※この作品はR-18です。

最強の最弱職、王女に手を出す   作:毒蛇

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第十六話 忘却に期待して

「――探しましたよ」

 

 荒い息と共に声が掛けられて俺は顔を上げた。

 やや薄暗い部屋、ちょうど光の加減で影が掛かって見えにくいが女である事は分かる。

 金髪令嬢、白色を基調としたスーツ、騎士剣を腰に差す女が俺を見下ろしていた。

 

「やあ」

 

「やあ、ではありません」

 

 僅かな呆れ以上に俺に浴びせる声音に含まれている恐れと怒気。

 アイリス同好の士である俺に対して敬意を尽くしているのか、或いは恐れているのか。

 以前遭遇した時よりも顔を強張らせつつ、あの時以上の感情が彼女の瞳を揺らしていた。

 

「こんなの、何かの間違いだ……」

 

 顔を引きつらせ、ボソボソと独り言を呟く騎士の女。

 ふと、あの時寝台に押し倒した破滅寸前のとある屋敷の令嬢は元気だろうか、と現実逃避する俺の目の前でガシャン、と手で鉄を叩く音が聞こえる。

 

 最初は誰もが思わずその部分を叩き叫ぶのだ。

 たった数本の棒、それが俺とクレアを近くも遠い距離とする。

 

「なんで、……カズマ殿」

 

「クレア……」

 

「カズマ殿!」

 

「クレア!」

 

 ガシャン、と鉄格子を叩くクレア。

 嘘であって欲しいと握り拳で叩く王女の護衛の嘆きの声音に、思わず目が潤む。

 

 クレアはこんな悲し気な声音で俺の名前を呼んでくれるのだ。

 少し前に大勢の前で自らが付けていたホカホカの下着を晒されたというのに。

 俺はクレアの友情の心に深く感動した。

 

「良いんだ、クレア。あの光景に俺はスッキリした。色々とな。今はどうしてあんなにもお前が憎たらしかったのか思い出せないくらいだ。……そうだ、もしかして下着って――」

 

「カズマ殿」

 

 俺の言葉を遮り、しかし顔を引きつらせながらも俺の名を呼ぶ騎士。

 その声に口を噤み、石畳に敷いた藁の上に座る俺は何事かと目を向ける。

 

「私から要求する事は一つです」

 

「……続けて」

 

「――――」

 

「――――」

 

 交錯する視線。 

 ふと首元より下の方を見ると、さっと腕が衣服に包まれた双丘を隠す。

 僅かに温度が下がる視線に晒されながらも、俺は隣で寝息を立てている少女を見る。

 

「すぅ……んぅ……」

 

 ステータスが俺の何倍も強靭であっても精神的疲労があったのだろう。

 俺の膝に頭を乗せて寝顔を晒す王女の頭を撫でる度にギリッと歯が軋む音が聞こえる。

 普段の彼女ならば既に抜刀し激昂したまま斬りかかってくるだろうが、俺とクレアとの間には物理的な障害物が設けられている。

 俺がクレアの元に行くことはできず、クレアもまた此方に来ることは出来ない。

 だから、彼女が告げる言葉は容易に予想出来た。

 

「アイリス様をそこから出してください」

 

「断る」

 

 ――ガシャン、と怒りの拳が鉄格子に叩きつけられた。 

 

 

 

 +

 

 

 

「……それでは確認になりますが。サトウ殿」

 

 目の前で茶髪の女騎士が俺を見つめてくる。

 脱いだら凄いと自称する女騎士アロエリーナ、彼女は留置場から出した俺とテーブルを挟み、仕事の出来る女オーラを醸し出しながら手元の書類に目を落とす。

 

「あなたは本日、クレア様に対し公衆の面前で盗賊スキルであるスティールを使用、その後盗んだ下着を周囲の人間に公開した。動機はムカついていたのでやった、と」

 

「はい、間違いありません」

 

 くしゃり、と警察署の所長が掴んでいた書類に皺が寄る。

 目の前の女とは初対面ではない。魔王幹部セレナの無力化において知り合った仲だ。その後、魔王討伐後も何だかんだで世話になっている警察署は第二の家とも呼べる物だった。

 今では座り慣れた硬い木製の椅子にすら愛着が湧いてくる。

 

「いえ、ここは決してくつろぐような場所ではありませんよ、サトウ殿。ただ今回は被害者の方から被害届も出ておりません」

 

「はあ」

 

 曖昧な相槌を打つ俺は目の前の女騎士の隣にいる、被害者である白スーツの女に目を向ける。少し前に下着を周囲の人間に公開された被害者は決して俺と目を合わせようとはしない。

 椅子に座る彼女は凜とした様子で、冷静な表情のままジッと正面を見続けている。

 そんな表情を崩したくなり、ふと俺は思い出した事をクレアに問い掛けた。

 

「そういえば、下着は冒険者連中からちゃんと回収出来たか?」

 

「……ッ」

 

 ギロリ、と俺を睨む瞳。

 その眼力は王女と一緒に留置場で寝ていたと知った時ほど強い物ではないが、俺の純粋極まりない質問を無礼だというように隣に座る人物が脇腹をグリグリと手刀で差してくる。

 アイリスだ。同時に俺を見る全ての視線には冷たい物が混ざるが、

 

「……で、回収出来たの?」

 

「カズマ様!」

 

「いや、でも知りたいじゃん? ……知りたいよね?」

 

「どこを見てるんですか!」

 

 俺の名前は佐藤和真。

 同調圧力には屈せず聞きたい事はその場でキチンと聞ける男。

 だが、俺の純粋な質問を平然と無視する女騎士は蔑んだ目を添えて話を進める。

 

「えー……。何より、今すぐにでも釈放して欲しいとの事で既に保証人としての書類も用意されています」

 

「クレア。ありがとうございます」

 

「イリス様。ええ! ええ! 勿論構いませんよ。イリス様をこのような場所に滞在させることなど出来ませんから」

 

 相変わらずのロリコンっぷりを発揮するクレアに俺は苦笑するばかりだ。

 そして少しばかりの事務作業も完了する頃、アイリスが俺を見ながら口を開いた。

 

「それにしてもカズマ様。ここのクサイメシというのは美味しかったですね」

 

「そうだろ? 名前がアレなだけでちゃんと衛生的だしキチンとした味付けだからそこそこ美味い。何よりもオリの中で飯を食べる機会なんて中々無い経験になっただろ? 多分王族だと誰もいないんじゃないか? 間違いなく自慢できるな!」

 

「はい! またここに来たいです」

 

「……あの、普通は来たら駄目な所なんですよ、イリス様」

 

 華々しい笑顔を見せるアイリスに小声でツッコミを入れる署長。

 本日、俺がアイリスを引き連れて自首と夕飯を食べに訪れた警察署。金髪碧眼の美少女のアイリスが何者なのかを己の本日の罪を告白すると同時にそれとなく伝えると、彼女達はそれはそれは丁寧な対応をしてくれた。

 

 最も上等な留置場は衛生的でオリの中ではあるがそれなりに快適だ。

 彼女の要望と、警察署の職員への口利きでオリの中での罪人が味わう臭い飯を二人で和気あいあいと食べながらクレアがやってくるのを待っていた訳なのだが。

 改めて俺がアイリスと何をしていたのかを知ったクレアは椅子から立ち、腰の剣に触れる。

 

「……カズマ殿。イリス様に何を?」

 

「ほら、社会見学として罪を犯した人間がどういう場所に行くのか、どういう飯を食うのか、それを肌身で感じる事の出来る重要な勉強なんだよ。当たり前だろ? 王族として必要な行為だ。自らの権力で行った結果を知る事が出来る社会勉強なんだよ。王城では学べないという趣旨とも間違っていないし文句を言われる筋合いはない」

 

「……要するに?」

 

「互いにあーんってして飯を食べた」

 

「貴様、添い寝だけでは飽き足らず、こんな場所で一緒に食事、しかもあーんだと……! うらやま、許せん!!」

 

「そうです、クレア。これは私が望んだことです。だからカズマ様をあんまり怒らないで?」

 

「あ、アイリス様……。駄目ですよ、そんな上目遣いでなんて……」

 

「お願い? ね? クレア……」

 

「……!!」

 

 ニマニマと口元を緩ませているクレアは王女の我儘を叱る立場なのだが。

 腕を掴み甘い声音で呼び掛ける王女に、顔を赤くする騎士は仕方なしに椅子に座る。いつの間にロリコンの攻略技術を身に着けたのかアイリスに聞きたいが、その当人は何事も無かったかのような顔で俺に口を開く。  

 

「ところでカズマ様。クレアが保証人になったのは分かりますが、私では駄目だったのですか? 証明でしたら紋章もありますし……」

 

「……!」

 

 ペンダントにした王家の紋章を懐から取り出して何となしに見せるアイリス。

 決して下々の民に権力を見せつけ怖がらせようという悪徳令嬢染みた行為ではなく、テーブルに紋章を置いた彼女は丁重にもてはやされたお茶とぼた餅を食べる事に再度夢中だ。

 紋章に顔を引きつらせる署長が助けを乞うような眼差しに俺はアイリスに口を開く。

 

「まあ、そうなんだけど。一応アイリス……あ、間違えた。イリスはまだ未成年扱いだから俺の保証人にはなれないんだよ」

 

「そういう事でしたら、あと数か月でカズマ様の保証人になれますね!」

 

「いや、それはそれでなんかいやというか……」

 

 ――男心は複雑だ。

 

 とはいえ、王家とそれに近しい貴族が背景にいるという事も事実だ。

 こうして簡単に釈放されるのだから、この世界において貴族や王族とのコネ及びその権力がどれだけ強力で重要なのかを理解せざるを得ない。

 そう思うとクレアには少し感謝した方が良いだろう。

 

 そんな思考を巡らせていると、ふとアイリスが俺を見ているのに気づく。

 

「どうした?」

 

「……いえ」

 

 ふいっと顔ごと目を逸らす彼女だが俺が何かをしたつもりはない。

 長い金髪を揺らし、ふわりと漂う王女の香りを鼻に感じながら後頭部を見つめるが答えは見つからない。そろそろ反抗期、思春期なのだろうと無理やり納得すると椅子から立ち上がる。

 

「署長。これで手続きは終わりだよな。そろそろ俺たちも帰りたいんだが」

 

「――いや、まだですよカズマ殿」

 

 立ち上がろうとする俺の前に立ちはだかるのはクレアだ。 

 彼女は、自身の隣に座っていた署長に一時退出を告げた。特に慌てる事もなく退出する姿はクレアが事前に告げていたのだろう、何かしらの準備をしていたのだと感じた。

 そうして薄暗い密室には三人だけとなり、女騎士はある物を取り出した。

 

「これをご存知ですか?」

 

「チンチン鳴るやつ」

 

 クレアがテーブルの上に置いた物は嘘を吐くと音が出る魔道具だ。

 裁判所や尋問において使用されるソレ、そしてこの状況には覚えがあった。

 

「そんなに身構えなくても大丈夫です、カズマ殿。ただ口の回る貴方にはこういう魔道具の一つでもあった方がいいかな、と思いまして。少し場所を貸して貰うように事前にお願いしてました」

 

「それって断れない奴だよな」

 

 俺の軽口を受け流すクレアは肩をすくめる。

 余裕の表情に僅かに苛立ちを覚えるがそんな事で怒気を露わにするほど子供ではない。無言のまま本題に移るように告げるとコクリと頷くクレアはやや小声で口を開く。

 

「カズマ殿。銀髪盗賊団、……失礼。以前王城を大いに賑わせた仮面盗賊団をご存知ですね」

 

「そうだな」

 

 知っているとも。たぶん誰よりも知っている。

 そしてその事は目の前のロリ好きの女も、隣の金髪王女も、知っている。

 俺が、佐藤和真が仮面盗賊団の一員であることを知っている。

 口にはしないが、ソレを公表していないという事は暗黙の了解を得ていると考えていたが。

 

「なんかあったのか?」

 

「新聞を見ていないのか?」

 

「質問を質問で返すなよ……。まあ、見たけど? それが――」

 

 ――チーン。

 

 突如テーブルの上で魔道具が音を鳴らした。

 思わず口を噤み、冷たい眼差しを向ける女騎士相手に頭を回す。

 

「あの、そういえば……四コマ漫画しか見てませんでした」

 

「…………」

 

「…………」

 

「さ、最近はちょっと忙しかっただけだから。基本的には読んでいるから!」

 

 チラリ、とクレアが魔道具に目を向けるがベルは鳴らない。

 この魔道具はやはり世間話で持ち出すような代物であってはならないのだ。

 

「いえ、そもそもお兄様が変な所で嘘を吐いたのが悪いのでは?」

 

「おっと? 隣から刺さる刺さる」

 

 王女に半眼で見られる下賤な冒険者は名誉挽回の為に背を伸ばす。

 隣に王女がいるのだから、あまり格好悪いところは見せたくない。決意を固める中、コホン、と咳払いで横向きの俺の意識を正面に向けさせたクレアは淡々と話を続ける。

 

「では、最近の王都について簡単に話をしますが……」

 

「王都?」

 

「ええ、ええ、そうです。単刀直入にお聞きしますが、カズマ殿。最近王都で以前のような活動をされましたか?」

 

「――――」

 

 ジッと俺を見てくるクレアの瞳から、ゆっくりと目を逸らす。

 ぼんやりと彼女の奥の薄暗い壁に目を向けながら、今の言葉の意味を咀嚼する。

 大前提として、目の前の女は俺が以前王城に忍び込んだ仮面盗賊団の一員である事を知っている。それを彼女が知る過程で色々とあったが今は割愛しよう。

 

 ただ、魔道具がある以上迂闊な回答をする事はできない事は確かだ。 

 はい、いいえで答えても良いが、それはなんとなく嫌だ。

 必然クレアからの質問を誤魔化すような言葉が自然と口から零れた。

 

「……と、いうと?」

 

「このリストを見て下さい」

 

 首を傾げる俺を胡散臭そうな目で見るクレアが出した羊皮紙。

 数人の名前が記載されているが、これといって見知った名前の者はいない。

 

「知らない人だ」

 

「……一応、この国では名のある貴族なのだが」

 

「なら、よっぽどな変態達なんだろうな。悪魔萌えとかいそう」

 

「は? あなたは何を言っている、物を知らぬ冒険者が貴族を侮辱するなよ」

 

 そう告げるロリ好き貴族は髪に手をやり、魔道具と俺の顔を交互に見る。

 尋問されているような気分だが、既に手首を拘束していた鎖は解かれている。正式な尋問という訳ではなく、あくまでこの場所を借りた上で話をしているだけだ。 

 抗議をしたい気分だが、下着の件で僅かな罪悪感がある為しばらく彼女の話に付き合う。

 

「簡単に言うと、この何日かで襲撃にあったと被害を出した貴族達だ」

 

「ふーん」

 

「彼らは口々に仮面盗賊団に襲われたと言っているのだが」

 

「――――」

 

 そうクレアが告げた言葉に思考が止まる。

 意味が分からず、吐息混じりの言葉を零すがクレアは話を続ける。

 

「は」

 

「襲ったか?」

 

「いや、いやいや意味分からないから。何言ってるか分からなーいマジで。そんな奴ら身に覚えなんかないし? 俺らっていうか仮面盗賊団って義賊だろ? 襲撃する理由もない筈だから」

 

「……ふむ」

 

「クレア。お兄様がそんな事をしでかす筈がありません」

 

「そうですね。どちらかと言えばセクハラで満足してそうな男であるのは私も知ってますから」

 

「――――」

 

 実感の籠った声音にそっと彼女から目を逸らす俺。

 これからはセクハラは出来るだけ控えるようにしよう、という決意を胸に抱きながらも襲撃という言葉が気になり彼女に話の続きを促す。

 

「襲われたといったけど、その人たちは死んじゃったり……?」

 

「いや、幸い命に別状は無かったが全員が生気でも吸われたかのように憔悴している。しばらくの間はベッドから起きるのも厳しいようだ」

 

「それは、まあ良かった。命あっての物種だ」

 

「ああ、ただこの件に際し我々も只事ではないという事で、死傷者はいないが、金品や紋章なども多数奪われている以上、今後は仮面盗賊団に掛けられた賞金首を三億エリスに上げる事を決定した」

 

「さ、三億ですか」

 

 以前バニルとの商談で三億エリスが手に入ると聞いて喜んだ事が頭を過る。

 三億の賞金首ともなるとちょっとした魔王軍幹部と同等の存在になるのだが、

 

「やったな、アイリス。三億の首だってよ。ちょっとワクワクしないか?」

 

「お兄様、そこは喜ぶべきではないと思いますよ」

 

「お、おう。そうだな」

 

 三億の首になった事に実感は特にない。

 今後はもう盗賊なんて危ない事をしなければ狙われる事もないのだから。

 

「まあ、俺の直感だと本物は王都では動いてないと思うし、さっさとパチモンを捕まえてくれよ」

 

「いや数人は既に捕まえているのだが、どれも仮面を付けただけの雇われの盗賊だ。横の繋がりは無く、全員が金で雇われただけだと主張している。口が堅いのか、首謀者が何者なのかまでは辿れてはいないが、時間の問題だろう」

 

「ふーん……お疲れ様でーす」

 

「絶対あなたは『お疲れ』なんて思ってないですよね」

 

「そんな事はありますん」

 

「どっちですか」

 

 乾いた口内を傾けた湯飲みで潤す俺はそれで話を終わらせる。

 チラリと目を向けると、アイリスが飲んだ湯飲みをジッと見るクレアもこれ以上続ける話題は今のところはないようだ。

 完全に尋問ごっこは終わりの雰囲気となる中で、何となしにクレアが口を開く。

 

「ところで王都では、という事なら王都以外では活動していたのか?」

 

「――――」

 

「……ちょうど一件だけだが仮面を付けた男たちに襲われたという話があるが、その辺りについて聞かせて貰おうか」

 

「お兄様。それ、私も聞きたいです」

 

 俺には黙秘権がある!

 合計四つの美しい瞳に曖昧な笑みと共に湯飲みを傾けた。

 

 

 

 +

 

 

 

 既に夜空に星の光がハッキリと見えるようになった時間帯。

 丁重に警察職員からの見送りで久方振りに出た俺の肌は夜風に鳥肌が立つ。

 

「ほら、アイリス。寒いだろ」

 

「貴様! 何をアイリス様と手を繋いでいるかぁ!!」

 

「――クレア。クレアも手、繋ぎましょう」

 

「あああ、アイリス様!? そのような慈悲を!! ふわぁああ!!」

 

「もう夜だからあんまり騒ぐなって」

 

 抜刀しようとする女騎士を即座にレズ狂いに堕とす王女の指が俺と絡む。細く柔らかく温かい彼女の手はずっとこうして繋いでいたいとすら思わせる。

 楽しく有意義な話し合いは盛り上がり、既に街灯りが石畳や住人達を照らす。

 夜の街というのは珍しいのか、それともアクセルの夜の光景が珍しいのか、キョロキョロと周囲の店を興味深そうに見る姿は微笑ましい。

 

「アイリスはあんまり夜の街って出ないのか」

 

「そうですね、やっぱり夜はお城にいる事が多いですから」

 

「当然です。アイリス様に何かあったら大変ですから」

 

「そっか……。なんか小腹も空いたし、適当になんか買って帰るか」

 

「でしたら、あの串焼きが食べたいです」

 

「アイリス様! 私がお金を出しましょう! 是非とも!」

 

 食べ盛りの王女は賛同、ニヤケ面を隠せない護衛の女を従えて店で好きな物を買い物する。

 流石にダクネスのように買い物が出来ないという訳ではなく、商人の前では凛々しい顔を見せる俺とクレアが隣にいる為、正規の値段で購入出来た事をニコニコと知らせるアイリス。

 そしてその様子を見てにやけるクレアという状況が出来上がっていた。

 

「と、そういえばダクネスは今、どうしてるんだ」

 

「ああ。ダスティネス卿ならば先ほどカズマ殿にお伝えしたあの件で会議が思った以上に長引いていてな。私は途中で抜けてきたのだが。明日になったらアイリス様と共に王城に戻らなくてはならない」

 

「まあ、仕方ないな」

 

 色々とアイリスを交えたクレアとの話は中々有意義な物だった。

 嘘ではない。色々と話をした結果、クレア同伴だがアイリスは屋敷で一泊する事になった。現在は月明りと星空が見下ろす中で、俺はアイリスとクレアを引き連れて屋敷へと向かっていた。

 

「しかし意外だったな。お前なら何がなんでも連れ帰るって発狂すると思ってたんだが」

 

「発狂!? 私をなんだと思って……。あなたの屋敷に泊めるのはともかく、アイリス様たってのお願いですから、私が傍にいられるうちは可能な限り叶えて上げたい」

 

「…………」

 

「それに私個人、カズマ殿とは先ほどの件も含めて色々と話をしたいと思っていたところだ」

 

「何、お前。俺に気でもあるのか? 俺の事好きなの? 実は惚れてる的な?」

 

「確かにカズマ殿は腕が立つ事は分かったがそれ以上に人としてアレだ」

 

「ああん!? 俺がアレってどういう事だよ」

 

「公衆の面前で貴族の、しかも嫁入り前の女性の下着を剥いだ上に、それを周囲に見せつけるという男をアレと呼ばずに何と呼ぶのだ?」

 

「すみませんでした。深く反省しております」

 

 それについては平謝りするほかに俺の選択肢は存在していなかった。

 ペコペコと頭を下げる俺に重い溜息を吐くクレアに僅かに苛立ちを覚えるが公衆の面前で罪の無い女にスティールをした事は事実であり、特に何も言い返す事は出来ない。

 

「そういえば、めぐみん曰くああいう事をされた女ってのはトラウマで普通なら二度と会話出来ないとか聞いた事があるが、お前は結構平然としてるな」

 

「普段から何かと理由をつけて身体を視姦し、あまつさえ触れようとしてくる貴族連中を相手にしているのだ。アイリス様を御守りする騎士である以上、あの程度で動揺する事など無い」

 

「いや思いっきり顔赤くしていたじゃん。きゃあとか言ってたじゃん。嘘吐くなよ」

 

「…………」

 

 そんな雑談を交わしていると屋敷が見えてくる。

 屋敷の窓からは僅かな明かりが、中で誰かがいるという事を俺に教えて――、

 

「あー」

 

「どうしました、カズマ様」

 

「ん? いや、まあ忘れてたなーっていうか……。アイリス」

 

「はい」

 

 屋敷の玄関、木製の扉に触れる俺を見るアイリス。

 薄暗い夜に玄関に設置された灯りに照らされて美しく映える王女は、どこまでも澄み切った大空の瞳で俺を捉える。

 

「いや……、アイリスは可愛いなって」

 

「そうですね」

 

「もう、二人して揶揄わないで下さい」

 

 相槌をクレアから貰うと、玄関の取っ手を掴む。

 忘れていた。忘れていたというよりも予期せぬ訪問で置き去りにしておいた問題。

 

「まあ、忘れてる事に期待しようか」

 

 そうして俺は玄関の扉を開けて――。 

 

   

 

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