※この作品はR-18です。

最強の最弱職、王女に手を出す   作:毒蛇

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第十二話 残り香

 一緒に紅魔の里に来て欲しい。

 そう告げるめぐみんの言葉を受けて、俺は頭を回していた。

 

 紅魔の里。

 めぐみんやゆんゆんといった、高い能力を保持したアークウィザードのみが生活している里である。黒髪、紅色の瞳、どこかにバーコードがあるという特徴があり一人一人が一騎当千の強力で頭のおかしい魔法使いで構成されている。

 以前、諸事情により二回ほど紅魔の里に向かった事があった事を思い出す。

 

「ちなみにいつ頃向かう予定なんだ」

 

「そうですね……」

 

 小首を傾げるめぐみんは俺の肩に体重を預けてくる。

 ふわりと漂う香りが石鹸の香りだと気づいた瞬間に、彼女は帰郷の日取りを告げた。

 

「結構、すぐじゃないか!」

 

「そうらしいです。適当に見えて意外と覚える事も多いんだとか」

 

「……期間は?」

 

「二週間ほどを予定しているのですが……」

 

「どうした?」

 

 言い淀むめぐみんの様子に眉を顰め問い掛ける。

 何か気になる事があるのかと疑問に思う俺の顔を見上げ、彼女は僅かに迷う素振りを見せる。

 

「……ダクネスはここ最近帰ってきていませんよね」

 

「あ? ……ああ、そうだな。今も王都で次期領主としての仕事をしているらしいしな。お見合いの申し出にも決着をつけてくるとかなんとやら。そろそろ戻ると思うがまだしばらくは屋敷にはいられないんじゃないか?」

 

「そうですよね、なら大丈夫です。それでカズマはどうしますか?」

 

「俺は……」

 

 二週間は長い。長すぎる。

 例えるならばあまり知らない親戚の家や街で二週間を過ごすという事だ。

 それだけならばまだ我慢出来るが、問題はあの里はサキュバスの淫夢サービス対象外であるという事だ。そんな状況は避けたいというのと、普段はスカスカな脳内スケジュールを埋めている唯一の予定と被っている事を思い出す。

 

「悪いが先約が入ってるんだ」

 

「……なんですか?」

 

「ん、まあ。比較的真面目な奴で外したら斬首される程度には大事な予定だ」

 

「はあ、そうですか」

 

 肩を竦める俺の様子をジッと見つめるめぐみん。

 詮索された予定の内容を咄嗟に隠すと怪訝な表情を向けるが、これといった追及は無い。彼女にとっては予定内容よりも、俺が同行するか否かが重要事項であったのだろう。

 僅かに物憂げな表情を見せるめぐみんに少し心が痛む。

 

「……それはそうと」

 

「うん?」

 

「二人だけですね」

 

「そうだな?」

 

「二人っきりですね」

 

「……そうだな」

 

「この広い屋敷で、男女が、二人っきりですね」

 

「そ、そうですね」

 

 パチッと暖炉の火の音が沈黙を作る。

 脳の細胞一つ一つに染み込ませるように区切りながら告げるめぐみんの言葉。

 ソファが僅かに軋む音と共に、俺の肩に掛かる彼女の体重は増していく。ソファに置いていた手の甲に柔らかな少女の手のひらが重なる。普段杖を握っている手は柔らかく、暴力的で粗暴で短気な彼女も女の子なのだと理解させられる。

 

 まるで恋人のように、指を絡めようとしてくる少女に俺は目を向ける。

 艶のある黒髪は暖炉の火の光を反射し、紅色の瞳は親愛の情を浮かべている。

 

 パチパチと暖炉の薪が焼ける音が聞こえる。

 

「カズマ」

 

「なんだ?」

 

「以前言っていた事を覚えていますか?」

 

「……何を?」

 

 脈絡の無い言葉に脳内の記憶を漁るが身に覚えは無い。

 思わず小首を傾げる俺にこれ見よがしに溜息をするめぐみんにイラっとするが、続く言葉に思わず息を止め、鼓動が高鳴る。

 

「アクアを連れ帰ってきたら凄い事をしましょう、と言った事。忘れたのですか?」

 

「――――」

 

 その言葉に俺は思い出す。

 魔王軍幹部セレナとの闘い後、ホームシックに陥ったアクアが一人で魔王城に向かった為にめぐみんとダクネスの三人で追い掛ける事になったのだが。

 旅の直前、後悔する事のないようにとめぐみん側から誘って来た時の話をしているのだろう。

 あの時はなんだかんだでディープキスまでしたのだが、その後有耶無耶となった。

 

 その後、魔王を討伐し紆余曲折を経て現在に至るのだが。

 それっぽい雰囲気に陥ると大抵誰かが邪魔をするという事象が発生したりしてズルズルと延びていった結果、気が付くとめぐみんがアクアの影響で自堕落な女に変貌してしまったのだ。

 

「いや、覚えてる覚えてる。書籍十六巻あたりだろ? 俺が覚醒イベントを経たところ」

 

「ちょっと何を言っているのか分からないですが多分そういう事でしょう」

 

「ほーん」

 

 めぐみん基準で言う凄い事とは、それはもう凄い事なのだろう。

 ディープキスのその先と言うのならば、大人の階段を駆け上がるのは間違いないだろう。

 そんな事を考えていると、有言実行とはこの事だと言わんばかりに、いつの間にか眼前の黒髪の美少女に押し倒され手首を掴まれている状態となっていた。

 

 思った以上に覚悟を決めていたのか。

 或いは二人きりという状況が彼女を大胆にさせているのか。

 ニヤリと笑う少女に貞操の危機を感じる俺は程々の力加減で彼女の腕の中で暴れる。

 

「うわっ、やめろ! 何をするー! 手首を掴まれている所為か逃げる事が出来ないー! 畜生! 動けない! これはもう仕方がないのではないのか! アイリスー! エリス様ー! アクアー! 今から俺は更なる大人の階段のぼりまーす!!」

 

「何という棒読み! この男! 何ですか逆が良いのですか? 私を押し倒したいのですか!? というか何故急にアイリスやエリス様の名前を叫んでるのですか!!」

 

 慌てた表情の爆裂娘の表情を見上げながら俺は大きく息を吸って、言葉を吐く。

 

「これから俺、めぐみんに逆レイプされまーす!!」

 

「ちょっ、人聞きの悪い事を、やめっ、やめろー!」

 

 馬乗りになる卑劣な魔法使いは最弱職の口を顔を赤らめて塞ぎに掛かる。

 しかし勘違いする事なかれ。彼女の顔の赤らみは決して羞恥でも情欲による物でも無い。

 純粋な怒りによる物だというのはそれなりの付き合いから察した。

 

 そうしてじゃれ合っていると俺の経験と本能が囁き掛ける。

 思えばこれまで屋敷で二人きりになるという事は意外にも少なかった。

 屋敷にはめぐみん以外にもアクアやダクネスなどの女性陣もいる事が多いからだ。

 

「ちょっ、カズマ!? そんなところ! ぁ、あのソレはセクハラじゃ済まないのですが!」

 

 そんな彼女達との付き合いも一年以上経過しているのだ。

 抵抗しながらも、ワンピース越しに薄い乳房を揉んでみたり下着を引っ張り陰唇部を撫でたりして爆裂娘と戯れていると屋敷の窓から光の柱が降り立って来るのが見えた。

 俺の嫌な予感は当たるのだ。

 

「ただまー! カズマさーん! めぐみーん! あとダクネスー! ただまー! おかえりを言って欲しいんですけどー!」

 

 水の女神の帰還だ。

 

 

 

 +

 

 

 

「おかえりなさい、アクア」

 

「ただまー、めぐみん。ちゃんとおかえりを言ってくれるめぐみんは素直で良い子ね」

 

 身支度を整えてソファに座り直すと同時にリビングに入り込んでくる少女。

 優し気な印象を与える羽衣。

 水のように透き通った青色の長髪。

 能天気な笑みを浮かべる彼女こそ『水の女神』アクアご本人である。

 

「おお、おかえり」

 

「ただまー。カズマはめぐみんより遅れておかえりを言ったから女神ポイントは減点ね。揃えてくれたら良かったんだけど」

 

「知らんがな」

 

 久方振りに見る彼女は、口を開かなければ紛れもない美少女である。

 天界前には所持していなかった手提げの袋をぶら下げながら能天気な笑顔を零す。そして唐突にお土産ターイム! と叫んだ彼女は手提げの袋から何かの物体を取り出しめぐみんに渡す。

 

「はい、めぐみん。お土産」

 

「これはなんですか? 中でザクザクと音を立ててますが」

 

「ポテトチップスよ。前にカズマが作ってくれたアレよ、アレ! 本場で買ってきた一品よ」

 

「おお、マジですか!」

 

 ポテトチップスも異世界には存在しない代物だ。

 転生者たちがソレっぽい物を見聞で広めていた為か似たような物はあるが、実際の日本のフードを知覚し、高熟練度の料理スキルを所持している俺にとって作る事は造作もない。

 俺のパーティーメンバー達が嵌る程度には、日夜美味な代物を時々提供しているのだ。

 

「あと、ポテチにはやっぱりコーラよね。一緒に食べましょう?」

 

「アクア。貴方はやっぱり最高の女神ですよ」

 

「ふふん。そうでしょう、そうでしょう」

 

「いやー。そのコンボは不味いと思うぞ。マジで」

 

 ニートを脱却しようとする息子を甘やかそうとする母親の構図を思い浮かべる。

 土産にケチをつけるつもりは無いが、彼女の社会復帰に歯止めが掛かる可能性が高い。

 

「大丈夫ですよ、カズマ。我が名はめぐみん。紅魔族随一の自己管理の出来る良い女」

 

「出来てねーだろ」

 

「我が名はアクア。美しき水の女神にしてカズマさんにもお土産を買ってきた者」

 

「おっ、出来る女は一味違うね」

 

「ふふん。……良いのよ? もっと褒めても」

 

 チラチラと俺を見る青色の眼差しからそっと目を向ける。

 あまり煽てすぎると調子に乗り痛い目に見るというパターンを俺は理解していた。

 そんな俺を余所にサンタクロースよろしくエコバックから何かを取り出したアクシズ教の神。

 

「カズマには良いのが見つからなかったのでコレね!」

 

「……何これ」

 

 手のひらに置かれたのは数枚のメダルだ。

 青色のメダルは何かの模様が記載されているが通常の通貨よりは小さい。

 ゲームセンターで使うようなメダルを綺麗だからと持って帰って来たのかと問うと。

 

「これはね、アクシズメダルって言うのよ」

 

「はあ」

 

「なんと! それを二十枚集めると豪華景品と交換出来るんです」

 

「……他には何が出来るんだ?」

 

「そのメダル単体でも特別製でね! 従者がそのメダルを使うと私を召喚出来るのです!」

 

「ふーん。ちなみにどこで景品と交換出来るんだ? アルカンレティアとか?」

 

「日本で」

 

「なんだこんなもん」

 

「わあああああ!」

 

 日本に帰る事の出来ない俺に対する嫌がらせか何かだろう。

 暖炉に数枚のメダルを投げようとすると、メダルを掴んだ腕ごとアクアが抱き着いてくる。

 

「こっちでも交換してあげるから! 二十枚じゃなくていいから! ソレ集めるの結構苦労したんだから捨てようとしないでってば!」

 

「わ、分かった、分かったから。冗談だから。捨てないから抱き着くな」

 

 先ほどまでめぐみんとセクハラに近しい行為に及んでいたからか。

 喚き泣きながら俺に抱き着いてくる彼女の柔肌に下半身が僅かに反応する。

 普段ならば絶対に在り得ない事だけに、戸惑いを隠しながらアクアから身体を引き離す。そんな俺の内情を知ってから知らないかどこか不満げな顔を見せる女神はコロコロと顔色を変える。

 

「なーに、カズマ? 今更照れてるの? まあ? こんな麗しい女神様が抱き着いてくるんだもんねー。仕方ないわよねー! 汗臭い身体に抱き着いてあげたし、お土産もあげたんだから珍しく仕事を頑張った私を労いなさいな。……汝、仕事も碌にしていない我が従者よ。崇め奉る私の為に無駄に高い料理スキルで美味しい料理と冷えたお酒を提供するとなお良いです」

 

「おい、誰が従者だ」

 

 天に祈るようなポーズで舐めた事を告げる女神。

 本当にどうしてこんな女が女神をやっているのか甚だ疑問である。とても銀髪の後輩女神と同族であるとは思えない物で、挑発スキルの高い彼女を見ていると不思議とめぐみんとの戯れで生じた欲情は水のように流れていってしまった。

 非常に腹立たしい思いに上書きされ、ここからどうやってアクアを泣かせるか考えると。

 

 ――悪魔のような名案が頭を過った。

 

「……じゃあ、今日はお前が好きそうな鶏料理にしてやるよ。運よく王都で仕入れたんだ。酒ならクリムゾンビアーにフリーズ掛けてやるからそれで良いだろ?」

 

「え? あ、うん……」

 

「なんだよ?」

 

「……う、ううん、別に。普段からそれくらい素直だといいのにね。めぐみんもそう思うでしょ?」

 

「ええ、まあ。でも普段のひねくれた感じも良いとは思いませんか?」

 

「なるほどこれがギャップ萌えって奴ね。今のはちょっと……アレだったわ」

 

「言いたい放題かお前ら」

 

 頬が熱くなるのを感じるが今はまだ我慢である。

 素直に従うと思わなかったのか、急にしおらしくなるアクアは俺からそっと顔を逸らし会話のキャッチボールをめぐみんに渡す。曖昧に頷く爆裂娘もまた俺の様子に気づいたのだろう、リビングにはなんとも言えない空気が漂い出す。

 

 そそくさと自室に向かう女神を尻目に俺は台所に向かう。

 大仰な事を口にはしたが、久方振りに下界に戻って来た女神に飯を振る舞ってやろう、という気持ち自体は無い訳ではない。口にはしないが作ったご飯を美味しいと言ってくれるのは料理人冥利に尽きる。

 ただし今回は仕返しというスパイスを入れるのだが。

 

「カズマ」

 

「どうしためぐみん。流石にまだ出来てないぞ。小腹が空いたなら確かリンゴパイがあったから食べていいぞ。ただ今日は多めに作るからあんまり食べるなよ」

 

「お母さ……、母みたいな事を言わないで下さい。……まあ実際にはそんな台詞言われた事無いのですがね」

 

「…………」

 

「な、なんですか。今は本当にお腹が減ったとかでは。ちょっ、憐れむのは止めて下さい!」

 

「ちがっ、天井が見たいだけだから。いっぱい食べて大きくおなり、めぐみんや」

 

「さっきからちょいちょい誰目線なんですか!」

 

 めぐみんの家は端的に言って貧乏だ。

 どれぐらい貧乏なのかと問われるとザリガニを食し、生の野菜を盗んでは食べる、そんな満足にご飯を食べる事の出来ない生活を送って来たらしい。

 何気ない台詞に涙腺が緩みかけ、必死で天井を見上げる俺に掴み掛かるめぐみんは。

 

「……それで、私の好きなカズマは、一体何をしようとしているのですか」

 

「うん? まあ料理作りつつも報復を。めぐみんも手伝ってくれ。ちょっと口裏合わせるだけで良いから」

 

「はぁ」

 

 

 

 +

 

 

 

「それじゃあ、乾杯!」

 

「かんぱーい!」

 

 乾杯の音頭を取りながら壁役のいない女神を労う食事を箸で突く。

 テーブルの上には宣言した通り、鶏肉を使用した様々な料理が並んでいる。

 

「ダクネスの事を影が薄い残念な子みたいに言わないで、カズマ。あの子だって日々地味な壁役をやってるだけなのにドンドン腹筋が割れていくのを気にしている可愛い子なんだから」

 

 本人が聞いたらキレそうな言葉を放つ女神は、器用に箸を動かし肉を頬張る。

 鶏肉の唐揚げを頬張り流し込むように酒を飲む姿は何故か昨日の盗賊娘と重なる。

 

「ぷっはー! くぅ~~。やっぱり唐揚げよね」

 

「いえいえ、この生姜焼きもたまりません! そして合間にお酒が入ると最高です!」

 

「めぐみんも分かってきたじゃない! ジャンジャン飲むわよー!」

 

「……なんでも良いが、野菜も食えよ」

 

 キャベツが美味しい。

 この世界の野菜は生命力が高く攻撃力もある為、調理は苦労を強いられる。

 生姜焼きのソースで和えたキャベツと鶏肉を挟んで食べると、めぐみんに目を付けられる。

 

「カズマ! その食べ方良いですね! 何かこう洒落てます」

 

「ふっ、そうだろ? 普通に食べただけなんだが」

 

「あー」

 

「何? 食わせろって? たく……ほら」

 

「カズマさん、カズマさん。私もー」

 

「雛鳥か」

 

 早くも酒に呑まれ出す女性陣に構ったり、構われたり。

 それなりに楽しく食事は進み、アクアの宴会芸や酒なども進んだ頃。

 

「でね! めぐみんのお土産の為にコンビニに行ったら、なんと! 袋が有料になってたのよ」

 

「マジかよ。あー、だからエコバッグだったのか」

 

「そうなのよ、あんなペラペラした物にお金なんて掛けたくないじゃない!」

 

 ……そろそろだろうと俺はアクアに顔を向けて口を開いた。

 

「なあ、アクア」

 

「何?」

 

「今まで食べた料理でな? 一種類だけ特別な鶏を使った料理があるんだが」

 

「うん」

 

「どれだと思う……?」

 

「え? えっと……。そうねぇ……。まあグルメな私に掛かれば余裕で分かるんですけど? ちょっと待ってね」

 

 俺のクイズに対してうんうんと唸り出す女神。

 青色の長い髪の毛を揺らし、酒で赤らんだ頬を緩めながら眉を顰める。

 気分はグルメレポーターなのか、一品一品改めて口に運ぶ姿は見た目だけなら美少女だ。

 

「ふむ……。ふっ、カズマ、いや支配人。分かりましたよ」

 

「ほう。では答えて貰おうか」

 

「ええ。カズマさんの言う至高の一品。それは……これよ!」

 

 鶏肉の唐揚げを選んだアクア。 

 見せつけるようにワイルドに一口で唐揚げを食べる彼女に頷く。

 

「その心は?」

 

「心って訳じゃないけど、個人的に味が好きだったからです。コレあれよね、カエルの唐揚げと同じ味付けよね? ニンニクが効いてて美味しいわ! 流石ねカズマさん」

 

「……うむ、正解だ」

 

「よし!!」

 

 無事回答したアクアに唐揚げを勧める。

 むしゃ、むしゃと食べる姿に感化されたのか、めぐみんも唐揚げを食べる。

 

「ふむ……。確かに他の物よりも一段美味しい気がしますね。ただ個人的にはこのシチューも好きですよ」

 

「おっ、めぐみんも当たりだな」

 

「むぐっ……。当たりって何の事ですか?」

 

「それらに使ったのはただの鶏じゃないって事だ」

 

「分かったわ、カモネギ! カモネギよ!! 一晩漬けこんで味が染みてるのよ!」

 

「――それはゼル帝の肉を使ってるんだ。魔力を豊富に含んでるから美味しいんだろうな」

 

「――――」

 

「――――」

 

 酒の所為か。

 思ったよりも表情の変化は鈍かった。

 

「……、…………?」

 

 ゆっくりと倒れたグラスから液体がテーブルに広がるような速度で。

 俺が何を言っているのか、言葉の意味をゆっくりと咀嚼していく彼女は。

 

「……! ……!?」

 

 ひゅ、と喉の奥が渇いたような音が聞こえた。

 透き通った水のような瞳を揺らし、愕然とした顔で俺を見るアクア。

 

「それが一番美味しいって? ……そりゃあ、自分の魔力が籠められた肉なんだから、魔力を取り込んで回復したって意味ではさぞ美味しいだろうな」

 

「ね、ねえ。カズマさん。冗談よね。やだもう変な事言わないでよね」

 

「確かにこのシチューは魔力もあって美味しいですね。……ゼル帝の事は忘れません」

 

「いいぞ、もっと食え」

 

「待って! めぐみん。食べないでぇ!」

 

「あの鶏の所為で毎朝の鳴き声が無くなると思うと最高だわ~。ゼル帝に感謝だな。あいつの部位を残さず食べたんだから天界で喜んでるだろうな」

 

「えっ、カズマさん。本当に食べちゃ、えっ、は、ぇ?」

 

「そうですね。そろそろお腹も膨れてきましたし。残りは明日に廻すとしましょうか……」

 

「そうだな。残りのゼル帝でサンドイッチでも作ってみるか」

 

 酒も進み頭の回転の足りないアクアに俺とめぐみんは手を合わせる。

 先ほど自分が食べていた手羽先が何かを理解したのか、目尻に涙が浮かびだす。

 全ての食べ物に感謝を。誰が始めたかは知らないがゼル帝の弔い的な意味合いで告げる。

 

「「ごちそうさま」」

 

「わあああああーっ! ふぁあああーっ! ゼル帝! ゼルてぇがあぁあああ!!」

 

 赤子のように喚きだし、椅子を倒すのも気にせずアクアはリビングを飛び出す。

 恐らく向かうのはゼル帝がいるであろう庭の小屋だろう。

 取り敢えず泣かせる事で溜飲を下げる事に成功した俺はコーヒーでも入れようかと立ち上がると、微妙な眼差しを向けてくるめぐみんに声を掛けられた。

 

「いいんですか? 流石にちょっと可愛そうです」

 

「最初に舐めた事言ってきたのはアイツだ。今回はちょっと口じゃない系の報復にしただけだ。それに見ろよ、今日の料理はアイツ好みの味にしたんだぞ。そんな目で見られる謂れはない、筈だ!」

 

「まあ、そうですが……」

 

「それにお前もノリノリだったじゃん。大体こんなしょうもない口裏合わせした報復っていったって酒飲んでたから上手くいっただけで。どうせ小屋に行けばネタバレしなくても分かるって……」

 

「……カズマ?」

 

「――――」

 

 しまった、と今更ながら思い至る。

 今日の夕方辺りに屋敷に戻って、アクアへの趣向を変えた報復に夢中になっていた所為か。

 思わず額を手で叩く俺を不思議な物体を見るような目で酒瓶をラッパ飲みする彼女に告げる。

 

「――ゼル帝、バニルに預けたんだった」

 

 

 

 +

 

 

 

「カズマが! カズマしゃんにゼル帝食べられたぁああああ!! わぁあああああーっ!! あんまりよぉぉおお!!」

 

 滂沱と、水色の瞳から流す涙は止まらず嗚咽を漏らす女神は空の小屋に抱き着く。

 少し前にオーブンの見た目に改造された鳥小屋に抱き着き、泣き喚く彼女の誤解が解いてなお泣き止まない状態がかれこれ三十分程続いていた。

 

「人でなし! 鬼! ロリコン!! 鬼畜ドS!」

 

「だから悪かったって。ゼル帝ならウィズの店で預かって貰ってたから。明日の朝に回収してくるから、いい加減泣き止めよ」

 

「ぅぅ……。ひっく、うぇ……ぉぇ」

 

 嗚咽を漏らし過ぎて吐き気を覚えたらしい。

 鳥小屋を地面に置き口に手を当てえずく彼女の背中を摩ると、何を思ったのか破顔したままアクアは正面から俺に抱き着いてくる。

 せめてもの報復に胃の中の物をぶちまけようという女神とは思えない自爆行為を悟った俺は必死で引き離そうとするも、根本的なステータス差により引き離すのは困難だった。

 

「おおい、待て! 待って! せめて上を向け! 吐くなよ?」

 

「……本当に悪かったって思ってる?」

 

「思ってる、思ってる」

 

「……次こんな事したら、カズマさんの不浄な物を二度と使えないように封印するからね?」

 

「もうしません」

 

 耳元で囁かれるマジなトーンに頷く以外に他無かった。

 あとは屋敷に戻って眠るだけなのだが、中々アクアの抱擁が解けない。

 仕方なしに吐く寸前の状態から吐くかも、という状態に戻るまで暫くの間彼女の背中を摩っていると、突然すすり泣く声が止んだ静寂の中でポツリと小さな声を漏らすのが聞こえた。

 

「ぇ」

 

「?」

 

 首に巻かれた柔らかな腕に力が籠り、首が締まる。

 犬のようにスンスンと匂いを嗅ぎだしている彼女の行為を感じ取ると同時に、突然身体の前面に感じていた温もりが離れ、青髪の女神と顔を合わせる。

 先ほどとは別の愕然としたアクアの顔、震えている唇が辛うじて言葉を紡ぐ。

 

「……なんで」

 

「アクア?」

 

 歪んだ瞳には、様々な感情が浮かび上がっている。

 その感情を読み取ろうとする前に苦し気に流れる涙がポロポロと瞳から溢れ出す。

 大粒の涙が長い睫毛に縁取られた水色の瞳から頬を伝い流れていく。普段の周囲にアピールするような、赤子を連想させる持て余した感情を涙にしたいつもの泣き方とは違う。

 

「なんで、なんでなんでなんでなんでなんで……っ」

 

 繰り返される言葉、小さく掠れた声が終わる事を忘れたように呟かれる音に涙が混じりだす。

 心が痛くなる光景だった。

 目にする事も耳にする事も耐え難い、彼女の複雑な感情の籠った涙に、思考を凍結してしまった俺の意識では理解が届かない。

 

「ちがっ、そんな訳……嘘。だって、私、さっきまで……!」

 

「お、おい」

 

「ぃ、ぃやなの、いやぁああああッッ!!」

 

 思わず掴もうとする手は空を掴む。

 転げるように俺から逃げるアクアは狂乱したように叫びながら屋敷に走る。

 その姿を呆然と見つめ、階段を駆け上がるような音に、漸く身体が動き出す。

 

「お、おい! アクア!!」

 

 ――意味が分からなかった。

 

 金切り声を上げて髪を振り乱し逃げる姿。

 先ほどまでの様子と一変して、絶望を見たような表情でこの場を去ったアクア。

 何が起きたのか、何があったのか、なんで、どうして、意味が、分からない。

 

 立ち止まりそうになる脚を叩き屋敷に戻る。

 アクアは既に自室に鍵を掛けて閉じ籠っていた後だった。

 扉を叩いても自室に引き籠った彼女からは何の返事も返っては来なかった。

  

「どうしたのですか、カズマ」

 

「めぐみん。……おまえ、今まで飲んでたのか」

 

「え? ええ、まあ」

 

「……、急にアクアの様子がおかしくなったんだが、何か知らないか?」

 

「さあ。どうせ明日になればケロッとしてますよ」

 

 ヘラヘラとした魔法使いの頭を引っ叩きたい思いに囚われるが、所詮は酔っ払いの戯言に過ぎない。大人げなく怒鳴りたくなるのを堪えて彼女の横を通り抜けようとすると、酒で顔を赤らんだめぐみんが抱き着いてくる。

 

「おい、離せ。邪魔だ酔っ払い」

 

「そう言わずに、ふへへ。カジュマァ……。今日こそ私たちも次の段階に」

 

「酒臭過ぎて萎えるわ」

 

「まあまあ、そう言わずに。……おや?」

 

 明日の二日酔いが確定する程に飲んだのだろう、足取りが危うい彼女に仕方なく肩を貸し部屋にまで送ると眠たそうな顔をしためぐみんが薬を渡してくる。

 ラベルも何も無いソレは塗り薬らしい。だが渡してくる意味が分からず彼女を見る。

 困惑に眉を顰める俺の顔がおかしいのかクスクスと笑うめぐみん。

 

「もうすぐ冬ですけど、悪い虫っていうのはいるところにはいるらしいですね。もしくはひっそりと隠れていて狙っていたのかもしれませんね」

 

「何が?」

 

「それなりに効く筈ですから塗って眠るといいですよ」

 

 俺の問い掛けを無視してトントン、と首筋の裏側を叩くめぐみん。

 酩酊した状態で気遣いを示すのは彼女らしいと呼べるが。

 

「たぶん、きっと、刺されたんでしょうね」

 

「……だから何が」

 

 

「――首に痕が出来てますよ」

 

 

 

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