「フワハハハハ!! フハハハハ!! これは愉快痛快。実に愚かな事よ。それで小僧一人のこのこと来るとは」
「――――」
高らかな嘲笑に思わず眉根を寄せる。
俺の悪感情が美味だったのだろう、何度も大きく頷く大男は腹を抱えて笑う始末だ。
「うむ、うむ。これは中々の悪感情。小腹にちょうど良い」
「……なあ。俺はまだ入店して何の説明もしていないんだが。顔を見た瞬間に爆笑されるって最悪の気分なんだが。……というかウィズは? 俺の目の保養は?」
ウィズが経営している魔道具店。
今はジッポを始めとした俺が開発した商品が主力となり、微力ながら収益の貢献をしている。だがそれ以上に、あのふわふわリッチーが顔と見た目にそぐわぬ、商才のない大量仕入によって帳簿は常に火の車となっているのだろう。
そんな店の扉を開けて、歓迎するのは仮面を身に着けた大悪魔、バニルだ。
ベルが鳴ると同時に倉庫から顔を出した悪魔は俺の顔を見ると同時に爆笑し出した。
「なに、おおよその事は把握したとも。あの信者に集る寄生虫は身内同士で争っておるのか。フハハハ! まさしく愚かな神よ。実に愚か、実に滑稽なり。この世界の行く末が愉しみよ」
「――――」
「それと、貴様の質問だが。あの貧乏店主には一人で慰安旅行に行かせた。現在は売上も好調でな、無意味な産廃を仕入れる存在もいない。まさしく絶好調、最高の状況である」
「お前、遂にウィズを厄介払いしたのか……」
「ちなみに有名な混浴風呂にも入るとか」
「ほう? 詳しく」
「残念。今のは嘘だ!」
これほど腹立たしい瞬間は無いのではないだろうか。
男の純情を弄び、美味だと高笑いするバニルの姿に今度ウィズに商才があるからもっと商品を仕入れるように褒め称える事を俺は誓った。その胸中を視たのか、或いは悪感情に満ち足りたのか、不快な笑みを止めたバニルは店に設置されている椅子に座るように告げた。
「さて、貴様の悪感情の礼として、相談に乗ってやろうではないか」
「相談」
「そうだとも。あのピカピカと光る貧乏神と、ギルドで見掛けた事もある癖に見抜く事の出来ない節穴の神、そして貴様が手を出し多大な責任を感じている我輩が一日だけ従者となった事のあるチリメンドンヤの孫娘の事だ」
「チリメン……、お前がハチベエかよ」
「如何にも」
スーツの上にエプロンを身に着け、顔の上半分を覆った白黒の仮面。
奇抜ながらも、近所には人気の存在、アクセルの街が黙認している大悪魔は。
「喜べ、小僧。我輩が相談に乗ってやろう。相談料は五万エリスだ」
「金取るんかい!!」
微妙に金額が高いのが腹立たしい。
だが、見通す悪魔の異名を持つ目の前の大悪魔への相談料ならば破格なのだろう。
そもそも冗談か本気かを財布を取り出しバニルに問おうとする俺を余所に、テーブルを挟み、目の前の椅子に座る大男は手の指を絡み合わせ、俺に視線を向ける。
「ふむ、相変わらずピカピカと視え難いな……。何、安心すると良い。これでも様々な相談を受けてきたバニルさんだ。浮気相談などの些事を始め、友達が出来ない、結婚相手が出来ない等の高難易度の相談を乗り越えてきた実績も豊富でありギルドでも評判が高いことで有名だ」
「いやそもそも相談と言っても、別に……」
「本当か?」
「――――」
「貴様の周囲で今何かが起きているのではないのか? 貴様が手を出した王女然り、鬱陶しい神々ども然り……我輩が仕えた一日主以外は色物しかいない女共に好かれた気分は如何かな?」
「――――」
「本当にモテ期入りました! なんか俺、本当にハーレム系主人公みたいになってきたのか? おっと、だがこのままでは俺の為に望まない争いが起きてしまう! どうしたら良いんだ! もしかしたら冗談抜きで刺されて死んでしまうんじゃないのか……とな」
「……口元が歪んでいるぞ」
「悪魔なのでな」
愉快だと言わんばかりに笑みを浮かべる大悪魔。
その姿に思わず半眼で睨みつける事でしか対抗手段がなかった。ニヤケ面、明らかに歪んだ口元を隠す事の無いバニルの姿からそっと目を逸らすと、店の窓から空を見上げる。
俺の心情を形にしたように、曇天が空を覆い尽くしていた。
「ずばり、以前の貴様の論理武装は未だに生きている」
「……というと?」
「なんだかんだで神という種族に手を出したが、人間という種族に手を出したのはあの金髪の娘ただ一人。だから別に浮気という事にはならないし誰かにどうこう言われたくはない。……控え目にいって頭のおかしい屑のような脳内理論だが、貴様が手を出した女達に通じるだろうか」
「うるせぇよ」
目の前の大悪魔に対して浅はかな隠し事は通用しない。
バニルが口にするように自己嫌悪に陥りそうになるほどの屑のような理論だが。
尋問を受けるような雰囲気に口内がカラカラに乾くのを感じ、出されたお茶を一息に傾ける。
「その調子でポンポンと孕ませていくと良い。あの爆裂娘を始め、夜な夜なアレな事に耽っている腹筋の割れた娘などにも手を出してハーレムを作る」
「――――」
「なるほど、男の夢という浪漫ではないか。あの王女と結婚すれば合法的に他の女達を全て己の嫁に出来る。だから手を出したし、これからは出会った女達全員をハーレムに加えてしまおう! おお、それで全て解決じゃないか!」
「――――」
「――と、考えはするが行動に移す勇気も度胸もない、小心者で無駄に責任感の強い小僧よ」
何もかもを見透かしたような物言いに衝撃に打たれる俺の耳は届かない。
否、見透かしたようなではない。この大悪魔は見透かしているのだ。何よりも実際に頭を過らなかった訳ではない。世界の厄災、滅ぶ要因となった魔王とその幹部たちを撃破していった冒険者サトウカズマならばハーレムを作る事も恐らく出来ない事はないだろう。
そんな風に調子に乗ってアクアに言うと、屋敷から締め出された事もあったのだが。
バニルの言う通りだ。
俺に好意を持っている女全員を幸せにするにはハーレムを構築するしかないだろう。
とはいえ、目の前の悪魔の、どこか決めつけたような物言いに俺は口を開く。
「……、俺は」
「…………」
「俺は、そういうつもりで、ハーレムを作ろうと思って、アイリスに手を出した訳じゃない」
「ふむ」
俺にとって、あの日の出会いは偶然だった。
魔王を討伐して何だかんだで英雄扱い、誰もが俺をもてはやすから酒を奢り、美味い飯を食べて、仲間たちと一線を超える寸前で誰かに邪魔されて仕方なしに外泊するという緩く甘く怠惰で倦怠的な日々。
彼女との再会は本当に偶然で、どこか腐り始めていた俺に熱い告白をしてくれたのだ。
――結婚して下さい、と。
純粋な眼差しを向けられて、手を握られて。
心の底から好きなんだ、と大空を思わせる瞳に俺を映していたのだ。
爆裂魔法をこよなく愛する少女のように、正面から真っ直ぐに告げて。
雰囲気に流されて、肩透かしもなく、快楽の味を貪るように一線を容易く超えてしまったが。
「そこだけは絶対に違う」
「だが、その時の結婚するという返事は完全にノリと勢いだったのだろう?」
「ちちち、違うけど? 本気で結婚するつもりだったし? 嘘じゃないからな!」
「残念ながら今の貴様は見通し難いのだ。一応それが本心であるという事にしておこうか」
そう告げて一方的に話を打ち切るバニルは懐から何かを取り出す。
掌サイズのソレは見覚えがあった。いつだったか、魔王の城の結界を破壊する為に大量に購入した鉱石。素人である俺にも分かる程の高純度のソレはマナタイトと呼ばれる鉱石だ。それを数個ほどテーブルに置くバニルは淡々と値段を口にする。
「一個七千エリスのところサービスして六千エリスと良心的。なんと買わなければ町中に鬼畜男の真実が暴露される模様。さてさて、お客様。これを購入すると愛する王女様と結ばれる確率が高まると宣言しよう。何より魔力を豊富に含んだコレは魔力量の低い貧弱冒険者の貴様が持っておいて決して損はない。持っておくのが吉である」
「高いな……。でも買った」
「ひょ!? これは意外。高いだのなんだの駄々をこねると思ったが」
「まあそうだが。ただバニル……買う前に一つだけ聞かせろよ」
「ふむ。答えるかはともかく、言ってみると良い」
「なんでそんなに俺に肩入れするんだ? お前に何のメリットがある」
疑問だった。
見通す悪魔ならば、俺のその先にある未来も見通す事は可能だろう。
女神がいる事で見通し難くなっていても、ある程度の予測を行う事が出来ない筈がない。相談に乗り、如何にも役立ちそうなアイテムを多少高額とはいえ渡そうとする姿は怪しい。
目の前の存在が善意で何かをしてくるとは思えない。
何かしら、この大悪魔が悦ぶ何かがあるという事なのだろう。
そんな疑惑の目を向ける俺に対して、肩を竦めるバニルはやれやれと首を振る。
「我輩は人間が好きだ。上から目線で見下すだけの神とやらよりも食事を提供してくれるという点からも好ましい」
「……はあ」
「何、簡単な事だとも。こんな事はただの嫌がらせに過ぎない。我輩としては、何よりもあの忌々しい女神共が人間を差し置いて一番になり幸福を手にするというのが度し難い。そもそも、あの女神共の思惑通りに事が進むというのは気に入らないのだ。フハハハハ!」
「……お前、悪魔だな」
「悪魔だとも」
「…………」
「黒字貢献、誠にありがとうございます。お客様」
+
「それでエリスってば、いつから手を出したの?」
「何の事ですか?」
「とぼけるんじゃないわよ。爆裂の事しか頭にないめぐみんや、年中発情しているダクネスと違って、私なら人間体だろうと本体であるアンタの匂いが、凄い嗅覚で簡単に察知できるのよ」
「そうですか、まあ、今の先輩って魔王討伐前とは違って女神の力を十全に振るえますからね」
「……それで?」
「いつからと言えば、そうですね。カズマさんがアイリスさんに手を出した後に、ですかね。先輩が自分の信者たちにチヤホヤされてお酒を飲み歩いていた頃ですね」
「アイリス」
「そうですよ。先輩も私も知らない間にカズマさんが手を出しちゃった相手です」
「カズマってばニートだけじゃなくてやっぱりロリコン属性もあったのね」
「本人はもうロリ属性は脱却しているからセーフって思っているんでしょうね」
「カズマだもんね」
「カズマさんですからね」
「でもカズマって何だかんだで責任感は強いから、あの子と結婚するんじゃないかしら」
「めぐみんさんを捨ててですか?」
「多分ね」
「結構、薄情じゃないですか?」
「そんな事はないと思うわ。これでもめぐみん達の事はよく見てきたもの。アンタと違って」
「…………」
「それに、カズマはそもそもめぐみんとは付き合っている訳じゃないわよ。恋人未満の関係で現状維持、それを魔王討伐してから今までずっとずっと続けていたんですもの。居心地が良すぎて逆に関係を進展させる事が難しくなるって聞いた事があるわ」
「……ちなみに先輩。どこかで聞いた事があるんですがどこの情報ですか?」
「漫画よ。日本の漫画を馬鹿にしないで。天界に持ち込み過ぎてアンタの部屋に隠した物の中にあったでしょう? アレよ、アレ」
「ああ……。でも先輩」
「何?」
「先輩なら、当然アイリスさんとカズマさんが行為に及んでいた事は知らない筈がないですよね。なんで何もしなかったんですか?」
「……、ジロジロと天界から視ているだけのアンタと違って私は暇じゃないのー。可愛い信者たちの相手もしないといけないし、めぐみんの遊び相手をしたり、ダクネスを揶揄ったり、カズマさんとアレしてアレするのに忙しいの!」
「…………」
「ただ視ているだけだったら何も言わなかったのに、その姿と相まって本当に泥棒猫みたいね」
「泥棒猫。私が?」
「そうよ! 人の物を取ろうなんてエリスの癖に一万年は早いのよ!」
「ちょっ、先輩、肩痛いんですが!? いたたた……。今の先輩はその気になれば素の力だけで人を殺せちゃうんですよ。加減してください」
「あっ、ごめーんね。ちょっと興奮しちゃったみたい」
「…………」
「でもどうせエリスってば遊び半分で手を出したんでしょ? 人間体なら別に良いかなって。アレよね、おっぱいが無いから露出度を上げてカズマさんの興味を惹いてたみたいな?」
「しっ、失礼な事を言わないでください。これはれっきとした盗賊職の恰好ですから。それにもっと際どい恰好をしている冒険者の人たちだって一杯いますからね。それに」
「何よ」
「ふふっ、泥棒猫だなんて台詞、先輩から借りた漫画以外で初めて聞きました」
「奇遇ね。私も一度は口にしてみたかったのよ。でね、アンタが何を考えているかなんてしらないけど、人の物を盗んだらいけないってのは天界でも習ったでしょ?」
「アクア先輩。違いますよね?」
「……何がよ」
「盗んだのはアクア先輩ですよ」
「――――」
「すぐにカズマさんの脚を引っ張って、借金背負ったり、逮捕されたりする要因となっているアクア先輩。そうしてたまに死んでしまうカズマさんは私の事をいつも俺のヒロインだって言ってくれますよ? こっちでだって、半分冗談交じりですけど、関係を結んでからは結構本気で結婚しようなんて言ってくれたり」
「――――」
「そうそう、カズマさんが最初、転生特典でアクア先輩を選んだのは事実ですけど」
「――――」
「魔王討伐したご褒美に、カズマさんは先輩じゃなくて、私をモノとして選んだんですよ?」
「それは……、でもカズマはちゃんとあとで迎えに来てくれて……」
「先輩。カズマさんとはちゃんとエッチしましたか? 私やアイリスさんのように悪戯や触れ合うだけじゃなくて、ちゃんと一線を超えましたか? ……超えていないですよね」
「――――」
「私は超えました。まだ神体とはしていませんが申請を出して、クリスとしてですが会う度に彼に抱かれました」
「――――」
「何度も、何度も。……何度も。変態でヘタレで臆病な彼が、変なところで責任感のあるカズマさんが、私やアイリスさんにはお腹の中に出してくれたんですよ? 上辺だけの言葉じゃなくてキチンと行動で示してくれたんです。この意味が分かりますか?」
「――――」
「先輩の方こそ、私のカズマさんを取ろうとしないで」
+
薄暗い裏路地に、パチンと肉を叩く音が響く。
気づいた時には周囲のガラクタを巻き込んで、クリスの身体が倒れ込んでいた。
咄嗟だった。衝動的だった。
自分が後輩女神に手をあげたと気づいたのは自分の掌が痛みを発していたから。
彼女の華奢な身体が倒れ込み、周囲の物が、使わない空箱が木片と化し、ボロボロの布切れが塵となる。周囲に飛び散る埃は建物の間から覗く陽光に照らされて周囲に広がっていく。
叩いてしまった手を胸に抱いて、倒れたまま起き上がらない彼女を前に脚が竦んだ。
「あ、ち、ちがっ、私は……そんなつもりじゃ……!」
「……っ、痛い、痛いです、先輩」
「あっ、ご、ごめんね。そんなに吹っ飛ぶなんて」
「――図星だったから叩いたんですよね」
倒れたまま、私を見上げるクリス。
唇に血を滲ませて、私を睨むように見上げる少女は見た事の無い表情をしていた。
「エリス……ッ」
眉間に皺が寄るのを自覚する。
後悔していた。衝動的に行動した事を、私は後悔していたのだ。
こんな事ならエリスの顔面にゴッドブローの一つでも決めておくべきだった。
「先輩、そんな顔カズマさんには見せられませんよ……女神がしちゃいけない顔ですよ?」
私の目の前に、クスクスと昏い笑みを浮かべる見た事のない女がいた。
振り抜いていた右手は、いつの間にか血が滲む程に握られ、握り拳を作っていた。スキルを放つ一歩手前の拳に、虚ろな瞳のクリスは嘲笑混じりの笑みを零した。
ギリギリと奥歯が痛い程に噛み締められる。
「……調子に乗るんじゃないわよ、エリス。立って構えなさい。ぶちのめすわ」
「お断りします。第一に殴り合うにもこの身体ではスペック差が酷すぎますし。それに――」
クリスの青紫の瞳が私の背後に向けられると同時に、私の肩に置かれる手。
釣られて背後に目を向けると、警戒したような顔を向ける男、身に纏っている制服は通報を受けてチンピラやコソ泥を撃退、逮捕する市民たちの味方の物で。
「あー、通報を受けてきたんだが。少し話良いかな?」
「助けて下さい、お巡りさん! この人に殴られました!!」
「わあああ!! ふざけんじゃないわよ。違うんです! 誤解ですからぁあああ!!」