※この作品はR-18です。

最強の最弱職、王女に手を出す   作:毒蛇

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第十三話 ハリボテの嘘

 街が目覚め始める早朝、肺を満たすのは冷たく芯まで凍るかのような寒々しい空気だ。 

 旅行用のカバンを持つめぐみんと共にゆっくりと朝日の昇り始めるアクセルの街を俺は歩いていた。久方振りにトンガリ帽子を被った彼女の正装、赤を基調とした紅魔族の衣装を纏っためぐみんが白い吐息を零す。

 

「……最近は寒くなってきましたね」

 

「そうだな。秋キャベツも飛んでこなくなったし、朝も随分と冷えるようになったな」

 

 見送りの為に朝早く起き出した俺を誰かに褒めて欲しい。

 荷物持ちと化した俺が腕を摩りながらそんな事を呟くと、ニコリと笑みを向ける少女。

 

「ええ。ありがとうございます。カズマにはいつも感謝していますよ」

 

「お、おう。まあ、たまにはな」

 

 浮かべた微笑に含みは無い。

 純粋な感謝を和らげた笑みと共に向けられ、気恥ずかしさに後頭部に手が伸びる。何が楽しいのかニコニコと笑みを浮かべるめぐみんは何となしに俺の首元に目を向ける。

 

 ――首元への不躾な視線に身体がすくむ。

 

「チョロマが巻いている襟巻、良い感じですね。紅魔族の琴線に触れます」

 

「……寒いからな、首元は隠さないと。あと今なんて言ったよ」

 

「何も」

 

 自炊に目覚めた真人間、佐藤和真だが料理が面倒臭いと感じる時もある。

 それが今この瞬間で、既に開店していた行きつけのパン屋で購入したパンを齧る。

 

「あそこはサンドイッチが上手いな。卵が良い」

 

「そうですか? ハムを挟んでいる方が美味しいです……カズマのツナマヨサンド少し下さい」

 

「そうは言ってもこれだけだし、しかも半分以上食べたんだが」

 

「それが良いです」

 

「あっそ」

 

「はい」

 

 早朝の空気を、交換した分厚いハムサンドイッチと共に咀嚼する。

 石畳を脚で踏む感触をブーツ越しに感じながら見慣れた街並みを進む。

 向かう先はゆんゆんが借りている宿。そこまで彼女を送るのが俺の今日の唯一の予定だった。

 

「……寂しくなりますね」

 

「そんな乙女みたいな事を」

 

「おい、誰が乙女ではないと? いかに私が乙女じゃないかを身体に教えましょうか」

 

「めぐみんは乙女です」

 

 そうしてゆっくりと歩いていてもいずれは目的地に辿り着く。

 ゆんゆんが借りている宿、遠目に見える建物にはポツンと一人の少女が立っている。

 そわそわと挙動不審な様子の少女は、ピクニックが楽しみな子供のような顔をしていた。

 

「絶対あの子は二時間前にはあそこにいましたね」

 

「流石にソレは無いだろ……。朝じゃないじゃん、ソレ」

 

「いえ、ゆんゆんならやりかねません。……なんですかその顔は」

 

 親友故の付き合いの長さから彼女の行動を理解していたのだろう。

 本来の予定時間よりも早く屋敷を出る事になったのは然るべき理由があるのだ。

 ここで見送りは良いと告げるめぐみんに荷物を渡しながら、俺は世間話をするように、夕飯のリクエストを聞くように、何でもないような素振りで重い口を開く。

 ポーカーフェイススキルまで使用して表情には何も浮かばせないように。

 

「……そういえば一昨日の宴会だけど。馬鹿みたいに酒飲んで酔いつぶれてたお前を運んでやったんだが、めぐみんはどこまで覚えてんだ?」

 

 一昨日の宴会。

 宴会、と呼んでいいのかは分からない。単純にアクアが天界から屋敷に戻ったから普段よりも豪華な飯と高級な酒を振る舞った夕ご飯。

 空白期間を埋める互いの話を交わして、宴会芸に騒いで、そしてバカな報復をした。

 

「……、ああ。カズマが運んでくれたのですか。確かカズマと二人でアクアを揶揄ったあたりから覚えてないですね。昨日は結局二日酔いが酷くて一日中寝込んでいましたから」

 

「――――」

 

「その質問。昨日もしていたような気がするのですが、何かあったのですか?」

 

「いや? 俺も結構酒飲んでたから、後半部分はあんまり覚えていなくてな」

 

「そうですか。昨日はアクアも引き籠っていたそうですけどキチンと謝って下さいね」

 

「分かってるって。めぐみんこそあっちに行ったら酒は控えろよ。醜態を晒すからな」

 

「勿論です。こめっこもいますからね」

 

 妹の前では虚勢を張りたい姉は荷物を背負うと、ジッと俺を見上げる。

 トンガリ帽子を被った彼女は、以前と比べて幼さが僅かに減った顔を此方に向けてくる。

 帽子のつばを持ち上げて見える紅の瞳に俺の顔が映りこむ。

 大きな緋色の瞳と視線を交錯させていると、めぐみんは不満げな顔で僅かに唇を尖らせる。

 

「……鈍い人ですね」

 

「――――」

 

「いってらっしゃいのキスはしないのですか?」

 

「いや、なんでガンつけてくるのかなって普通思うから」

 

「……しないんですか?」

 

「――しょうがねえなあ」

 

 拒否する理由も無く彼女の顔に近づいて、頬に口付け。

 しっとりとした頬肉に唇を宛がうだけの含みの無い行為。

 それが限界で、精一杯で、今はもう超える事が難しい一線だった。

 

 頬ではなく唇にするべきでは、と小さく呟く声が聞こえたが俺は無言を貫いた。

 

「……本当に、一緒に来ませんか?」

 

「ん、ああ。……別に死に別れる訳じゃないんだからさ。紅魔族随一の魔法使いの土産話、期待してるぜ?」

 

「ふっ、勿論ですとも! 楽しみにしていて下さい」

 

「そろそろ行ってやれよ」

 

「ええ」

 

「じゃあな」

 

「はい」

 

 

 

 +

 

 

 

 アクアの様子が少しおかしい。

 あの夜に発狂していた彼女だったが約一日部屋に引き籠った後、めぐみんが里に向かった当日、リビングに降りてきた時には普段通りの様子だった。

 そして現在。視線を感じてそちらを見ると慌てて顔を背けたアクアがいる。隣に、いる。

 

「――――」

 

 ソファの上、立てた膝の間に顎を置くアクアは、首を傾げて俺を見ていた。その水色の瞳を揺蕩う感情を掬い取られるのを嫌うように、俺が目を向けると途端に目を逸らすアクアの距離感は普段よりも彼女の肌の熱すら感じられる程に近い。

 近い、というよりも俺とアクアの間は指一本分程の距離で密着していた。

 

 近すぎないか、と口に出して茶化すには一昨日の光景が鮮明過ぎた。

 物鬱気な表情で猫のように構って欲しいのか、構って欲しくないのか。

 見えない透明な壁を張りながらも、俺の傍を離れようとはしない彼女の姿に思わず溜息を零すと、ビクッと身体を震わせるアクアは立てた膝に顔の下半分を埋めて、俺に視線を向ける。

 

 ――黙っていれば美少女なのに。

  

 アクアを女と認識した事はあるだろうか。

 そんな風に問われた事もあるが、答えは否、だ。

 

 アクシズ教徒の御神体、疫病神に等しい宴会好きの彼女とは長い付き合いだ。なんせ、この世界に来てからずっと一緒にいるのだから。めぐみんよりも、ダクネスよりも、クリスやアイリスよりも長い長い時間を共にして互いを嫌という程に理解している。

 今では、クリスとは異なる唯一無二の相棒とも呼べる間柄だ。

 だからこそアクアについては単純な外面ではなく内面を理解していている分――、

 

「アクア、今も昔もやっぱりお前じゃ抜けないわ」

 

「……あんた。いきなり何言ってきてるのよ。温厚な私もキレる時はキレるわよ」

 

「は。駄目な子ほど可愛い? そんな訳ないだろ。……美少女の顔をしたゴブリンとエッチできるか? 無理だな。外見至上主義なこの世の中だが俺は中身の方も尊重したいと思います」

 

「よく分からないけど、最近名誉や財産目当ての女達が明らかに増えてきているのに気付かずに奢ろうとするカズマさん。天界に私が行っていたからそんな事も忘れたのかしら? 良い? あの子たちはあくまで勇者としての名誉や財産が欲しいだけで、誰もカズマさんの中身なんて見てないわよ。ただの金の生る木、自分にとってのステータスとしてしか見てないの」

 

「……今日はよく言うじゃないか」

 

「ええ。結論を言うとカズマは外見も中身も私以下。ミジンコよ」

 

「面白い事言うんだな。俺がお前に負けてる要素なんてステータスと年齢ぐらいだっての」

 

「言った! 言ってはいけない事言った! 撤回しなさいよ、クソニート! 顔面偏差値ミジンコの癖に!!」

 

「おい、ふざけんな! 顔面偏差値は平均くらいだからな! 表に出ろ、駄女神!!」

 

 適当な軽口を叩き合いソファから立ち上がり睨み合う俺とアクア。

 こうして二人だけで過ごすのを久しぶりに感じながら透き通った水の瞳と視線を交わすと、ゆっくりと怖気づいたようにアクアは長い睫毛に縁取られた瞳を伏せる。

 その彼女らしくない大人しい姿に、思わず手持ち無沙汰の手を後頭部に伸ばす。

 殊勝な態度でゆっくりと座るアクアは、俺にも元の姿勢に戻るようにソファを手で叩く。

 

「……止めておくわ。激しく動きたくない気分だし」

 

「そうか。奇遇だな。俺もだ」

 

「…………」

 

「…………」

 

 パチッと暖炉の薪が焼ける音に、ジッと火の色を見つめる。

 そうしていると、明らかに視線を感じるのだ。ジッと見てくる女神の青い視線。

 物憂げな眼差しは黙っていれば絶世の美少女である事は紛れもない事実であるだけに、腹立たしいと感じる思いとよく分からない感情が俺の胸中で混ざり合う。

 初々しい恋人ではあるまいし、アクアとの沈黙が気まずいと感じるのは初めてだった。

 

 チラリと見つめると暖炉の火をぼんやりと見つめている水の女神。

 腹立たしい程に絵になる姿に、躊躇しないと決めたのは昨日の怠惰な自分だ。

 

「なあ。今日は、その……」

 

「なーに?」

 

「大人しいな、お前。ソファも半分譲ってくれるし」

 

「そう? 先に座ってたのカズマじゃない。それに、私っていつも大和撫子でしょ?」

 

「大和撫子っていつから言葉の意味が変わったんだ」

 

 むくれるアクアの様子を横目に見ると、殆ど普段通りに見えた。

 普段通りの人を舐め、無意識に煽ったり、調子に乗りがちな性格に変わりはない。

 それでも湧き上がる違和感が身体を這いずるような感覚に思考を放棄しそうになるが、数日前のトラウマに近い光景が頭を過る度に仕方なしに頭と同時に手を動かす。

 

「カズマさん。今、何作ってるの?」

 

「ん? これはな劣化マイトの上位版。通常の破壊力増加ダイナマイトだ。……おい触るな、お前が以前スモールライトみたいに小さくした事は忘れてねーぞ」

  

「何よ、それは三本中一本に起きた事故じゃない。それになんでこんな物を作ってるの? まためぐみんに怒られたいの?」

 

 自慢では無いが俺もかなりの資産家だ。

 魔王を討伐した賞金、国から褒美として得た賞金を合わせると、流石に魔王を名乗るだけはあるのか討伐時に出費した費用を補填するのが容易な程に大金が転がり込んできた。そのお陰でパーティーメンバーの四分の三がニートに退化するという事件もあった、と思い出す。

 

 人生を何回も繰り返す事が出来る程度には資産があるが、昔から楽して稼ぐ為に試行錯誤してきた物作りは気が付くと料理と並んだ趣味となってしまっていたらしい。

 無論、バニルとの商談で売り込むという事も可能で新たに金を稼いでいる以上、スキルの熟練度も上げられる実益がある素晴らしい趣味となっている。

 

「いや、アイツの居ない今だからこそ爆発関係の道具作りが捗るんだよ」

 

「ふーん……。そういえば私も爆裂魔法撃ちたかったから一本頂戴。めぐみんの目の前でエクスプロージョーン! ってやってみたいわ!」

 

「アイツ絶対ブチ切れると思うけど、いいぞ」

 

「……まあ、そうよね」

 

 その様子が容易く想像出来たのかクスクスと小さく笑みを零すアクア。

 その柔和な笑みを見て、ようやく不自然に力の入った肩から力が抜けていくのを感じた。

 あの日の事はもう忘れたのだろう。酒が入っていたのだから、当然だ。きっと、そうだ。

 

「ねえ、カズマ」

 

「なんだよ」

 

 商品兼戦闘でも役に立つダイナマイトの作業も何十本目かに入ると慣れてくる。

 作業をしている間は頭を空っぽに出来るからか、彼女の世間話に耳を傾けながら手を動かす。

 

「――私たちって、これからもずっと一緒にいられるかな?」

 

「――――」

 

 僅かに、手が止まり掛ける。

 そのことに咎めたような視線を感じた気がして止めそうな手を作業に戻らせる。

 

「めぐみんはいつまで経ってもいじめっ子気質のガキ大将で近所の子供を本気で殴って保護者に怒られて、カズマさんが謝りに行くの」

 

「容易に想像できる……」

 

「ダクネスは面倒臭いけど乙女な所が多い子だから冒険に行った時に結局我慢できずに前に行くのよ。剣も碌に当てられないのにね。カズマさんは泣きながら姑息な手でフォローするわね」

 

「誰が姑息な手だ。まあ間違いなく最善の行動を取るんだろうな。俺だから」

 

「そして麗しい女神、アクア様の下でカズマさんはなんやかんやで借金抱えて」

 

「おい、ふざけんな! また借金地獄なんて味わいたくねーっての。絶対原因お前だろ」

 

 つらつらと『これから』を語り始めるアクア。

 語り部口調な彼女の優しい声音が、いずれ来るかもしれない『これから』を想像させる。

 これから、明日、将来、未来。そんな思い出に浸るような口ぶりには僅かに涙が混ざる。

 

「……それでも、カズマさんは。カズマさんが、なんとかしてくれる馬鹿みたいな日常をずっと送っていくんだろうなって」

 

 手は止めない。止められない。

 閉じた口から言葉は生まれず、彼女の言葉に無言で耳を傾ける。

 そんな話を何故今するのか、と思う俺の内情を無視して、アクアはもう一度問い掛ける。

 

「ねえ、カズマ。私たちって、ずっと一緒にいられるのかな?」

 

「――無理だろうな」

 

「――――」

 

 黙り込むアクアに一瞬だけ手を止めて彼女を見つめる。

 ジッと俺を見つめ返す水の瞳は鏡のように眉をひそめた俺を映し出す。

 

「ダクネスは貴族でいつかは結婚するかもしれない。今は領主代行でもいつかは領主になれば屋敷に来る頻度も減る。めぐみんもいつかは紅魔の里に帰るかもしれない。お前も……」

 

 ――いつかそんな日が来るかもしれない、と口にはしなかった。

 代わりに彼女の問い掛けに、俺の内側で固まり始めていた答えを返す。

 

「死ぬまで一緒。俺たち四人がずっと一緒にいるなんて、多分、無理だろうな」

 

「――――」

 

 建前ではあっても、魔王を倒すという目的の為に集ったパーティー。

 二転三転する濃密な日々の中で、いつの間にかその目的を果たしたパーティー。

 目的は果たされ、世界は平和になり、ゆっくりと瓦解していく足音が俺には聞こえていた。

 

 断言するようにアクアの問い掛けを踏みにじる俺に。

 アクアは泣いたり、喚いたりする事は無かった。

 

「――そうだよね」

 

 ただ、どこか疲れたような顔で小さく笑うだけだった。

 そんな諦観を抱いたかのような表情に、何故か酷く心が痛んだ。普段よりも回らない口で彼女に対するフォローを慌てて考える俺の様子をジッと見つめるアクアは、何を思ったのか膝に頭を置いた姿勢を崩し、身体を横たえ頭を俺の膝に置いた。

 中身が無いのか重さを感じないアクアの頭部がじんわりと膝に熱を伝える。

 

「……おい」

 

「いいじゃない。前にもカズマに膝枕をしてあげたでしょ」

 

「……普通、こういうのって逆じゃないか?」

 

「カズマってば水の女神であるこの私の膝枕がそんなに恋しいんですか? プークスクス」

 

「よし、降りろ」

 

「嫌よ」

 

 流石に頭を乗せてくる女神からこの空気の中で膝を退ける事は難しい。

 不覚にも気まぐれな猫のように甘えてくるアクアを可愛い、なんて思ってしまう。こういう現象は今に始まった事ではない。魔王討伐後からやけに密着してきたり、かと思えば触ろうとすると離れたりするアクアの距離感は、天界に帰れた事による心境の変化からだろうか。

 

「…………」

 

「………ん」

 

 軽い頭をどかす事を諦めて、作業を進める。

 目標数を達成して、殆ど行う事の無くなった作業に黙々と手を動かす。

 パチ、パチ、と暖炉の火の勢いが僅かに弱くなるのを感じていると、アクアが口を開く。

 

「ねえ、カズマさん」

 

「んー?」

 

 ゴロン、と顔を俺の胴体側に向けて。

 世間話をするような気軽な感じで、言葉にする。

 

 

「――エリスとエッチな事したでしょ」

 

 

 今度こそ、完全に手が止まった。

 ゾクリ、と俺は背筋を冷たい指先で撫ぜられたような悪寒を覚えた。

 

「…………」

 

「――――」

 

 何を言い返すべきか。

 何を口にするべきか。

 水を差されたように、唐突なアクアの言葉に思考に空白が生まれる。

 

 分かっているようなアクアの口ぶりに俺の口が開き、何も言えずに閉じる。

 『そんなわけないだろ? 何言ってるんだ?』『急になんのことだよ』『……っていう夢を見たんだな。お前なんなの? 欲求不満か何かなの? 色欲の女神なの?』

 

 言葉の候補なら、いくらでも頭の中で思い浮かぶ。

 実際に誤魔化す事も、嘘を吐く事も、論点をすり替える事も俺になら出来る筈だ。

 だがそれらの言葉は結局音としての意味を弾ける泡のように霧散させる。

 心臓を鷲掴みにされたと錯覚するほどの、それほどの衝撃に俺は打たれていた。

 

「…………」

 

「急に、なんの……」

 

 咄嗟に出た声は驚く程に低い。

 思った以上に、アクアの言葉に打ちのめされているらしい。

 

 少しだけ口ごもる中、視線を下に向けていく。

 頭の中で様々な言葉を咀嚼しながら何を口にするべきかを必死に模索する。

 どうしてこんなに焦る気持ちを抑えられないのか、自分でも分からない程に呼吸が乱れる。

 

「アクア、俺はその……クリ、エリス様には手なんか出してない、というか、その」

 

 乾ききった口内で辛うじて舌を動かす。

 視線を下げる。

 水のような艶やかな長髪と、処女雪のような肌、瞼を閉じたアクアの顔が目に映る。

 

 身体の力を抜き、俺の膝の上で身体を丸める女神。

 白皙の横顔を見せる彼女は、そっと瞼を閉じて規則的な吐息を繰り返す。

 表情は抜け落ちて薄桜色の唇から漏れた寝息に乱れは見られない。

 まるで疲れ切って眠ってしまったような――。

 

「寝てる……のか」

 

「……す、かー」

 

 呆然と見下ろす俺の胸中を無視して、眠りこけるアクア。

 豪胆とも取れる彼女の行動に、吹き荒れていた俺の言葉も感情も行き場を失い霧散する。

 ――少しだけ助かった、と思った事からは目を逸らした。

 

 目下の女は死んだ訳ではない。ただの疲れからの睡眠だろう。

 単純に揺らすなり耳元で名前を叫べば容易く起きるだろう。それで起きないという事は無い。

 問題は、アクアを起こした時に、俺は、一体、なんて言えば良いのかという事だ。

 

「いや、そもそも」

 

 見ていたのか? それとも聞いていたのか? ありえない。

 マグマのように噴き出す疑念は能天気な寝顔を見せる女神に向けられる。

 俺がクリスと行動を共にしていた時、アクアは既に天界にいた。天界からなら下界の事を見るという事もエリスの言動から察するに可能なのだろう。

 

 だが、それならば帰ってきた瞬間に問い詰められてもおかしくはない。

 ヒキニート、あんたエリスに手を出したわね! そんな風に玄関の扉を開けて早々に叫ぶ彼女の様子を思い浮かべる。隠していたという事も考えられるがアクアは嘘は得意ではない。

 良くも悪くもサッパリと裏表の無い性格だ。それすら演技ならば、何も信じられない。

 

 だから、アクアがソレを察知するタイミングがある筈だ。

 天界から戻って来た際に彼女が最も大きなリアクションをしたタイミングが。

 

「――――」

 

 思わず首元に触れる。

 首筋の裏側、今日の朝には薄くなり殆ど見えない、虫に刺された痕に触れる。

 それだけで察知する事が出来るのだろうか。

 そう考えて、アクアならきっと出来るという謎の確信が胸中を過った。

 

 ならば。本当に。

 アクアにクリスとの情緒を知られている、と考えざるを得ない。

 

「アクア」

 

「……すやぁ」

 

 名前を呼ぶも、小さく口元を動かす彼女は微動だにしない。

 先ほどまでのらしくない姿は考え過ぎたからで、一睡もせずに疲れたからかもしれない。

 

 ――本当に? 

 宴会芸を始めとした多芸な彼女ならば、完璧な睡眠の模倣すら容易だろう。

 

 生まれた疑念は、無垢な寝顔を晒すアクアの胸元に無言のまま手を伸ばさせる。

 起こしてどうにかなる訳ではないが、俺が頭を働かせている中で寝ているふりをしていると考えると、途端に苛立ちと微かな情欲が湧きだすのはアクアの人柄によるものか。

 

「んっ……ん」

 

 もにゅん、と手のひらに返す双丘の感触。

 衣服の上からでも分かるアクアの豊満な乳房は餅のような柔らかさだ。

 身体を右側に横たえた姿勢の為、左の乳房しか触れられないが今は十分だ。

 

 ――アクアが寝ているかの判断材料には充分だろう。

 

 彼女が普段から着ている衣は腋の部分が剥き出しとなっている。

 そこから僅かに布地を引っ張ると白い肉果が姿を見せる。特に遠慮もなく貪るように指で触れるとしっとりとした感触と弾力に、思わず無言で手を動かす。

 

「ぁ……、っ」

 

 円を描くように布地と素肌を指で行き来を繰り返す。

 その度に僅かに漏れるアクアの吐息には徐々に粘りついた熱が籠り始める。

 

「起きてるか?」

 

「………っ」

 

「アクア」

 

「す、やぁ」

 

 寝ているらしい。

 徐々に規則性の乱れだす熱い吐息が股間に甘い刺激を与える中で、彼女が寝ている事を確認するも母性の塊を揉みしだく俺の手は止まらない。止まれない。

 

 悪戯、というのは始めると見境が無い。

 人間というのは理性があり、その結果悪戯にも一定のラインが設けられる。

 さて、おもむろに寝ている女神のスカートを捲り上げる行為は悪戯の範疇に留まるだろうか。

 

「…………」

 

 青と白のストライプ柄、そんな柄物の子供のようなショーツ。

 小さな布地を包んだ尻肉は普段ならば引っ叩きたい衝動に駆られるのに、今は妙に撫でたくなる魅力を感じた。

 

「起きないな、なかなか」

 

 ムチムチとした独特の弾力を撫で、ショーツのクロッチ部分を指で押す。

 微かにだが秘裂から漏れた蜜液が染みを作り、にちゅ、という水音が耳朶に響く。

 一瞬アクアの吐息が止まったように感じ、視線を向けると仄かに赤い頬以外に変動はない。

 

「ん……! ……ッ」

 

「――おっと、なんて事だろう」

 

 散々アクアには欲情しないと宣言していたが。

 それでも身体は女神である事に間違いはないらしい。

 ここまで行うと自然と下半身に血が巡り、ズボン越しに剛直がアクアの鼻先に触れる。

 

 ひくひく、と動くアクアの鼻先に剛直を押し付けたい欲求。

 胸中を渦巻く様々な思いを肉欲としてぶつけたいという欲望に喉を鳴らす。

 このままいくとセクハラのその先まで止まらない状況、しかし歯止めが掛かる事が無い為、せめて本人が起きる事を期待して女神の名前を囁く。

 

「――アクア。起きてるだろ?」

 

「…………」

 

 起きられても困るが、適当なタイミングで起きて欲しい。

 そんな意味の分からない心境に対して、僅かに鼻を動かすアクアは瞼を閉じたままだ。

 ――若干、閉じた瞼に力が入って睫毛が震えているような気もするが。

 

 流されている状況下で、行為直前の気まずい空気が漂う中。

 屋敷の扉から控え目な呼び鈴の音が鳴り、思わずアクアの乱れたスカートを元に戻す。

 

 俺の知り合いは殆どが勝手に扉を開けて入り込んでくる。

 冒険者というのは荒くれものが多く常識も倫理観も無い存在だからだろう。

 

 だから配達業者か、或いは普段は来ない珍しい誰かの予感がして。

 

「――――」

 

「…………」

 

「誰だろうな。宅配便かな。出ないとなー、仕方ないなー」

 

 寝息を立てる汗ばんだアクアの額を拭うと、そっと膝から下ろす。

 結局アクアの言葉の真相を尋ねる機会を先延ばしにしただけの状況で玄関に脚を進める。

 

「――――」

 

 背後に感じる視線を無視して、逃げるように。

 

 

 

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