Ⅶ
梅沢医院で先生と一緒に仕事をし始めて3年が過ぎた春,先生から
「わたしは今年いっぱいでリタイアしようと思っている」
と打ち明けられた。
「キミはもう一人でやっていけるよ」
ここで働き始めてから,この日が来るのは予想していたけれど,想定より早いというのがわたしの正直な実感。〔大丈夫かな?〕という不安はあるけど,先生の気持ちはもう決まっているんだろう。
「先生はどうなさるんですか?」
「有料老人ホームに引っ越すよ。わたしとしては普通の入居者として住むつもりだったんだが,管理会社からぜひ付設診療所の仕事を引き受けてくれと頼まれて,まあ100人くらいの入居者だけ診るんなら隠居仕事としてやってもいいかと思って,引き受けた。まったく,医者というのは80歳近くなっても楽隠居させてもらえないんだな。キミも覚悟しておきなさい」
先生は笑いながら話す。
「じゃあ,この2階は?」
「キミが住む気はないか?」
「そうして,いいんですか?」
「それが一番いいだろう。空き部屋にしておくのはもったいないし」
「それなら家賃を払わないと・・・・と言うか,この建物をわたしが購入するのが筋ではないでしょうか?」
「うん。それで,わたしも考えたんだが,分割払いでキミに売却しようと思っている。つまり,毎月10万とか,それくらいの金額を支払ってもらう」
「住宅ローンですか?」
「住宅ローンは銀行を儲けさせるだけだ。銀行を関与させないで,わたしとキミとの間で分割払い契約を結べばいいんだよ」
「そんなことできるんですか?」
「家を分割払いで売ってはいけないという法律はないはずだよ」
その年の暮れ,梅沢先生は引っ越していった。翌日,わたしは自分の荷物を2階に運び込んだ。2DKの部屋。奇妙な既視感がある。ちょっと考えて思い出した。ミユキと暮らした東公園のそばのアパートに似ている。2DKであればどこも似たような造りになるのかもしれないけど,それにしても似ている。わたしは1つの部屋に荷物を入れて,もう1つの部屋は空き部屋のままにした。〔ここはミユキの部屋〕。
お正月はミユキのレストランもお休み。なので,わたしは「高村医院」と看板を書き換えた医院の2階にミユキを案内した。ミユキはドアを開け,ダイニングキッチンを見回している。テーブルに椅子が2脚,向かい合って置いてある。
「似てるでしょう」
「うん。似てる・・・・」
そして,ミユキの部屋,つまり昔のミユキの部屋と同じ配置にある部屋のドアを開けた。中はがらんどう。荷物は何もない。
「この部屋は・・・・」
「お姉さんの部屋だよ」
ミユキは黙ってわたしを見つめる。
「だから,わたしの持ち物は置いてない」
ミユキは複雑な表情でわたしを見つめる。それから,緊張を解くようにフッと笑みを漏らした。
「じゃあ,うちに置くスペースがない物を置かせてもらおうかな」
「それでもいいよ。お姉さんの部屋なんだから,自由に使って」
と言いながら,ミユキがこの部屋に物を運び込むことはなかった。
岡田さんは2年の研修期間が終わってもそのまま大学病院の形成外科に残って勤務医をやっている。研修時代ほどではないけど,かなり忙しい。それでも,たまにわたしと会うくらいの時間はある。ぼやきはずいぶん少なくなった。
「岡田さん,わたしに告白した頃,わたしの目を岡田さんだけに向けさせたいって言ったことがあったけど,今もそう思ってるの?」
「思ってはいる。無理だと分かってるけどね」
「岡田さんは,わたしが目を向ける二人のうちの一人だよ」
「それって,ひょっとしてわたしがお姉様と同じ立場ということ?」
わたしはうなずく。
「それはすごくうれしいよ。わたしは・・・・良くてお姉様の次,2番手だと思ってたから」
「今では,岡田さんもお姉さんと同じくらい大切なんだよ。ただ,岡田さんへの気持ちとお姉さんへの気持ちは,どこか質が違っているけど」
「まあ,それはそうでしょう」
穏やかな口調でこんな会話をしている。
・・・・卒業から5年が過ぎた。6年目の春,岡田さんはタイの病院に研修に行くことを決めた。
「タイ?」
「うん。意外に思うかもしれないけど,タイのトップレベルの病院は,形成外科では世界でもトップレベル,日本よりレベルが高いの。特に美容形成と性転換手術では。世界中から患者が集まって,症例数も多いんだ」
わたしは,その言葉の意味を理解する。
「性転換手術を学ぶためにタイに行くの?」
「うん。1年は短いけど,学べるだけのことは学んで来るよ」
「がんばってね」
「ありがとう」
彼女は笑顔で返事する。
わたしが性転換手術する時は自分が執刀医になるという言葉は,ウソでも冗談でもなかった。もちろん,そんなことは分かっていた。ウソや冗談でそんなことを言う人ではない。それでも,彼女の本気の度合いをわたしは思い知る。
「岡田さんは,わたしに手術を勧めるの?」
「・・・・」
彼女はちょっと考えてから答えた。
「高村クンのためには,ぜひ勧めるよ。女の人たちと性を意識しないで無邪気に友達付合いしたいのなら,顔立ちや雰囲気だけじゃなくて,体そのものも女にしてしまう方がいいと思うから」
それからまたちょっと間を置いて,
「わたしにとっては,アンビバレントな気持ち。高村クンが男でなくなってしまうのは惜しいとも思うけど,男でなくなれば,わたしも高村クンが望むように性を意識しないで高村クンと付き合えるでしょう。それを自分のメスで実現できるなら・・・・」
わたしはうなずく。そして,話題を留学に戻す。
「留学費用とかは,心配ないの?」
「実は,去年の秋,おばあちゃんが死んだんだ」
「えっ?・・・・」
突然そんな話題を振られて,わたしは戸惑った。
「人に触れ回るようなことじゃないから,話さなかったけどね。それで,あの家,一人で住むには広すぎるから売ることにした」
「売れたの?」
「うん。わりといい値で。家は取り壊して跡地にワンルームマンションを建てるらしい。その代金の一部を留学費用に充てるんだ。向こうでも研修医としての給料は出るけど,それだけでは足りないかもしれないからね」
わたしは納得した。
「まあ,つまり,こういう遺産?が入ったのも,今留学を決めた理由の一つ」
「大学からの援助とかはないの?」
「まさか・・・・むしろ,大学の先生たちの反対を押し切って行くようなものなんだ」
「そう?」
わたしは彼女の行動力にあらためて驚いた。
「大学病院には退職届を出してる。だから,帰ってきても大学には戻らない」
「どうするの?」
「まあ,形成外科医の求人はたくさんあるから。それに,一般社会はともかく,業界の中ではタイの病院のレベルの高さは知られているから,そんなに心配してくれなくていいよ。就職先は見つかるよ」
確かに,それはそうかもしれないけど・・・・
「“Aggressive”だね」
彼女は単語の意味をちょっと考えていた。
「『侵略的』ってこと?」
「いや,そうじゃなくて・・・・つまり,『積極的』とか『勇猛果敢』というような意味」
「ああ,そういう意味。確かに,ぴったりかも・・・・それにしても高村クン,こんな場面でさらりと英単語が出てくるなんて,相変わらず英語クィーンだね」
彼女は屈託なく笑った。
時代はバブルが膨らんでいる頃だった。ミユキの夫の隆さんは支店を3カ所オープンした。
「わたしは危ないと思ってるの。3カ所同時だなんて。銀行からかなり借金してるの。1つずつ広げていけばいいと思うの。1店目が黒字になったら2店目というふうに。でも,わたしが言っても『だから女はだめなんだ。用心するだけじゃだめなんだ。大胆,積極的な決断も必要なんだ』と言って,きかないの」
わたしは隆さんの言い分に反発した。経営戦略のことは分からないけど,「だから女はだめなんだ」という決めつけるような言い方に反発した。夫婦でも意見が食い違うことはある。その時,ほんとうに相手を大切に思っているなら,きちんとていねいに相手が納得するように説明すべきだろう。頭ごなしに否定するなんて・・・・。まして,ミユキは仕事でもがんばっている。店が繁盛しているのも,半分くらいはミユキの功績のはずなのに,そんな言い方をするなんて。
冷静でないことは自覚している。わたしは隆さんに対して冷静になれない。でも,そんな屈折した感情を抜きにしても,彼の態度への反発は理があると思う。
「そういう言い方はおかしいよ。仮に隆さんの経営判断が正しいとしても」
「わたしも腹が立ったわ。『だから女はだめなんだ』って上から決めつけるような言い方」
「夫婦げんかになった?」
「ううん。言い返しはしなかった。言っても無駄と思ってるから」
「言っても無駄?」
「うん。もとからワンマンというか亭主関白みたいなところがある人だから。この何年か,レストランが繁盛してさらに天狗になってる部分はあるけど」
「繁盛してるんだって,半分はお姉さんの手柄でしょう」
「半分かどうか分からないけど,それなりに貢献してると思うよ。隆さんがどこまで分かっているか,分からないけど」
「お姉さん,大丈夫?」
「何が?」
「そんな人と,これからずっと何十年も一緒に暮らせる?」
ミユキはフッと笑った。
「まあ,それくらいで別れる理由にはならないからね」
「別れる理由がないから,一緒に暮らし続けるの?」
わたしはミユキを見る。ミユキも黙ってわたしを見る。それから,一見脈絡のないことを話し始めた。
「ジュンはいつも優しいね。18年一緒に暮らして,声を荒げたことなんか一度もなかったし,わたしのためにいろんなことをしてくれたし,英語の勉強会だけじゃなくて・・・・今も優しいね」
わたしは急に自分のことを話題にされて戸惑った。
「隆さんは優しくないの?」
ミユキは苦笑いを浮かべる。
「昔は優しかった。結婚前,結婚したての頃は。今は,どうなのかなあ・・・・以前,高校時代の同級生にこんなことをグチったら,『うちだって似たようなものよ。昔から,《釣った魚に餌はやらない》って言うじゃない』ってたしなめられた」
「そんな!・・・・お姉さんは『釣った魚』なの?」
「まあ,もののたとえよ」
「いくら『たとえ』でも・・・・」
わたしは本気で怒りを覚えた。そんなわたしにミユキは優しい視線を向ける。
「わたしのために怒ってるの? ほんとうに,ジュンはわたしのことになると夢中になるんだから。今でも覚えてるよ。最初の学習会の後,みんなで昼ご飯を食べてる時,誰かがジュンの方がわたしよりきれいって言った時,ムキになって言い返してたよね」
「だって・・・・お姉さんが好きだから」
「好き?・・・・隆さんも『好き』とは言ってくれるけど・・・・『好き』って,どういう意味なんだろうね?」
「それは・・・・たとえば,一緒にいるのが楽しいとか,いつも一緒にいたいと思うとか,その人の顔を見たり声を聞いたりするとうれしくなるとか」
手をつなぎたい,抱きしめたいという言葉は,口から出かかったけど,抑えた。
「なんだか,かわいいね。ジュンらしい」
「隆さんの『好き』は,これとは違うの?」
「さあ,どんな意味なんだか」
ミユキは黙り込んだ。それで,わたしが話を続けた。
「世の中には,オマエを支配したい,オマエを縛り付けたい,オマエのすべてを奪い尽くしたいというような意味で『好き』と言う人もいるらしいけど」
ミユキはフッと顔を上げる。
「ジュン,まさか,そんなこと経験したの?」
「いや,わたしの経験じゃないよ。患者さんが診察のあいまの世間話で語ってくれること。ああ,わたしのクリニックには中洲のホステスさんが何人も患者さんとしてやって来るんだけど,その人たちがたまに話してくれるんだ。男にまつわる苦労話。好きだと言って殴る男,好きだと言って自分の意見を押しつける男,好きだと言って相手をがんじがらめに縛り付けようとする男・・・・」
ここまで話してわたしは急に心配になった。
「お姉さん,まさか隆さんに殴られたりしてないよね?」
「さすがに,殴られはしないわ。安心して」
ミユキはそう言うけど,わたしは「殴られは」の「は」が気にかかる。殴られはしなくても,それに近いことはされている?
「お姉さん,ほんとうに,別れる気はない?」
ミユキは優しくわたしを見る。
「店があるからね。7年,一生懸命,丹念に育ててきた。子供みたいなものね。わたしたちの子供。隆さんは『オレの子供』と思ってるかもしれないけど。わたしにとっても大切なの。それと別れるのは・・・・」
わたしの中に「残念」という気持ちが芽生える。
「それはそれとして,今日はいろいろグチに付き合ってくれてありがとう」
「お姉さんのグチならいくらでも聞くよ。聞くだけでいいなら」
「ジュン,ほんとうに・・・・いい子」
そう言った時のミユキの眼差しは,子供の頃わたしに向けてくれた眼差しにそっくりだった。
「このところ忙しさにかまけてあまり会ってなかったね。これからはもっとちょくちょく会うようにしよう。週1回くらいね。それくらいのことしたって,バチは当たらないわ。隆さんだって,忙しいと言いながらちょくちょく飲み歩いてるんだし」
それから,週1回くらい,たいてい水曜日の午後,ミユキとわたしは午後の1~2時間を一緒に過ごすようになった。相変わらず,黙ってお茶を飲んでることが多いけど,たまにポツリポツリと語り合う。たいてい,ミユキが日頃の苦労話をする。店のことを話す時は,苦労話と言いながらミユキの口調や表情は楽しそう。それを見てわたしは「子煩悩」という言葉が浮かぶ。子供にまつわる苦労は楽しいのかな・・・・。それに比べ,ごくたまに隆さんのことを話す時は,楽しそうではない。辛い,と言うより,なんだか諦めているような雰囲気。それを見ながら,わたしの中で彼に対する嫌悪感が育っていく。
1年が経って,岡田さんがタイから帰ってきた。大学病院には戻らず,福岡市内の小さな形成外科クリニックに勤務する。その週の土曜日の夜,わたしは岡田さんの部屋を訪れて話し込んだ。話題の中心はもちろんタイで学んできたこと。
「性転換手術は男性から女性への転換と女性から男性への転換があるけど,わたしが学んだのは男性から女性への転換。それでもいくつかの手術が複合したものなの。
まず,精巣切除手術,いわゆる去勢手術ね。これだけなら簡単。局所麻酔で30分くらいで終わる。
次に,陰茎切除手術。ペニスを切り取るのね。それから尿路変更手術」
「尿路変更?」
「うん。ペニスを切り取っただけだと,おしっこの出口が不自然で,日常生活に困るの。だから陰茎切除手術と尿路変更手術はセットなのね。こっちの方がたいへん。ペニスを切り取るのはそんなに難しくないけど,尿路を付け替える方が面倒」
「それは,なんとなく分かる」
「それから外陰形成手術あるいは小陰唇形成手術。ペニスを切り取ったあとを女性の外陰部に似せて形を整えるのね。陰嚢の皮膚を使うんだけど」
「ふーん」
「最後に,膣造設手術。ただ,わたしはこれは勉強しなかった」
「えっ,どうして?」
「1年という時間を考えてね。あまり手を広げて結局どれも中途半端になるより,絞り込んできちんと仕上げる方がいいと思って」
「確かに,それは賢い選択だよ」
「高村クンにそう言われると,うれしい・・・・それに,男とセックスしたい,膣性交したいという欲求がないのなら,膣は要らないんだよね。高村クンだって,男とセックスしたいなんて思ったこともないでしょう」
「それは,たぶんあり得ないね」
「そうなんだよ。そういう人は意外と多いの。わたしなんか単純だから,自分を男と思っていないのなら女と思っているんだろう,女と思っているんなら男への性欲があるだろうと思ってたんだけど,そんな単純な話じゃないのね。と言うか,すぐそばにそうでない例がいたんだよね」
こんなふうに岡田さんと具体的な話をしながら,わたしは自分の体の変化をリアルに想像する。
それからわたしは1ヶ月くらい考えた。一度切り落としたものは,再び付けることはできない。でも,わたしはペニスに愛着はない。なくても不都合はないはず。なくて不都合な状況はどうしても思いつかない。
そもそも,15年くらい女性ホルモンを使い続けているわたしの体は,ホルモン的には女性なのかもしれない。社会的にも,医学部を卒業して6年の間ずっと仕事の場面では女性として振る舞っている。演技とは意識しない。わたしにとって自然な表情やしぐさ,態度や立ち居振る舞いが傍目には女性に見える。駅や図書館などのトイレに入る時,男子トイレに入ろうとすると不審者がられるから女子トイレに入る。だったら,性器も女性形にしてしまう方が都合が良い?
わたしは岡田さんに会ってわたしの気持ちを伝えた。
「高村クンがそう決めたんだから,十分に考えた上でのことだと思うけど,念のため1ヶ月くらい自分の気持ちを再確認する期間を置く方がいいよ。これから1ヶ月後,今の考えが変わらないなら,クリニックを受診して」
1ヶ月後,わたしは岡田さんが勤務し始めたクリニックを受診し,手術日を予約した。
手術当日,クリニックの診察室で術前の説明を受ける。
「高村さん」
と呼びかけられる。岡田さんはクリニックではほかの患者と同じように「さん」付けで呼ぶ。
「実習で麻酔科も廻ったはずだから分かっていると思うけど,これから手術室に入って,まず即効性の麻酔薬を静注します。眠っている間に全身麻酔をかけます。十分な麻酔深度に達したら手術を始めて,手術が終わったら麻酔を切ります。目が覚めた時には手術は終わっている。それから2時間くらいリカバリールームで休んでもらい,麻酔が完全に抜けて,異常がないことを確かめてから,帰ってもらいます。よろしいですね?」
わたしはうなずいた。
手術室で手術台に寝かされ,麻酔薬を静注される。血管に液体が入って来るのを感じる間もなくわたしは眠りに落ちた・・・・。
目が覚めると,目の前に岡田さんの顔がある。
「目が覚めましたね。手術は無事に終わりました。きれいに仕上がってますよ。今はまだ浮腫があるけど,1ヶ月くらいして浮腫が引いたら,きれいな外陰部になりますからね。リカバリールームで2時間くらい休んでもらいます。それから,排尿に問題ないことを確かめて,ほかにも異常がないことを確認して,帰宅になります。抜糸は1週間後です」
2時間後,わたしはクリニックを出て帰宅した。
それからも,ふだんどおりの時間が流れていく。外性器が女性形になったからといって,特に何かが変わるわけではない。これまでどおり,わたしは「女医」として診療を続け,クォーターノートでは歌の好きな女医さんとして受け入れられている。今わたしの周りにいる人たちで,わたしが生まれた時は男だったことを知っているのは岡田さんとミユキくらい。
ミユキには話した。とても驚いたけど,受け入れてくれた。
「ジュンは,女として生きる方が自然かもしれないね」
そう言ってくれて,わたしはうれしかった。ミユキはポツリと語る。
「ジュンが男の子だということで,辛い思いをさせたかもしれないね。ジュンが自分の部屋をもらった頃,なるべく一緒に遊ばないようにしたよね。ジュンは男の子なんだから,わたしじゃなくて男の子たちと遊ぶ方がいいと思って。でも,ジュンはわたしと一緒に遊びたかったんだよね。ほんとうは,わたしも,ジュンと一緒にいたかったんだけどね」
ミユキはわたしを優しい眼差しで見る。
「ごめんね。ジュン」
わたしは首を振る。
「お姉さんが謝らなくていいよ」
手術の1週間後に抜糸。シャワーは使っていいと言われた。
「お風呂に入るのは,あと2週間くらい待って。念のためね」
2週間して,わたしはゆっくり湯船につかる。久しぶりで気持ちいい。その翌週,岡田さんから思いがけないことを提案された。
「一緒に温泉に行かない?」
「温泉?」
「うん。ああ,泊まりがけでなくてもいい。日帰りでもいいんだ。高村クンと一緒に温泉に入りたい。女の子どうしということを実感したい」
彼女の無邪気な願い。受け入れてもいいと思う。
「うん,いいよ」
という返事に,彼女は心から喜んだ。
「計画はわたしが立てるね。水曜日,わたしが休みを取るから」
勤務医が休みを取るのは簡単ではない。受診予約も手術の予定も1ヶ月以上先まで組まれている。それをキャンセルはできない。結局,実際に温泉に出かけたのはこの話をしてから2ヶ月近くが過ぎた晩夏~初秋の頃になった。行き先は福岡市の都心から電車で20分くらいの郊外の温泉。
受付を済ませ,女子更衣室に向かう廊下を歩きながら岡田さんが話しかける。
「女の子に『高村クン』と呼びかけるのはおかしいよね」
「確かに」
「これから,『ジュン』と呼んでいい?」
わたしは驚き,そしておかしくなった。こんなところは,彼女はいつまでも子供っぽいくらい素直で率直。
「うん,いいよ」
「じゃあ,たか・・・・ジュンもわたしのこと『ユカ』と呼んで」
「えっ?・・・・それは・・・・呼び捨てにするのは・・・・『ユカさん』でいい?」
「うーん・・・・わたしは『ジュンさん』じゃなくて『ジュン』と呼びたいんだけど」
「それでいいよ。わたしは『ユカさん』と呼ぶ。おか・・・・ユカさんはわたしを『ジュン』と呼べばいいよ」
「それでいいなら,そうする」
こんなことを話しているうちに,わたしたちは更衣室で服を脱ぎ終えた。彼女はわたしの裸身を見る。
「ほんとうに,ジュンは女の体になったんだね。自分がやったことだけど・・・・」
とつぶやいて,
「行こう」
と,わたしの手を取った。
何種類もの浴槽のある大浴場。ます,そこの「売り」である硫黄泉の浴槽に入る。二人,体を寄せあい,肌がそっと触れあう。この肌の感触,肌の温もり。わたしは好き。性愛をからめずに女の人と肌を触れあえるのは,わたしも女だから? だとしたら,ユカには感謝しかない。
「ユカさん,ありがとう。わたしが女になったから,こんなふうになんの屈託もなく肌を触れあるんだよね」
「ジュン・・・・」
ユカはうれしそうな顔を見せる。でも,それからふと真顔になった。
「ジュンは,ひょっとしたら,わたしじゃなくてお姉様と一緒に来たかったと思ってる?」
「・・・・もちろん,お姉さんと一緒に来たいという気持ちはあるけど,でも,ユカさんは決して姉の身代わりじゃないよ。ユカさんはユカさんで,わたしにとって・・・・だいじな人だから」
「ありがとう」
彼女はそっと頭を傾けてわたしの肩に載せた。そしてつぶやいた。
「高校生の頃に思い描いていたものとは違うけど,こういう関係もいいわね。気の置けない親友,というのとも違う,なんと言えばいいのかな,うまい言葉が思いつかないけど・・・・」
「だいじな人,というのはどう?」
「だいじな人・・・・そうね,確かに。もちろん,好きな人でもあるけど」
「好き・・・・」
その言葉にまつわる思い出を振り返る。
「あの藤棚の下で語り合ったね。好きってどういう意味か」
「その人と一緒にいるのが楽しい,いつも一緒にいたいと思う,その人の顔を見たり声を聞いたりするとうれしくなる,手をつなぎたい,抱きしめたい」
彼女がわたしの言葉を引き取る。
「うん。よく覚えてるね」
「もちろん,覚えてるわ」
わたしはちょっとためらってから,思い切って言葉にする。
「わたしはおか・・・・ユカさんと一緒にいて楽しい。いつもとは言わないけど時々は一緒にいたいと思う。顔を見たり声を聞いたりするのはうれしい。手をつないでもいいよ。抱きしめたいとは思わないけど,抱きしめられるのはいやじゃない。これって,好きということ?」
「うん,好きということよ」
彼女は明るい笑顔を見せた。
いろんなお風呂に入った後,休憩室でくつろぐ。ふだんは冷たい飲み物を飲まないけど,こういう時は冷たいジュースがおいしい。グラスの中身が半分になった頃,わたしはユカに語りかける。
「いつかミユキ・・・・お姉さんに会ってほしい」
彼女は「えっ?」という表情でわたしを見る。
「お姉様に会わせてくれるの?」
わたしはうなずく。
「ユカさんはわたしにとってだいじな人,そして好きな人。お姉さんも,もちろん,わたしにとってとてもだいじな人,そして好きな人。その二人が・・・・仲良くしてほしい」
「ありがとう。そういう優しい心遣いが,好き。ジュン」
そうわたしに語る彼女の眼差しも優しい。
「いつか三人で,ジュンとお姉様とわたしで,またここに来たいね」
翌週の水曜日,わたしはミユキに話を切り出した。
「お姉さんに会ってほしい人がいる」
という言葉で,ミユキはピンときたみたい。
「ジュンがだいじにしている人?」
「うん」
「わたしに引き合わせてくれるの?」
「うん。ぜひ会ってほしい」
「ありがとう。ぜひ会いたい」
実際にミユキにユカを紹介したのはそれから1ヶ月くらい経ってからのこと。ちょうど祝日が水曜日に重なり,ユカとわたしが一緒に休みになった日。これまで何度もミユキと落ち合った天神の喫茶店。ユカの方が先に来ていた。テーブル席の彼女が手を振る。わたしたちは席に座る。
「初めまして」
とあいさつしたミユキにユカは
「お久しぶりです」
と応じる。けげんな表情のミユキにユカは
「10年くらい前,いや15年くらい前になります,一度お会いしてます。わたしが高校1年生の時,東公園で」
「あら,そんなことがあったの? よく覚えてくれてたわね・・・・ということは,ジュンの高校の頃からのお友達?」
「はい」
ユカはしっかりうなずく。
わたしはすぐに本題に入った。つまり,彼女とわたしのこれまでの係わりを説明し始めた。中学では学年トップを競いあったこと。本格的に友達付合いを始めたのは高校生になってからということ。大学時代も,わたしが福岡に戻るたびに会っていたこと。彼女は形成外科が専門であること。タイに1年間勉強に行ってきたこと。そして,わたしの手術の執刀医であること。ミユキに寄せるわたしの気持ちを分かってくれていることは話さない。話せない。でも,ミユキの結婚の話を聞かされて悲しみにくれたわたしを慰めてくれたことは話した。そしてここでわたしは話をやめた。しばしの沈黙。そしてミユキが
「ユカさん,ありがとう」
とつぶやいて,ユカを見つめる。そしてまた話し始める。
「あの時,わたしが求婚されていることを話した時,わたしはジュンに尋ねたの。『好きな人はいないの?』って。そしたらジュンは『わたしを好きだと言ってくれる人はいる』と答えたわ。だからわたしは,『その人のこと,だいじにするのよ』って言った・・・・ユカさん,だいじにされてる?」
「はい」
ユカはしっかりした口調で答える。
「それは良かった」
ミユキはユカとわたしに優しくほほえみかける。それから,わざとのように軽い口調でわたしに
「ジュンはユカさんを好きなの?」
と尋ねた。わたしはユカと顔を見あわせる。じっと見つめているうちになぜか笑ってしまった。そしてユカが話し始める。
「ずっと昔,高校生の頃,『好きって,どういう意味?』とジュンから訊かれて,『たとえば,その人と一緒にいるのが楽しい,いつも一緒にいたいと思う,その人の顔を見たり声を聞いたりするとうれしくなる,手をつなぎたい,抱きしめたいと思う,そういうこと』と答えたことがあるんです」
ミユキは笑みを浮かべる。
「なんだか,かわいい。いかにもうぶな高校生って感じ」
ユカもつられて笑い,そして話を続ける。
「1ヶ月くらい前,ジュンは『ユカさんと一緒にいて楽しい。いつもとは言わないけど時々は一緒にいたいと思う。顔を見たり声を聞いたりするのはうれしい。手をつないでもいいよ。抱きしめたいとは思わないけど,抱きしめられるのはいやじゃない』と話してくれました」
「それって,好きということよ」
「そうですよね」
二人は笑いあう。それからミユキはまじめな顔に戻ってユカに尋ねる。
「ユカさんは勤務医?」
「はい」
「独立,開業しようという気はないの?」
「気はあるんですけど,先立つものが・・・・」
「ジュンの2階を使えばいいじゃない。かなり安上がりに開業できると思うよ」
「えっ? でも,ジュンはどこに住むの?」
「それは,また以前みたいにアパートに住めばいい。なんなら・・・・二人で住んでもいいのよ」
優しい,でもちょっといたずらっぽい表情でミユキはわたしたちを見る。ユカはどぎまぎしてる。
「それは・・・・わたしはうれしいけど・・・・」
ミユキは,笑いながら,
「まあ,そんなにびっくりしないで。冗談半分。でも残り半分は本気よ」
この後も,毎週のように三人で待ち合わせるようになった。ユカも休みの日曜日の午後。特に重大な話題があるわけではない。お互いの仕事にまつわるエピソードとか,プライベートタイムのささやかな出来事とか,屈託なく語り合う。その何気ない時間がわたしにはうれしい。その何気ない時間を三人で共有することがうれしい。
Finale
こうして1年あまりが過ぎた。岡田さんは美容形成外科医としてのキャリアを着実に積んでいる。わたしも町医者の仕事をつつがなくこなしているのだろう。
ミユキのところは,新規オープンした3カ所のレストランが単月度黒字にこぎ着け,借入金の返済に充てる剰余金も出るようになった。剰余金をすべて返済に充てるか,それとも借入金を残したままさらに拡大を図るか,そんな将来計画を考えている頃,隆さんの浮気が発覚した。相手は支店のマネージャー。浮気の相手をマネージャーに据えたというのが真相らしい。わたしの中で育っていた嫌悪感や憎しみがはっきりした姿を見せる。ひょっとしたら生まれて初めてかもしれない。こんな激しい感情。ミユキを軽んじ,裏切った夫を許せない。
「別れたら?」
と,わたしはなるべく冷静な口調で,でも単刀直入に切り出した。
「浮気だけなら許すという選択肢もあるけど,相手を支店のマネージャーにするって,縁を切る気がないということでしょう。その前から,新しい店を出す時のいきがかりもあったし,ほかにもいろいろ・・・・はっきり言って,隆さんはお姉さんを軽んじていると思うよ」
ユカもうなずく。ミユキは考え込んでいる。
「こういうことは,あわてて決断しても良くないけど,ずるずる引き延ばすのも良くないよ。期限を切るといい。1ヶ月考えて結論を出すって,どう?」
ミユキはやはり考え込んでいる。
やましいことはないはず。ミユキを軽んじ,あまつさえ浮気までする夫から離れるようアドバイスするのに,何のやましいこともないはず。でも,わたしは自覚している。ミユキの不幸を喜んでいること。夫の浮気というミユキの不幸を喜んでいることを。それを自覚していても,わたしは感情を抑えられない。ミユキを取り戻せる幸運を喜ぶ気持ちを抑えられない。ミユキのことを案じる気持ちと,転がり込んできた幸運を喜ぶ気持ちがないまぜになって,わたしを突き動かす。
1ヶ月が経った。
「別れようと思うの」
「そうだね」
わたしは,喜びを隠しきれない。そんなわたしの態度にミユキはほほえむ。
「喜んでるの?」
「あっ・・・・いや,そんな・・・・」
「いいのよ。隠さなくても。わたしも,踏ん切りを付けたから」
それからミユキはポツリと口にした。
「マネージャーとしては優秀そうよ」
「えっ?・・・・」
ミユキはちょっと間をおいて話を続ける。
「浮気の相手よ。何度か会ったことがあるの。新しい店のマネージャーだからね。それなりに優秀そう。お店の監督は務まると思うわ」
「ミユキは,それでいいの?」
「複雑な気持ちね。子供を取られるような,でも,これで心置きなく隆さんと別れられるという気にもなった」
ミユキはフッと笑う。寂しい笑い?
「ただ,1つの店のマネージャーは務まっても,本店支店あわせて4店舗の経営はちゃんとやれるのかしら。今のような景気がこれからずっと続くはずはないと思うし。『バブル』と言ってる人もいるよね。・・・・隆さんは別の考えだけど」
独り言のようにつぶやいて,ミユキはふと我に返ったような表情に戻る。
「そんな人の心配より,自分の心配をしないとね。住む部屋を探さないと」
「お姉さんの部屋はあるよ。わたしの部屋の隣に」
「あっ・・・・」
ミユキは思い出した。もう3年ほど前,梅沢先生から引き継いだ診療所の2階の2DKを案内した時のこと。
「ベッドを用意しておくから,お姉さんは着るものや身の周りのものだけもってくればいいよ」
ミユキはちょっと考えてから首を振る。
「ううん。あの部屋はユカさんの開業用に確保しておきなさい」
わたしはその言葉を聞いて黙り込む。すると,ユカが話を切り出した。
「それなら,三人で住むところを探しましょう」
「えっ?・・・・三人」
わたし,そしてミユキも,ユカを見つめる。
「そう。名案でしょう。三人で仲良く暮らすのよ。ジュンはいつも話してたじゃない。子供の頃はお姉様といつも一緒だったって。その頃に戻るのよ。わたしも入れて」
ミユキはユカを見る。そしてわたしを見る。わたしもユカを見る。そしてミユキを見る。
「ユカさんは,それでいいの?」
「もちろんです。ジュンの子供の頃の楽園が復活するのは,うれしいです。そこにわたしも混ぜてもらえるのは,もっとうれしい」
「ジュンも,それでいいの?」
わたしはうなずく。ミユキの表情が安らぐ。そして優しい笑みが浮かぶ。
「子供の頃の楽園?・・・・そうね・・・・今度は三姉妹の楽園ね」
それからのユカの行動は迅速だった。2週間後には三人で住める3LDKの賃貸マンションを見つけ,すぐに契約した。同時に勤務先に退職届を出した。実際に退職するのは3ヶ月後だけど。
「2階の2DKのリフォームは3ヶ月のうちに終わるよね」
「もちろん。1ヶ月もかからないでしょう」
「設備は中古を買うことにしたの。無理して借金を背負いたくないからね」
賃貸マンションの契約をしてすぐにユカは越して来た。1週間ほどしてわたしが引っ越し,さらに1週間ほどしてミユキが正式に離婚,別居を決めてやって来た。三人揃った日の夕方,ミユキの手料理でささやかなパーティーを開く。
「プロの手料理をうちで食べられるなんて,最高です」
「これからは毎日作ってあげるわ。二人は仕事なんだから。わたしが主婦業をやる」
「ありがとうございます・・・・でも,ミユキさん,せっかく資格も経験もあるんだから,仕事なさってもいいのに」
「そうね。機会があれば,無理のない範囲でね。でも,しばらくは二人のお世話をしていたい。このおうち,三人で住むこのおうちを,ほんとうの『スウィートホーム』にしたいの」
「スウィートホーム,いいですねえ・・・・『それからずっと三人は仲良く暮らしました』なんて,おとぎ話のハッピーエンドみたい」
ユカの明るい声に,ミユキとわたしが笑顔で応じた。
ユカの開業準備も順調に進んでいる。2週間後にはオープンという頃,ユカがわたしに提案した。
「開業してしまうと,なかなか休みが取れないから,今のうちに三人であの温泉に出かけようよ。今度は日帰りじゃなくて泊まりがけで」
「ああ,それはいいね」
「わたしたちもだけど,ミユキさんにゆっくりくつろいでもらいたい」
ミユキに話したらとても喜んでくれた。そしてポツリとつぶやいた。
「ジュンと一緒にお風呂に入るのは20年ぶりくらいかしら。10歳くらいまで一緒に入ってたよね」
当日。更衣室でミユキがわたしの裸身を見る。
「ごめんなさい。つい,まじまじと見てしまった。ほんとうに,女になってるのね」
わたしはうれしそうにうなずく。
「ユカさんの作品?」
「はい」
「すばらしい」
お風呂に入る。屋根にはめ込まれた磨りガラス張りの明かり取りから午後の日差しが降り注ぐ大浴槽。時間が早いせいか,入浴客は少ない。わたしを真ん中にしてミユキとユカ,体を寄せあい,手足を伸ばす。お湯の中で手をつなぎあう。
「またこんなふうにできるなんて,夢のようだわ」
ミユキがつぶやく。
「ジュンは子供の頃からわたしを好きだったよね。分かっていたよ。わたしもジュンが好きだった。でも,その気持ちに蓋をするようになった。弟なんだからって」
ミユキはうつむく。それからまた顔を上げ,わたしを見る。
「でも,女どうしなら,こんなふうになんの屈託もなく手をつないでいいのね」
そしてユカに視線を向ける。
「ユカさん,ほんとうにありがとう」
ゆっくりお湯に浸かってから,体を洗う。
「お姉さん,髪を洗ってあげる」
「あら,わたしも」
わたしとユカ,二人が右と左からミユキの髪を洗う。
「二人に髪を洗ってもらうなんて,すごい贅沢な気分だわ」
風呂から上がるとパウダールームで髪を乾かしてあげる。ユカがドライヤーをかけ,わたしがブラシと手櫛で髪を整える。
「なんだか女王様みたいよ」
そして部屋に戻る。湯疲れして畳の上に横になると,二人もわたしの両側に横になる。お風呂の中と同じように手をつなぎあう。
「わたしユカさんとも手をつなぎたい」
というミユキの言葉に
「わたしもです」
とユカが応じる。
「正三角形の中心に頭を寄せ合って,各頂点に足を伸ばすように寝れば,三人で手をつなげます」
「ああ,そうね」
「ちょっと,ちょっと,そんな数学的な表現をされてもわたしピンとこない」
「こうするんだよ」
実際に,三人が位置を変えて畳の上に寝直す。頭のてっぺんをくっつけ合い,体をそれぞれが三方に伸ばす。
「なるほど,三菱のマークのように寝るわけね」
「そういうこと」
三人,手を伸ばしあい,つなぎあう。右手にミユキの,左手にユカの,手の温もりを感じながら,わたしはのんびり天井を見る。そんなわたしの耳元にユカのつぶやきが聞こえる。
「これから,ずっと三人一緒ね。おとぎ話じゃなくて,現実の世界で」
- Fin -