「お待ちしておりました、カズマ殿」
目と目が合った瞬間、制服を着こなした女騎士が敬礼をした。
まるで偉い人物になったかのような気分だが、此方の事情を上辺だけとはいえ知っており、それなりに付き合いのある彼女にとっては当然の事なのかもしれない。
王族や上級の貴族と親密な付き合いのある冒険者への対応としては非常に丁寧な物だ。
見様見真似で敬礼を返しながら、待ち構えていたかのような女騎士に目を向ける。
警察署の入り口前、門兵のような佇まいで俺を待ち受けていた彼女は俺が口を開く前に、何かを察していたのか顔を近づけてくる。
僅かに頬に朱色を差しているのは、興奮による物だろうか。
「流石はカズマ殿。やはり屋敷持ちの方は違いますね」
「お、おう」
清々しい程に分かりやすく冒険者に媚を売る警察官の姿は住人には見せられない。
何を見聞きしたのか、優しくて金のあり包容力のある男という理想を追い続けている彼女は、エスコートするかのように警察署への扉を開けて俺を建物内へと招き入れる。
建物内部は清潔で冒険者ギルドとは異なり基本的に物静かな印象だ。
それなりに忙しいのか、俺の他にも諸々の内容で訪れている住人達の対応に追われている。
基本的に捕まるような行為をした冒険者にしか用の無い場所だ。
元々粗暴の荒い冒険者が多いならばともかく、アクセルの街においては他の街よりも犯罪率は低く治安も良い。必然的に限られた冒険者しか訪れる事のない場所である。
「それで本日はどのようなご用件で? 自首ですか?」
「何のだよ。まだ何にもしてねーよ。……身元保証人として、自称女神の女を回収しに来た」
アクアはこの街ではマスコットのような扱いを受けている。
俺も知らない人望があり、告げた言葉に彼女もすぐに誰の事か思い至ったようだ。
「ああ、アクアさんですか。彼女でしたら、今は留置場ですね」
「アイツ、今回は何やらかしましたかね?」
「えっとクリスさんと何やら喧嘩? ……のような事をしたのだとか。担当した者は現在持ち場を離れていますので、詳しくは本人たちに確認してください」
「はあ」
喧嘩、というのは冒険者をしている限り、遭遇し得る出来事の一つだろう。
パーティーメンバーとの仲違いなど、己の武力を用いて時に相手と競い合う物だ。現にアクアやめぐみん、ダクネスとのパーティーで屋敷に住んでいるのだが、彼女達ともスキルなどを使用した喧嘩というのは珍しい事ではない。
だから、あまり深く考える事なく彼女の話に相槌を打っていると。
「おっ、カズマじゃねえか」
取調室の扉が開いて顔を見せた男が突然俺の名前を呼んだ。
くすんだ金髪、ラフな格好の男は悪友とも呼べる間柄、サキュバスの店という秘密を分かち合った男だった。
「ダストか。お前また捕まったのか。今回は何やったんだ?」
「覗きだ」
「ふーん。トイレ? 女風呂?」
「風呂」
「なんでそんな事を?」
「? 覗きたかったからだろ。他に何もないだろ」
「それもそうだな。仕方ないな」
「いや、仕方なくはありませんよ!?」
神妙な顔つきのダストの言葉に頷く俺、華麗に突っ込みを入れるのは女騎士だ。
ダストから話を聞くと、先ほどまで軽犯罪をして数日の間、留置場にいたのだという。
「今日の飯は上手かったぜ。今度はもっと濃い目ので頼むわ」
「アレは、貴様に食わせる為に作った訳ではない!」
冒険者というのは、女神から貰った武器や能力といった強力なチートが無ければ基本的に命の危険と隣り合わせの仕事だ。稼ぐためには当然それ相応のスキル熟練度と比例する戦闘能力が求められる。安定しない収入とクエストが激減する冬の季節は基本的に冒険者に仕事は無いのだ。
当然稼ぎは無くなるのだが、アクセルの冒険者は大物賞金首を複数撃破した実績を持つ事から、ダストのように散財しない限りは結構な蓄えが存在する。
逆に金が無い、もしくは駆け出しの冒険者は宿賃の低い馬小屋で寝泊まりする。
ただしそれは冬以外の季節であり、この時期に馬小屋で眠ると朝は迎えられないだろう。確実に凍死し、エリス様の元へと向かう一攫千金を夢見た冒険者達は後を絶たないらしい。
「ほら、もう冬だろ? 馬小屋で寝泊まりしようにもさ、最近はマジで凍え死にそうでな」
「ああ……」
「ここならそこそこの飯も食えるし、屋根もある。折角だから春まではここで過ごそうと思ってんだ。ちょっと風呂を覗いてタダ飯に縋る。最高だろ!」
「お前もう牢獄にでも入っちまえ」
目の前の男は生活というよりは本能の為に軽犯罪を犯すだろう。
どんな世界にも救いようのない愚かな人間というのは存在するのだ。
「なんだよ。カズマだって、目の前に女風呂が覗ける丁度良い穴があったら覗くだろ?」
「まあな」
女風呂を語り、女風呂で笑う俺たちは傍から見ると気持ちの悪い連中なのだろう。
女騎士を始め警察署で働いている女連中の目が非常に冷ややかな物になるのを肌に感じた。
「あー、まあ、実際に俺は覗きなんてしないからな。ダストもそういうのする前に、ほら、あの店に行けば良いだろ?」
「だから、金が無いんだって」
「世知辛い世の中だな」
「全くだ。うまくいかないのは世間が悪い」
世の中は上手くいかない物だ。
折角なのでと、ダストにサキュバスの店で使える半額チケットを渡した。
喜びの声を上げる男を尻目に、今度こそ女騎士の案内の下アクア達のいる居場所へ向かう。
「ところで二人は?」
「アクアさんには隔離措置を施しています。アクアさん側から手を出したとの事ですが、クリスさんも頭を冷やしたいからと自ら留置場に籠っています」
見慣れた警察署の床をブーツで踏み進むこと、数分。
案内されて辿り着いた先にある、一本通路の奥にある留置場前、唯一の鉄扉に設置された窓から俺は眺めてみる事にした。
「…………」
「…………」
驚く程の静寂が広がっていた。
目の前の一本道の通路を挟んで左右に鉄格子が一定の間隔で広がっている。彼女達は、アクアとクリスは通路を挟んだ鉄格子で囲まれた空間に向かい合うようにして座り込んでいた。
両者共に沈んだような顔色を見せ、己のした行いに反省を示しているように見える。
扉を開けて、中に入る。
やや空気が淀んでいるような薄暗い空間に彼女達が無言で座り込んでいる様は、何とも言えない不気味さがあった。
ブーツが踏みしめる留置場の床は音が響くというのに、彼女達は此方を見ない。
「――アクア」
「――――」
膝を立てて己をジッと床を見つめ続ける水の女神。
彼女の名前を呼ぶ俺の声は思ったよりも室内に響き、緩慢とした動きで顔を上げさせる。見た事もないような憂鬱気な表情を見せるアクアだったが、揺蕩う感情を多分に含んだ水の瞳が俺を捉えた瞬間に揺れ動くのが分かった。
目と目が合う。
どこか陰りを見せていた水の瞳が、俺の姿をゆっくりと認識していく。少しずつ、少しずつ俺の姿を見つめる瞳に光が灯りだす。水色の瞳がゆらゆらと感情に揺れ動いているのを確認すると、彼女は此方に近づいてきた。
「……カズマ、さん」
「おう」
「……カズマさん。カズマさん! カズマさん!」
女騎士に頼み、俺と彼女を隔てていた鉄格子の扉を開ける。
瞬間、俺の胸元に飛び込んできた女神は水の長髪をなびかせて抱き着く。迷子のような足取りでオリの外に出る女神は、感触を確かめるように俺の胸元に顔を埋める。
背中に腕を廻し、隙間から覗く彼女の頬を涙が伝う。
普段の周囲の反応を確かめるような泣き方ではなく、悲哀と悲痛さを感じさせる泣き方だ。
「――――」
「カズマさん……カズマ……」
「おう。そんなに独房が嫌だったのか。でもお前、ネズミ講とかやって一人で入ってた事あっただろう……?」
「違うの。そうじゃ、なくて……っ」
「よしよし……」
ポロポロと涙を流し衣服を濡らす彼女は、俺の言葉に何も答えない。
答えるだけの余力が無いのか、鼻を鳴らし子供のように顔を埋める姿に俺は何も言えない。
多少の気恥ずかしさと共に、案内を頼んでおいた女騎士と背後から向けられる別の女神の視線を感じながらも、ぐすぐすと泣きじゃくるアクアの背中を俺は無言で撫でる。
胸板に顔を擦り付け、体重を預ける彼女はガッチリと背中に手を廻し俺を抱きしめる。カンストしているステータスから繰り出される彼女の腕力に冒険者の力では引き剥がす事は難しい。
それ以上に本気で涙を流しているように見える彼女を引き剥がす真似は流石にし難い。
「そこまで鬼畜じゃないからな……」
「――――」
話しかけようにも会話を拒絶しているようにも取れるアクアの態度に吐息する。
小さな溜息一つにピクッと身体を震わせる彼女は、ギュッと腕に力を籠める。まるで叱られる事に怯える子供のような態度に閉口し抱き抱えたまま、今度は背後に目を向ける。
鉄格子の付いた窓から覗く街灯に照らされた銀髪は思わず触れたくなる程に美しい。
クリスは俺の顔を見つめ、チラリと腕の中に抱いた青髪の女神に目を向け、小さく呟く。
「――先にそっちに行くんですね」
「――?」
「……。……ううん何でもない」
一瞬、クリスの瞳を逡巡が過ったが、それはすぐに閉じた瞼に隠される。
その反応を訝しむ俺に対して、次にクリスが瞼を開いた時には垣間見えていた逡巡はどこにも無かった。
「……やあ、助手くん。さっきぶりだね」
「お頭、ついに年貢の納め時ですか」
「やだなあ、あたしはまだまだ現役だよ?」
やや錆びていたのだろう、キィッと扉を開ける彼女は此方に歩み寄る。
自分の行いを反省、或いは俺を待っていたのか、鍵の掛かっていない場所から自ら出てくる。
軽口を見せる余裕のあるクリスの態度に小さく頬を緩めるが、薄暗闇の中で近づいて来る彼女の顔を見ると思わず眉根を寄せざるを得なかった。
彼女の白皙の肌、左頬付近が僅かに赤く腫れ上がっていた。
事前に彼女達がしていた行為についてはある程度の把握はしていたが、それでも実際に目にするとその痛々しさに思わず目を背けそうになる。
「お頭、それ……」
「ああ。これ……。これはね……アクアさんに叩かれちゃって」
「――!」
「痛そうだな……」
「うん、痛かったよ」
「だそうだが、どうなんだアクア」
「…………」
俺がソレを指摘した瞬間、ピクリとアクアの身体が反応した。
顔を見ようとするも無言で顔を胸元に埋めようとする彼女は弁解も謝罪も何一つ行うつもりはないらしい。ただ、彼女にしては大人しく反論もせず、突き放されるのを恐れる子供のように無言のまま俺の身体に抱き着いたままだ。
その柔らかな感触を感じ取りながら、やや困ったような顔をするクリスに俺は歩み寄る。
「助手くんはあんまり気にしなくていいよ。あたし達が勝手にした事だから」
「まあ、喧嘩両成敗とも言いますし、こいつは治してくれなかったんですか?」
「うーん。そういう状況じゃなかったというか……。あたしも少しは悪かったところがあるから……ちょうど運良く通報を受けた警察の人に連行されてね……。一応氷を貰って冷やしていたんだけど」
「……『ヒール』、『ヒール』」
「ん……」
回復魔法を使用すると、彼女の頬の腫れが引いていく。
赤みを帯びた頬がゆっくりと正常な白い肌へと回復していくのが分かった。俺が回復魔法を使用している間、気持ちよさそうに目を細めているクリスの姿が印象的だった。
元通りになった頬は、掌にむにゅりとした独特の感触を返す。
「ありがとね、助手くん」
「いえいえ」
餅肌と呼ぶべきか、ふにふにとした少女の肌は触れるだけで心地良さを感じられる。
俺に乙女の柔肌を好きに触られる彼女は騒ぎ立てる事もなく、無言のまま俺の掌を受け入れる。寧ろ、もっと触ってくれて構わないと言わんばかりに俺の手の甲に彼女自身の掌を置き、ジッと青紫の瞳が俺の顔を映し続けるのだ。
クリスが何を言いたいのか目線で問うも、彼女は何も言葉を発しない。
頬を撫で、そっと顎を持ち上げると僅かに熱を孕んだ彼女が俺を見上げる。
期待しているような表情で、僅かに尖らせた唇に吸い寄せられるように顔が近づいて――、
「んんっ」
「――――」
薄暗い空間を斬り裂く咳払いに、俺は慌ててクリスと距離を取る。
目を向けると、置物のように存在感を消していたのか、女騎士が頬を赤らめながら無言で扉の方を指差す。そういった事をするならばこういった場所ではなく外でしろ、といった彼女の行為に俺は頷き返す。
後に残るのは何とも言えない気まずさで、それを誤魔化す為に俺はアクアに話しかける。
「おい、アクア。そろそろ外に出るから離せ……」
「…………」
「アクア」
「……すかー」
感情を発散させた彼女は俺の衣服を汚すだけ汚し、無防備な寝顔を晒す。
黙っていれば美少女な彼女を見下ろし溜息を吐くと、仕方なしに彼女を背負うのだった。
+
諸々の手続きを行い、警察署を出ると既に外は夜だった。
人通りは少なく、すれ違う人たちも皆どこかへと帰る途中なのだろう。
「カズマくん」
「うん?」
アクアを背負った俺の隣を歩くクリス。
彼女の呼びかけに目を向ける彼女は、何故か片手で作ったピースサインを向ける。彼女が行った仕草の意味が分からず、同じサインを返す。ピースとピースを向け合う俺たちは傍目に見れば頭がおかしいだろう。
だが、この街の住人にとっては見慣れた光景なのか、誰一人目を向ける事すらない。
俺もまた周囲には目もくれず、彼女の仕草に小首を傾げるばかりだ。
唐突に始めたジェスチャーゲームのような行為に眉をしかめる俺は、そっと彼女の臀部に手を伸ばし数回ほど揉みしだく。愛用しているホットパンツ、下には黒色のスパッツを着用しており彼女の尻肉は相も変わらず独特の弾力を返す。
慌てて俺の手を自らの臀部より叩き落とす彼女は顔を赤くした。
「今のは二日って意味だからね? なんで今、あたしのお尻を揉んだ訳?」
「てっきりダブルピースさせられるぐらい濃厚なエッチな事がしたいって合図かと」
「そんな合図しないからね!?」
「お頭って実は欲求不満そう」
「偏見だよ! 大体、欲求不満なのはキミでしょうが! 全く……」
僅かに頬を膨らませる彼女は俺の額を指で突く。
怒っているのか、受け入れているのか、どこか以前とは異なるクリスの対応に瞬きをしながらも彼女の告げた言葉の意味について考える。
「二日……、ああ、そんな事も言ってたな」
「キミ。忘れてたなんて言わせないからね」
「覚えているって。ちゃんとクリスの衣装も準備しているから」
「何事にも猶予を持って行動しないとね……。そんな訳で明後日の夜に迎えに行くからね」
「あれ、夕飯一緒に食べないのか?」
「うん。今日はちょっと……。もしかして、あたしがいないと寂しいとか?」
「はい」
「おっ、おう。急にグイグイ来られるとあたしも心の準備がね。……まあ、いいや。じゃあまたね、カズマくん。……先輩も」
「じゃあな」
「……」
ギルドの方向へ向かう彼女の背中が遠くなるまで見つめる。
何となしに背中で背負った女神も同じ光景を見ているような気がしながら、話しかけてみる。
「アクア、起きているか?」
「……すかー」
「そうか、寝ているか」
彼女を連れて、屋敷へと脚を進める。
アクアは寝ている為、口を開く事もなく無人の屋敷に辿り着く。
ギルドで夕飯を取る事も考えたが、食材が余っていた事とアクアが寝ていたので仕方がない。寝息を立てる彼女をソファに寝転がし、俺は一人台所へと向かう。
適当にある物を炒めて、料理をする。
食材を組み合わせ料理スキルに従って作り上げる。
何も考えず黙々と、やがて料理が完成したのでリビングに向かうと、アクアは起きていた。
「――――」
月夜に照らされた水色の長髪。
処女雪のような肌は月光を反射して見る者全てを魅了させる。
その姿は正しく女神、物憂げでしおらしい表情も相まって、完成された美がそこにあった。
「……カズマ」
「飯……出来たぞ」
「うん」
呼び掛けた相手、アクアは唇を緩め、首を振る。
長い水色の髪が白くなだらかな剥き出しの肩の上に流れ落ちる。
「……何?」
「お前って黙ってたら美少女だなって」
「……その、黙っていた方が良い? そうして欲しいなら我慢、出来るけど」
「――冗談だ。ほら、食おうぜ」
普段とはやや異なった反応を見せるアクアに、何となしに頬を掻く。
気まずさとも、気恥ずかしさとも違う妙な感覚は、彼女が向けてくる眼差しによる物だ。
俺をジッと見つめる瞳は、不安定な熱を孕んでいる。
どこか不安げで、似合わない憂鬱気な表情は、普段よりも彼女を大人びて見せる。
「ねえ、カズマ」
「何だよ。おっと……」
そんな事を考えている間に接近を許したのか、腕を伸ばすアクアが俺を抱きしめる。
首筋へと吐息は熱を持ち、思わず背筋を伸ばさせる。そんな俺を意に介さずカンストステータスに物を言わせソファに押し倒す。
驚く程の手際の良さに俺は抵抗を忘れて女神の下敷きとなる。
押し倒された俺は彼女に抗議をしようと顔を上げると、水色の瞳に思わず息を呑んだ。
その瞳は、あの日酒に酔った瞳と全く同じ熱を孕んでいた。
快楽と喜びを求め、同時に絶望と拒絶に怯えた瞳が、ジッと俺を見下ろしていた。
「ねえ、カズマ」
「おい急に何を……」
「エッチしよ。今度は、今度こそ、ちゃんとした――」
そう呟いた彼女は頬に手を這わせ、アクアの顔が近づく。
考える暇もなく、彼女は俺の唇を奪って――、