目覚めと共に覚えるのは眠気を邪魔する肌寒さだ。
己の身体を抱いて、顔に刺さるような寒さに強制的に意識が覚醒する。
鼻の奥がツンとするような、喉奥を掻き毟りたくなるような不快感は、馬小屋時代の起きたら睫毛が凍り付くほどの寒さに心身共に震えていた頃の出来事を思い出させる。
流石に屋根がある分、あの頃よりは緩和されるが寒いものは寒い。
「あー、あ、あー……」
風邪を引いたかと、喉の調子を確かめながら周囲を見渡す。
ぼやけた視界に瞼を擦りながらも、自分がどこにいるのかを確かめる。
火の消えた暖炉。
身体を横たえていたソファ。
俺が知る限り、間違いなく屋敷のリビングである事には違いない。
窓から覗く陽光に目を細めながら、曖昧な記憶の整理を試みる。
「確か……」
確か。なんだったか。
アクアと一線を超える寸前に陥ったような記憶が。
「――――」
何となしに唇に指が触れるも、かさついた感触に思う事は無い。
今日は今日。昨日は昨日。佐藤和真の記憶は睡眠の結果、既に遠い忘却の彼方だ。
「と、思えたらよかったんだがな……」
流石に駄女神のような記憶力並みに低下した訳ではなく。
都合よく酒が入った事で、記憶が何もかも抜け落ちてくれているならば。
酒の場だったからと、全てを水に流してしまえるならばどれだけ良かったか。
普段ならば二日酔いに陥る筈の頭は冴えている。
それなりに飲んでいたと認識しているが、寝込むほどの必要性はない。
ただ、頭が冴えていくにつれて、何もかも忘れて寝込みたくなってくるだけだ。
「――アクア」
青髪の美しい女神。騒がしくも、俺を退屈させない少女。
昨夜の記憶を引き出して、アクアの存在に思い至ると慌てて周囲を見渡す。
いつの間にか寝床にしていたソファから上体を起こしリビングを見渡すも部屋は無人であった。身体に掛けられた毛布に気づくも、肝心の掛けたであろう相手はどこにも見えない。
そもそも何故、ソファの上に寝ているのか。
昨日コタツ布団の中で、アクアの甘くも熱い声色に耳を傾けていたのは覚えている。
そこから先の記憶は無く、曖昧な夢と現実への境界の線引きが出来ていない。
「――――」
実は夢だったのではないのだろうか。
途中からは夢の出来事で、俺の名前を呼び、瞳を潤ませて、性的な奉仕に準じたあの女神は想像上の物であったのではないのか。サキュバスがサービスで見せた夢だったのではないか。
考えだすとキリがなく、事実を確認する術がない。
どうして、朝からこんなに頭を回さなくてはならないのか。
「これが、真のモテ期なのか……」
初級魔法で暖炉の薪に火を付け、毛布に包まり直す。
窓の陽光を見る限り、既に時間帯は早朝を過ぎたばかりだろうか。
以前の俺ならば二度寝をしていた時間であり、怠惰であろうと屋敷には邪魔する者もいない。
暖炉に火を付けなくてはならない程度の肌寒さ。
誰が掛けてくれたのかは分からないが茶色の毛布を身体に巻き付けながらソファに寝転がる。
寝転がって、ふと俺は些細な事に思考が至る。
「……というか、寝て起きたら裸の女がいました、的な朝チュン展開になったの今のところクリスだけなんだが。アイリスは忙しいから仕方ないとしても、アクアは起きたら横で寝ていました的な感じだと思ったんだけどな。アレか? やっぱり俺のヒロインはエリス様だったんですね? そうなんでしょ、エリス様ー! パッド様!」
「貧乳だっていいじゃないですか! 俺は好きですよ」
「今度、クリスに逢ったら紐パンだと嬉しいですね……」
何となしに天井に話しかけても、流石に女神からの返事はない。
見ているのか、仕事で忙しくて見ていないのか。
テレポートで直接天界に逢いに行く事も出来るが、よくよく考えると雰囲気に流されたとはいえ、アクアとなし崩し的に性行為に近しい事を行ったと知られている可能性もある。
それならば機嫌を損ねてしまい、無視されているのかもしれないと思い始めた時だった。
「……さっきから何してんの、カズマ」
「お」
鼓動が高鳴る。
僅かに心臓が止まったのではないのかという程の驚愕。
足音もなく、気配もなく、ソファの背もたれ上部から顔を見せた女に息が詰まる。
どこか戸惑いと呆れた顔を見せる彼女は長い髪の毛を揺らして俺を見下ろしている。その姿は以前と何ら変わりなく、俺の姿を映す美しい水色の瞳に異変は見られない。
「おはよー、カズマ。どうしたの、変な顔よ? 元から変な顔が歪んでるわよ。せめて洗ってきなさいな」
「あ、アクア」
「今日の朝御飯は私ね。適当にある物で良い?」
「そんな母親みたいな事を……というか誰が変な顔だ! 普通だろ!!」
いつもと何ら変わりない能天気な笑顔を見せる少女。
その瞳に昨日の熱は見られず、いよいよ夢だったのではないのかという考えが芽生える。
心なしか風邪を拗らせてしまったのではないのか、と毛布を身体に巻き付けつつも安堵の吐息をする俺に対して。
「というか、カズマさん。私に感謝してよ?」
「? 俺がお前に感謝? ほわい?」
ふふん、と豊満な胸を張る彼女は褒めて欲しそうに告げる。
「良い感じの雰囲気でコタツで寝ちゃったけど、脆弱なカズマさんだと風邪ひいちゃうから、寝ちゃった後にソファまで運んであげたの! お姫様だっこでね! ……あっ、でも毛布はあの子が持ってきてくれたから、あとでお酒でもお供えしてあげてね」
「――――」
「ほら、感謝して! アクア様、運んでくれてありがとう! って」
「……、まあ、その、サンキューな」
「ぇ、ぁ、……うん」
衝撃に回らない脳のまま、求められた言葉を告げる。
何故か、何とも言えない照れたような表情を浮かべるアクアは俺から顔を逸らすと台所に向かう。その後ろ姿、背中まで伸びた長い青色の髪を俺はただただ無言で見ていた。
「――――」
言葉が出なかった。
夢や幻ではなく、現実であったことに。
洗顔し、頬を抓っても、寝癖を直す頃には衝撃も多少和らいでいた。それでも、未だに現実味が俺の中で芽生えようとするのを拒否していた。
鏡を見ると、面白い程に現実に戸惑いを示す困惑した男の顔があった。
「――――」
冷たい水が昨日の記憶を鮮明に、明瞭にしていく。
好きだと言われた。アクアに。あのアクアに。
傲慢で肝心なところはヘタレる疫病神のような女神に、好きだと言われた。
この世界に来てからずっと一緒にいた女神。
彼女からの告白に、不思議と嫌な気はしなかった。寧ろ――。
「――――」
とはいえ、俺は結局何の返事もしていない。
なし崩し的に、雰囲気に流されてただ行為に及んだだけなのだ。
これから、一体どんな顔で、態度で、アクアと接したら良いのだろうか。
…………。
「――まあ、いっか!!」
――俺は考える事を止めた。難しい事は考えても仕方がない。
昨日の出来事が現実か夢か幻かなど、直接確かめてみれば良いのだ。
顔を拭き、半笑いを浮かべながら小走りで台所に向かう。
エプロンを身に着けて、鼻歌を歌う彼女はパンをフライパンで焼いていた。フレンチトーストを作るつもりなのだろう、ふっくらしたパンは牛乳と砂糖を含み香ばしい香りを漂わせる。
殆ど出来上がっているソレに目を向ける彼女に背後から全力で抱き着く。
「アクアー!」
「えっ? きゃあああ!!?」
特に何も考えずに彼女へのセクハラを決行する。
新鮮な気分だった。めぐみんやダクネスではなく、普段は異性という認識すらしなかった彼女へのセクハラというのは、ある種の快感とも呼べる爽快感があった。
持ち上げるように少女の双丘を衣服越しに揉むと柔らかい弾力が掌に伝わる。
「うむ、うむ、中々良いとも」
ビクッと身体を硬直させ、背筋を伸ばすアクア。
背後から抱き着くと、ふわりと漂う女神の甘い香りと柔らかさが感じられる。
彼女が着用している衣越しに乳房を揉む。
むにゅ、むにゅん、と掌に感じる柔らかさは何物にも代えがたい。形も良く、餅のような柔らかさと程良く大きい彼女のソレは、完成された女神の乳房である。
「ちょ、やめ、んっ、ッ、やめなさいってば……!」
嫌々と身体をくねらせるアクアに背後から堂々とセクハラをする。
行為に及んで、今更ながら罰当たりな事をしているな、と思うも特に何も考えずにアクアの身体への抱擁行為に俺は不思議と安心感を覚えた。
口では嫌々と言いながらも、本気で抵抗はしてこないアクア。
「ね、ねえ。カズマ? アンタが私の身体に発情する見境ない発情ニートだっていうのは分かっていたけれど、パンが焦げちゃうから離してくれない?」
「おいおい、アクア。真の料理人はこの程度で集中力は欠けたりしないだろ。神様ってのはその程度か? うん?」
「げ、外道よこの男……! 麗しいこの私の身体を弄ぶなんて……!!」
「お前、実は結構余裕あるだろ」
「ふぁ! ちょっ、どこに手を……。さっさと離れなさいな。ケダモノニート!」
「ほら、焦げるぞ」
通常の彼女ならば既に俺の拘束を解き、殴るなりの対応はしている。
その程度の理解はあると同時に、そういった行動に移らないアクアの肩に顎を置きながら、まったりと女神の乳房を揉みしだく。
程良い弾力に頬を緩めながら、彼女の反応に新鮮さを覚える時間。
俺のセクハラに耐えながらも料理を進める彼女。
その様子を見ながら、俺は自身の身体に生じる変化に気づいてしまった。
「アクア」
「ッ……、な、何よ……ぁ」
名前を呼ぶと身悶えする彼女は、突如閉口して半眼で俺を見る。
セクハラによる羞恥を孕んだ水色の瞳は、自身の短いスカート内部に擦りつけられた邪悪な存在に気が付くと大きく見開かれ、白皙の肌に朱色が差す。
ズボンにテントを張る剛直は朝から活発的に彼女の薄布越しに恥部を擦る。
「ん、ぁ……、その邪悪な物を擦りつけないでよ。封印するわよ」
「そう言うなよ。ほーら、昨日丹念に奉仕していた息子ですよ。見ろよ、お前で初めて勃ったぞ。アクア、息子がお前で勃ったぞ!! お前の所為だぞ。責任取れよ!!」
「~~~~ッッ!! もう! いい加減にしてってば!」
「ぶべらっ!!?」
耳まで顔を赤くしたアクアが此方を振り向く。
瞬間、強烈な水が俺の顔面に放たれ、その勢いに俺は吹き飛ばされた。
水が冷たい時期、冷水が俺の頭を強制的に冷やし、剛直を萎えさせる。
「ハッ! 俺は一体何を……」
「…………。目は覚めましたか、サトウカズマさん」
「……おはようございます」
瞬間、理性が本能を上回り、クリアになる思考。
視界に映りこむのは、己の身体を抱きながら、顔を赤くして俺を見下ろすアクア。
――アクアにも恥じらいがあるらしい。
その姿に不覚にも可愛いなと思う中で、彼女の背後から立ち上る黒い煙。
「あ」
「……? ふわああああ!!」
俺の鼻腔を突き刺すような焦げた香り。
フライパンの中にある、焦げた何かが、その日の朝食となった。
+
アクアへのセクハラと朝食を終えた後、俺は屋敷の外へと脚を進めていた。
何も考えずに行動した結果、めぐみんやダクネスには知られたくはない黒歴史が製造されてしまったが、意外にもアクア本人がソレを使って俺に高級酒を要求したりはしなかった。
「ねえ、ねえ、カズマさん」
「……なんだよ」
「どこ行くの?」
「どこだって良いだろ。……適当にウィズの店とかに行こうかなって」
「ふーん。昼ご飯なんだけどカズマ奢りなさいな。朝御飯を駄目にしたんだからそれぐらいは許されるわよね」
「それぐらいは良いけどな。今月の小遣いはどうしたよ」
「美味しいお酒を貰ったお礼にアクシズ教団の教会に寄付したわ。アクア様ありがとうって、すっごい感謝されたわ! 良い子たちよね」
寧ろ、嬉々とした表情で腕まで組んで俺について来る始末。
雄の劣情を誘うかのように豊かな双丘を腕に押し付ける姿は確信犯のような厭らしさが見え隠れしているように思えた。
しかし、組んできた腕を離すには勿体ないと思わせる感触に俺は吐息した。
「なあ、……アクア」
「なーに、って!」
俺の呼びかけに応じるアクアだったが、会話を中断して余所に顔を向ける。
やや遠く離れた道にいる女冒険者たちが俺とアクアに目を向けているのが分かった。俺が冒険者ギルドで酒を奢ったりするとチヤホヤしてくれる知り合いの女冒険者は此方に脚を向けようとするも、アクアを見るとそっと顔を背けた。
「何、やってんだ?」
「カズマったら、鈍いわね。絶対宝くじが当たったら誰かに喋っていつの間にか知らない親戚が増えているタイプね」
「お前は、銀行に向かう途中で宝くじの紙、絶対落とすタイプだろ。いやそもそも当たらないだろうがな。……で?」
軽口を交わしながらアクアに話を促す。
彼女が言いたい事は至極単純な事だった。
「絶対、あの子たちカズマさんの財産を狙っているわね。間違いないわ、無駄に持っているお金以外にカズマさんに取り得なんてないもの」
「引っ叩くぞ」
とはいえ、残念ながら彼女の告げる言葉が事実の可能性が高い。
魔王討伐後から、高まる名声と共に親戚を名乗る連中や、家族が増えた。
面白い話だ。佐藤和真の親戚も家族もこの世界にいる筈がないのに。
こういった状況は最近になると珍しい物ではなくなった。
財産や名声などを求めて雌の発情したような顔で擦り寄って来る女に関してはダクネスやめぐみん達もこうして追い払ってくれ、密かに感謝している。
流石にアクアのように遠くから見てくる女に威嚇するような事は無かったのだが。
「話しかけもしない連中にまで目力発揮しなくても良いんじゃないか。別の用事かもよ」
「女神の勘よ」
「そうか」
「そうよ。……ね? 私って凄いでしょ? 便利でしょ? 分かったら褒めて、褒めて!」
「すっごーい」
「ちゃんと褒めてよー!」
「…………」
この女、ずっとついて来るつもりなのだろうか。
サキュバスの店に向かい、外泊するのを勘だけで阻止するつもりなのか。
恋人のように腕を組み、周囲の冒険者及び住民に見せつけるように歩くアクアは、近づいて来る金目当ての女を追い払いながら、俺に歩調を合わせる。
今までにない彼女の変化に驚きながらも、腕に当たる胸の感触に解く事が出来ない。
「アクア。体重は掛けてくるなよ」
「……しょうがないわね。貧弱なカズマさんじゃ私を支えることも出来ないもんね」
「お前の体重が重いんだよ! ……嘘、嘘、嘘! 腕を折ろうとするなっての!」
適当な軽口を叩き合いながらも、俺の胸中を過るのはこの状況への驚愕だ。
どこかしおらしいアクアが、チラチラと俺に向ける弱弱しい光を宿した水色の双眸、へし折らない程度に、逃走スキルを使用して逃げない程度に腕を組む彼女は絶妙な力加減だ。
外面だけを見るならば平静を保っているように見えるが、首を傾げるアクアはいままでとは何かが異なって見えた。
証拠も根拠も、理屈も無い。あるのはただの――、
「勘だな」
「何?」
「いや、それよりそろそろ離してくれよ。歩きにくいんだが」
「嫌よ。カズマったらすぐに転んで死んじゃうもの。だから、私がいないと駄目なの」
「そんなホイホイ死んでたまるかっての」
流石に街中で突然死というのは無いと思う。あってたまるか。
俺の隣の歩く女神には一体何が見えているのかと思いながら、無言になると否応なしに意識せざるを得ない彼女の身体の感触から目を逸らし、朝食の時には出来なかった話題を振る。
「そういえば、お前。朝、どこにいたんだ?」
「……朝?」
「そ、俺だけソファに寝転がして自分だけは部屋に戻ったのか?」
「そんな訳ないじゃない。カズマさんをお姫様だっこした後、天界に戻ったのよ。お姫様だっこして!」
「なあ、そこは別に強調しなくて良いだろ。……なんで天界?」
そのまま眠ってしまうのがアクアという女だと思ったのだが。
わざわざ夜中に天界に戻ったのは、一体何故なのだろうか。
「んへへ……馬鹿ね、カズマ。あんなエッチな事しておいて、どうせなんやかんやで最後までするつもりだったんでしょ?」
「おい、馬鹿。声でけーよ」
「でもね、でもね。普通に女神がエッチな事をすると力を失っちゃうから、急いで上の人に申請してきたのよ。流石にちょっと時間掛かるかなって思ったけど、最近似た申請があったとかですぐに許可が出て朝には戻ってこられて……」
「――?」
ざわざわ、と周囲の声が聞こえるアクセルの街中。
クエストに出かける新人の冒険者や、高レベルの冒険者、住人達。
むさ苦しい彼ら彼女らの間をカップルのように腕を組む俺たちが歩いて行くと奇異の視線に晒される。既にギルド内では噂されているだろうと思うと、憂鬱な胸中である。
そんな喧騒の中、彼女の語る言葉に気になる点があり指摘しようと口を開こうとすると、
「――あれ、カズマくん。アクアさんも」
雲の少ない晴天、涼やかな風が俺とアクアに吹く中で、掛けられる少女の声。
目を向けると短めに切り揃えた銀髪が似合う軽装な衣装を身にした盗賊娘、クリスが歩み寄って来る。俺を見る彼女は親愛を感じさせる女神のような微笑を浮かべる。
ギュッと腕を掴むアクアへ僅かに目線を向けるも、再度柔和な笑みを俺に向ける。
「やあ、カズマくん。どこかに行くの?」
「えっ、あー……ちょっと魔道具店にな」
「…………」
「へー、そうなんだ。せっかく偶然会ったんだから、一緒に良いかな?」
「いやー、どうだろう。悪魔とリッチーが経営している店だしな。たまにペンギンもやってくる。そんな場所に連れて行って悪魔対神みたいな終末戦争が近所で起きたら俺は嫌なんだが」
「あはは……。冗談が下手だね。そんな店ある訳ないじゃん」
「……はは。ちなみに人と共生している悪魔的な種族とか、犯罪率の低下に貢献している悪魔的な種族についてどう思いますか?」
「滅んじゃえばいいと思うよ。寧ろ見つけたら滅ぼしちゃうかな」
俺の冗談がツボに入ったのか、露出した白い腹を抱えて笑うクリス。
人間の身体であり、盗賊職であるからか、高位の悪魔やリッチーは認識できないかもしれない。なんとなくクリスも一緒に連れて行ってみた時の反応が気になるが下手な真似は出来ない。そんな節穴な彼女に何かを感じたのか、アクアが前に出る。
組んでいた腕を解き、豊満な胸を張る彼女は薄い胸の彼女と対峙する。
こうして相対して立っている彼女たちを横から見ていると乳の大きさの差が如実に表れる。数秒ほどガン見する俺だったが、アクアが告げた言葉に現実に引き戻される。
「……えっと、何ですかアクアさん」
「ねえ、エリス。こんなところで何しているの?」
「――――」
ポリポリと頬の傷を掻いていたクリスにアクアはそんな言葉を放つ。
その言葉の意味、言い間違えではない彼女が向ける水色の双眸に、クリスは真顔になる。
否、エリスはへらへらと笑いながらもあっけらかんとその言葉を肯定した。
「何って、見ての通りですよ。アクア先輩」
「見ての通り? こんなところでブラブラとしている事が? アンタ本当に神様なの?」
「その言葉はそっくり返しますよ、先輩」
正体の露見という展開にしては、互いの反応は随分と淡々とした物だった。
驚く訳でもなく寧ろ今更かと言わんばかりの態度のクリスと目を細めるアクア。
以前は良好な雰囲気だったように感じる彼女達。
実際には彼女たちが先輩後輩の間柄であるぐらいの話しか聞いていないが、俺が見る限りは仲は悪くはなさそうだったのだが。
クリスの身体で屋敷で寝泊まりした事もある彼女たちの身に、一体何が起きたのか。
「私は神器の回収としての仕事もしているんです。アクア先輩とは違いますよ!」
「……ほー、言うようになったじゃないのエリス。ちょっと付き合いなさいな。居たなら居たで挨拶もしてこない駄目な後輩女神よね、エリスってば。最近私のカズマさんに手を出しているようだし、この辺りでどちらが上かを教えてあげるわよ」
「……私の?」
クイッと顎を路地裏に向けるアクアをジッと見るクリス。
「おい、お前ら。……その辺りにしておけって」
俺は決して馬鹿でも鈍感でも天然でもない。
相手が好意をもって接してくる時に、唐突に難聴になる事もない俺は、なんとなくこの場が修羅場のような雰囲気になりつつある事を感じていた。
男を巡っての女の闘いだと思うと、興奮と同時に僅かに心が痛みを訴える。
「やれやれ……」
仕方なしに髪を掻き上げ、ニヒルな笑みを浮かべる俺は彼女達を腕に抱く。
右手はクリスの尻肉を、左手はアクアのくびれた腰元へと。
会話を止めて訝し気な顔を向けてくる女神達の喧嘩を止めなくてはならないという思いに駆られる俺は、モテてる男として最大限のキメ顔で仲裁の言葉を放つ。
「アクア、エリス様。俺の為に争うなんて……やめろよぉ」
「勘違いしないでカズマ。これは女神の威信を賭けた戦いよ。体育会系のちょっとした先輩と後輩のじゃれ合いよ。……あと、その顔気持ち悪いからやめなさいな」
「そうですよ、カズマさん。大した事ないのであまり気にしないで下さい。……あと、出来ればその顔は止めた方がいいですよ?」
「「本当に」」
「…………」
水と幸運のダブルパンチに俺は泣いた。
俺を無言で振り払った女神たちは背中で語るように路地裏に姿を眩ます。
なんとなくついて来るな、先に行けと言われた気がする俺は悲しみに暮れながらも、近くにいた警察官に通報だけしてウィズ魔道具店に向かう事になったのである。