※この作品はR-18です。

最強の最弱職、王女に手を出す   作:毒蛇

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第二十八話 女神同盟

「『ゴッドブロー』!!」

 

「『ゴッドフック』!!」

 

 技名を告げると同時に相手の柔肌に互いの拳が突き刺さる。

 この拳を受けた相手は死ね! そんな感情の発散の場として開催された殴り合い。

 

 魔王を撃破した少年が見れば、青褪めながらも取り敢えず互いの間に割り込んで殴られるというのが一連の流れになるのだろうか。

 或いは何も見なかった事にして扉を閉めるのだろうか。自分たちを見捨てて逃げるだろうか。

 

「それはないわね!」

 

「同感です!」

 

 他人ならともかく、自分たちならば止めに入る。そんな確信があった。

 嫌そうな顔をしながらも、仕方ないとぼやきながら小細工を弄して、何とかしてしまう。

 彼なら何とかしてしまえるという信頼が両者にはあった。男への想いを互いに理解しながらも、しかし拳は、脚は、頭は目の前の女を打破する為に大剣を振るうように風を斬る。

 

「最近、ちょっと調子に乗ってんじゃないわよ、エリス!」

 

「調子になんて乗ってません! 先輩こそいつもいつも適当な事ばかり!!」

 

 とはいえ、もしもあの少年が自分達を止めに入ろうとしても。

 サトウカズマが突撃してくれても、それでも決して止まる事はなかっただろう。

 

「『ゴッドカーフキック』! ……『カーフキック』!!」

 

「痛い!!? ちょっとエリス。痛いんですけど!! と思わせて『ゴッドタックル』!!」

 

「ぶぐぅっ! ぶふっ!」

 

「アハハハハ! ぶふって! ぶふって! その顔受けるんですけどー! エリスってばそんな素人キックで麗しいこの私に勝てる訳ないでしょう? ほら、諦めなさいな! 先輩に逆らって申し訳ありませんでしたって! 土下座で謝って!」

 

 だって、これは必要な事なのだ。必要な儀式なのだ。

 アクアにとって、エリスにとって、互いの感情を限界まで吐き出す為の。

 

「ぐっ……『ゴッドカーフキック』!」

 

「その技はもう見切ったわ! 死になさい! 必殺! 『ゴッド――』」 

 

「……からの『ゴッドエルボー』!!」

 

「えぼぁっっ!!?」

 

「あはは……。えぼぁって。先輩、今凄い顔でしたよ。ただでさえ顔芸しがちな先輩でも見ない面白い顔でしたよ。大体ゴッドタックルなんてスキル無いですよね」

 

 エリスの肘がアクアの顎に決まる。

 神器を纏った神ですら一瞬意識を飛ばす一撃は、人間ならば確実に死んでいる。

 サトウカズマならばこの時点で数回は死んでいるだろう。屋敷の一室、家具であった椅子を破壊し残骸と共にうつ伏せに転がったアクアはゆっくりと立ち上がる。

 睨みつけるアクア。突然、水の瞳を大きく見開き、エリスの後方に目を向ける。

 

「……嘘。カズマ?」

 

「え?」

 

「そこだぁ!!」

 

「ぶぴっ!」

 

「スキルの話なら、カーフキックだってそうでしょうが!! 『ゴッドデストロイブロー』!!」

 

 技名を叫ぶことに意味はない。ちょっと威力が増すだけだ。勢いとテンションが極限まで振り切った状態で、銀髪の女神に抱き着き床に押し倒すアクアはそのまま拳を振るう。

 美貌など関係ない。ただ感情に任せた一撃がエリスの頬を拳が叩く。叩く。叩く。

 

「――――!!」

 

「――……!」

 

 そこからは技も何もない。

 互いの髪の毛が千切れる程に髪を掴み、鳩尾に膝を入れる。神器という頑丈な防御を突破した一撃に肺の中の空気を吐き出し、青あざが出来る程の拳に呻き、ひたすらに言葉で罵倒する。

 見る者が見ればドン引き不可避の空間。

 幸運の女神VS水の女神という神話の戦いが、何てことない空き部屋で繰り広げられていた。

 

「ぁぁぁ……ッ!!」

 

「せ、ぁぁ……ッッ!!」

 

 バキィ、ドゴォ、という音が響く神気によるゴリ押しの殴り合い。

 脳筋ブッパの戦いは、互いの感情を吐き出して、叫んで、暴れて、ついでに物を破壊する。

 

 夜の帳が落ちて、互いの罵倒として叫んだ喉も掠れていって。

 斬られて疲れた少年が幽霊少女と添い寝をして、死んだように深い眠りについた頃。

 一発一発、骨の髄まで染み込むような衝撃に意識を飛ばし、いつの間にかアクアもエリスも床に倒れ込んでいた。

 

「――――」

 

「――――」

 

 埃が舞い上がり女の荒い吐息が二つ、密室に響く。

 窓が割れていないのは奇跡的か、或いはどこか相手への遠慮があっただろうか。

 

「……落ち着いた?」

 

「……ええ、まあ」

 

「警察の人に止められなかったから、結構スッキリしたんですけど」

 

「凄く、痛いんですけどね」

 

「エリス。あんたの顔、今すっごいブサイクよ」

 

「そういう先輩こそ変な顔ですよ」

 

「そんな訳ないじゃない。……ねえ、エリス」

 

「はい?」

 

「私たちって今、凄く青春していると思わない? ほら、漫画であったじゃない」

 

「そんなシーンもありましたね……」

 

 乾いた笑みを浮かべるアクアに、乾いた笑みを返すエリス。

 伊達に長い時間を先輩と後輩として過ごして来た訳ではない。アクアの性格はエリスも知っているし、エリスの性格もアクアは知っている。

 人と人同士ではない、神と神が築いた関係がそこにあった。

 

「先輩」

 

「なによ」

 

「相談なんですけど。……先輩はカズマさんが好きですよね?」

 

「ぅぇ!? ぁ、ぅん……まあ、そうね」

 

「何恥ずかしがっているんですか? ……私もカズマさんが好きですよ」

 

「知ってるわよ」

 

 だからこうして殴り合ったのだ。罵倒しあったのだ。

 恥も外聞もなく、恥を塗り重ねて、それでも譲りたくない物があった。

 

「同盟を組みませんか?」

 

「……同盟」

 

「そうです。契約でもなんでもないどこにでもある口約束みたいなものです」

 

 ゆっくりと上体を起こすエリスに合わせて、ゆるりとアクアも身体を起こす。

 互いに無詠唱で回復魔法を唱えると、そこにはボロボロの神器を纏いながらも身体は綺麗な美少女が二人。壊れた家具の残骸という凄惨な背景に一切の傷が無い肌という違和感を残した女神たちは床に座り、口を開く。

 

「カズマさんの周りには、結構彼を好ましく思う人が多くなってきている事はご存知ですよね?」

 

「まあね。変に財産とか名声とか地位とか、あのグータラ好きのニートに不要なものを中途半端に手に入れたから、滅茶苦茶に有象無象が集ってくるのよ! しかもあのクソニートってば、明らかに金目当ての女にもデレデレしてね! もうホントに……。これもどうせ視てたんでしょ?」

 

「ええ、まあ。先輩も大変でしたね」

 

「そうなのよ! ……あっ、もしかして二人でカズマさんを囲いたいとか?」 

 

「まだ何も言ってないんですが……」

 

「馬鹿ねー、エリスったら。私を誰だと思ってるのよ。あんたの考えくらい何となく分かるわ」

 

「わー、凄いですね」

 

「もっと感情を込めて言いなさいな」

 

 エリスがアクアに持ち掛けた同盟、その内容は酷くシンプルだ。

 女神二人による男一人の浮気の防止と周囲への牽制。解釈に幅はあれど主にこれだけだ。

 

「芽を摘み、枝は切ります。彼が、他の女に、手を出さないように」

 

「……ふーん」

 

「魔王討伐後の彼は妙にモテますから。しかもカズマさんはソレを断ろうとしない……」

 

 カズマが他の女に手を出す様子を想像したのか。

 唇を噛み締め、眉間に僅かに皺を寄せる姿は、彼女を崇拝する人々が想像する様な聖母、女神の姿からは程遠い。己の身体を抱きしめるように腕を抱く彼女は青の双眸に隠せない憎悪を宿し、大きく見開く。

 その姿に戸惑いを覚えるも、同時に目の前の女にアクアは微かな共感を覚える。 

 

「先輩も気が付かない筈がないですよね?」

 

「まあ、ね」

 

「少し目を離したらホイホイ知らない女についていくのがカズマさんですよ」

 

「それは……確かに」

 

 確かにそうだ。その通りではないか。

 大義名分があれば基本的に周囲からヘタレ呼ばわりされるカズマでも間違いなく女に手を出す。

 基本的にアクア達に年中発情したような眼差しを向ける男なのだ。性欲の塊とも言える。

 

 だからアイリスに手を出したのだ。

 性欲を持て余し、都合の良い存在として手を出して、責任を感じているのだ。

 

 きっとそうに違いない。

 

 だから、二度目の間違いが起きないようにしないといけない。

 

「…………」

 

「…………」

 

「一人じゃなくて、二人なら。私だけじゃなくて先輩と二人なら」

 

 有象無象の女どもではない。

 金に目が眩んだ、名声や地位だけに目を向けた愚かな女ではない。

 

 この世界の頂点に立つ女神が二人、たった一人の男の心を掴む。それだけに専心するのだ。

 女神の強力な力も、名声も、権力も冒険者サトウカズマの隣に立つに相応しい。

 世界で最も美しい女神の美貌はそこらの女とはそれだけで格が違う。美醜だけではない。鬼畜と呼ばれるサトウカズマの中身を知っていて、時間を、思い出を共有している。

 

 神とは、基本的に人よりも上の存在なのだ。

 そんな女神よりも優れている人間がこの世界に、いったいどれだけいるだろうか。

 

「愛というのには許容量があると思うんです」

 

 ヘタレで小心者ですぐ調子に乗りそうになるカズマの事だ。

 これから先、何もしなければ身近な女から始まり、その財や名声を使って女に手を出してしまうかもしれない。異世界にやってきて、それでも根底に日本人としての考えを残しているカズマがそんなことをするとは思えないが。

 ――この世界に絶対という言葉はないのだ。

 

「私とあんなに一杯エッチな事してたのに……」

 

 もしも、もしもだ。

 あれだけ愛を育んで、それで他の女に手を出したカズマに捨てられたら。

 きっと立ち直れないかもしれない。

 知らず知らずのうちに女の胎を外から撫でながら、アクアは静かに吐息する。

 

「要するに、これからは私とエリスでカズマを共有するって訳?」

 

「そうです。二人で弱い弱いカズマさんを外敵から守りましょう」

 

 語ることは告げたと閉口するエリスから、そっとアクアは目を逸らす。

 パタパタと空中に漂う埃が疎ましくなり女神の不思議スキルで壊れた家具を直す。

 そのままジッと時が止まったように此方を見続けるエリスに、やがてアクアは――、

 

「アイリスはどうするの?」

 

「――――」

 

「あの子はもうカズマさんとエッチしてるじゃない。それにカズマさんも何だかんだ言って、あの子との結婚に乗り気だし……」

 

「それはまだ何とも」

 

「……は?」

 

「先輩。アクア先輩。そこは今はそんなに重要じゃないんです。いずれにしても、あのダメダメなカズマさんの為に、私たちが手を組めば敵なしになる。それが最も大事なんです。他の事は大抵どうとでもなります」

 

「そうかもね……。カズマってば私がいないとダメだもんね……」

 

「私()()が、いないとダメなんですよ。カズマさんは」

 

 暗く静かな部屋にコロコロと鈴音の笑い声が響く。

 凄惨としたモノの破壊され尽くした空間に衣服以外無傷なエリスとアクアは堪えきれずにプッと息を吐き出し壊れたように笑った。

 讃美歌のような笑い声は徐々に収まると、エリスの差し出した手をアクアは握る。

 

「でもね、エリス」

 

「はい?」

 

「やっぱり私はカズマさんの一番になりたいの。私が。エリスでも、他の誰でもなくて」

 

「――――」

 

 アクアの小さな本音に、真顔のエリスは小さく頷く。 

 当然だろう。アクアが思うように、目の前の銀髪の女神も当然そんなことを思っている。

 だが――、

 

「……それに関しても、今じゃなくても良いと思いませんか?」

 

「今じゃなくても?」

 

「全てが上手く収まって、それからゆっくりと取り合いませんか?」

 

「……それもそうね」

 

 つまり。順調にいけば数十年後。

 勇者が死んだ後で、ゆっくりとその魂をラブコメ漫画のように取り合っても良い。

 カズマの言うハーレムというのも二人だけならば、たぶん悪い物ではないのかもしれない。

 

 死、とは生きている者全てに適用される。

 それを恐れる一部の物がアンデットやリッチーとなるが、大半の人間はいつか死ぬ。

 

 天才的な才能を秘めた魔法使いも、偉大なる英雄も、来訪した異世界人も。

 カズマも、めぐみんも、ダクネスも、アイリスも。今まで出会った人々も必ず死ぬ時が来る。

 その迷える魂を何十、何百、何千と女神たちは見送ってきたのだから。

 

「いつかは皆死ぬんです。でも私たちは死なない。だから私たちの敗北はありえない」

 

 いつかは辿り着く話だ。

 決して遠い未来という訳ではなく、時間の問題だ。

 

「他の人と違って、時間は私たちの敵じゃないんですから」

 

 それは、いずれ来る確定した未来なのだから。

 

 

 

 +

 

 

 

 パチリ、と目を覚ます。

 顔と身体の前面が温もりを覚えながらも、背中側の冷気が刺激になったのか。

 いずれにしても暖炉も無い場所で眠っていたからか、鼻が半分詰まっているのを感じた。

 

「…………」

 

 普段は使用していない部屋は、同じ屋敷とは思えない異質感があった。

 温かみに欠け、窓から吹く微かな隙間風が俺が目を覚ます要因となったのだろう。せめてカーテンを閉めて少しでも寒さを防ぎ、肌色の柔らかい物体に顔を埋める事を数秒の間に決意する。

 

「くちゅん」

 

「くしゃみが可愛い」

 

 これが女神か。

 可愛らしいくしゃみの音を奏でる肌色の物体の為にも、と僅かにぼんやりとした意識で床に素足を下すと、床の冷たさに思わず腕に鳥肌が立つ。

 もしかして、という思いを抱き腕を摩りながら窓辺に向かうと納得がいった。

 

「……マジかよ。本当に積もってやがる」

 

 窓の外は一面雪景色が広がっていた。 

 昨夜とは打って変わり分厚い雪が屋根に積もり、目の届く範囲は全て白色で構成されている。

 処女雪ではない。チラホラと降っていることはあれども一夜にしてこれだけの雪が降り積もるということは少なくとも異世界で生活をしてきた中では無かった。

 寒さの原因が判明すると不思議かな、途端に活力が萎え、同時に眠気が湧いてくる。

 

 無言でカーテンを閉めると冷えた手足を摩り、寝台に向かう。

 寝台に寝転がり規則的な吐息を立てる肌色の物質は、白銀の長髪をシーツに散りばめていた。

 

 エリスがいた。一糸まとわぬ姿でエリスが寝ていた。

 横を向き、くびれた腰から尻肉までの丸みを帯びたラインは女性らしさを象徴している。寒さによるものか慎ましい白い乳房にそびえたつ尖端は男に弄って貰いたそうに硬直している。

 内腿を擦り合わせ、丸まった彼女の裸体は殆ど毛布からはみ出てしまっていた。

 

「んゆ……」

 

 既視感を覚える光景に俺は小さく頬を緩める。

 そういえばクリスの時もこんな感じだったなと。

 

 昨日は疲れていたのか、エリスとイチャイチャしてそのまま眠ってしまったのだろう。

 乱雑なシーツと体液の痕を見ながら、俺はエリスの裸体にさり気なく抱き着く。

 

「……んぅ」

 

 染みも無くきめ細かな肌は、窓の外から見た幻想的な雪色だ。

 否、直に触れて実際に肌で感じられる分、処女雪のような女の肌に触れているこの状況が征服感と満足感を抱かせる。多くの人間が崇拝している女神の肌を舐め、触れて、味わっているという事実が俺の鼓動を昂らせる。

 遠慮の無い男の手の感触に整った眉をひそめるエリスの吐息が乱れる。

 

「ぁ、ん……」

 

 人肌で暖を得たからか、僅かに強張っていた表情や身体が弛緩を見せる。

 二人分を身体を毛布で包むと自然と密着し、女性特有の柔らかな身体の感触に息を飲む。行為を繰り返し、多少なりとも女体についての理解はしてきたつもりだが、それでもなお興奮と情欲を覚えさせる身体が目の前にあった。

 小さく呻く端正な顔を見ながら、俺は何となくエリスの背中に手を回そうとして――、

 

「ひゃぅん!?」

 

「……!?」

 

 パチクリと見開かれた青の瞳は驚愕に彩られていた。

 俺の姿を瞳に映す彼女の慌てように何か拙い事をしたのではないのか、と俺は不安に駆られた。ビクンと触れた背中を逸らし、慎ましくもまろやかな乳房を晒す彼女に欲情を抱く暇はない。 

 ――調子に乗って何かとんでも無い事をしたのではないのか。 

 

「ぁ、あふ……」

 

「エリス様……?」

 

「あ、アハハ……」

 

 嫌悪感と不安で硬直する俺の胸板に柔らかな手の感触。

 エリスの顔から数秒で驚愕の表情が抜け落ち、俺の顔を見て笑みを溢し始める。何かに安堵したかのような、幸福を甘受している女のように、咄嗟にベッドから転がり落ち、土下座の体勢に移ろうとする俺の背中に腕を回す。

 目尻に涙すら浮かべて笑う女神の姿に徐々に強張った身体が解れ始める。

 

 とはいえ、何故急に笑い出したのか。

 確か自分は寝ているエリスで暖を取る為に、抱きしめようとして――、

 

「…………」

 

「ひゃあ!?」

 

 冷えていた脚を彼女の脚に絡める。

 それだけでビクンと身体を震わせる彼女を余所に、じんわりとした熱が爪先から広がっていく。

 

「か、カズマさん。ちょっと冷たいです……!」

 

「……、そんなこと言わずに温めてください、なあ!!」

 

「ぅぅん……!」

 

「ほら、温めて! 俺の冷え掛けた心ごと温めて!!」

 

「ちょっ、背中は……! んっ! も、もう仕方ないですね、カズマさんは!」

 

 冷えた手足の先に熱を奪われて悲鳴を上げたエリス。

 滑らかな背中を指でなぞるとピンと逸らす上体、絡んだ脚は外し方を忘れたように粘着質な絡みを見せ、脚の甲と裏が熱と冷気の奪い合いを始める。 

 愛撫とも呼べぬ恋人のような肌の触れ合いは女神の吐息に艶を混じらせる。

 

「なんだこのおっぱいは! クリスの時よりちょっと大きくなりやがって!! 許せん! パッドの分だけ吸ってやる!」

 

「ひゃめ! ぁ、っ、ぁぁ……! そんなに吸っても出ないですから……ッッ!!」

 

 僅かに血の味がする乳頭を舌先で転がしながら御椀上の美乳を口に頬張る。

 饅頭よりもふっくらとした柔らかい感触を、赤子が堪能していると思うと嫉妬に狂いそうだ。

 

 舌で小さな肉粒を根元から舐めまわし、赤子のように吸う。

 嫌々と言う癖に、俺の頭に腕を回す彼女は荒い息を溢しながらも楽しそうな顔色を見せる。

 

「ほら、カズマさん。おっぱいでちゅよー」

 

「ばぶー」

 

「それはちょっと……」

 

「ちゃーん」

 

 そんな風に俺とエリスがベッドの上で濃密な絡みをしていると、突然ドアが音を立てて開く。

 何奴!? と目を向けると眦を吊り上げ、俺とエリスを睨みつける水の女神がそこにいた。

 

「『クリエイトウォーター』!! ……からの『ピュリフィケーション』!!」

 

「「つめたっっ!!?」」

 

 性行為キャンセル。

 身体に付着していた血やら体液やらが水で流され、浄化される。

 同時に燻り再熱寸前だった情欲の火すらアクアの魔法によって洗い流された。

 

「おまっ、朝から……! さぶっ、さぶぶぶ……!」

 

「ひえっひえっ……カズマさん! 暖を! さむっ、寒いです!」

 

「いつまで乳繰り合っているのよ! 臭っ! 何この匂い! エリスってばどんだけ発情してんのよ! ほらっ、掃除するからさっさとリビングに行きなさいな」

 

「待って下さい先輩。私は臭くなんかありません!」

 

 掃除道具を持った人形を従えるアクアの形相に、渋々と従う俺は反抗的な態度を取る後輩女神を抱き抱えて、リビングで轟々と薪を燃やす暖炉の前へと向かう。

 ソファにはタオルと衣服が置かれ、無言で着替えるとタオルに包まる。

 

「お頭」

 

「なあに。助手君」

 

 寒気に水という悪魔の所業に震えていた体から震えが無くなる頃。

 今日が以前約束していた日では無かっただろうか、と口にするとクリス口調のエリスはピタリと身体の動きを止める。それからゆっくりと凍結解除されるような速度で口を動かす。

 

「本当なら昨日の夜だったんだけど。誰かさんがどこかの先輩とイチャイチャしていたからね」

 

「それはお頭もでは? 何ですか? どちらが悪いかその身体に教えても良いんですよ?」

 

「一応、本番は今日だから。でも急にこんなに雪が降るとはなぁ……。予想外だな」

 

「……もう面倒だし何もかも忘れてエッチな事でもしませんか?」

 

「しないからね? あんなことまでしておいて、やっぱり無しってのは怒るよ」

 

 その後、少し話し合ってから戻ってきたアクアと食卓を囲む。

 いつになく精力的な行動を見せる彼女は、なんと簡易的ながらも朝ごはんを作っていた。

 

「どうしたアクア。お前、そんな感じだったか?」

 

「カズマさん。私は覚醒したの。実はやれば出来る子だったのよ」

 

「アクア……」

 

 ヤれば出来る子になるということなのか。

 性行為によって母性やらがアクアに芽生えたということなのだろうか。

 

「尽くす子ってカズマ好きでしょう? ほら褒めて、褒めてー」

 

「お、おう。偉いな。掃除もしっかりしてて良いと思うぞ」

 

 誉め言葉としては微妙だが、それでも嬉しかったようだ。

 お茶漬けと適当な炒め物を口にしているアクアの成長に感動の涙を見せながら、ふと正面で黙々と料理に舌鼓を打っているエリスに目を向ける。

 姿勢正しく、気品溢れた彼女の姿は、どこかの令嬢に間違えそうな程に美しい。

 

「まさか、エリス様と一緒に朝ごはんを食べる日が来るとは……」

 

「アハハ……。クリスの時にも食べたじゃないですか」

 

「ごめんなさいね。こんな雑な料理で」

 

「いえいえ、美味しいですよ。何と言いますか、幸福の味がします」

 

「ねえ、カズマ。これ作ったの私なんですけど。雑な料理って何?」

 

 半眼を向けるアクアと微笑を向けるエリスが対照的だ。

 そんな和やかな食事を終えると、いつの間にか仲直りをしたのか、或いは既に話を通してあったのか、王城に向かう為に必要な装備やらを整えると屋敷の玄関の前にはアクアとクリスがいた。

 

「あれ、エリス様は?」

 

「ここだよ」

 

「知ってます」

 

 わざわざ手を挙げて主張するクリス、その横に立つアクアが俺に抱擁を迫る。

 正面からの抱擁、頬を擦り合わせ衣服越しに乳房がむにゅりと形を変えたのが分かる程に密着した。ジッと俺を見るクリスから視線を逸らすと安心感を覚える彼女の背中に腕を回す。

 

「ハンカチ持った? チリ紙も……持ってるわね? あとは避妊具とか? そんな事したらシバくから要らないわね。あと、そのマフラーなんか悪魔臭がするわね。臭いわ、カズマ。ちょっと貸しなさいな。キチンと浄化するから」

 

「おい止めろ。それに、俺がそんなにホイホイ手を出す訳ないだろ、何言ってんだ」

 

「カズマさん。そういうのをフラグって言うのよ。大丈夫クラッシャーはクリスに任せてるから」

 

 なんて勝手な話なのだろうか。それでは女が寄り付かなくなるではないか。

 女神はもしかしたら人の心が分からないのかもしれない。

 断固抗議する俺を無視し、アクアはクリスと向き合い、言葉少なに頷く。

 

「それじゃあ、任せたわよ」

 

「はい」

 

「あと、カズマ……。あんたは本当に死にやすくて弱っちいから……」

 

「おい、急になんだよ。人の事をディスるなって」

 

「だから、本当に危なくなったら私の事を呼ぶのよ? そうしたらカズマさんがどこにいたってすぐに駆けつけるんだから!」

 

「はいはい」

 

「私は今回は行かないからね……。あんた達がお城に行っている間、この屋敷の掃除をしないと、めぐみん達が帰ってきたら大変でしょ? こういうのはちゃんとしないとね。あと、報酬は期待してるから!」

 

「へいへい……。じゃあ、あれだ。土産でも楽しみにしてろよ」

 

「しょうがないわね。一番高いお酒を所望するわ!」

 

「オーケー、安酒な。あとは……まあ、うん。良い感じの奴とかな」

 

 少し意外だった。

 何だかんだ言って、自分もついていくと言い出すだろうと思っていたのだが、これまでで最も従順な姿勢を見せる彼女に感動と同時に何か異質さを覚える。

 その違和感の正体を感じ取る前に、俺はアクアと顔を向き合うと、顔の距離が近づく。

 

「――――」

 

「――――」

 

 アクアとのキスは外の寒さを忘れる程に暖かく、優しさに満ち溢れていた。

 恋とは精神疾患の一種だと誰かが言った気がするが、間違いではないのかもしれない。

 以前まではアクアの事をそんな風に見なかったのに、こうして今は進んでキスをするぐらいには、俺の存在に、アクアという女が必要なのだと思い始めていた。

 

「……って、さむっ! ほら、早く出てって。冷たい風が入ってくるでしょ」

 

「おい、少しは雰囲気とか情緒って奴をだな……」

 

「カズマと違ってこっちは厚着じゃないのよ。早く帰って来てね」

 

「こいつ……!」

 

 そのまま彼女と別れ、屋敷の外に出る。

 どこか健気な態度を見せるアクアだったが、外に出る俺たちを速攻で締め出す姿に間違いなくアクアなのだと安堵を覚える。違和感など気のせいだろう。

 

 そうしてクリスを引き連れて、再度屋敷を見上げる。

 

「――――」

 

「助手君? どうかした?」

 

「……いいえ」

 

 二階の窓、こちらに遠慮がちに手を振る存在。

 それを己の双眸で確認すると、小さく手を振り返し、俺は今度こそ歩き出したのだった。

 

 

 




これにて第一部は完結。ここまでお読み頂きありがとうございました。
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