これは、自分の中、体内で動いている、何故、ナゼだ。
「食って、いいって言ったから」
腹を突き破る痛みに耐えながらも男は手を伸ばして掴もうとした、だが、それを遮るように白い手が、長い爪が、その手を引き裂いた。
「所詮、出来損ないね、見てごらんなさい」
男の腹から出てきた無数の小さな赤い石ら女の手が触れると、それは黒い消し炭のように変わり、粉々になっていく、男は叫ぼうとした。
だが、声が出ない、自分が手に入れ、掴みかけたものがすり抜けていく。
自分は騙されたのか、人間になれると言ったのは、あの研究者は騙したのか。
許さない、ユルサナイ、絶対に。
その日、届いた一通の手紙はマルコを驚かせるには十分だった、返事を出そうとしても答えを出すのに迷う、すぐには結論が出せないと思っていたが、同日の夕方、オリヴィエとアレックスの二人が訪ねてきた、一週間ぶりの再会だ。
「先生、軍からはなんと」
マルコは二人の目の前に手紙を広げた。
「軍に怪我人が増えているというのは」
「確かです、街でキメラが暴れ出す事件が多発しています、しかし、軍の医療班が、それに対処できないかと言われたら愚問です」
「文面には、お願いとありますが、姉上」
「おまえが羨ましいぞ、アレックス、この内容を素直に受け取るとはな、裏があるに決まっているだろう、しかも、最初から断る事を想定していない」
マルコは頷いた。
「軍の施設内に住み込みでとある」
「賛成できません」
オリヴィエはきっぱりと言い切った、いや、反対したといったほうがいいだろう、だが、考え込むような表情で、いかがでしょうと言葉を続けた。
「街の一軒家は個人の邸宅でしたら軍も深くは介入できないと思います、こちらで内密に用意すれば」
それは駄目だとマルコは首を振った、もし、アームストロング家が関わっていると知れば何かしら文句をつけて探りを入れられるかもしれない。
「それにしても、こんな事を言い出すとは、誰が」
オリヴィエはホムンルクルスですと呟いた。
「キング・ブラッドレイ、彼はホムンルクルスですとからと呟いた。
その日、夕食後、いきなりマルコからしばらく診療所の仕事を休んで街へ行く事になったと聞いて三人と一匹は驚いた。
「軍医として働いてくれないかと言われてね、スカー、少尉が、おまえさんに手伝ってもらいたい事があると言ってた、明日、来る予定だ、それから鍛錬術について、メイにも色々と」
まさか、いきなりこんな事を言い出すとは三人は、ただ話を聞くしかできなかった。
「それと街中に家を買うことにした、軍の敷地内の寮生活というのは独り者には便利だが、四人で暮らすとなると色々と面倒な事もあるだろう」
「先生、突然ですね、でも、診療所を閉めたら、今までの患者さんが」
「軍が私の代わりの民間の医者を派遣してくれる事になっている」
マルコの言葉に女はそうですかと頷いた、だが、その表情は明らかに。
「荷造りをしなければいかんな、悪いが今からでも手伝ってくれないか」
「家を買うって、驚きました」
診察室の棚のカルテや医療関係の本を整理しながら、マルコは女の言葉に、この歳だ、それぐらいの蓄えはあると笑いながら言った。
「あの、ここを無人にすると帰ってきたとき大変なので、残って」
言いかけた言葉に思わず駄目だと言いそうになるが、それを言葉には出さなかった。
もしかしたら、ここに残ると言い出すのではないかと思ったのだ、それはできることなら避けたい、いや、了承できない。
家を買うと決断したのはオリヴィエ達と話していたときだ、これには二人も驚いていた、だが、個人の家、仮とはいえ軍医という立場なら少しは優位に立てるのではないかと考えたのだ。
「ここに一人でいて、もし何かあれば責任を感じてしまうよ」
返事がない、振り返ったマルコは女の顔を見てわずかに視線を逸らした。
「喉、乾きませんか、お茶を入れてきます」
納得してくれたらいいのだが、自分には、あれが精一杯だとマルコは内心脱力した。
責任を感じるか、最初に家に招き入れたのは自分だ。
彼女が、もっと我が儘で自分勝手に振る舞っていたなら自宅に住まわせたり、色々と世話を焼いたりはしなかっただろう。
「先生、コーヒーでいいですか」
ドアが開いて女が入ってきた。
「紅茶の葉がきれていたので」
「そうか、向こうに着いたら買いに行かないと」
先ほどの、ほんのわずかなやりとりの気まずさを思い出して言葉を選ぶのは難しいと改めて感じた、歳をとったからといって何でも、うまくやり過ごせるようになるとは限らないのだとマルコは改めて感じていた。
カップのに手を伸ばそうとしたとき、先生と呼ばれて顔を上げた。
「面倒とか心配をかけたりとか、これから先、勿論、なるべくそうはならないようにします」
その言葉に、ほっとする自分がいる。
「先の心配などしてどうするんだね、今更だよ、そうだ、パンケーキを焼こうか」
「今からですか」
構わんよと言いながら部屋を出ようとすると女が声をかける。
「先生、これからも、お世話になります」
先生、家を購入、それって老後の蓄えか。
皆で引っ越しすることになりました。