※この作品はR-18です。

最強の最弱職、王女に手を出す   作:毒蛇

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第二十六話 幸運の分岐路2

 時間を忘れて怠惰で退廃的に過ごす。

 このまま、アクアに食われてしまうのだろう。身も心も。

 

 それが少しだけ嫌じゃないと思った。

 考える事はあった気がするけれど、もうずっと、いっそのことこのまま彼女と共にいられたら。ずっとずっとこのまま彼女の腕に抱かれて、鼓動が耳裏を揺する中で、耳ではなくスキルが何かを捕捉した。

 

 雪解けの水のような彼女の蜜液が口内に残った感触に口をモゴモゴとしながら違和感に瞼を開ける。直後に視界に映りこむ肌色、少し顔を上げると肌色の大地かと思ったソレは、紛れもない美少女の丸みを帯びた一糸まとわぬ裸体だ。

 上体を起こし、涎を口端から垂らし無防備な寝顔を晒すアクアは規則的な寝息を漏らす。

 

 見た目と身体だけは相性抜群な彼女の身体は何度交わっても美しかった。

 あまり見ていると間違いなく下半身の逸物が稼働するのでそっと目を逸らし立ち上がる。

 

 窓から見上げる空は暗くはあっても、遠くに僅かながら夕暮れの名残が見える。

 

「――――」

 

 主の危機を察知したのか、先ほどから警鐘を鳴らすのは敵感知スキルだ。

 これまで最も使用し、相応の熟練度に達したスキルが女体に溺れた主に代わり、自動で何者かの気配を察知してくれたのだろうか。

 

 全裸のまま廊下に出た俺は無言で潜伏スキルを使用する。

 流石に幽霊や人形といった類ではないだろう。

 特に何も考えず、泥棒ならばドロップキックを食らわせようと思っていると屋敷へ侵入した不届き者が姿を見せる。

 月明りが照らし出すのは、ゆらりとした足取りの軽薄な装備に身を包んだ盗賊職の娘だ。

 

 フラフラとした足取りとどこかボロボロな姿は何があったのか。

 酒でも飲んだ後、酔っ払い同士で喧嘩していたのだろうか。冒険者である限りは良くある荒事だが大事になる前に冒険者ギルドか正義感に駆られた冒険者に止められる事が多い。

 

「なんだ、お頭じゃないですか」

 

「……助手君」

 

「ノックもチャイムも無しに侵入って本当にただの盗賊ですね。なんでそんなにボロボロなんですか? もしかして襲われて? いやそれはなさそうですね」

 

「助手君」

 

 不届き者の正体が分かると同時に靄が掛かっていたような思考が僅かに鮮明となる。

 漸く回転する脳、こちらを淀んだ青紫の瞳でジッと見つめる彼女を前に、少しだけ全裸でいる事への微かな羞恥と、寧ろ己の裸体を見せつけて恥ずかしがらせようと意識が向かう。

 

 だから、彼女の様子に気づけなかった。

 

「助手君」

 

「……? ああ、すみません。さっきまで色々としていたので、それで今日はどうしたんですか?」

 

「ねえ……カズマ君。今日がいつか、覚えている?」

 

「今日ですか? 何か特別な日でしたっけ? 最近ちょっと時間の感覚が曖昧でさ……。というかこんな時間にどうしたんだよ。夕飯でも食いに来たのか? あーでも、食材も無くなってきたからな……」

 

「…………ううん。ちょっとキミを殺したくて」

 

「ふーん。ん? おい、今なんて――」

 

 シャッと鞘から刃物を取り出す音を鼓膜が拾った。

 耳がおかしくなったのかと複数回瞬きをするも、世間話をするような声音で彼女は語る。

 クリスがダガーを構えた音だった。そのまま此方に走り寄り、その矛先を俺に近づけてきた。

 

 ――死んだ。

 

 直感的に胸中を過る思いはそれだけだった。

 己の胸に近づいて来る鈍い色をしたソレは命を奪う形をしていた。 

 あまりの事態に呆然とする脳がゆっくりと近づいて来る死に対して、遅きに失した危機感に回避を試みるも身体は硬直して動かない。それでも逃れようとする意志に脚がもつれる。

 

 唐突に死が迫る。

 よろめいた脚、バランスを崩して倒れ込む俺の目に映りこむのは銀髪の盗賊娘だ。

 

 灯りの無い屋敷でも暗視スキルを始めとした視覚補正、ときおり雲から覗く月明りで映りこむ彼女の瞳に衝動的な殺意を感じて、思わず息を呑む。

 大振りに振られた獲物、俺の心臓を抉る一撃は胸板を掠め、咄嗟に上げた左腕を斬る。

 

「ああああぁあっっ……!」

 

 切れ味が鋭いのかリンゴの皮を剥くように鈍色の刃は皮膚を裂き、肉を斬り裂く。

 痛みよりも斬られた事に対する驚愕がまず先に訪れた。

 その直後に、腕を伝い滴り落ちる赤黒い血の色を認識し、熱と痛みに顔を歪めた。

 

 安寧を妨げる痛み、血の玉が点々と顔に当たる生暖かい感触に思わず悲鳴を上げる。

 血を止めなくてはならない。次の攻撃を回避しなくてはならない。どうしてこうなった。

 溢れ出す感情と思いを妨げるのは、認識と同時に圧迫する傷口の痛みだ。

 何よりも――、

 

「助手君の、カズマ君の嘘つき、嘘つきぃ……!!」

 

 女の金切り声が耳朶に響く。

 

「――――」

 

「私より先にアクア先輩になんて……!」

 

「ぐぅ……」

 

「あっ、……傷つけてごめんね。痛いよね。でもあたしを裏切ったカズマ君が悪いんだから! キミを殺してあたしも死ぬから!」

 

 暗い光を帯びた瞳を見開いて怒りに顔を歪めるクリスの姿に恐怖を覚えた。

 大きく見開いた瞳に浮かんだ感情を制御出来ないかのように、溢れ出す感情が涙となって彼女の白い頬を伝っていく。その姿は月明りに照らされて場違いにも美しいと思った。

 

 これはヤバい。

 

 自分の語彙力の無さが恨めしいが、咄嗟に思い浮かぶのはそれだけだ。

 美少女の膝の上で死ぬのは男の夢かもしれないが、刺されて死ぬのは嫌だ。誰も得する事なく刺された本人は悲しみの向こうに辿り着いてしまうという最悪の結末だ。

 ――いったい、俺が何をしたのだというのだろうか。

 

 …………。

 

 アクアに手を出したのが彼女にとっての導火線だったのだろう。

 或いはこうして刺されてから思い出した、城に向かう予定を忘れていた事か。

 

「あやま……」

 

 謝っても許されない程の事なのか。刺される程の事なのか。

 

 いったい、俺が何をしたのだというのだろうか。

 思い返すと確かに褒められた生き様ではなかっただろう。だがそれは決して佐藤和真だけでは無い筈だ。他者に鬼畜だと屑だの怠惰などと罵られても、その他者は己の人生を生き様を全ての人間に誇れるほど潔白に生きてはいないだろう。この世界は優しくはなく、鬼畜で屑のような行為も、暗く後ろめたい事もしてきた筈だ。

 

 だから、それは言うならばお互い様と言うしかない。

 だと言うのに、なぜ自分だけがこんな目に遭わなくてはならないのか。 

 

「カズマ君がいけないんだよ……。キミが私をこんなにしたんだから」

 

「うわぁぁああああ!!」

 

 このまま殺されるべきなのだろうか。

 情けない悲鳴には莫大な恐怖と、微かな苛立ちが入り混じる。

 

 生命を奪おうとする神を前に、唯一俺を助けたのは自動回避スキルだ。

 幸運のステータスの数値に依存するソレは彼女が放つ二撃目の攻撃に対しては成功判定だったのか、肉体への危機に対する自動回避を促す。

 

 そうして世界で最も高い幸運同士の戦い、二度目は幸運な事に鉛色の刃からの回避に成功させる。だが、きっと幸運だけでは三度目は無いだろう。

 幸運の数値が高いのは決して己だけではなく、目の前の銀髪の少女もなのだから。

 

 技も駆け引きも無い、大振りの一撃。

 刺突ではなく、確実にダメージを与える為の斬撃。

 

 みっともなく恥も外聞もない叫び声を上げながらも、同じくらいみっともない感情に任せた一撃は、隙という代償を、クリスの背中を見せるという隙を与えた。

 傷の痛みを忘れ、今すぐ逃走スキルを駆使して逃げるべきだと、臆病な心が叫んでいる。

 

 腕は痛みに悲鳴を上げ、目尻に涙すら浮かべている状況で自動回避スキルによって全裸で踊りを踊るように回避出来たのは偶然による物だろう。

 よし逃げよう。しかし待って欲しい。相手は女神だ。逃げ切れない。

 

 何故か脳裏を過るのは、修羅場に近しい口論が発生した場合の異性間での対処法だ。

 男は互いに冷静になるまで距離を置こうとし、女は何が悪かったのか徹底的に話し合おうとその場で話を始める。互いが互いの意見を持って衝突し、結果沸点を超えて感情的になってしまうというのをどこかで聞いた事がある。

 ここでクリスと話し合おうとしても口先の前に刃先が俺に突き刺さるのは必然だろう。

 

 ――ならばどうするか。

 

 俺はまず観念したかのように瞼を閉じた。

 僅かに距離の開けた中で、瞼越しにクリスが此方を振り向くのを感じた。

 

「……! カズマ君覚悟――!!」

 

「『フラッシュ』」

 

「ひぎゃあああっっっ!!? 目が! 目が!!」

 

 瞼越しでも闇夜を斬り裂く閃光。

 立ち止まり目を閉じた俺の姿に僅かに油断したのか、面白い程に彼女は目を抑えて廊下を転がり回る。カラン、と短刀を落とし喚く姿は滑稽であれども油断する事など出来ない。

 故に、無事な方の片手を突き出し、己の代名詞とも呼べるスキル名を口にする。

 

「『スティール』……『スティール』――!!」

 

 二連撃。

 強奪スキルは幸運の数値に左右される。

 人類最高峰に位置する己の右手にはブラジャーとショーツ。

 

 生暖かいソレは良い香りだった。

 パンツに至っては背伸びしたのか紐パンと呼ばれる物だ。物理的に強奪したかった。

 何よりも最も欲しいと感じた彼女の武器に関しては強奪に失敗してしまった。

 

「くっ……! 助手君どこ……! ここ?」

 

 床をナイフで刺すクリスの殺意と感情の昂りが高い。高いというかヤバい。

 衣服の感触的に己の下着がスパッツ以外全てを盗まれたというにも関わらず、抱く感情は羞恥よりも赫怒の方が凄まじい。暗闇の中での閃光により視界を潰されながらも周囲の空間を横に力一杯斬りつける姿は近寄りがたい狂気すら感じさせる。

 腕の痛みが意識と現実逃避しかける思考を抑え、手にした武器を惜しみなく使う。

 

「『バインド』――!」

 

「……! そこだね! きゃあ!!?」

 

 気配と声で場所を察知したのか、鈍色の殺意を一点に突き出すクリス。

 何がそこまで彼女を駆り立てるのかと思う俺を余所に、彼女の間合いの外から繰り出したロープ代わりのブラジャーは空中を滑空、慎ましい乳房を包んでいた布地は主人に切り裂かれる。

 囮を犠牲に、間を通り抜けたパンツが彼女の両腕を拘束する事に成功した。

 

「おらあああ!!」

 

「ぁぁぁ……! ち、力が抜けて……」

 

 油断はしない。

 倒れ込んだクリスの手を蹴り、ナイフを遠くに転がすと即座にドレインタッチを使用する。油断なく本気で屋敷への侵入、及び不届き者への迎撃として彼女から体力と魔力を奪ってようやく安堵の溜息を吐いた。

 

「いた、いたた……ヒ、『ヒール』……『ヒール』」

 

 安心した途端、脳内分泌液が切れたのか腕に生じる痛みに思わず眉根をしかめる。

 慌てて回復魔法を繰り返し使用する事で止血には成功するも、多少なりの痕が残ってしまった。何よりも全裸でありながら己の血で上半身を汚した男というのは不審者極まりないだろう。

 それに加えて、決して少なくはない血液が失われてしまったのだ。

 

「くっ、このッ! 離してよ!」

 

「黙れ犯罪者! 許さんぞ! 俺を刺し殺そうとした事、その身体で払って貰おうか」

 

 後ろ手に縛られたクリスは視力が回復したのか、キッと睨みつけてくる。

 目尻に浮かんだ涙をこぼしながらも、既に決着はついたのが分からないのか、溢れ出る衝動を抑え込む事が出来ず、床で芋虫のように呻くばかりだ。

 こうして無事制圧する事が出来たからか余裕が出来ると、今更ながら苛立ちが湧き上がる。

 

 お決まりの台詞を口にして、彼女の脚を掴むと無理やり開かせる。

 抵抗する彼女の両脚を掴みながら、ホットパンツに包まれた乙女の恥部に足裏を宛がうと、足裏によるピストンを始めた。

 

「んっ……! ちょ、ちょっと……」

 

「なあ、おい。電気アンマって知ってるか?」

 

 暴れる彼女の腿を掴み、ホットパンツの上から直に刺激を与える。

 本日はスパッツを着けていないのか、ホットパンツから微かに覗く肌色を見ながら彼女の弱点に刺激を与え続ける。黙々と、丹念に、料理の下拵えをするように。

 

 先ほどまで劣勢だった状況からの逆転。

 生命の危機に直面した事により湧き上がる性的衝動、加えて少し前まで水の女神との性行為に及んでいたからか。全裸に唯一赤色を肌に滲ませながら衣服の阻害のない逸物は限界にまで反り立っていた。

 端的に言って、興奮と苛立ちが胸中を巡っていた。

 

 男女平等主義者であるが、流石に顔面にパンチを食らわせるのは如何な物か。

 狂刃に斬られてなお躊躇してしまい、妥協した結果がこの電気アンマでのお仕置きだ。

 

「ま……、まって……まってってば!」

 

「お前が何を言ったって、これでみっともなくイクまで俺はやめねーわ」

 

「んん……ッ!!」

 

 下着を強奪され直にホットパンツを履いた状態のクリス。

 恥丘は布地越しに柔らかさを足裏に感じさせると共に嫌々と首を振る彼女は拘束を外せない。両手を己の下着で拘束され脚を掴まれ無防備に己の性感帯を晒し、男の前で刺激されている。

 

 徐々に隠せない艶が吐息に混じり、衝動的な感情を秘めた青紫の瞳には耐えがたい羞恥と恥辱の涙を浮かべ始めている。

 頬を赤らめ、脚を閉じようとする度にピストンをする脚に力を入れると、小さく喘ぎ始める。

 

「お頭、正気に戻りましたかね?」

 

「戻ったから! もうしないから……!」

 

「信用できないな」

 

「ぁ、ぁ、ぁぁ、っ!」

 

 徐々に腰を浮かばせ、露骨に喘ぎ声が廊下に響き渡る。

 電気アンマのコツは緩急差をつけるという事だ。強ければ良い訳ではない。強い刺激を一定のリズムで続けながらも、徐々に優しく愛撫するように優しく足裏で恥肉を虐めるのだ。

 

 時に優しく、時に厳しく、時に押し付け、時に擦りつける。

 単調の無い落差が彼女にこの悪戯に慣れさせず、女を悦ばせる愛撫に昇華させる。

 

「俺の知る限り、こんな遊びでするような悪戯でイクような人なんて見た事ないですよ? これでイったら間違いなくむっつりのエロい敏感体質ですね。あれ、お頭? えっ、本当に感じてるんですか? 止めて欲しいなら素直に言って下さいな……ほら、言えよ」

 

「ぅ……くっ、やめっ、か、感じて、感じてるから! 少し止めて!!」

 

「嘘です。絶対やめません」

 

 その瞬間のクリスの絶望的な顔に、嗜虐心がくすぐられるのを感じた。

 泥棒が降伏の宣言をした事で、ラストスパートとして電気アンマのピストンをより強く乱暴な物とする。

 足裏ではなく、脚の側面を使い彼女の秘裂に、ホットパンツ越しにクリトリスに宛がうようにして、バイブを直に恥部に当てるような細やかな振動で彼女に悦びの声を上げさせる。

 

「ぁぁぁ……っっ!! てんばっ、天罰落としますよ!」

 

「うるせぇ!! イケ! ほらイケ!!」

 

「ぁ、だめ、駄目……っっ!!」

 

 短い銀髪を振り乱し、皮脂を滲ませるクリス。

 もはや嗜虐心を煽るだけの存在となった哀れな盗賊の恥部を刺激して、刺激して――、

 

「ゃ、ぃ、……ぁぁああァっっ!!!」

 

 ピンと脚を伸ばし、ぎゅっと瞼を閉じたクリス。

 腰を中心にガクガクと身体を痙攣させる姿は、確かに無理やりに法悦の空へと上らせたという実感を沸かせる。足裏に感じるホットパンツは先ほどよりも確かな淫液の染みを広げていた。

 悲鳴を上げ首を反らせる女の表情はこれまで絶頂させた時の表情と差異の無い物だ。

 

 数秒ほど小刻みに震えた彼女は耳まで赤らんだ顔を見せながら、脱力した。

 先ほどより正気を取り戻したのか、羞恥と快楽を浮かべた青紫の瞳には確かな理性が窺える。

 

 彼氏でも無ければ見る事の出来ない表情を見て、僅かに落ち着きを取り戻す。

 良い物を見た事への礼を告げると、腕の痛みを堪えながら、そっと彼女の腕の拘束を取る。その瞬間、腰を震わせながらも全裸の俺に抱き着いてきたクリスは壊れたロボットのように謝罪を口にした。

 

「ごめんね、カズマ君。ごめんね、ごめんねぇ……」

 

「…………」

 

「キミに当たるなんて最低だよね……」

 

「まあ」

 

「ぅぅ……、そこは否定しないんだ」

 

「事実だしな。でも、ほら他人ならともかく俺たちの仲だし。()()()()()()とは違うからな。それにちょっとくらいなら刺されても文句は言えない事はしているからな」

 

 話を聞くと俺とアクアの情事を目にしたエリスは屋敷に突撃を決行したらしい。

 だが、それを予期していたのか、妙に勘の鋭いアクアは事前に結界を張っていたらしい。

 結界を突破するまでの間、どれだけ自分達が愛し合っているのか、それを文字通り見せつけられたエリスはそれはもう発狂するほどに怒り狂ったらしい。

 

「……ごめんなさい」

 

「もう良いから」

 

「ううん、違うの……そうじゃなくて、ふふっ、カズマさんの言葉が嬉しくて、ちょっとだけ変な妄想しちゃいました」

 

 ごめんなさい、と謝罪するクリスの短い白銀の髪は瞬きの合間に、長髪へと変貌していた。

 ぷわりと漂う甘い香り、軽装を重視した盗賊装備ではなく、白くゆったりとした羽衣、透き通った白い肌と、陰りを見せる青の瞳には涙と共に呆けた俺の姿が映りこんでいる。

 

 クリスではなかった。

 エリスが、幸運の女神が俺を抱きしめていた。

 

 背丈も体格も同じだった。当たり前だ、同一人物なのだから。

 それでも、クリスの時はこうして触れ合う事はあっても、本体の、幸運の女神である彼女からの抱擁どころか、触れるという事ですら初めての事であった。

 エリス教徒が目を血走らせるような抱擁に、女神の柔肌に強張っていた心身が解されていく。

 

「『セイクリッド・ハイネスヒール』!」

 

 身体が淡く漂う光に包まれると、中途半端に治っていた傷が痕すら残さず完治する。

 あらゆる負の事象を治す強力な回復魔法は俺の肉体を治し、後に残るのは血で汚れた己の裸体だけだ。

 

「あっ、エリス様。服汚れますよ」

 

「大丈夫です。この衣服も神器ですから。それにそんな事では離れませんよ。それに回復魔法は掛けましたが、出血自体が無くなった訳ではありませんから。支えは必要ですよ」

 

「はあ」

 

「と、ところでどうして裸なんですか? それにその、アレが当たってて……」

 

「んふ……。エリス様に俺の息子を見せたくて。そんなに恥ずかしがらないで下さいよ。あんなに美味しそうに頬張ってたじゃないですか」

 

「そ、それはクリスの時の話ですから……」

 

 顔を赤らめつつも柔和な笑みを浮かべるエリスの姿は、安堵を抱かせる何かがあった。

 少なくとも刺された事に対する精神的なショックが大幅に軽減される程には。

 そうして突発的な戦闘とも呼べない暴力沙汰に疲れていた俺の身体を抱いたまま、エリスは黙々と屋敷の廊下を移動し、ある部屋へと向かう。

 

「カズマさんって結構軽いですね」

 

「血が減ったんで、その所為でしょう」

 

「…………」

 

「…………」

 

 俺とアクアが先ほどまで互いに溺れ合っていた空き部屋だ。

 適当な軽口に閉口するエリスにしまった、と思いながらも俺の視線は部屋の中央へ。久方振りに青を基調とした羽衣を身に纏い、腕を組んだアクアが眉間に皺を寄せて仁王立ちしていた。

 まるで挑戦者を待つかのような格好に思わず口角が上がってしまった。

 

 エリスに抱かれた俺を見てピクッと眉をひそめるアクア。

 同時に血まみれの俺の姿に腕を解き、魔法を唱える。

 

「『セイクリッド・ハイネスヒール』!」

 

 治癒された身体に追い打ちを掛けるような回復魔法。

 これ以上の回復に意味は無くとも、彼女の優しさを感じながらエリスからそっと離れる。

 

「エリス……、あんた」

 

「言い訳はしません。これは私がしました」

 

「お、おい。アクア。俺はもう、そこまで……」

 

「カズマはちょっと黙ってて。……エリス、ちょっと良いかしら」

 

「ええ。勿論です、先輩。あっ、カズマさんにはこれを……」

 

「ん?」

 

 屋上に行こうぜ、的な感じで顎を部屋の外に向けるアクア。

 それに頷きながらも、羽衣のポケットから何かを取り出し俺に差し出すエリス。

 

 受け取り目を向けると懐かしさを感じる紙パックのジュースだった。

 鉄分を特に補充する事が出来る栄養満点のジュースは日本で見た事がある。そのパッケージに哀愁の念に駆られる俺の腰に適当なタオルを巻き付けるアクアはエリスを連れて部屋の外に向かう。

 

「カズマ、ちょっと時間掛かるだろうから、そこのベッドで寝てていいわよ」

 

「お、おう……。あ、二人ともなんかヤバそうだったら参加するから」

 

「大丈夫ですよ、カズマさん。たぶん、そんなに時間は掛かりません」

 

 ニコリと笑みを向けるエリス。

 自信があるのかクスクスと笑う後輩女神と先輩女神のタッグは笑顔を見せながら扉を閉じた。

 

 ――そして静寂が戻る。

 木製のドアを挟んでくぐもった話し合いに聞き耳スキルを使用するかを考えたが、流石にプライバシーの侵害だろうと思い、ベッドに腰を下ろす。

 紙パックにストローを差し、口に含むと懐かしい甘い味がした。

 

「旨いな……」

 

 僅かな苦味が身体に満ちていくのを感じる。

 まるで飲む事で直接血液を補充していくかのような気分に陥るのは思ったよりも衝撃的な出来事にショックを受けていたからか。

 今更ながら身体が震えていると、背中から掛けられる厚手の毛布。

 

 はて、背後に誰かいただろうかと振り返ると幽霊がいた。

 子供の幽霊なのだろう。薄い存在感ながらも毛布を掛けてくれた少女に目礼する。危害を加えるつもりはない、というのだけは何となくわかった。

 

「あ、ありがとう……」

 

「……」

 

「これ飲む? いらない? そう……」

 

 返事は無い。それでも伝わったというのは分かった。

 そういえばこの屋敷には貴族が遊び半分で作った子供の地縛霊がいると以前アクアが言っていたなと、ぼんやりとした思考で彼女の頭を撫でながら毛布に体を包み込む。

 

 身体が妙に重く感じた。

 

『―――!!』

 

『――! ……!!』

 

 目を閉じると同時に始まった怒号。

 何かを投げる音や物を壊す音など、明らかに女神のキャットファイトが始まったのだろう。

 ただ、それに対してもう行動を起こそうという気力は無かった。

 自分はあの女神達の保護者でも何でもないので仲裁の必要性も感じない。きっと大丈夫。

 

 どこか投げやりに思う程度には疲れていた。

 

 僅かに瞼を開けると悲し気な顔をした少女の幽霊。

 

 どうして見えるのだろう。そういえばさっきは触れたな。そんな思考を置き去りにしながらときおり聞こえる女達の声や物音にビクリと身体を震わせるやや透明な少女を手招きする。

 取り敢えず明日の自分に託す前に、せめて目の前の事だけは、と。

 

「……一緒に寝るか?」

 

「……!」

 

 きっと幽霊と添い寝した経験など自分だけだろう。

 ただの同情に少し嬉しそうな顔をする少女の霊と共に毛布に包まると俺は目を閉じた。

 

 耳は手で塞いだ。

 

 

 

 +

 

 

 

 瞼を開けると、幽霊の少女はいなかった。

 代わりに少しボロボロながらもどこか嬉しそうな表情をした幸運の女神がいた。

 彼女は俺の頬を撫でながら楽しそうな声色で毛布に入り込み、微笑みを向けてきた。

 

「終わりましたよ」

 

「……おつかれ」

 

「本当は全部の事が終わってからにしたかったんですけど……」

 

「……?」

 

 夢見心地な気分の中、額が触れ合う程の距離でエリスが唇を震わせる。

 艶やかで薄いピンク色の唇で、甘い声色で、熱い眼差しを俺に向けている。

 

「その……。前払いというのと、頑張って――――に入れたので……お祝いにと」

 

 ボソリボソリと寝物語のように呟くエリスの姿に眉尻を持ち上げると、恥ずかしがるような困ったような表情で頬の傷跡を掻く。そんな何気ない仕草にあの盗賊娘の姿を幻想する。

 

「カズマさん」

 

「んー?」

 

「アクア先輩公認で、今はお姫様もいません。そして私からカズマさんを襲うのは仕方がないから対応する。……そうですよね?」

 

「そう、だな……」

 

「ふふっ、寝ぼけたカズマさんも可愛いですね」

 

「夜這いですか、女神様」

 

「はい」

 

「……なら」

 

 なら、仕方がないだろう。

 相手は女神だ。逆らう事などいったい、どうしてできようか。

 俺のスタンスを理解しているであろう幸運の女神との唇が近づいていく。

 

 青の瞳に、ふと金髪碧眼の王女の姿を見る。

 同じ色の瞳をジッと見ていると、そっと長い睫毛に縁取られた瞼に覆い隠される。

 

「カズマさん」

 

「――――」

 

 愛の言葉を囁いて、徐々に距離が近づいていく唇。

 微かな吐気すら感じられる密着度の中で、疲れ、中途半端に見た夢。

 

 どこまでも都合が良いとすら感じてしまう幻想に。

 仕方ないと言わせる為に用意されたような夢心地の舞台に。

 

 

「好きです」

 

 

 ――しかたねぇな、と俺は彼女の想いに応えた。

 

 

 





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