「んで、捗ってるのけ?」
卒業式の後、六三四は三日ほど峠山に帰省し、私も一週間ほど北上に帰省していた。この期間、六三四は一人で勉強していたはずだ。
「いや……まんず勉強さこんな大変なものだとは知らねがった。これだったら武者修行してた方が気が楽だったべ」
六三四は大盛りのカツカレーを頬張りながらボヤいた。
「どうしたのけ?」
「相変わらず数学と英語さどうしても上達しねぇ。数字やアルファベットなんて、オレには記号にしか見えねんだ」
そう言ってため息をついた。
六三四は小学生の頃から詩に興味を持つようなマセたところがあったし、一人で日本中旅するような奴だった。だからある程度は国語や地理なんかは取っ付き易かったようで割とすぐに成績は上がった。だけど数学や英語には全くの無縁で、高校を卒業するのがやっとの出来。
「そんなこと言ってる場合じゃねぇっす。教師になるためには避けて通れねぇ道だべ。高校は卒業できたんだ、もう一息だべす」
「わがってる……。オレの悪い成績におめを合わせるわけには行がねぇからな。何とか勉強して二人で同じ大学さ行けるように頑張るべ」
弱々しくも真剣な顔で語る六三四を見て、少し安心した。六三四はやると言ったらやる男だ。
気が付けば六三四のスプーンが止まっている。
「どうすた、わたすのことジロジロ見て?」
六三四は私の顔を見つめて笑った。
「すかす、おめの顔一週間も見てねぇと調子さ狂っちまうな」
確かにこの一年はほぼ毎日顔を合わせていたから、離れていたこの一週間はとても不思議に感じられた。正直に言えば、私は寂しかった。
「ところで嵐子、おめ何さ食ってるのけ?」
そう言って不思議そうな顔をして私の目の前の皿を覗き込む。
「ああ、これけ。カルボナーラだべす」
「カルボ……なんだべ、そりゃ?」
「パスタ料理の一種だ」
「パスタ? スパゲッティみてぇな麺だげど、違うのけ?」
「スパゲッティはパスタの一種だ」
「おめはまた不思議なもんさ食って。この西洋かぶれがぁ」
六三四はよくわからないといった風にぼやいた。
「あんたも食ってみろやぁ」
私はパスタをフォークに巻き付けて一口大にしてやり、六三四の口に運んだ。六三四は犬のように鼻をひくつかせて匂いを嗅いで、遠慮がちに頬張る。何度か咀嚼すると、まだ口にパスタを含んだまま微笑んだ。
「うめなぁ!」
私たちは童子の頃のように声をあげて笑った。勉強ばかりしていた鬱憤を晴らすには、こうやって気のおけない人間と談笑するのがいい。心も身体もリラックスしてくる。
しばらくは他愛もない話をしながら食事を続けた。
「大学さ行ったら、わたすたちずっと一緒にいられるかな?」
目指している大学へは、私も六三四も家から通えない。下宿先が必要だ。
「おお。学科も同ずだし、どうせ一緒に剣道部さ入るんだべ。嫌でも毎日顔さ合わせるべ」
私は皿の隅で、パスタの絡みついたフォークを余分に回転させながら言った。
「わたすが言ってるのはそういうことでねえっす……。わたすたち下宿さしなければなんねぇだろ、どうせ同じ大学さ行くなら一緒に住んでもいいでねかと思って……」
六三四は飲んでいたコーヒーを吹き出した。
「お、おめ……何言ってるべ。さすがに男と女が一緒に住むなんて良くないべ」
六三四は一気に顔を紅潮させて目を逸らした。その視線は私の目元から下がり、胸元で止まった。六三四は若い男だから当然私の身体に興味があるだろうが、普段はおくびにもださない。それが「一緒に住む」などという過激な言葉で刺激されてしまったのだろうか。
「あんた、わたすにそばにいろって言ったべす。だったら一緒に住んだらいいべ」
照れる六三四が面白くて、甘えるように上目遣いで言ってやった。
「た、確かに言ったけども……オレたちまだ十八歳だ。それに……」
六三四は一度言葉を切った。
「まだ……キスもしてねぇべ……」
「あんたもわがってるべ。わたすたちはもう大人だ、童子じゃねえ。言葉だけじゃダメだなっす……」
「ら、嵐子……そんな話、ここでするでねぇ。外さ行こな……?」
六三四は身体を強張らせて静かに言った。私たちは会話をやめ、すぐに食事を済ませて夜の街に出た。