命の恩人のエルフのお姫様がクソ野郎に✖️✖️される話【胸糞注意】 作:黒糖バス
「異世界転移」というものを俺はしたらしい。
高校からの帰り道、車に轢かれそうになっている子供を助けようと車道に飛び出し、俺は17年の生涯を終えた。
そして目覚めた時には、この魔法や魔物の存在するファンタジーな異世界に迷い込んでしまっていたのである。
転移した先は深い森の中だった。
背の高い木々が葉を広げ、太陽の光さえ殆ど届かない。そんな場所。
生えているのは日本では見たことも無い種類の植物ばかりで、中には毒々しい色の花を咲かせたものや、トゲの生えているものもあった。
後から知った事ではあるが、それらは見た目通り強い毒性を持っており、不用意に触れてしまうと、たちまち体が痺れて動かなくなるとの事だった。
そんな右も左も分からない、危険に溢れた森の中を俺は3日間に渡って彷徨い歩いた。
途中で見つけた小川の水を飲んで腹を痛め、体長1メートルもある巨大な蜘蛛に襲われ、そして凶悪な顔の
────だから、4日目の朝に彼女達に助けられた時も自分の脳が見せている幻覚か、もしくはお迎えに来た天使ではないかと思ったのだった。
☆
「『
淡い光が俺の身体を包み込む。
暖かく優しいその光はボロボロだった身体を急速に癒していった。
前日から続いていた痛みは嘘のように無くなり、感じていた疲労も大分マシになる。
試しに右手をグー、パーと開閉させて状態を確認した。
昨日まで碌に力が入らなかったのだが、問題なく行える。
と、そこで。俺の顔を不安げに覗き込んでいた少女と目が合った。
「応急処置程度ですけど、まだ痛む場所はありますか?」
「あ、いえ……」
まだ混乱から抜け出せていなかった俺は、何とかそれだけ絞り出して返事をする。
声を出して見て気付いたが、喉がカラカラだ。その為、声も掠かすれたものしか出なかった。
「今、水を取りに行かせています。少しお待ち下さい」
「は、い。…ありがと、ございます…」
横になっている俺の側に膝をついた彼女は、ボロボロになった俺の手を握り、「もう大丈夫ですよ。頑張りましたね」と微笑んだ。
それを聞き、助かったのだという実感が俺の中に湧いてくる。
俺は上体を起こし、頭を下げながらもう一度少女にお礼を言った。
少しずつ余裕が戻って来た俺はそこで改めて少女の姿を観察してみた。
年齢は15.6歳くらいだろうか。俺より少し下くらいに見える。
ただ、どう見ても日本人ではない顔立ちをしている為、正確には分からない。
美しい金色の髪に白い肌。白人に近い気もするが、恐らく違うだろう。
何故なら彼女の耳はゲームに出てくるエルフの様に長く尖っているからだ。
と言うかほぼ間違いなくエルフだろうと俺は確信していた。
この3日の間にここが地球のどこでも無いと言うことは何となく分かっていたからだ。
加えてゴブリンみたいな
耳の長い超美少女がいればエルフと判断してしまっても問題ないだろう。
「姫様。水、持って来たよ」
俺がそのエルフ少女を観察していると、新たに1人の女性が俺の側に現れた。
その女性は、「姫様」と呼ばれた少女と同様に美しい容姿をしており、そして銀色の髪の間から長い耳を覗かせていた。
彼女もエルフの様だ。
彼女は「姫様」とは反対側に膝をつき、俺の身体を抱き起こした。
そして、持っていた皮袋の口を俺に近付けると、「飲んで」と平坦な声で促して来た。
────ゴクゴクゴクッ
冷たい水が俺の喉を潤していく。
18年間生きて来てこれ程まで水を有り難く感じた事はなかった。
俺はあっという間に皮袋の中の水を飲み干してしまう。
「プハッ…助かった…本当に、ありがとうございます…!」
「当然の事をしただけですよ」
「ん。後は任せて。休んで」
「姫様」と銀髪のエルフが微笑むのを見て、俺の意識は少しずつ遠のいていった。
☆
俺がこの世界に迷い込んでから半年が経った。
現在、俺はリーフガーデンと言うエルフの国で兵士として働いている。
異世界転移の特典なのかどうかは分からないが、俺の身体能力は日本にいた頃とは比べ物にならない程上昇していた。
オリンピックに出場すれば金メダル間違いないだろう。
その力を活かして、近隣の魔物を討伐したり、犯罪者を捕らえるのが俺の主な仕事だ。
当初1匹相手に死にかけていた
これは異世界基準でも途轍もない事みたいで、いつの間にやらエルフの国で十指に数えられる程の強者として知られる様になっていた。
因みに他の9人は全員エルフだ。
そもそも人間と交流の少ないこの国には、人間は殆ど暮らしていない。
いるのは人間の国のお尋ね者や、俺の様にエルフに助けられた者、後は一部の変わり者くらいだ。
そんな状況で人間で、なおかつ新参者の俺が有名になる事をエルフ達はどう思っているのかといえば、普通に歓迎してくれている。
欲が少なく、気性も穏やかな彼等は嫉妬なんてしないのだ。むしろ、数少ない人間達の方が俺を嫌ってる程だからな。
何にしろ俺はエルフの国で上手く生きて行けている。
日本に帰りたいと言う気持ちも当然あるが、この平和な生活とどちらを取るか聞かれると悩んでしまう。
家族との仲はあまり良くなかったしな。
☆
「ユウト。頑張ってる?」
兵士用の訓練場で1人、剣を振っていると背後から声を掛けられる。
その抑揚のない声は、振り返るまでもなく声の主が誰であるか理解させた。
青いドレススカートと純白の鎧を身に付けた銀髪のエルフ。
歳は俺と変わらない程の筈だが、纏うオーラが歴戦の騎士そのものだ。
流石は勇者様と言ったところか。
「師匠!お久しぶりです!」
俺は彼女に頭を下げて挨拶をした。
彼女こそ俺の剣の師匠であり、このリーフガーデン最強の存在である。
そして、あの日、俺を助けてくれた人物だ。
俺がここまで強くなれたのは、謎の身体能力の上昇だけでなく、彼女に鍛えて貰えたからというのも主な理由だろう。
かつて単独で魔王を討伐した救世の勇者。
そんな"生きた伝説"に鍛えられて、強くならない方が無理というものだ。
ちなみに、彼女には強くなった今も全く勝てる気がしない。
「ん。5日ぶり。今日も自主練してるね」
「ええ、早く師匠に追い付きたいですから」
「そ。頑張って」
俺の言葉に、師匠は口角を僅かにあげる。恐らく笑ったのだろう。
相変わらず無表情で感情の変化が分かりにくい人だ。
美貌と合わさって氷の様に冷たい印象を抱かせる彼女だが、その性格はどうしようもないお人好しだ。
「姫様」と一緒に、生き倒れていた俺を助けてくれた事もそうだが、人々の為に単身魔王に挑む様な人だからな。
まあ、だから。どんな時でも表情の変わらず、考えている事も分かりにくい彼女だが、国中の人から信頼されているのだ。
「ユウト。久しぶりに模擬戦、する?」
俺が考え事をしていると、突然、師匠がそんなら提案をしてきた。
最後に剣を交わしたのは1カ月前か。
アレから更に強くなった自覚はあるし、今の実力で彼女にどれだけ食い下がれるのか試す良い機会かも知れない。
「是非、お願いします!」
俺はすぐに了承の返事をした。
数メートル程離れ、俺と師匠は剣を構えて向かい合う。
師匠は愛用の聖剣ではなく、訓練用の刃潰しの剣を構えていた。
「では、行きます!」
「ん。来て」
俺はひとつ唾を飲み込むと、接敵する為、思い切り地面を蹴った。
──ドンッ!
足元で爆発の様な音を響かせ、俺は一瞬で師匠との距離をゼロにする。
背後で俺が立っていた場所の土が大きくえぐれるのが分かる。
俺の踏み込みが、それ程のエネルギーを生んだという事だ。
流石の師匠でもこの異常なスピードには反応出来ないだろう。
下手をすれば音速を超えているかも知れない。
俺はその速度を維持したまま、師匠の胸の鎧に向けて突きを放った。
他の誰かであれば兎も角、歴戦の勇者たる師匠相手に、高々半年しか修行していない自分の技術が通用する筈がない。
だからこそ、身体能力に任せた単純な攻撃で決着を付ける。
その、つもりだった──
──しかし。
「う、そっ、だろ……!」
「狙いが丸わかり。残念でした」
反応出来ないと思っていた最速の突きを、師匠は難無く交わして見せた。
そして、隙だらけの俺の腹部に思い切り膝蹴りを入れる。
「グハッ!」
口から唾を撒き散らし、無様な声を漏らす。
膝当て(オリハルコン製)の着いた膝での一撃を、無防備なまま食らった俺は、一撃で地面に沈む結果となった。
腹を抱えて丸くなる俺はそれはもう情けないだろう。
国内十強なんて呼ばれて調子に乗っていた様だ。
師匠はそんな俺を見下ろすと、小さく溜息を吐いた。
「教えた事と全然違う。私悲しいよ」
「あ……ち、違うっ、師匠相手だから、その予想外の攻撃を、と思って…」
「訓練なのに?それに、剣は突きに不向き。そんな無意味な事するなら、もう模擬戦しないよ」
「ああ!ごめんなさい!そんな失望した目を向けないで!」
「もう…」
師匠がいつもより長文を喋っている。
これはかなり怒っているみたいだな。
まあ、1カ月振りに弟子の成長を見ようとしたら、教えを全否定した闘い方された訳だからな。
うん。勝ちたくて馬鹿なことした。
「反省してる?」
「は、はい!それはもう!」
「なら許してあげる。お腹本気で蹴ったから、しばらく立てないと思う。模擬戦はまた今度ね」
「……うす。ありがとうございます」
何とか許して貰えたみたいだ。
本気で謝られたら、簡単に許してしまう師匠。相変わらずのお人好しである。
師匠は倒れ臥す俺を見て、どうするか悩んだ後、反省も兼ねて放置する事に決めたらしい。
「じゃあね」と言って立ち去ろうとした。
──と、その時。
「!!!」
「あっ…」
突然、強い風が訓練場を吹き抜けた。
砂を巻き上げながら進んだ風は、そのまま俺と師匠を襲う。
倒れ臥す俺と、そして
その結果。
めくれ上がった師匠のスカートはその役目を放棄し、その中に隠れていた白い脚と、そして、
大人っぽい彼女によく似合った、レース付きのショーツ。
剣以外には興味なさそうな師匠が、こういった下着を着けているとは予想外だ。
即座に脳内に保存する。
「…ユウト。見た?」
超早業でスカートを抑えていた師匠は、風が止んだのを確認すると、顔を赤く染めてそう訊ねてきた。
これはどう見ても確信した上で聞いてきているな。
俺は少し考えてから、ピシッとサムズアップする。
「ご馳走様です師匠」
「…ばか」
俺の言葉に師匠は耳まで真っ赤にする。
そして、一言だけ呟くと、スカートを抑えながら去って行った。
流石師匠だ。
多分、自分がスカートを履いていたから悪い、とか考えて怒る事も出来なかったのだろう。
これが「魔法使い」の奴なら俺の顔に蹴りを入れていたに違いない。
それから俺は、腹の痛みが引くまで30分間、訓練場に横になっていた。
☆
久し振りに城内に呼ばれた俺は、先導するメイドに付いて歩いていた。
彼女は確かフロア長とかでかなり上位の役職のメイドさんだった気がする。
超が付く程の毒舌さんで、以前軽くナンパ
それからは最低限の挨拶以外は会話をしないようにしている。ぶっちゃけ1番苦手な人だ。
お互い無言のまま、廊下を進んで行き、城の中でも最奥に位置する部屋の前まで案内される。
メイドさんは「少々お待ちを」と俺に告げ、扉をノックした。
「姫様。ユウト様をお連れしました」
『どうぞ入って下さい』
「失礼致します」
部屋の中から少女の声がし、入室の許可をされる。
それを聞き、メイドさんは扉を開けて俺を室内へと促した。
「ようこそユウト様。お待ちしていました」
室内には2人の少女がいて、テーブルを囲ってお茶を飲んでいた。
その内の1人、頭にティアラをつけた金髪の少女が俺に歓迎の声を掛けてくる。
ピンクの可愛らしいドレスを身にまとったその少女は、このリーフガーデンの王女様であり、あの日、森の中で俺を助けてくれたもう1人でもある。
彼女はエルフの国で後ろ盾のない俺の後見人として色々と便宜を図ってくれた。
高い身体能力が判明した時に兵士として推薦してくれたのも彼女で、正に俺の大恩人だ。
今日はそんな彼女に1ヶ月間の報告を行う日である。
姫様自身は、別に俺が仕事をサボっていても何も言わないだろうが、俺の失態は後見人になってくれている姫様にまで迷惑を掛けかねない。
その為、姫様の付き人の命令で毎月こうやって報告に来ているのだ。
姫様の対面に座っている、その付き人が肩越しに俺を振り返り、「あら、来たの」と言った。
いつも通りの反応だ。
「お前が呼んだんだろ?魔法使い。そんな事も忘れたのか」
「嫌味よ。分かんないの?アンタみたいなバカ猿と違ってアタシは記憶力が良いの」
「誰がバカ猿だ…!この貧弱モヤシが」
「な、なんですって!!」
俺が魔法使いの細い身体を見下ろして言うと、彼女は立ち上がって俺にガンを飛ばした。
俺も負けじと睨み返し、空中で火花を散らせる。
「はぁ…。2人とも喧嘩はやめて下さい」
「「……はい姫様」」
今にも手が出そうな所で姫様に止められ、仕方なく口喧嘩を止める俺と魔法使い。
しかし、生意気にも奴は舌を出して俺を挑発してくる。
それを見て姫様がもう一度深く溜息を吐いた。
「どうして貴方達はそんなに仲が悪いのですか?」
どうしてと言われても全て魔法使いが悪いのだから仕方がない。
このピンクの髪をツインテールにしたロリエルフは、姫様に目を掛けられている俺が気に入らず何かと俺の邪魔をしてくるのだ。
魔法学院を最年少で卒業し、そして最高の魔法の使い手の証である「魔法使い」の称号を弱冠15歳で手に入れた今代の魔法使い。それが彼女だ。
姫様の幼馴染であり、姫様大好きっ子の彼女は、 姫様の身の回りの事は全て自分1人で行うと宣言しており、誰にも手出しさせようとしないのだ。
エルフは嫉妬と無縁と言われるが、その数少ない例外だろう。
ちなみに、数年前に姫様の護衛に選ばれた師匠に対しても目の敵にして喧嘩を売っていたらしい。
その時に返り討ちにあって、今では師匠の事だけは渋々認めているとか。
「全部そのバカ猿が悪いのよ。人間の癖に姫様に近付いて。絶対姫様の事狙ってるんだわ」
「は、はぁ?!おま、姫様の前で適当な事言ってんじゃねぇぞ!だいたい、姫様の事狙ってんのはお前だろうが!どうせ同じ女だから警戒されないのをいい事に、色んなことやってんだろ?」
「はぁぁあああ??な、なにを根拠に言ってるのよ!姫様、違うからね!私そんなんじゃないから!このバカ猿、これ以上変な事言ったら跡形も無く燃やしてやるわよ!」
「いい度胸だ貧弱魔法使い!俺の剣のサビにしてやるよ!!」
「「ぐぬぬぬぬぬっ!!」」
さっきの動揺振りを見るにこいつは黒だ。
絶対姫様の下着とか盗んでるだろ。
──いや、姫様も馬鹿じゃない。
俺でさえ見抜ける魔法使いの本質を見抜いてない筈がないか…。
分かった上で見逃してるんだろうな。
その証拠に魔法使いに対して困った子を見る様な視線を向けている。
「これでは話が進みません。──リン。少しの間、席を外してもらってもいいですか?」
「な!!?ダメよ姫様!その男と2人きりになるなんて、何をされるか分かったもんじゃないわ!」
「なら、隣の部屋から覗きの魔法で見てていいですから。使えますよね?覗きの魔法」
「え、なんでそれを…っ」
「いつも使っているのは分かっています。私も魔法はそれなりに得意ですから」
「わ、分かりました…!隣の部屋にいます!」
姫様の言葉に顔を青くした魔法使いは、慌てて部屋を飛び出していった。その直前に俺をキッと睨んできたので鼻で笑ってやったが。
「これでお話が出来ますね」
「良いんですか、アイツ。完全に黒ですよ」
「ふふっ。大丈夫ですよ。多分ユウト様が思っているのとは違いますから。あの子は本当に私の為に行動しているだけですから。覗きの魔法も護衛目的で使用しているだけだと思います」
「姫様がそう言うなら、そうなんでしょうけど…」
「それより、ユウト様のお話を聞かせて下さい」
「了解です」
本人がいない所で魔法使いを悪く言うのもどうかと思った俺は、姫様の希望通り、今月あった出来事の報告を始めた。
報告なんて言うと仰々しいが実際はただのお茶会みたいなものだ。
姫様が手ずから入れてくれた紅茶を飲みながら、なんて事の無い話を聞かせる。
姫様は口下手な俺の話を楽しそうに聞いてくれるので、この時間が実はかなり楽しみではある。
いつもは魔法使いが「どうせ話盛ってるんでしょ」とか「アタシならその倍は魔物を倒せるわ」とか言って話の邪魔をしてくるのだが、今日はそれも無い。
美しいエルフのお姫様と2人きりで過ごせるなんて夢の様だ。
「──それで俺はドラゴンの首を切り落とす事に成功したんです」
「……………………」
「それから仲間の兵士達と一緒に街まで持って帰ってドラゴン肉パーティーをしました」
「……………………」
「そしたら────?──姫様?」
「……………あ、すみません」
「あーその、退屈でしたかね?」
どこかボーッとした様子で俺を見ている姫様に気付き、そう訊ねる。
語るのに夢中になり過ぎて時間を気にしていなかったが、もう1時間近く経っていた。
やっちまったか?と不安になる俺に、姫様は笑顔を向け、首を振る。
「いえ、私は中々外に出られないので、ユウト様のお話はいつもとても楽しいですよ」
「ならいいんですけど……」
「ただ、半年前に比べて随分と立派になったな、と思いまして」
「まあ、そうですね。自分でも驚いていますし。全部、姫様と師匠のお陰ですよ」
今なら分かるのだ。
見ず知らずの人間を国内に招き入れ、そして後見人となって全ての責任を負うリスクが。
エルフと違って人間は欲深く、平気で人を裏切る種族だ。
もし姫様が助けたのが俺以外の恩知らずだったなら、もしかすると姫様は大きな不利益を被っていた可能性もある。
それを理解していながら、姫様は俺を助けてくれた。お陰で、俺は今野垂れ死にせずにすんでいるのだ。
「あの時も言いましたが、当然の事をしただけです。あまり気にしないで下さい」
「それは無理ですね。姫様に対する感謝の気持ちはどうしようもないですから。──俺はこれから先もっと強くなって、姫様をあらゆる敵から守れるようになります」
「そう、ですか。リンと似た事を言うのですね」
「姫様を守るって目的だけはアイツと同じですからね」
「ユウト様には自由に生きて頂きたいのですけど。それか目的だと仰るのなら止めるのも失礼でしょうね。──だから、ありがとう、と言わせて下さい。この半年間の貴方の功績と、そしてその献身に」
そう言って頭を下げる姫様は、いつにも増して清く美しいと感じた。
だから、俺は何があろうと彼女を守り抜くと、そう決意したのだ。
例え、何百、何千の同胞を殺そうとも。
☆
人神教。
現在、人間の国で急速に広まっている宗教である。
この世で神が作り出した種族は人間だけであり、人間こそが世界を支配する権利を持っている。
人以外のあらゆる種族は魔から生まれた存在であり、これを討滅させる事こそ、人が神から与えられた最終試練である。
とかなんとか。
つまり人間至上主義的な教えだ。異世界モノの作品で結構な割合であるヤツである。
どうやらそれが、この世界でも台頭して来たらしい。
少し前までは魔王という共通の敵がいた為、人間もエルフも他の多くの種族が協力していた。
それがいなくなった途端、この有様だ。
人間という種族は敵を作らなければまとまる事も出来ないのだ。
温厚なエルフと比較してどちらが魔に近いかと言えば、間違いなく人間の方だろう。
だが、どんなにアホらしい教えでも、人間は自分が信じたい事を信じ、そして周りに流されて行動してしまう。
その結果。
既に獣人やドワーフの国が滅ぼされ、そこに住んでいた人々が虐殺されてしまったらしい。
彼等は人間に比べ、魔法でも身体能力でも優っていたのだが、人間が開発した数多の魔法兵器の前には為すすべがなかった様だ。
そして、今も妖精や龍人、吸血鬼の国が戦っているようだが、戦況は不利だ。
もし彼等が敗北すれば、地理的に次に攻撃を受けるのは
その為、数日前から始まった緊急会議の結果、エルフの国から他の種族の国々へと援軍を出す事が決定されたのだった。
そして、少し前に師匠に勝利して《エルフの国最強》と呼ばれる様になっていた俺がその遠征軍の大将として選ばれたのだった。
☆
結果から述べると、遠征軍は敗走した。
全てが遅過ぎたのだ。
俺達が龍人の国へと到着した時、既に龍人という種族はこの世にいなかった。
全種族最強と呼ばれていた龍人さえ、魔法兵器を手に入れた人間の前には無力だったのだ。
俺が見たのは龍人の国の中央広場で晒されている龍王の首と、老若男女問わず皆殺しにされた龍人達の亡骸の山、そして、俺達を待ち構えていた人間達の攻撃の嵐だった。
2万人いた遠征軍は死にものぐるいで闘った。
龍人の国の有様を見て、自分達が敗れれば、次にこうなるのは自分達の家族だと、誰もが理解していたからだ。
──肘から先が無くなった腕で敵を殴り殺したエルフがいた。
──下半身が引き飛ぼうとも魔法の詠唱を止めず、敵を十人殺してくたばったエルフがいた。
──両手と片足を失いながら、敵の喉元に食らい付き、殺して見せたエルフがいた。
そして俺も、自殺同然に敵陣を襲撃し、最終的に千を越える人間を殺して見せた。
2万のエルフで3万の人間を殺したのだ。
死んだエルフ達を見事だと褒め称えてやりたい。
────だが、敵の総数は15万人で、その内の3万人が死のうとも、残り12万人いるという事実さえ考えなければ、だが。
5日間に及ぶ戦闘で遠征軍はほぼ全滅した。
生き残りは俺を含めて数十名程度。
戦闘の中で川に落ちて生き長らえた者達だけだった。
☆
「ユウト!しっかりしなさい!」
遠征軍の敗北を知らせる為、俺は単身リーフガーデンに帰還した。
満身創痍とは言え、12万の軍勢よりは遥かに速く走ることが出来る。
恐らく敵がここに到達するまで数日の猶予はあるだろう。
城門の前で力尽きた俺の元に誰かが駆け寄ってくる。
「『
その人物が治癒魔法を唱えると身体が軽くなり、全身から痛みも消えてしまった。
全身の骨が折れていた筈だが、流石は今代の魔法使いだ。
「助かったよ魔法使い」
「アンタも無事で良かったわ。どう?歩けるかしら?」
「ああ、問題ない。──すぐに姫様に伝えなきゃならない事がある」
「肩を貸すわ。行きましょう」
魔法使いの手を借りて立ち上がると、俺はゆっくりと歩き始める。
魔法使いはすぐ側に付いて歩き、俺を支えてくれた。
俺がよろける度に「大丈夫?」「頑張って」と声を掛けてくる。
誰だこいつ。
いつもの生意気な態度じゃないと、こっちの調子が狂ってしまう。
「ユウト様!」
「ユウト…」
いつもの部屋に辿りつくと、姫様と師匠が俺を待っていた。
国を発つ時、今生の別れのつもりで挨拶を済ませたのだが、また生きて2人に会えたことに嬉し涙が溢れてくる。
生き恥を晒す様だが、嬉しいのだから仕方がない。
俺は駆け寄って来た2人の前に膝をつき、遠征軍の顛末を報告した。
自分を残してほぼ全滅したこと。
敵の兵器が強力で恐らく勝ち目がないこと。
それでも3万人道連れにしたこと。
──そして、じきにこの国も滅ぼされるであろうこと。
それらを静かに聞き終えた3人は、敗走した俺を責めるでもなく、ただ、優しく肩を叩き、「頑張ったね。お帰り」と、そう声を掛けてくれた。
限界だった。
この世界に来た時は、ただ混乱するばかりで、死の危機を正確に認識する事が出来なかった。
だが、今回。初めて戦場に立ち、人を殺し、そして殺され掛けた。
仲間も殺され、自分も両手の指の数では足りないくらい死にそうになった。
間近に迫った死の恐怖を、正しく認識してしまった俺は、それでも使命の為にその感情を押し殺してここまで来たのだ。
それが、彼女達の言葉で崩壊してしまった。
俺は。
──負けたくないと思っていたライバルの前で。
──強くあると誓った師の前で。
そして
──守ると誓った最愛の人の前で。
情けなくも涙を流したのだった。
☆
エルフの王城には古代に作られた魔法の祭壇が存在する。
今より遥かに魔法技術が発展していた時代の遺物で、その効果は絶大。
魔力量に応じて、人を遠い場所へと転移させる事が出来るというものだ。
もしもの時の緊急避難用に、歴代の王が魔力を貯め続けてきたらしい。
そのお陰で、現在、数人の転移が可能な状態であるらしい。
俺と師匠、そして魔法使いはこの魔法を使い、姫様を遠い場所に逃す事に決めた。
姫様は他の国民を置いて自分だけ逃げる訳にはいかないと反対したが、誰も聞き入れなかった。
城内に残るエルフ達は話し合い、姫様と一緒に転移する人員を選択した。
──姫様の身の回りの世話を行い、時に魔法で問題を解決することの出来る魔法使い。
──勇者として姫様と同じくらい国民から慕われており、実力も俺に抜かれるまでは最強の戦士だった師匠。
予想通り、選ばれたのはこの2人だった。
誰もが納得する人選だ。
俺を筆頭に他のエルフ達は、引け目を感じている彼女達を説き伏せ、そして気が変わらない内に魔法を発動させる事にした。
「師匠、魔法使い。姫様の事をお願いします」
俺は祭壇の上でこちらに悲しみの視線を向ける彼女達に対し、頭を下げた。
俺の後ろで、多くのエルフ達が同じ様に頭を下げる。
ここに残る俺達は間違いなく死ぬ。
それでも今、彼らの目に宿るのは姫様達のこれからに対する不安ばかりだった。
「当然。任せて。ユウト、またね」
「アンタの分も姫様を守るわ。またねユウト」
2人は涙を流しながらも、決して「さよなら」とは言わず、「また会おう」とそう言った。
俺はここで死ぬまで闘い、決して逃げることは無い。だから、また会う事なんてあり得ない。
それでも「またね」とそう頷き合う。
そして、最後に姫様に声を掛ける。
「姫様。貴女に助けて頂いた事、一生忘れません。どうかお元気で」
「はい。私もユウト様の事は忘れません。元気で、また、お会いしましょう」
祭壇が光を放つ。
魔法が発動するのだ。
短い挨拶になったが、これでいい。
昨日までに伝えたい事は全て伝えた。
全て──・・・
いや、一つ伝えてなかった事があったな。
姫様……
「……貴女のことをお慕い申し上げておりました」
3人はもういなかった。
☆
3日後。
エルフの国は滅んだ。
俺は、またしても生き恥を晒した。