第一話 装った偶然
――魔王が倒され、勇者が生まれた。
勇敢な仲間たちと魔王の城に攻め込んで、圧倒的な力を持つ幹部を退けて、最後には一騎打ちで撃退する、そんな物語のような戦いの末に討伐を果たしたのだ。
それにより王都を攻めていた魔王軍は弱体化、勝機を見た王族や冒険者、転生者率いる騎士団によって散り散りとなっていった。
世界は平和になった。魔物が出現しなくなった訳では無い。
ただほんの少しだけ、女神曰く、世界は一歩平和へと近づいたのだ。
世界は歓喜に包まれた。
強大な力を誇る魔王軍、そしてその首領が倒された事を。
そんな魔王を倒した偉大なる勇者。
伝説の武器を持っている訳でも、強大な能力を持つ訳でも無い。
職業は最弱職の冒険者。市販の武器と数多のスキルで数々の修羅場を潜り抜いて来た男。
「カズマさーん、奢って~」
「カズマ様、素敵!」
「カズマ最高! カズマ最高!」
ギルドで褒め称える冒険者たち。
女たちの黄色い歓声は心地良く、酒を驕り、飯を奢り、チヤホヤされる。
そう、世界を救った偉大なる男の名前は――、
「はっはっは。そうだろう、……そうだろうともっっ!!! 我が名はサトウカズマ! 数多の魔王軍幹部を屠り、遂には魔王をも倒した者!! よーしお前ら、今日は俺の奢りじゃー!!」
「「「カズマ様ー!!!」」」
――この俺だ。
魔王を討伐し以前よりも平和となった世界で俺は、少し調子に乗っていた。
討伐した事で入り込んだ莫大な金で冒険者の連中と連日のバカ騒ぎを行う程度には。
酒を飲んで、旨い物を食って、エロい夢を見る。
最近はずっとこんな調子だ。
魔王討伐から半年、殆ど毎日飲んで遊んでも全くといって良い程に金が減らない。仲間たちも金に目が眩み、一人は実家で縁談を断る日々。
金で承認欲求を満たす日々に脳みそが溶けてしまいそうだった。
高級酒の入ったジョッキを傾けながら、ふと俺は周囲を見渡す。
お酌をし媚びる女冒険者。
仲間同士で盛り上がる者。
酔いつぶれテーブルに突っ伏す者。
肩を露出させた服を着たウェイトレスの尻に手を出して殴られる冒険者。
「――――」
そんな最近の日々を、そろそろヤバいなと自制が掛かり始めていた。
酔いが冷めたというべきか、チヤホヤされるというのにも、少し飽きてきた。
見慣れた光景を酒と共に飲み干し立ち上がる。
ギルドの受付嬢に挨拶と会計をし暫くしてからギルドの扉を開けて外に出る。
そうして屋敷に向かってゆっくりと歩いている時だった。
「ん……?」
なんとなく俺の目を惹いたのは擦れ違った一人の少女。
腰に剣を差し、どこか野暮ったいローブにフードを被った小柄な少女だ。髪の色は分からなかったがどこかで見たような記憶を刺激する、澄み切った大空を連想させる蒼色の瞳。
どこか見覚えのある姿に、思わず俺は振り返った。
挙動不審気味の小柄な少女は焼き芋の露店を開いていたおじさんに声を掛けられていた。
「おっ、そこのお嬢ちゃん、ホクホクの焼き芋をお一つどうだい? お嬢ちゃん可愛いから今ならまけてたったの百万エリスだ! ハハッ、どうかな?」
「焼き芋ですか……。これは見た事のない食べ物ですね。でしたら二本下さい」
世間知らずなのだろう。
財布から取り出したのは二百万エリスという大金であり、冗談で言ったらしく固まっていたおじさんと小首を傾げるフードの少女の間に俺は割り込んだ。
「いやいや、待て待て待て」
「……ぁ」
田舎娘が都会で騙される一歩手前に等しい状況で、俺が止めるのは当然だろう。
俺の脳内では既にこの少女が都会の波に揺られてチャラ男に酒を飲まされて身体を許し見知らぬ男の子供を孕み泣く泣く実家に帰る、そんな未来図すら思い浮かんでいた。
余計なお世話かもしれない。だが、放置するというのは何となく嫌だった。
大体一個百万エリスの焼き芋を売る露店とはなんなのだ。どこの貴族御用達の店なのだ。そんな事を思いながら、彼女らの間に割り込んで、フードの少女の顔を覗き込むと見える端正な顔立ちに思い違いで無かった事に安堵する。
少なくとも俺にとっては他人では無い、大切な存在であった。
「本当に出す奴がいるか。このおっちゃんの冗談だからな、アイリス」
「えっ、お、お兄様!」
此方を見て俺の存在を知り、大きな瞳を見開く少女。
見間違いで無い事にホッとしながらも彼女の隣に立ち、代わりに二百エリスを渡す。
「いいか、アイリス。大体露店って言うのはそれなりに高くても五百エリス辺りが相場だ。こんな所で百万エリス出したら駄目だぞ。カモにされるからな」
「そ、そうなのですね。私、相場というのはまだ分からなくて……」
そんな無知な少女の対して露店のおっちゃんは大真面目な顔で頷いた。
「いや、お嬢ちゃん。うちの焼き芋は最高級でね、今ならなんと二本で百万エリスだ」
「本当ですか!? それはお得ですね!!」
「おい、おっちゃん。警察呼ばれてーか」
正規の値段を支払い、彼女を連れて広場に座り焼き芋を食べる。
二つに割ると黄金色の身と湯気に、少女が目を煌めかせる。
俺の隣に座り、受け取った焼き芋に噛り付く姿は可愛らしい。
「美味しいです、お兄様!」
「んー、そうだろう」
――『お兄様』と俺を呼ぶ相手は、世界でただ一人しかいない。
華が咲いたような無垢な笑顔を見せる金髪の少女。
この国の第一王女にして義妹、ベルゼルグ・スタイリッシュ・ソード・アイリスである。
「久しぶりだな、アイリス。もしかして一人なのか?」
「はい、以前はお兄様に会えませんでしたが。実は、たまに社会勉強として抜け出してました」
「マジかよ」
「はい。最近は、以前よりも自由外出の許可が得られるようになりましたから。お兄様のお陰です」
「俺の?」
「あの日、お兄様が魔王を討伐してくれたお陰で今がありますから」
以前の無知で無垢な王女様はどこへ行ったのか。
昔は人見知りだった彼女も、護衛達を振り切り、アクセルにまで来るようになったらしい。
「それでお兄様」
「どうした?」
「私、お兄様にお会いしたら、一緒に行いたい事があるのですが……」
「おう。なんでもいいぞ」
「え!? よろしいのですか?」
「勿論だ。可愛いアイリスの為だからな。なんでも言ってくれ!」
「でしたら――」
可愛い義理の妹のお願いを断る事など出来ない。
わざわざ上目遣いで俺を見ずとも、断る筈が――、
「――私をお兄様の妻にして頂けませんか」
「ふぁ!?」
+
音が、煩い。
自分の心臓の音がこれだけ煩いというのは久しぶりだろうか。
今の状況は、それこそ魔王軍幹部や魔王と戦った時よりも興奮状態である。
「落ち着いたか」
「はい、すみません。私とした事が」
「気にするなって」
ベッドに腰掛けて、暫く俯いた状態のアイリスが口を開いた。
広場の中心で凄まじい事を言い出した王女の声は周囲の目を惹いた為、仕方がなく高級宿屋に連れ込んだ構図だ。慌てて要望を叶えるべく、彼女を高級宿屋にお持ち帰りした訳である。
俺も突然の事に混乱していたのか、色々と言い逃れの出来ない状況だ。
「えっと、俺と結婚したいって事だよな」
「はい」
無垢な笑顔を見せるアイリスは可愛らしい。
箱庭の中で大切に育てられた彼女から結婚という言葉が出るのは驚きだ。
「いえ、そうでもないですよ? これでも以前より勉強しましたので」
「エッチな事とかも? 保健体育の授業もしたのか?」
「エッ……、王家の者として継承権を持つ子供についての知識は重要ですので。それに、私はあと数か月で成人です。その程度の知識を所有していない訳がないのです!」
この国では十四歳で成人という扱いである。
また飲酒については何があっても自己責任という雑な部分がある。そして隣に座る箱入り娘は現在十三歳と数カ月となり、既に大人と言って良い年齢という事になる。
「そうかそうかー、大人かー。偉いなドラゴンスレイヤーは」
「もう! その呼び方は止めて下さい!」
頬を膨らませる少女の金髪を俺は撫でる。
フードを下ろし、砂金の如く美しい髪をそっと撫でて微笑む。
「悪かったな、アイリスはもう大人だもんな」
「……! はい!」
初めて『ナデポ』が決まった事に満足感を覚える。
宿屋という事で屋敷にいた時と異なり誰かの邪魔が入る事はない。
ドMの変態クルセイダーが薄着でクローゼットに入っていたり。
思わせぶりな態度を取るだけでヘタレて何もしない爆裂娘だったり。
これはというタイミングで何かしらの邪魔をしてくる駄目神だったり。
……これは最大のチャンスではないのだろうか。
「いや、だが」
しかし待って欲しい佐藤和真。
相手はアイリスだ。義理の妹なのだ。そんな目で見た事はない。
確かにもう大人の年齢なのかもしれないが日本人の倫理観としては如何な物なのか。
「お兄様」
そんな事を考えていた時だった。
フードを脱ぎ軽装となったアイリスが俺の前に立つ。
ベッドに座る俺を見下ろす少女は嬉しそうに微笑み、俺の手を握る。
細い指が俺の指と絡まる。
その気になれば俺の手などへし折る事の可能なアイリスの指は白く冷たい。その柔らかさに心を震わせながらも、それ以上に大胆な行動に出る義妹に俺は目を白黒とさせた。
「お、おう」
「まずは改めて、魔王討伐おめでとうございます。そして私との約束も果たして下さいまして、ありがとうございます……!」
「ああ、俺頑張ったよ、アイリスの為に」
最初は駄目神を追いかけてではあったが。一応嘘ではない。
そんな俺の言葉をアイリスは信じたようで、ほんのりと頬を赤らめる。
「……アイリス、背伸びたな」
「そうでしょうか? あまり実感は湧きませんね……」
以前アイリスに会ったのはエルロードでのドラゴン討伐後、城で少し過ごした時以来だ。魔王討伐後のパーティーは王都の復興にリソースが割かれた為にまだ開かれていない。
それからそれなりに時間が経過したのだろう。改めて見ると背丈だけではなく、やや豊かな双丘は服の上からでも分かり、ミニスカートから覗く太腿は色白で艶やかだ。
手紙でやり取りはしていたが実際に顔を合わせなくては変化とは分からない物だ。
「もう、めぐみんに勝ってるな」
「めぐみんさんがどうしましたか?」
「いや気にしないでくれ。そうか大人かぁ……」
「そうです、大人ですよ。それで、その……お兄様は、指輪は今もお持ちですか?」
「指輪?」
思わずオウム返しに問い掛ける。
以前エルロードへ行った際のお土産としてあげた指輪の事だろうか。
それならばと、今俺に指を絡ませるアイリスの薬指にはめている指輪を見ると、これではないと、王女は小さく首を振った。
「あの、義賊の方々が持って行った、指輪の方です」
「…………!?」
「…………」
以前王城に潜入し、見事目の前の王女からある物を盗んだ盗賊団。
仮面を付け闇夜を彷徨う銀髪の姿から、仮面盗賊団とも銀髪盗賊団とも呼ばれている大物賞金首。盗賊団と呼ばれているが実態はたったの二人だけの盗賊団である。
そしてそのうちの一人、すなわち俺をジッと王女の蒼の瞳が捉え続ける。
「ちょっと何言ってるのか分かりませんね。あー、あの何とか盗賊団とかだっけ? そいつらに奪われたって話だけど! 俺が何か知ってる訳ないだろ!!?」
「その言葉、嘘を吐くと感知するあの魔道具の前でも同じことを言えますか?」
「――――」
「沈黙は肯定と受け取りますよ?」
「いや、あの……」
「なんちゃって」
思わず黙り込む俺に対してクスクスと笑うアイリス。
見上げると以前よりも大人びた様子の少女の姿が視界に映りこむ。
彼女の笑みは嘲笑の類ではない。誰かを馬鹿にするのではなく、ただおかしくて堪らないと、以前王城で一緒につまみ食いをした時の、子供のような笑みと似ていた。
「その、……知ってたのか?」
「これでも人を見る目はありますから」
驚愕の事実である。
だが同時に王女黙認というお墨付きを得たようなものである。
「それで、指輪は、どこに?」
「ああ、えっと指輪は確か……」
捨ててはいない。
埋めても捨てても所持していてもダクネスが煩いのだ。
当時盗んだ際に滅茶苦茶に騒がれたので、相当重要な品だった事は覚えている。
「大事な所に隠しているよ」
「そうですか! 良かった」
流石にエロ本の間に挟んで保管しているとは言えない。
眩いばかりのアイリスの笑顔から僅かに目を逸らしていると、
「流石、お兄様です。それでしたらもう一つの約束も大丈夫ですね」
「勿論だ! ……って」
安堵の吐息をする王女は蒼色の瞳に俺を写して笑い掛ける。
その笑みに咄嗟に頷いたが俺の脳内には疑問が浮かんでいた。
――何か約束したかな、と。
王城で彼女と交わしたゲームを再びしようとした約束を思い出す。
確かにあの時の約束はまだ果たされていない。魔王討伐を果たした今ならば以前のように期間限定での城の滞在も、城の兵士達に追い出される事も無い、はずだ。
必死に記憶の中を駆け巡り眼前の相手との約束を思い出そうとするが。
「お兄様は、この国で古来より続く伝統をご存知ですか?」
「えっ、ぁ……、アレだろ? アレ……」
時間切れとばかりに問い掛ける義妹に俺は思わず知ったかぶりをした。
相手が俺のパーティーメンバー、あいつらに対してなら知らんと言えば済む話なのだが、どうしてもアイリスに対しては恰好付けてしまいたくなる。
とはいえ知らない事も確かで、それを悟ったアイリスは、柔和な笑みを浮かべて言った。
「魔王を倒した勇者には、褒美として王女と結婚できる権利が与えられるのです」
…………。
「今、なんて?」
「お兄様。いいえ、カ、カズマ様。貴方にはその権利が与えられて、いえ……」
「……!」
バクバクと何かを察した心臓の音が煩い。
呼び方を変えた事を指摘する余裕は無い。
そんな俺の胸中を知ってか知らずか。俺の手をぎゅっと握り締めながらも自らの手を忙しなく動かし顔を赤らめる王女は、しかし此方を見る瞳を逸らさない。
恥ずかしながらも決然とした姿は普段とは異なる王族オーラを纏っていて。
「カズマ様。どうか私と結婚して下さい」
それは熱烈な愛の告白だった。
窓から差す夕暮れの日差しがアイリスの髪を黄金色に照らす。
「……」
もう良いのではないのか。
日本人の倫理観など異世界に持ち込んでも意味が無い。
他人にロリマさんなどと呼ばれてもその度に報復すれば良い。
なによりも俺とアイリスは相思相愛の関係だ。
そして、この宿屋に邪魔をする者もいないのだ。
義妹ルートだって良い筈だ。今は十三歳でも三年すれば十六歳。ロリ属性など季節が過ぎゆくように一過性の存在にすぎないのだ。
即ち――。
「よろこんで」
「本当ですか……!」
パアッと顔を赤らめながらも喜色の表情を浮かべるアイリス。
「ああ、俺がアイリスに嘘吐く訳ないだろ?」
「嬉しいですお兄様。ううん。カズマ様」
「大好き……」
――こうして俺は、アイリスと結婚する事になった。