムは彼の耳元で「触れないで」と低く囁いた。
肌着を限界まで捲し上げる。戸惑い、息を呑むレオナールを近くで見ながら首筋に軽く歯を立てた。噛みついたまま舌で舐めあげる。手を胸板に滑らせ、引っ掛かった突起の上を何度も手の平で行き来させた。
一つ一つの刺激にレオナールは大袈裟なほど反応した。極度な緊張状態にあるのか身体は強張り、ラウムの行動を止めようとしているのかなんなのか、腕が持ち上がっては下ろされる。立てられた膝が徐々にラウムの身体に寄っていくのを、ラウムは鬱陶しく思い自身から遠ざけた。
部屋の中にレオナールの息遣いと衣擦れの音、逃げようとする首に必死に噛みつき、吸い付く際の水音が響く。
その音を認識した瞬間、ラウムの身体が一気に冷えた。
鼻から息が漏れ、噛む力が増す。胸板に爪を立てて引っ掻き、胸に渦巻く気持ち悪さを呑み込んだ。
「ぐっ……!?」
自分は、一体何をしているのだろう。
好きだからだ。レオナールのことが好きだからだ。
こっちを向いて欲しい。自分だけを見て、自分だけを守って欲しかった。
そうだ。好きだから「これ」をやるんだ。
「ぷはっ」
噛みついていた首筋から口を離し、じっとりと汗ばむ腹筋に舌を何度か這わせ、噛みついた。
今度は甘噛みとは言えないものだった。食事の際、固い肉を噛み千切る時よりも強くその肌に歯が食い込む。荒い息を吐いて力を込め、レオナールの苦鳴に混乱しながらも次々と身体に噛みついた。
「おー、やるじゃん! レオナールさんもこのとーり喜んでいらっしゃいますよー! 痛いのがお好きですもんねあんた。このド変態!」
フェアリーの言葉に安心する。
口の中に広がる血の味に泣きそうになりながら、その身体に痕を残していく。
上下する肉の蠢きに追い縋って噛みつき、横目で痕から流れる血を見て涙がこぼれた。
怪我をさせているにも関わらず、レオナールは少年のことを引き剥がそうとはしなかった。少年に言われたことを忠実に守り、その手はラウムに触れることは無い。ただ痛みに苦痛の声をあげ、歯を食いしばって堪えている。
ラウムがようやく噛みつくのを止めてレオナールの身体を見下ろした時、顔以外の露出した部分全てに歯型と血の跡が無数に散らばっていた。
ラウムは震える指を握り込んで喉を鳴らす。
いつもの兄とは違う、乱れた頭髪に汗ばむ身体。ぐったりと壁に身体を預けて肩で息をし、だらりと投げ出された腕。身体に刻まれた古傷の上で、獣に咬まれたものとは違う傷が血を流している。
自身の口の中に広がる血を舌で舐め、喉の奥に流し込む。
ラウムは気が気でなかった。
レオナールに嫌われてはいないだろうか?
こんなに傷を付けて、この大人は少年のことを見限ってしまうのでは?
恐怖に震えているとレオナールが顔を上げる。その表情はあの、自分を気遣う表情だ。
「は、ぁ……ラウ」
「喋らないで!!」
悲鳴のような声が少年の口から迸った。
レオナールはその大声に言葉を詰まらせる。
ラウムはレオナールの下腹部の布地が何かで押し上げられているのに気付き、頽れるように床に膝をついた。両太腿の付け根に手を置き、咄嗟に閉じられようとしていた脚を開かせる。
「ラ、ラウム!」
「触らないでって言ってるでしょ!」
伸ばされる手を払い、腰紐を解いて外衣を開く。ズボンの縁に手をかけるとその手を大きな手が押さえつけた。
「ラウム、これ以上は……」
「ううううう!」
「な!?」
手袋に覆われた手の平。ラウムはその手を持ち上げて手袋の上から噛みついた。
レオナールも、まさかラウムがそんな行動をするとは思っておらず驚きに声をあげる。
勢いのまま下着ごとずり下ろす。今まで布の下で押さえつけられていた物が姿を現し、手袋から口を離したラウムはそれのあまりの大きさに「ひっ」と息を呑んだ。
「うわ、グッロ。生き物の生殖器って気持ち悪ぃー。人間はこのグロいもんの大きさを競ったりするんだろ? 下等な生き物の考えてることって分からないし分かりたくもないですねー」
「…………ッ」
「よーよー、俺にはわっかるぜぇ? こーんなグロいもんを可愛い可愛い弟ちゃんに見せつけて興奮してんだろ? なーなーレオナールさんー、ほーらやっぱり当たりー! 当たり当たりの大当たりー! うげーほんっときっもちわりー!」
手で顔を覆うレオナールの周りを飛び回りここぞとばかりに言葉を投げかける。
ラウムは見たことのない大きさに気が遠くなる気分だった。
レオナールの呻き声とフェアリーの楽しそうな姦しい声。
ラウムの身体は冷え切っていた。物事を上手く考えられなくなっている頭で目の前の物に手を伸ばし、掴んだ。
「うっ!? ラウム!?」
「お? うげーきったねぇ! そんなもの触って今度から俺に触んじゃねぇーぞ!」
どうすればいいか分からなかった。
分からないながら、両手で上下に扱く。レオナールの方を窺うと口を押さえて必死に声をもらさないようにしていた。先端から出てくる白い液体に吐き気が込み上げてくる。手の平を先端に添えて、その腹でくるくると円を描くように撫でた。
「あっ!? う、……ッ!」
思わずといった風に声を出す兄の姿にこれでいいのかとラウムはさらに手を速めた。
片手で竿を扱き、もう片方の手で円を描く。白い液体が手の平を汚していき、にちゃにちゃと嫌な音がした。臭いも酷くなってきた。飛びそうになる意識をなんとか保ち、ラウムは必死に手を動かす。
だが限界が来ていた。ラウムの手は少しずつ力を失っていく。目からぼろぼろと涙がこぼれて、自分が一体何をしたかったのか分からなくなってくる。
何も考えられなくなってきている頭は、レオナールの手が迫ってきていることに気付かなかった。
「ぁ、うあっ!」
ラウムの身体が引き寄せられ、レオナールの傷だらけの胸に倒れ込んだ。
頭上から欲望に染まった荒い息を感じ、全身に怖気が走った。
なんとか身体を引き剥がそうと暴れるが、それ以上の力で押さえつけられる。
「や、やめろ! さわ、るなぁ! やめろー!」
腰に回された太い腕。逃げられないと直感し、がむしゃらに暴れまくる。
その時、身体を一気に引き上げられて息が詰まった。レオナールの腰よりも上のところに跨るように持ち上げられ、ラウムは身体を強張らせる。腰に回されていた手はラウムの背中を押さえつけていた。
「レオ、に、やめっ」
「もういい」
「え……」
「黙っていなさい」
怒っている。切羽詰まった声で低く制され、ラウムは口を閉ざした。
レオナールは手袋を口で取り払い、ラウムの肩口に顔を埋めた。肩に感じる人の感触にラウムは「ひぅっ」とか細い悲鳴をあげた。
レオナールは自身の物を握り込み、いつもそうするように自身を慰め始めた。興奮のまま扱き、揺れる腰に合わせてラウムの身体も上下に揺さぶられる。「あっあっ」と出そうと思って出ているわけではない声が漏れ、恥ずかしさにレオナールの肩に顔を埋めた。
「はぁっ、はっ、ふっ」
「んっ、んんんっ」
耳元で聴こえる息遣いに何がなんだか分からなくなる。
時折ラウムの匂いを嗅ごうとしているのか、肩口で大きく息を吸われてその感触にぞわぞわとした。
「やっ、いや、いやだ、レオ兄、いや、やだっ……!」
「はっ、う、ぐっ……!」
揺さぶられていた動きが止まり、ラウムの背に置かれた手が食い込む。レオナールが背中を丸めて息を詰めた。びくびくと何度かレオナールの身体が震え、ラウムはとめどなく流れる涙にしゃくり上げる。嫌だ、という言葉が頭の中を占め、怖いと心が叫んだ。
嫌悪と恐怖に埋め尽くされたラウムは、それらから逃れるように意識を飛ばした。