※この作品はR-18です。

最強の最弱職、王女に手を出す   作:毒蛇

17 / 50
第十七話 おやすみの前に

 ――その言葉を告げるかを悩んだのは一瞬だった。

 

「ただいま」

 

 逡巡の果てに、俺はいつも通りの行動を選択する。

 変に意識した場合、勘の鋭い者ならばそこから看破する事さえ可能なのだ。ならば隠す事は諦めて状況に応じた行動をする他に道はなかった。

 俺の言葉は決して大きくはないが、数秒後に明確な反応があった。

 

 どたどた、と騒々しい足音がリビングから聞こえる。

 風呂に入ったのか肩を露出させた薄青のパジャマを身に纏ったアクアが俺を迎えてくれた。

 いつもならソファでゴロゴロしているのに、どういう風の吹き回しか。

 ほんのりと頬を赤くした少女は、俺を見て駆け寄ってくる。

 

「おかりー、カズマ」

 

 にへら、と忠犬が飼い主に懐いたような表情。

 僅かな酒精が鼻腔をくすぐると、胸中に抱くのは明確な安堵だった。

 同時に抱いていた一縷の期待を幸運が拾ってくれたと思って。

 

「お前、酒はほどほどにしとけって……」

 

「煩いわねー。飲みたい時に飲んで……」

 

 ――そう思っていられるのは本当に僅かだった。

 どこか酩酊感に揺れていた水の瞳が俺を捉えた瞬間、

 

「…………」

 

「アクア?」

 

 僅かながら見せていた微笑も消え、真顔を見せるアクア。

 酒に酔っていた筈だが、手が届く範囲まで近づいた彼女が目を見開く。アクアの水の瞳には感情が渦巻き、それは浮かぶ涙の滴に溺れて見えなくなる。

 

「なんで……」

 

 アクアは小さく首を横に振り、俺に向けて手を伸ばす。

 下ろした長髪が揺れ、今にも崩れ落ちそうな姿に俺は思わず腕を掴む。

 

「おい、どうしたって……」

 

「いやっ! カズマさんが、だって……他の人って、え、なんで……」

 

 混乱と戸惑いと深まる感情が彼女の瞳を汚す。

 狼狽え、混乱し、口走る言葉は独り言にしても意味が分からない。

 潤む水の瞳からは溢れ出す涙が頬を伝うのも気にせず、ただ悲しそうに俺を見て泣く悲哀な姿は見ているだけで心が痛む。

 

「私にあんな事して……他の子の、匂いを……こんな……、わ、私は……っ」

 

「何を言ってるのか……」

 

「嘘よ! 嘘嘘嘘……嘘! こんな、本当に……」

 

 どこか狼狽したようなアクアの姿に不安感が募る。

 その姿は数日前の錯乱していた彼女の姿と重なり、咄嗟に身体が固まる。

 告げる言葉が思い浮かばない俺を見ていた女神はやがて、俺の背後に目を向けて瞳を見開く。

 

「ぁ……」

 

「アクア様……」

 

「……、アイリスが」

 

 一番最初に玄関に入ってきた俺しか眼中になかったアクア。

 醜態と言っても隠しきれない汚点を抱える女神は来客を前に体裁を取り繕う余裕は無い。寧ろ背後にいるだろう金髪の少女を瞳に映した途端、今にも壊れそうな曖昧な笑みを浮かべた。

 

「――――」

 

「嫌だよ、カズマ……。私を、一人に……」

 

 俺の問い掛けも耳を素通りし、アクアは俺の腕を掴む。

 その姿に無意識のうちに一歩後退しようとする脚よりも早く俺と距離は近づく。哀切に満ち溢れたアクアの姿が目に焼き付いて言葉も出なかった。

 ただ滂沱と水の瞳から流す涙を、悲し気に顔を歪めるアクアに――、

 

「カズマさんには……私が……」

 

「――失礼します」

 

 支離滅裂な言葉を前に狼狽える俺を余所に事態は動く。

 子供のように喚き泣く女神の肩に手で置き呆然とする中、アクアの首元に俺でなくては見逃す程に素早い手刀が当てられる。泣きじゃくる女神の意識を刈り取った下手人が掛けた言葉が遅れて鼓膜を震わせると、

 

「……クレア」

 

 ふっと意識を失ったアクアが崩れ落ちる。

 正面から倒れかける女神を抱きしめ、転倒を阻止した俺はそっと安堵の溜息。

 そしてこの事態を収拾させた女騎士の顔を見上げると、

 

「なんで」

 

「アイリス様が見ている」

 

「……お前はそういう奴だったな」

 

 僅かに格好良く見えたのは気のせいだった。

 呆然とするアイリスの目に余る事態であったのは間違いない。ぐったりとしたアクアの柔らかい身体を抱きとめ僅かに痛まし気な顔をするクレアに礼を告げると、ひとまず先ほどの事態については思考を放棄する。

 そうしてようやく無言を保っていた王女に俺は小さく笑い掛けた。

 

「悪かったな、最近こいつちょっと酒の飲み過ぎでアレでさ」

 

「あ、いえ……。私は大丈夫ですので。お酒とは怖い物なのですね……」

 

「そうだぞ。どんな物でも適量が一番だ。……ひとまずリビングに案内するから、そこで少し休んでてくれ」

 

 俺の言葉に反対はなく、無言のままリビングに向かう。

 どこか暗い雰囲気の中でも暖炉の熱が夜風に冷えた身体をじんわりと温める。

 一度ソファに女神を寝かせ、手早く飲み物などをテーブルに置くと、先に購入した夜食を食べているように告げて、俺はアクアを彼女の部屋にまで連れて行った。

 

「アクア、お前重いな……」

 

「…………」

 

「意識の無い人って本当に重いんだなぁ……」

 

 何気なくアクアを背中に背負うというのは珍しい事だった。

 ドレインタッチも取得していない頃、爆裂魔法を使用し倒れためぐみんを背負う機会があったが、パーティーメンバーを背負う機会が多いという方が珍しいのだ。

 扉を開けて、意外に持ち物の少ない彼女の部屋を進み、ベッドに転がす。

 

 流石にそのまま放置するのも人として駄目な気がしたので毛布を掛けて目元の涙を拭うと、本当に起きていないかのチェックとして豊かな双丘をそっと手のひらで揉んでみる。

 たゆん、と水風船のような物体はパジャマ越しでも柔らかさがある。

 しばらくの間、無心で母性の塊を揉んでみるが、昼頃のような反応は全く無い。

 

 程良い刺激に僅かに声を漏らすアクアだが、覚醒にはほど遠い。

 何も語らず、長い睫毛に縁取られた瞼を閉じた整った顔は、不思議と女神に見えた。

 

「…………」

 

「ん……ぅ……」

 

 鼓動の高鳴りは偽りだ。

 だって、アクアに抱く想いの筈が無いのだから。

 

 気絶による寝息が不規則になり始めるまで女神の乳房を手のひらで味わうと、そそくさと部屋を退出してアイリスとクレアの元に。

 最近情緒不安定なんだという話と珍しい来客達の視線を受けながら夜店で購入した夜食の感想を言い合って、半分食べ終わる頃にようやく元の雰囲気を取り戻していた。

 そうこうしているうちに、くぁ、と欠伸をした王女は俺とクレアの視線に顔を赤くした。

 

「す、すみません。お話が退屈という訳ではなく、あの……!」

 

「いいって、誰もそんな風に思ってないから。アイリスの欠伸が可愛いなって思っただけだって。なっ、クレア!」

 

「そうですねカズマ殿。寧ろその吐息を吸いた……いえ、そろそろアイリス様のご入浴の時間ですね」

 

「そっか、そんな時間か……。よし、アイリス一緒に入るか!」

 

「え!? ぁ、えっと、まだ、少し恥ずかしいのですが……」

 

 揶揄ったつもりだったのだが思った以上の好感触に瞬きを繰り返す。

 ここでだらしなく頬を緩めると、ゲホゲホとむせる女騎士と一戦を行いかねない。アイリスがクレアにどの程度話をしているかは不明だが、流石に堂々と風呂に入るのは厳しいだろう。

 

「アイリス様と一緒にお風呂だと!! アイリス様ご安心下さい。私がいる以上この男には一歩たりとも浴室への侵入はさせません。たとえ全裸に剥かれようとも……!」

 

 美しき主従関係。 

 心の底まで主を慕う騎士の鏡の忠義。

 

 性獣扱いされた事に憤りを覚えつつも大人げなく怒鳴る事もなく、アイリスに浴室の場所や使い方を教えると脱衣所から引き摺られる形でクレアとリビングに戻る事になった。

 そろそろ大人の時間だと、酒のボトルを取り出す俺を見るクレア。

 

「……で?」

 

「で、とは?」

 

 キュポ、とコルクが抜ける音と彼女の不機嫌そうな声音に耳を傾けながら、フリーズでキンキンに冷えたグラスに酒を注いでいく。

 

「大人の時間、って何か良いな。響きが」

 

「そうだな。それでさっきのアクア殿についてだが聞いても大丈夫だろうか」

 

「……まずは飲もうぜ」

 

 大抵の事は飲んでしまえば忘れられる。

 後悔が伴う事も多いが、それでも今を最高に楽しむというのは、他でもないこの世界で初めてアクアに教わった事である。

 目力で高級酒を勧めると、気持ち悪い物を見たような顔をする女騎士だったが、こちらの意向を汲み取りグラスを手に取る。カチン、とグラスをぶつけて響く音に思わず微笑を浮かべる。

 

「カズマ殿」

 

「ん?」

 

「……いや、貴方は何に乾杯するのですか?」

 

「え? あー、そうだな……」

 

 なんとなく雰囲気作りをしたかっただけとは言えない。

 

「アイリスとこの世界に」

 

「では同じく。……いえ、私が敬愛するアイリス様に」

 

 クレアにとって世界はどうでも良いらしい。

 口にした俺も馬鹿馬鹿しいと思っているので人の事は言えないが。

 パチパチ、と薪が焼ける音を小耳に挟みながら、酒という潤滑油を差した頭を回して、目の前のアイリス好きの同士に目を向ける。

 

「そうだな……。いや、最近色々あってさ」

 

「色々、ですか」

 

「そっ、色々。仕事とかね。……まあ、あいつの言葉から何となく想像はつくような気もするけど、今はなんとも」

 

「それはすぐに解決できる問題だろうか」

 

「どうだろうな。一応、お前らが帰ったらもう少し話してみようとは思う」

 

「……そうか」

 

 タイミング悪くアイリスが訪れたから、という訳ではない。

 基本的に明日へ、明後日へ、出来る限り楽な方へと逃げがちであるという自覚はあるのだが、これでも決める時にはキチンと決めているつもりなのだ。その事においては仲間たちからの信頼も厚い自信があった。

 いつの間にか乾いた口内を酒で潤すと、液体の入ったボトルを手に取る。

 

「次は、クレア。あんただ」

 

「私が何か?」

 

「まあ、なんだ。俺たちの間にあった深い溝は消えた事だし、晴れてアイリス愛好の同士として今後は親友にもなれると俺は思う。意外と真面目に話を聞いてくれる奴って中々いないからな。少しスッキリした。ありがとうな。何か悩みがあるなら聞いてやるよ」

 

「い、いえ……そういうつもりでは」

 

 酒が入ったからか驚く程に口が回る。

 素直に話をすると、ほんのりと頬を赤らめる女騎士はグイっと酒を含む。

 あまり酒が強くなかった記憶もあるのだが、あとは寝るだけなので大丈夫だろう。

 

「ほら」

 

「あ、どうも」

 

「おっとっと……」

 

 トクトクと酒を注ぎ、余った夜食を適当に胃袋に入れる。

 久方振りに不健康な行動が身体に染みわたる感覚に、思わず頬を緩ませた。

 

「完全に酔う前に先ほどの話の続きをしたいのだが」

 

「えー、なんかそういう気分じゃないんですけど。お前飲み足りないんじゃねえの」

 

 コホンと咳をするクレアはほろ酔いに浸る俺に話を進める。

 目の前の女も明日には王城に戻る身の上だ。アイリスが悲しむ為、強硬手段に出る事はない可能性が高いがそれでも得られる情報は当然欲しいだろう。

 

「王都の件だったら、マジでなんも知らないぞ。一応、王都外での活動については、さっき話した通りだ」

 

「そうか……。まあ、あの魔道具があった以上嘘は吐けないからな」

 

「んー、そうだな。あとは……、ん……美味いなこの焼き鳥」

 

「カズマ殿」

 

「酒、飲めよ」

 

「…………」

 

 こく、こく、と喉を鳴らす小さな音。

 ペース配分という物を知らないのか、そんなに情報が欲しいのか。

 これならばクレアから情報を抜き取る事も容易だろうと思いつつ、空のグラスに酒を注ぐ。

 

「パチモン盗賊団がどうして強盗しているかは不明だが、そもそも本物は義賊行為しかしていない。っていうか明らかにパチモンだって分かっているのに、何で賞金額上げた訳?」

 

「わ、私が上げた訳では……。我々も馬鹿ではない。捕まえた者は全員が仮面を装着していた。奴らがその罪を擦りつけようとし、それだけの影響力がある盗賊団を放置しておく事は出来ないというのが建前だ」

 

「……、金品奪われた貴族共の反発が思いの外強くなり渋々上げるって事にしたとか」

 

「……カズマ殿」

 

「おっ、御酌とは気が利くな」

 

 答えないという事はそうなのだろう。

 貴族と平民という格差が存在する以上、義賊など邪魔だという事か。

 あわよくば捕らえて見せしめに殺してしまおうという貴族の魂胆が透けて見えていた。

 

「まあ、そんな事はどうでも良いがな。別に大した問題じゃない」

 

「カズマ殿は豪胆なのか臆病な嘘吐きなのか、分からなくなるな。コボルドに殺される程度の実力だと思えば城内で見せた実力。そうと思えば昼間の騒動。どちらが本物の顔なのか」

 

「お、おう。あんまり褒められると照れるな……。ともかく襲われた貴族連中は何か言ってなかったのか。何かを見たとか聞いたとか」

 

 今後は盗賊などやるつもりはないから大した問題ではない。

 そういう意味だったのだが、変な捉え方をされてしまった俺は訂正せず話を変える。

  

「大抵の者は意識を失ったらしいが、一人だけ。時計のような物を見たとか」

 

「時計」

 

「それが身体に触れた瞬間、身体が急に重くなったと言っていた」

 

「ふーん」

 

 時計のような代物。それが相手に触れると体力か生命力を吸収する。

 そういう魔道具もあるのかもしれないが仮に昏倒した貴族全員に使用されたというならばどのような意味があるのだろうか。ふと、最近どこかで似たような話を耳にした気がするが酒の所為かあまり頭が働かない。

 パズルのピースが徐々に埋まっていく感覚の中で、ゆっくりと枝豆を咀嚼、高級酒の酩酊感に吐息する。それだけで今日一日の疲労が取れたような幻想に囚われる。

 そんな酩酊感に頬が緩んでいると、自然口まで緩んでしまった。

 

「ところでアウリープっていう名前に聞き覚えは?」

 

「アウリープ? ……男爵のか?」

 

「うん? 知っているのか」

 

「知っているも何も、アクセル前領主を務めていたアルダープの親戚筋の者だが。……その男に何かあるのか」

 

「……いや、まだなんとも」

 

「一応、調べておくとしよう」

 

「マジでなんでもないからな、本当だよ」

 

 口は滑ったが思った以上の成果は得られた。

 だから、今はもう十分だろう。

 チビチビと飲んでいたクレアのグラスに酒を注ぎ、己のグラスにも注ぐ。

 

「他に何か聞きたい事とかあるか?」

 

「そうだな……。他ならぬアイリス様についてだ」

 

「くわしく」

 

 正直言って、関わる事の無い事件についてよりも身近な王女について聞きたい。

 俺の目の色が変わった事を悟った、顔が赤らみ始めた酒に弱い女騎士もこの話題に関してだけは真面目な顔を見せる。かと思えば泣きそうな顔になったりと忙しい。

 

「最近、アイリス様が私の手を離れて、アクセルの街に出て行かれる」

 

「そうか。……それだけ?」

 

「いや、まだある。以前ハチベエという不思議な男から貰った指輪をときおり耳に宛がう回数が段々と増えてる。その度に何かをアイリス様は囁いて女神のような笑みを浮かべるんだ。ただ殆ど自室でされているので何を言っているのかまでは分からないのだが」

 

「そうなのか、そういう年頃なんだろう。ほら葱も美味いぞ」

 

「頂こう」

 

 グラスが空になる。注ぐ。空になる。

 癖が少なく飲みやすいこの酒は、俺が大金を手に入れて厳選した酒だ。

 クリムゾンシリーズのような辛口ではなく、甘く優しく上品なまろやかさがある。

 

「――到着すると同時に全力で私の元から走り去ってしまう。追い掛けようにも全然見つけられないのだ。まるで潜伏スキルでも使ったかのような鮮やかさには感服するが悲しい物がある」

 

「アイリスもそろそろ反抗期だろう。その程度で一々ぶつくさ言っていたら、お前死ぬんじゃないか。大体身近な存在は自分の事を見捨てないからと、ついつい反抗的な口調をするんだ。クレアの事なんて嫌いです! ってな」

 

「いやだあぁぁぁああああ!!」

 

「カズマ様を婿にします! とか言われたら致命傷じゃないか」

 

「それはもうあなたに決闘を挑むしかないだろう……。場合によっては斬る。でもそうするとアイリス様に、き、きら……アイリスさまあああああああ!!」

    

「そっか、まだ伝えてないのか。それより、ほら酒飲んで落ち着けよ。誰だっていつかは思春期になるさ。アイリスだってむっつりなんだから既にエッチな事に夢中なんだぜ」

 

「貴様、適当な事言うなよ。アイリス様がそのような事をする訳ないだろうが!!」

 

「でも夜な夜なこっそりと自慰とかしてるだろ。お前だってしてるだろ?」

 

「し、してませんが。カズマ殿。私も貴族の娘なのでそういう事は……」

 

「おいおい親友。今更かまととぶるなよ。いいか、酒の場での言葉は全てなかった事になるんだ。だから皆鬱憤を吐くだけ吐いてスッキリしているんだ。その際に嘘はいけない。嘘吐いたのでもう一杯酒な。……美味いだろ……さてもう一回聞こうか」

 

「…………」

 

「ララティーナだって夜な夜な激しすぎて音が煩いんだよ」

 

「そ、そんなになのか」

 

「ああ。苦情が出るぐらいだ。だからこれは普通の事だ。お前も結構世間知らずなところがあるからな」

 

 ボトルが空になり二本目を開ける頃には、俺たちはこんな感じの話をしていた。

 邪魔する者は何もなく、セクハラ混じりの猥談とアイリスの話をする。いつの間にかクレアの隣に座りながら酒を注ぐ度に歯止めを忘れていく。 

 そっと耳を傾けるとやや戸惑いの表情を浮かべながら恥ずかしそうに耳元で囁く女騎士の声音に口元が緩んでいくのを感じた。

 

「ほう、案外普通だな。てっきり毎日アイリスの私物でしているのかと」

 

「馬鹿を言うな! 私ぐらいならば想像でいける……と」

 

 素面ならば憤死しかねない言葉を次々と俺に告げるクレア。

 元々酒には弱い方で、これだけ飲んだならば記憶も抜け落ちているのではないか。

 見つめたクレアの瞳には酒による酩酊と戸惑い、羞恥、興奮が入り乱れている。

 

「その、カズマ殿……」

 

「なんだ」

 

「あまり近づかれると……、それに私も嫁入り前の身だ……」

 

「ん? もう決まっているのか?」

 

「まだ確定ではないが、これでも大貴族の娘。当然多くの縁談の話もきているのだ……。今は良くてもいつかはアイリス様のお傍を離れなくてはならないと思うと……」

 

「うちのララティーナもそんな事言っていたな……。その、なんだ、そんなに嫌なら断ったらどうだ」

 

「馬鹿を言うな、アイリス様に尽くそうとも家の繁栄の為にいずれは……それとも何ですか、カズマ殿が私を娶ると?」

 

「それは……」

 

 予想外の切り返しに閉口する。

 目の前の女、酒精に頬を赤らんだ女にダクネスの姿が重なる。

 以前にも似たような事を告げていた彼女はとある騒動でその身を捧げる決意をしていた。

 

 似ている、とは思う。

 知り合った貴族の大半は碌な奴がいないが、ほんの僅かにこういう奴がいる。

 真面目で義理堅く、頑固な女だ。

 

「言っておくが、俺の好みは優しくしてくれる金髪でスタイルの良い女なんだが……」

 

「なんだ?」

 

「いや、あれ? お前も結構……」

 

 外見的な話ならばクレアも俺の好みの範囲内に該当している。

 初対面は最低だったが、アイリスに関して遠慮のない話も出来る。

 加えて、めぐみんやダクネスのような近づき過ぎて話せない内容も話せる関係。

 

「……ぁ、あの、カズマ殿」

 

 気づいたら女騎士の頬に触れている手。

 ぼんやりと俺を見つめるクレアの瞳はどこか潤んでいる。

 その姿は思っていたよりも。

 

「思ったよりお前の事嫌いじゃなくなってきたわ」

 

「カズマ殿……」

 

 

「――それは良かったですね、カズマ様」

 

 

 その言葉は背後から聞こえた。

 瞬時に手が頬を離れる俺をジッと見つめている大空の瞳はどこか冷たい。

 

「――ああ、上がったのか。結構長湯だったな」

 

「ええ。まあ……それで何をされているのですか?」

 

「ん? クレアが酒を飲み過ぎてさ……。ちょっと介抱してたんだ」

 

「随分と距離が近いと思うのですが」

 

「アイリスは酒を飲まないから分からないと思うが、大人はこういう介抱の仕方があるんだ。アクセルにおけるローカルルールって奴だな」

 

 そんな事を告げながら俺とクレアの間に己の身体を捻じ込むアイリス。

 ジッと俺を見上げる少女の体温は温かく、先ほどまで湯舟に浸かっていた事を思わせる。疑わしい者を見る半眼に肩をすくめていると諦めたのか、その追及の視線は自らの護衛に向く。

 

「本当ですか、クレア」

 

「――――」

 

「クレア……?」

 

「すかー……」

 

 どうやら酒で眠り込んでしまったらしい。

 俺の幸運が上手く作用したのか、或いは巧妙な演技なのか。

 最近自分の目が信じられなくなる今日この頃ではあるが、俺の口は上手く動く。

 

「まあ、今日もクレアは誰かさんを探していたからな、疲れたんだろう」

 

「ぅ……、それはまあ、仕方がないですね……」

 

「仕方ない。こいつは俺が運ぶからアイリスは先に寝ててくれ」

 

「いえ、私の部屋に運んでください。今のお兄様と一緒にしていると嫌な予感がします」

 

「はっはっは。何言ってるんだ。俺がそんな事する訳ないだろう。基本的にヘタレだぞ?」

 

「でしたら、私がクレアと一緒に眠る事は何も問題ありませんよね?」

 

「いや、でもこいつとは大人の付き合いがあってな……」

 

「私も大人です! ……子供扱いしないで下さい!」

 

 そう言うと、乱暴に俺が手に持っていた酒のグラスを奪うと、一息に飲み干す。

 グビッと喉を鳴らす良い飲みっぷりに感心するも、王女に酒を飲ませてしまった事に俺は思わず慌ててしまった。

 

「お、おい。アイリスには酒はまだ早いって」

 

「……そうでしょうか。意外と飲めますよ? これで私も大人ですね」

 

「そうだな、おめでとう」

 

「なんだか急に楽しくなってきました」

 

 一杯程度なら特に問題は無いだろう。

 ニコニコと笑う王女を尻目に、眠りこけたクレアを背中に背負い客室に向かう。既に深夜に近い時間帯、そろそろ眠気が生じる中、背中に背負った女騎士を部屋のベッドに横たえさせる。

 そっと衣服を脱がせようとするもアイリスに止められる。

 

「ちょっ、何をしているのですか!?」

 

「? いや、介抱。流石に寝苦しいだろうし、寝ゲロ吐かれないように服を脱がしているだけだが。言っておくがパーティーメンバーにはよくやっている事だからな? セクハラとかじゃないからな」

 

「そうだったのですね、ごめんなさい。勘違いしていました」

 

 ひとまず重たい上着などの衣服を脱がせると毛布を掛ける。

 二日酔いになる程度には飲んだと思うので、明日はコーヒーを用意しよう。

 

 部屋を出る俺の後ろをついて歩くアイリス。

 程良い酩酊感の中で見る王女は風呂上りだからか、普段よりも可愛らしい。

 僅かに石鹸の香りがする彼女は先ほどから随分とにこやかな表情を浮かべている。

 

「アイリスの髪って綺麗だな」

 

「ふえ? あ、ありがとうございます。えへへ、カズマ様大好き」

 

「お、おう。急に言われると恥ずかしいな」

 

「そうですね。……でも今はなんだか、口にするのは恥ずかしいと思わなくなりました」

 

「――――」

 

 不思議ですね、と口にする王女は儚げな微笑を浮かべる。

 そんな姿を見ながら深呼吸を繰り返し、おやすみ、と言おうとすると、

 

「カズマ様」

 

「んー? なんだ? 添い寝か? 流石にバレる……」

 

「――いつもみたいにおやすみの前に愛してるって言って下さい」

 

「――――」

 

 そんな事をアイリスはニコニコしながら口にした。

 いつもみたいに、と王女は言うがそこまで口にした覚えは無い。

 とはいえ、彼女のリクエストに応えようと思って、彼女に顔を近づけて。

 

「あ、ごめんなさい。少し酔っちゃったみたいで。やっぱりなんでも……」

 

 そっと唇を奪う。

 茶化さずに突発的に愛を囁くには、俺には少し気恥ずかしかった。

 

「おやすみ」

 

「……はい、おやすみなさい。カズマ様」

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。