紅茶を啜り、話を促す。
「うん……」
「最初に言っておく」
いそいそとホットパンツを履き直し、身支度を整えたクリス。
ポケットに自らのショーツを入れた事を見逃さなかったが、そこを追及すると話が進まなくなる事を聡明な俺の頭脳が理解していた。
そして、それはともかく彼女に先に告げるべき言葉があった。
「取り敢えずさ、仮面盗賊団はもう解散で良くない?」
「は?」
途端に無表情で俺を見つめる女盗賊。
怒気すら込められた声音に怯みながらも話を続ける。
「俺が、というよりも仮面盗賊団に懸けられた賞金はもう知ってるよな?」
「三億と二千エリスでしょ? おめでとう」
「ありがとう。いや、クリスも称賛される側なんだけどな……あと、その二千エリスは初耳だけど、まあ四捨五入すれば三億か」
俺たち二人で構成されている仮面盗賊団。
世の中の悪徳貴族から金を盗み、恵まれない人にばら撒く。その正体は世界に悪影響を与える神器の回収をする事。
そんな盗賊団もいつの間にか魔王軍幹部に匹敵する賞金首となった。
「これだけの額となると一度捕まったら、王族がバックにいても間違いなく死刑だろうしさ。なんていうか……」
「ヘタレたと」
「いや、違うから。最近話題沸騰な俺たちだからさ、世間の熱が冷めるまでは潜伏していたいなって思ってさ」
「……ちなみにどれぐらい?」
「……十年ぐらい?」
「それじゃあ遅いよ!」
バン、とテーブルを叩くクリス。
正義感に駆られる彼女を余所に、俺の脳内で働くのは打算のみ。
「いや、俺たちが何もしなくても国の中枢がパチモン盗賊団やら何やらやってくれるだろ。出しゃばらなくてもこの世界の人たちが何とかしてくれる。神様なら温かい目で天界から見下ろしていてもいいんじゃないかってな」
「で、本音は?」
「働きたくないでござる」
「だめでござる」
元ニートに労働は厳しい物がある。
何よりもクリスがこうしてわざわざ屋敷に来たという事はそれなりに信用のおける情報を持ち、神器を悪用している犯人が今どこにいるのかも分かっているのだろう。
それが可能であると俺は彼女とのこれまでの付き合いで、ある種の信用を抱いていた。
ゴロンとソファに寝転がり、興味なさげに目を閉じる。
ついでに耳を塞いでいる間に、勝手に帰ってくれれば御の字なのだが真面目な彼女はそれを許さない。耳を塞いだ俺の頭部に手を置き、顎を置くと、振動を介して話を進める。
「キミはさ、誰でも自由に姿を変えられたら……どうしたい?」
「取り敢えず女子になってエロい事をしたい」
「うわぁ」
「冗談だって。はは」
なんとなく頭を過った言葉を告げると、塵を見る視線が降り注ぐ。
好感度のパラメーターが下がった気がした俺は、緩みを見せる頭を叱咤し、頭を回す。
誰でも自由に姿を変えられるのならば、便利だろう。
気になるあの人の身体に変身して興奮も出来る。変装が自在ならば演技のみどうにかすれば文字通りどんな人物にだってなれるのだ。老若男女問わず、どれだけ偉い人物であろうとも。
――この国の貴族でも、王族でも、可憐な王女にですら姿を変えられる。
「ヤバいじゃん」
頭を過るのはかつてクリスと共に王城から盗んだ神器。
アイリスが首に掛けていた首輪は指定した相手と身体を入れ替える事の出来る神器であり、入れ替えた相手を殺し続ければ永久の命すら手に入る代物だった。
とはいえ、今回の神器は別段アイリスの手元にはない。ならば良いではないかと振動を通じて話しかけてくる女の薄い胸を押すも、彼女はしつこく食い下がる。
「んっ……王都で倒れた人たちは皆、王女様に近しい家柄の貴族だよ」
「それで?」
「仮にその人たちの姿に身体を変える事が出来るようになったらアイリスさんやその近くの人、クレアさんとかにも近づく事も出来るだろうね……」
「――――」
「あとはそれを繰り返すだけで……。おっと、そういえば大貴族や王族が集まる舞踏会があるらしいね」
「――――」
「あくまで推測なんだけどね」
なるほど、と素直に思う。
クリスの言葉を咀嚼すると、愚鈍な自らの頭でも意味が分かる。
薄い胸を揉まれ荒い吐息を漏らしながらも、分かりやすく説明する女盗賊の言葉は真実ではなくとも理にかなった話だ。
ピースが嵌り一枚の絵が出来上がる感覚に耳に被せた手を外す。
「まあ、犯人についても目星がついたから盗みに行けば良いんだけど」
「……続けて」
「誰かになりすましているのか今は見つからないんだよね。たぶんその舞踏会には出席する筈だろうけど」
「…………」
「偽物の盗賊団がいるからか、王都全体の警備も滅茶苦茶に厳しくて一人じゃ入れないんだよね。どこかに簡単に王城に入れるチケットなんてないかなって」
困ったような顔で頬の傷を掻くクリス。
チラチラと俺を見下ろす視線に無性に苛立ちを覚えると同時に彼女が俺に何を望んでいるのかを悟ってしまった。
「クリス」
「何かな?」
「それでも俺は言うよ、面倒臭いと」
「き、キミって奴は……!」
「今回はクレアとかも近くにいるし、そこまでやる気にならない。なんつーの? こう長引き過ぎて面倒臭いなって。なんで俺ってこんな事しているのかなって……」
「ねえ、いい加減賢者タイムも終わっていいと思うんだけど! そ、それにさっきエッチな事したでしょ!」
「いや、それは仕事の間はしていいっていう約束だったし? なんだろうな、これから更に危険な仕事になるんだろうから、何か追加報酬があるとやる気が出るんだけどな~」
「――――」
「メイド服とか着てくれないかな~」
「ちょ、調子に乗って……!」
唖然とした盗賊娘の微かに主張している乳房をふにふに、と手で揉むと、俺の両手は羞恥の限界に達したクリスの手に叩かれる。別に嫌がらせがしたい訳ではない。
ただ、何となくやる気が湧かないのだ。
何か決定的な、背中を押してくれるものがあるならば。
「サトウカズマさん」
ふと、口調を改めて告げるクリス。
瞳の奥を覗くと、先ほどまでの快活さは鳴りを潜め、どこか神秘的なオーラを漂わせているようにも見える。
ソファに寝転がる俺の横に座り、手を取る女神は憐れみを誘う声音で告げる。
「お願いします、カズマさん。世界の危機なんです」
俺の手を両手で包み込み、悲哀を誘う面持ちの彼女にそんな言葉を言われると、やってやろう、という気持ちが僅かに湧き上がる。
同時にどこか冷たい思考が嫌だと告げるのが分かる。これ以上のリスクを背負って何になるのだろうか、と。
どのみち、英雄だの勇者だの世界の危機と言われてもピンとこない。
そんな事は相手も分かっているのだろう。
「カズマさん」
「カズマです」
そんな時に、小さく俺の名前を呼ぶエリス。
ソファに寝っ転がった俺をジッと見つめる女神の顔は近く、ショートカットの毛先が額に触れる程の距離で囁くように、彼女は燃料を投下する。
「もし、神器を二つとも回収出来たなら」
「出来たなら……?」
青紫の瞳が俺を見通すように、銀の髪を揺らしてジッと見下ろす。
どこか熱を帯びたような眼差し、艶やかに見える唇を震わせ、クスリと笑う。
「――本体の私ともエッチな事、しましょう?」
「――――」
「とっても、気持ちいいですよ?」
「やります」
+
クリスとの話を終え、用事があるからと玄関に向かう彼女を見送る。
最近、誰かをこうして見送る事が多いなと口に出しても意味のない漠然とした思いを抱きながら、彼女の背中を見つめる。
「そんなにジッと見られると照れちゃうな」
「お、おう」
俺の熱い視線を感じたのか、ポリポリと頬を掻く女盗賊。
こちらを見るクリスの瞳を真っ向から見つめ返し、銀髪を揺らす女もまた俺を見つめ返す。
既に話す事は無い以上、彼女もこの屋敷に留まる理由は無い。
「夕飯は食べてかないのか?」
「カズマ君のご飯なら美味しいだろうし、もちろん一緒に食べたいなって思うけど、今日はこの後用事があるんだ。それに――」
「それに?」
「ううん、なんでもない」
頭を振って曖昧な笑みを作る銀髪の女神。
含みのある言葉で興味を引くも、結局口にしない彼女に疑問を抱きながらも、大した事ではないのだろうと結論付ける。
扉を開けると夕暮れに近い陽射しが彼女の銀髪を照らす。
「そうだ……カズマ君」
「なんだ?」
「せっかくだし、駄目押ししておこうかなって」
ふらりと外に出ていく彼女は何かを思いついたように俺の元へと戻って来る。
そうして両手を広げて全身で抱き着いてくる彼女を避ける事はしなかった。
快活でボーイッシュな彼女からの甘えるような抱擁なのだ。髪の毛を擦りつけるように頭を押し付ける彼女の臀部を揉みながら彼女の気のままにさせる。
「ふぅ……、よし」
「気は済んだか」
「勿論だよ! ほ、ほら、お尻から手を離してってば」
「もうちょっと」
「ん……」
「ほーら、ノーパンでそんなホットパンツを履いている気分はどんなですか?」
「ちょ、引っ張らないでってば! ゃ!」
最近こんな風に肌での触れ合いが多い気がする。
性行為をした身ではあるが、こうして抱擁を美少女から求められるというのは悪い気がしない。寧ろ鼓動が高鳴るのは仕方がない事だ。
満足気な表情を見せる銀髪娘を見送り、俺は屋敷の扉を閉じるのだった。
+
「ただまー」
「おかりー」
肌寒い夜になる頃、玄関を開けて入って来る女が一人。
アルカンレティアからの帰還だろう、どこか機嫌の良さそうな底抜けの明るさを感じさせる声音に思わず頬を緩めた。
恐らくは信者たちにチヤホヤされたのだろう。
一人寂しく夕飯の準備をしていた俺は大事そうに酒瓶やらが入った袋を抱えているアクアは何も考えてなさそうな顔で台所に顔を出すと、
「ねえ、ねえ、麗しい女神の私には分かったわ! 今日の夕ご飯は――」
そんな言葉を発するアクアの声が途切れる。
既に煮込むだけで完成を待っていた俺は、彼女に背を向けながら続きの言葉を待っていたが、ゴトン、という鈍い音が足元に伝わり振り返る。
途端、ふんわりと香る花のような匂いが鼻腔をくすぐり、水色が視界一杯に広がる。
「……あ、え?」
「…………」
当惑する俺の胸、そこに顔を埋め抱き着くアクア。
彼女の頭頂部付近の髪飾りが揺れるのを視界に入れながら、腕を背中に廻し唸るように泣きついてくる彼女の対応を迫られる。
ぐす、ぐすっと鼻を啜る水の女神の肩に手を置くも言葉は生まれない。
「……なあ、アクア」
「…………」
「なんかあったなら、言ってくれよ。俺たちの仲だろ?」
「…………」
情緒不安定なアクア。
彼女の肩を撫でながら、子供をあやすように告げる。
もともと笑ったり泣いたりとコロコロと表情を変え、感情を露わにする事の多い彼女だったが、ここ最近の変調はそういった類の物では無かった。
これが構って欲しい類の泣き真似ならば即座に対処しているが、今までの付き合いから明らかに本気で悲しんでいる事が伝わってくる。だからこそ口をつぐんでしまう。
「……ぃ」
「なんだって?」
難聴ではないが、ポツリと水滴が床に落ちたような声色に眉尻を寄せる。
ただでさえ胸板に顔を埋めたアクアの声は聞き取り難い物がある。特に意識していなかったが柔らかい肢体と甘い香りに、意識とは裏腹に鼓動が高鳴る中で、アクアに聞き返す。
「カズマさんが臭い……」
「風呂なら入っているんだけどな、これでも結構潔癖なんだが」
日本人であるからか、風呂に入らないと人生が厳しいのだ。
何を言っているか分からないかもしれないが、怠惰な日々を送るとしても汚い部屋で過ごす事になるのは嫌だし、当然虫が湧く部屋で息をしたいとも思わない。
だから当然、部屋は綺麗にするし、身体もキチンと洗う。
そんな事は彼女も知っている筈だが。
「ち、違うの……。そういう事じゃ、なくて」
「……いっそ全部話したら、楽になるんじゃないの、とか言ってみたり」
アクアを見下ろしながら告げると、彼女は俺の視線を見上げて唇を震わせる。そのまま胸中でないまぜになる感情を水の瞳に溢れさせるアクアだったが、ぐっと思いとどまったように目をつむり、
「――ごめんね。カズマ。もう浄化したから」
「……なあ、悩み事とかあるなら」
「……ううん。大丈夫、大丈夫だから」
「…………」
――もどかしい、と思う。
困ったような顔をして、明らかに何かあるような表情で。
それでも聞く度になんでもないと、告げるアクアに言いようのない怒りと、何か複雑な感情が胸中で渦巻く。
だが、何を口にしたら良いのだろう。何と言ったら良いのだろう。
歯嚙みする俺を余所に、鼻を啜ったアクアが胸板から顔を剥がす。
チラリ、と上目遣いで俺を見る水の女神を一瞬可愛いなどと不覚にも思っていると、
「カズマさん」
「なんだ」
「ご飯、食べよう? 遅れてごめーんね。……お酒ね、信者の子から貰ったから一緒に飲もう?」
「お前が酒を分け与えるなんて珍しいな」
「何よ、私ってば心の広い優しい女神でしょう?」
「ちょっと何言っているか分かりませんね……顔、洗ってこいよ」
「……うん」
話はそれで終わりだった。
アクアが話をするつもりがない以上、踏み込むつもりもない。
ただ、普段通りの無邪気な笑顔に僅かな陰りが見える事に見えない振りをしながら二人で夕ご飯の準備を進める。
遅めの夕ご飯は、鍋だった。
別に高級な素材もカニも入っていないが具沢山の鍋。
コタツに入り、二人で他愛のない雑談をしながら生姜のたっぷり入った鍋で身体を温める。
「カズマ、今日が鍋の日だって分かって準備したの?」
「鍋の日? 何言っているんだ?」
「知らないの? ああ、そうねぇ……カズマは異世界の事を知らないアンポンタンだったもんね。教えてあげるわ、鍋の日は鍋将軍の代わりに作った人が食べる人の分までよそわないといけないのよ。じゃないと夜な夜な鍋将軍が夢を経由して暗殺に来るのよ」
「なんだそのホラーは。これだから異世界は……ほらよ」
こんなやり取りをしながら、アクアが貰って来たという酒を片手に食事を進めていく。
普段よりも酒の度数が高いソレは味わい深く、食事が進む。
「それでね、めぐみんの前で格好良く爆裂魔法の詠唱をしたらね」
「おう」
「滅茶苦茶にカッカしちゃって、別に怖くはなかったけどね」
「それは揶揄ったお前が悪い」
打てば響くような会話。
鍋の中身が無くなり、酩酊感と満腹感に満たされると俺は寝転がる。
心地の良い気分になる俺を伸びてきた腕が捕まえ、柔らかい感触に目をむけると白い美貌が見つめていて、驚きに息を詰まらせた。
「そういえば、なんか距離近くないか?」
「そう? いつもこんな距離じゃない」
酒が入っているからか。
途中から俺の隣に腰を下ろし、もたれ掛かって来る女神。
「カズマ、顔赤いわね」
「それはお互い様だろ。酒の所為で血行が良いんだろうな」
アクアの様子は普段と変わりない。
どこか傲慢で、調子に乗りやすく、気分屋で、僅かに慈悲がある。
ただ、何てことない話をする彼女の腕は俺の身体を離そうとはしない。
「カズマさん、カズマさん」
どこかぼんやりとする意識の中で、アクアに目を向ける。
気が付くとアクアが俺の髪に指を差し込み、頭を掌で撫でていた。
「ふふっ……」
「アクア?」
気分屋の猫のように頭を擦りつけて、腕に豊満な乳房を押し付ける。
クリス以上、アイリス以上の双丘は温かさと柔らかさと弾力を脳へと刻み付ける。
「ほら、エリスよりも大きい、パッドじゃないおっぱいですよ~」
「はいはい」
「あの子よりも揉みごたえがあるわよ、ほらほら」
「どれどれ」
「あっ、ん、アクア様のおっぱいが揉めるなんて光栄だと思わないですかー?」
むにゅ、むにゅん、と腕を包む双丘の感触。
相も変わらず調子に乗りやすい女の声音に苛立つも、酩酊感にどうでも良くなる。
「…………」
それから更に時間が経過する。
酒を飲みながら、だらしない間抜けな寝顔を眺める。
「お前、本当にだらしねぇな」
「……」
俺の腕を抱いて安心したような、無防備な寝顔。
いつの間にか無言でその顔を見ている事に気づき思わず苦笑する。
「あれだな、酒の所為だな」
アクアが可愛く見える事など。
「……すかー」
「アクア」
水の女神、アクア。
アクシズ教団が崇拝する御神体。
天真爛漫。
貧乏神。
相棒。
悪友。
そんな彼女を前にして、俺はどうしたいのか分からなくなる。
様々な要因が重なったからとはいえ、彼女を天界に返す為に魔王と戦って。
こうして、いつ襲われてもおかしくはない見た目で寝転がってるアクアに対して。
「お前、そんな無防備だと襲われても文句は言えないだろ」
頬に張り付いていた水色の髪を指で掻き上げると、頬に触れた手にアクアの手が重なる。
「カズマの前だけだよ」
「――――」
瞼が開かれる。目が合う。
熱を持つ瞳が、潤んだ瞳が、俺を見つめている。
夢だと思った。
だって、あのアクアがこんな風に俺を見つめる事など。
彼女に熱を持って名前を呼ばれ、熱を孕んだ瞳に見つめられる事など。
「カズマ」
蕩けた笑みを唇に浮かべて。
「ずっと、私と、一緒にいて」
「――――」
「そうしたら、私。他になんにも……」
その笑みに引き寄せられるように、顔が、唇が近づいて、いく――。