扉を開けて目に入ったのは金色の輝きだった。
陽射しを浴びて反射したソレは一瞬遅れて金髪である事を認識する。
生前住んでいた田舎の田んぼで見た事のある稲穂の海を連想させる少女の髪色。
「お兄様?」
「――――」
俺の鼓膜を揺すぶるのは、金の声音だった。
涼やかで、華やかで、優しくて、穏やかな少女の声音だった。
「――――」
声が脳に届いてなお、現実を否定するようにジッと目の前の光景を見つめる。
煌びやかな衣装ではなく、軽装に剣を携え、フードを被った少女の姿を眼下に収める。
――優し気な憂慮で瞳を満たした、蒼の輝きと向き合う。
「アイリス」
「……来ちゃいました」
親愛を宿した瞳を柔和に和らげて、ふわりと微笑を浮かべる。
ポカンと開いた口を閉じる俺に対して、悪戯が成功した事に喜びの表情を浮かべる可憐な少女は思わず目を細めてしまう程に眩しく美しく見えた。
チロリ、と赤い小さな舌を出す姿すら絵になるほどの美少女が、目の前にいる。
この国の第一王女が悪戯っ子のような顔で、俺の屋敷前に来ていた。
その事実を咀嚼して理解すると、無意識のうちに強張っていた身体から力を抜く。
「そうか。来ちゃったか」
「はい。……その、ご迷惑でしたか?」
「まさか。そんな訳ないだろ。ほら扉を開けたら実はエリス様がいた! なんて展開を考えて、正解は王女様でしたって事に驚いただけ」
「ふふっ、カズマ様もお変わりなさそうで。……お会い出来て嬉しいです」
「ああ。……俺も、アイリスに会えて嬉しいよ」
王女に告げた言葉に嘘偽りはない。
久しぶりに逢えた金髪の少女をジッと見つめて、小さく苦笑する。
約三週間。クリスとのアレコレやアクアやめぐみんとの出来事で随分と経過してしまったらしい。彼女の社会勉強の頻度を考えるならば再びアクセルの街に来るのも妥当な頃合いだろう。
「なんか、こっちから逢いに行くって言いながら結局アイリスに先を越されちゃったな」
「……そうですね。準備を進めながら、私も首を長くして待っていたんですよ?」
「お、おう。それは悪かった」
「結局また逢いに来ちゃいましたけどね」
そう言って小首を傾げるアイリス。
クスクスと笑う少女の姿に、何となしに後頭部に手を伸ばす。
本来ならば今すぐに屋敷の中に入れて歓迎するべきなのだろう。何故ならば目の前の穏やかな表情を俺に見せる彼女こそ、この国で最も高い位置に存在する王女様なのだから。
それを理解していながらも招き入れようとする意志とは裏腹に身体に力が入らない。
「――――」
原因は何だ。分かってる。アクアだ。
先ほどまでの半性行為の直後でのアイリスとの出会いだ。タイミング的に監視でもされていたのではないのかと思わず挙動不審になってしまう。流石に俺の考え過ぎだろうが。
とはいえ、そんな俺の胸中など目の前の王女に分かる筈も無い。
「――――」
彼女は悪戯と言っていたが、間違いなく成功した。
色々な意味でアイリスを目にした途端、頭の中は真っ白になったのだから。
ジッと俺を見つめる蒼の双眸に曖昧な笑みを浮かべる俺は時間稼ぎの為に口を開こうと――、
「お、お兄様」
「ん?」
「その……。カズマ様のアレが、荒ぶっているのですが」
見つめ合う二人、交錯した蒼の瞳は俺の顔から首、胸と徐々に下に向かう。
何かに気づいたのか、無言で見つめる幼さの残る顔はほんのりと朱色を見せる。
アイリスの戸惑いと羞恥の籠った視線に釣られて己の身体を見る。
緑色のジャージ姿とこの世界では珍妙な格好は明らかに王女との謁見で着用するべき衣服ではない。とはいえ器の大きい彼女が今更下賤な冒険者が着用する衣服に無礼だと言う筈も無い。
ならば、と更に下に目線を向けていくと下腹部で布地越しに主張する物体を見つける。
――ズボン越しでの主張が激しい物体を。
「ああ、……今日も元気だろ?」
「お兄様。最低です」
言い繕う事を諦めてズボンにテントを張り始めた竿を見せつける.
俺の行動に顔を赤らめ半眼で睨む少女だが、チラリと半勃ちしている剛直に小さく呟いた。
「これが……。身体は素直だなっていう状態ですか?」
「アイリス。そんな言葉どこで知ったんだ」
「え? えっと、宝物庫の聖書に記されていました。台詞を使用していた状況とは違いますが、こういう時に使うのかな、と」
「聖書!?」
宝物庫ならば聖書の一つもあるだろう。恐らくだが。
とはいえそれはエリス教の聖書なのか。アクシズ教の聖書なのか。
頭のおかしさや奇行を考えるに水の女神を讃える宗教団体の聖書ならば在り得るが――、
「……ちなみに誰が誰に言ったとか分かる?」
「確か絶滅したオークの雄がダクネスのような女騎士に言っていた台詞にそのような物が」
「なんだ、エロ本か」
「ちちち、違います!! あの御本が私に数多くの叡智を授けて下さったのです! そうでなければ今頃私は……。カズマ様でもあの御本に対する侮辱は許しませんよ」
「……、ちなみにアイリスはそういうくっころ願望とかは」
「いえ、異種族との行為についてはちょっと」
「あ、はい」
聖書、もといエロ本について熱弁するアイリスもそういう年頃なのだろう。
とはいえ、この少し内気で優しい少女の性癖がダクネスを筆頭とした禄でもない貴族のようにならないようにしようと思った。
あまり刺激しないようにしながらも、どういった内容かを聞いてみる。
「それは……秘密です」
人差し指を唇に宛がうアイリス。
どこかの女神がしそうな仕草に苦笑すると改めて王女を見下ろす。
「――――」
「……カズマ様?」
「アイリスは……」
「はい?」
「アイリスは、本当に可愛いな」
「きゅ、急になんですか? そんな事を唐突に言われてもその、困ります。あの、でも、お兄様も格好良いと思いますよ」
唐突な褒め言葉に目を丸くして顔を赤らめるアイリス。
『可愛い』なんてありふれた世辞なんて幾らでも言われた事があるだろうに。
照れたような表情で口ごもるアイリスに少し心が和む。
「…………」
シリアスな出来事に頭を悩ませ続ける事は、もうやめよう。
明日の自分に任せられるなら、数時間後の自分に丸投げしよう。
こんなにも自分を慕ってくれる可憐な王女を前に、佐藤和真が考える事など一つだ。
アイリスの前に手を差し出す。
ダンスを誘うように、おだやかな陽気に眠気を誘われる午後に、俺は告げる。
「アイリス」
「はい」
「俺とデートしないか?」
+
「お待たせしました。チョコクレープとイチゴハニーハニークレープです」
「どうも」
衣服だけ着替えた俺はフードを被った金髪少女と二人でデートに赴く。
暇を持て余した時、寝るのに飽きた時、アクセルの街を隅から隅まで探索して時折出会う友人達と露店の人気メニューや新規開店したおすすめ料理を食べ歩いたりしてきた。
おかげでアイリスが好みそうな甘味が置かれているお洒落な喫茶店に連れてくる事が出来た。
きょろきょろと周囲を見渡すアイリスは浮いている。
人気のない喫茶店。もともと大通りから外れた場所にひっそりと存在しているのだ。
元々団体客などが来る店ではなく、それなりに高級素材も使用しているからか、他の店よりも多少割高になる分、味の保証と同時に人混みから逃れる事の出来るいわゆる穴場だ。
異世界では珍しくセルフサービス、店員の愛想笑い付きクレープをお盆ごと受け取る。
男の店員だからか特に視線が固定化される事なくそそくさと会計を済ませる一連の動作を、借りてきた猫のようにジッと見ている王女を連れて適当に空いている席に向かう。
「このお店は自分で商品を運ぶのですね」
「料理を一々席まで運ぶ手間を省かせる目的なんだろうな。しかも前払いでツケも効かないから確実な収益を見込める。俺の国でも結構こういうシステムが活用されてたよ」
「よく考えられているのですね」
「……あそこでいいか」
「はい」
外の様子を見ることが出来る奥の席。
やや薄暗くフードを脱いだところで客の少ない場所では正体がバレるリスクも低い。
テーブルを挟み対面になったアイリスは俺が持っていたクレープのお盆に目を煌めかせる。
「ほら、お姫様。下劣な冒険者がたまに一人で食べに来ているスイーツですよ」
「あの……、カズマ様? 初対面の時に言った事は謝りますから……。というかまだ根に持っていたんですね」
「当たり前だろ。……ダクネスの屋敷で初めて会った時に、『報奨金は与えますが嘘つきのゴミ屑はさっさと馬小屋に戻りなさい、この豚!』なんて激しく罵倒された日の事は忘れないさ」
「そこまで言ってないですよね!?」
「冗談だ」
不敬罪の冒険者に眉を吊り上げる王女に甘味を勧める。
甘いクリームと彩りのあるフルーツを薄皮で包んだクレープ。
皿の上にある甘い香りの放つ物は生前日本にいた時のソレと遜色無いほどに美味だ。
恐る恐る上品にナイフとフォークで生地を切るアイリス。
薄黄色の生地からトロリと垂れるハチミツの甘い香りと白いクリームに混ざり合ったイチゴが顔を出す中で、そっと切り分けたクレープをフォークで口に運ぶ。
行儀の良い一連の動作に王族の気品を感じながら、彼女の第一声を待つ。
「……美味しい」
ほろり、と思わずこぼしたようなアイリスの声。
空気に溶けるような声色で、溶けきる前に彼女は二口目を口に運ぶ。
子供のように目を輝かせて食べる王女に満足感を覚えると、俺もクレープを口にする。
露店とは異なり掴む為の紙が巻かれておらず、座って食べる事を前提としたクレープ。
口の中に感じていた苦味を中和するチョコの甘さが舌の上で蕩ける。この味が嵌る人には嵌り、値段が張ろうともリピート客が減る事のない理由の一つなのだろう。
「なんだか、大人の気分です」
「うん?」
「このお店が、そんな感じです」
「……ああ。なんでも潰れたバーを改造したんだとか」
「そうなんですね」
喫茶店とは言うが、どこかバーのような雰囲気のある店。
実際に酒が置いている訳ではないが、そんな些事に嬉しがる彼女を見ているとクレープと共に呑み込んだ重いしこりが消えていくのを感じた。
そんな雑談を交わしながらクレープを食べていると、ふとアイリスの視線を感じる。
「食べるか、イリス?」
「いえ! そういうつもりで見た訳ではないのですが……」
「でも成長期だろ? いくら食べたって困らない筈だ。もっと大きくおなり」
「私を健啖家みたいに言わないで下さい、カズマ様。……そうではなくてですね、その」
言い淀むアイリスを俺は見つめる。
内気で人見知りなところのある彼女が何かを発言しようとしている。
実は咄嗟に否定しただけで、実はクレープが食べたかったのだろうか。食べた時の揶揄いの言葉を用意しながらも微笑を浮かべながらクレープの入った皿を差し出すと首を横に振るアイリスは意を決して口を開く。
「その、……あーん、というものをしたいのですが」
――ざわっ、と普段は物静かな喫茶店の空気が震えた。
自意識過剰なのかもしれないが周囲の空気が震え、少なくない視線を背後に感じる俺の心情を余所に、気恥ずかしそうながらも決意を決めたアイリスは上目遣いで俺の返事を待つ。
「駄目ですか?」
「駄目じゃない」
「本当ですか!?」
途端に断られるのでは、という感じの悲し気な顔は花が咲いたような表情へと変わる。
コロコロと変化を見せる王女の表情に、出会った直前の人形のような面影はない。
可愛らしく頼まれたら断りづらい。
何よりも滅多に我儘を言わないアイリスの頼みなのだ。
切り分けたクレープをフォークに差し、下に手をかざしながらアイリスに近づける。
「ほ、ほら、イリス。あーん」
「あ、あーん」
自分の行為に対して背中がむず痒い。
小さく口を開けるアイリスにフォークを近づけると頬が熱く感じた。
はむ、とクレープを食べる王女の唇からゆっくりとフォークを引き抜く瞬間まで息を止めていた事に気づき、大きく吐息する。恋人のような行為に今更ながら鼓動が高鳴る。
「……どうだ?」
「美味しいです。それと少しドキドキします。……カズマ様も、はい」
「お、おう」
あーん、と口にするアイリスはニコニコとしている。
欠片ほどの羞恥よりも実行する事に意義があるのか、変に恥ずかしがったりせずに同じようにハチミツが塗されたクレープをフォークに差して近づけてくる。
「はい。私が初めてカズマ様にするあーんです」
「その台詞はグッとくるな……」
茶化さないと初々しい恋人の雰囲気に呑まれそうになる俺に近づくクレープ。
これは王女との間接キスでは? と中学生のような考えが一瞬胸中を過るも、可能な限り顔に出さずにゆっくりと近づくクレープに口を近づける。
「ぁ、ぁ、垂れちゃう。は、早く」
「いきまーす」
トロリ、と重力に負けた蜜が王女の手のひらへと垂れ始める。
その様子に慌てて口の中にクレープを放り込ませると、口内でイチゴの酸味とハチミツの甘さが舌上で混ざり合う。チョコの甘さよりもやや控え目ながらも上品な甘さだ。
ついでにアイリスの指についたハチミツもペロリと舐めとる。
「ひゃ!?」
「もったいないだろ。ハチミツついてるぞ」
「はしたないですよ……全く、お兄様は」
「はっはっは。悪い悪い」
楽しかった。
恥じらうアイリスと周囲のやっかむ空気に笑みが零れる。
何か文句あるかと、舌打ちする客を睨みつけていると僅かに俯きながら俺が舐めたハチミツが付着した指をそっと唇に宛がうアイリスの姿に気づく。
「ほう」
「ぁ……、その、これは、ちがっ」
無意識だったのか俺の視線を受けて、かぁぁっと顔を赤らめるアイリス。
自らのはしたない行いに気づいたのか俯く王女を愛らしく思うと同時に、フォークを掴む。
「ほら、アイリス。あーん」
「……ぁ」
「早く」
恥ずかしそうな、まるで自慰を見られたような悲壮な顔は、捨てられる寸前の子犬のようだ。
自分が嫌われるのではないのか、そんな怯えすらみえる子供のような彼女にフォークを差し出す。先端には残り少ないクレープで、心は満たされていた。
チラ、と伏せた顔を上げる王女は近づいてくるクレープと俺の顔を見ながら、口を開いた。
「……あ、その、違うんです。舐めてみたいな、とか。そういうのじゃ」
「…………」
「だから、軽蔑しないで……」
「俺が軽蔑? まさか? するわけないだろ」
「…………」
「ちょっとくらいエッチでもいいじゃん。全然俺はオーケーだし? 間接キスなんて俺は気にしないしな! そんな事で一々軽蔑したり嫌ったりする訳ないだろ!!」
フォローにしては不出来な言葉だ。
とはいえ、おずおずと顔を上げるアイリスには微力ながら効果はあったらしい。
本日の空よりも透き通った蒼の瞳を揺らし、目端に涙すら浮かべるアイリス。
「本当ですか?」
「ああ。ほら、あーん」
「……あむ」
小さく頷き、クレープを口に含むアイリスは飲み込むまでジッと俺を見続けていた。
+
「なんだか今日はずっと食べてばかりな気がします」
「食べ歩きデートって奴だ。他にも冒険デート、宿屋デートと各種あるぞ」
駆け出し冒険者の街アクセル。
目的もなく彷徨い、露店で販売している名物の一つ、揚げ饅頭を口に放り込む。
中身の餡子がギッシリと詰まっており、包んだ生地はサクサクとしている。
コクコクと無言で頷きながら食べるアイリスはご機嫌な様子だ。
デートという事で調子に乗って王女と堂々と手を繋いでいるからか、ときおり目にする住人からの視線が身体に突き刺さる。
――ロリマさんだ。
――頭のおかしい方から別の少女に切り替えたって噂の?
――きっと日替わりランチみたいに日によって相手を変えてるのよ!
「…………」
顔は覚えたので後で報復しよう。
今度冒険者ギルドに向かった時の言葉と報復方法を考えながらも、大層機嫌の良いニコニコとした脱ロリ枠の王女アイリスと次の露店に脚を進めようとしていると、
「イリス様ー!」
「――――」
――当然、王女が護衛を付けない訳が無い。
敢えて何も聞かなかったが、以前見たように全力ダッシュで逃げたのだろう。チラリ、と隣にいるフードを被ったアイリスに目を向けると、ぎゅっと俺の手を握る手のひらに力が籠る。
周囲の喧騒を物ともせずに近づいてくるのは白スーツの女。
見間違える筈も無い。色々の因縁のある、アイリス大好きクソレズのクレアだ。
血眼で探したのかそれなりに遠い距離でフードで頭部を隠しているにも関わらず、探し当てた彼女が他に目もくれずに迫り寄ってくる状況に俺は諦観に近い感情を抱く。
今回のデートはここまでだろう。
自然と抱いた俺の感情に対して、握られる手に震えが生まれる。
「嫌、です」
「……アイリス?」
「カズマ様」
フードの隙間から覗く少女の顔。
泣きそうな、悲しそうな表情を浮かべるアイリス。
このままクレアに保護されればまた王城に戻る事になるのを理解しているのだ。
だが――、
「まだ、別れたくありません」
それは明確なアイリスの我儘だった。
徐々に近づいてくる白スーツの女騎士を余所に、王女の震え声に混ざる涙。
「この時間は掛け替えのないものです。……私の人生で最も大事な」
「――――」
「それに。……それに、最後に宿屋にしけこむまでが、デート、なんですよね」
「――――」
震える少女の声音に耳を傾ける。
「カズマ様と、最後までしたいです」
――それは熱烈で大胆な告白だった。
顔を上げて堂々と告げるアイリスの言葉に近くにいた住人がぎょっとした顔で見てくるが、俺の意識は有象無象ではなく、彼女に、アイリスにしか向いてはいなかった。
「……手、放してくれるか、イリス」
「…………」
何も言わずに手を離すアイリスを俺は見ない。
握りしめた拳には打ち砕く為の力と覚悟が灯る。
「イリス。以前俺と城で強制的に別れた時の事、覚えてるか」
「……はい」
脳内に一瞬過るのはアイリスと城で暮らした僅かな期間。
甘い日々を打ち壊したのは俺の悪影響によるアイリスの変化を恐れたクレアを筆頭とした教育係と城の兵士達だ。
追い掛け回され抵抗の挙句、無理やり記憶消去ポーションを飲まされた苦々しい記憶。
「でさ、あのロリコン、……クレアにも結構な借りがあるんだ。でも今まで会えなかった」
「――――」
「だから、今報復しても良いよな」
アイリスからの返答は無い。
ただ無言ながらも視線に肯定を感じ、大きく息をする。
「野郎ども!!!」
「「「……!」」」
周囲で立ち往生し、面白そうな状況を嗅ぎ取っていた冒険者連中。
反応する彼ら、同時にアイリスの隣に立つ俺の存在に今更ながら気づくクレア。
「……ヒッ! か、カズマ殿。……お、お久しぶりです」
「お前ら、俺の名前を言ってみろ!!」
数メートル先で急制動を掛け、立ち止まるクレア。
久方振りに正面から顔を合わせたアイリス同好の士、そして裏切り者。
顔を青褪めてしどろもどろに言葉を紡ぐ女騎士の様子を無視して、周囲の冒険者たちに声を掛ける。基本的にノリが良く普段から酒を奢った時の恩は返してくれる彼らは特に何も考えずに返答を返す。
「カズマ!」
「カズマさん!!」
「ロリコンのあんちゃん!」
「そうだとも! あと最後のは顔覚えたからな!!」
周囲から湧き出すロリコン&カズマコール。
戸惑うクレアを前に、俺は颯爽と紅魔族風に名乗りを上げる。
「我が名はサトウカズマ!! 魔王を討伐した者。そして真の男女平等主義者!!」
「――――」
「目には目を、歯には歯を」
「――――」
「そして与えられた屈辱には、必ず報復する者――!!」
「「「おおおおっっっ!!!」」」
盛り上がる男冒険者、苦笑する女冒険者。
白けるか慣れた様子で素通りする住民、そして呆然とした様子のクレア。
握りしめた拳を開き両手を拳銃のようにかざす。
その姿に息を呑み、咄嗟に背後に下がろうとする女騎士。
「しかと見るが良い!!」
遅い、遅すぎる回避行動。
サトウカズマの代名詞、それが涙目の女騎士に火を噴く。
「『ダブルスティール』!!」
「えっ、きゃあああああ!!?」
「ヒャハハハハハ――!!!」
本日の幸運も絶好調。
両手が掴んだ人肌のする純白の下着、それを上空に投げ、公衆の面前に晒す。
「俺の物だ!!」
「違う、俺の!」
「よこせ!!」
「流石だぜカズマさん」
「うわぁ」
意気揚々と蟻のように集る男冒険者たちとゴミを見る目で見てくる女冒険者たち。
ブラジャーとショーツを奪われ屈むクレアの姿に心の奥のしこりが浄化されたような気持ちに満たされる中で、同じくゴミを見るような目をする王女の手を掴む。
「『逃走』――!!」
クレアと冒険者たちを置き去りに逃げる俺とアイリス。
立派な犯罪行為だが、それは今は良いだろう。後で自首しよう。
「……カズマ様」
「言うなってば。最低なのは俺も分かってるから」
半眼で見上げる王女が逃走スキルを使う俺の走力に汗一つ掻かずについてくる光景には色々と思うところがあるが、まずはいじらしい言葉を口にしたアイリスへの返答が先だ。
「アイリス。悪いが宿は今回、取ってなかった。悪い!」
「えっ、あっ、えっと、それは別に良いのですが……」
「だからせっかくなので、お城で過ごす人生じゃ味わえないようなエロい事をしたいと思います!」
「ぅぇ?」
風のような速度で走る中で、俺は笑みを浮かべる。
目を白黒とさせるアイリスだったが、やがて微笑と共に繋いだ手を握り返して。
――デートはまだ終わらない。