広間はもはや見る影も無かった。
割れた窓からは雪と冷気が広間にあった暖かさを奪っていく。豪と吹き付ける雪風は赤黒い肉へ、死体へと降り掛かり生命が持っていた熱を魂ごと奪い取る。
手足は千切れ、首がボールのように転がり、内臓から腐臭が漂う。
部屋の床は血で塗れ既に殆どの者は死体となり無造作に転がっている。
こんな場所が城の大広間だったと、ほんの数分前まで言葉を繰り広げ、楽し気にパーティーが繰り広げられていたなどと、いったい誰が信じられるのだろうか。
「────ッ!」
金切り声を上げてカズマを抱き締めるアイリス。
少女の身体に寄りかかり、正面から倒れ込むカズマの肉体には力はなく、半開きとなった黒色の瞳には生気が失われている。
右腕は肘から先が吹き飛び、左手は少し別の方向を向いている。
腹部からは赤黒い内臓がまろび出て、身体の中心に出来た刺し傷から血が零れる。
どう考えても致命傷、これだけ血を流して生きている訳がない。
「──! ……、────!!」
死体、肉塊と呼んで良い赤黒いソレを抱き締める少女。
金色の髪も、白い肌も、ドレスも血で濡らし、それを気に留める事なく叫び続ける。叫んで、叫んで、思い出したように王族に備わる青い波動で回復を試みるが、もう意味はない。
誰がどう見てもカズマの肉体からは魂が失われていた。
血の気のない顔や手足、目の前の王女すら映す事の無い虚ろな眼差しは、既に死体のソレである事は誰の目にも明白だった。それでもアイリスは回復を止めようとはしなかった。
「カズマ様カズマ様カズマ様……カズマ、様」
その痛々しい姿に顔をしかめる者も、同情し涙を流す者もいない。
──もう誰もこの広間にはいなかった。
彼女の事を名前とその地位と外見だけしか知らない者も。
彼女の事を外見も中身を知る者も、それ以上を知ろうとする者も。
誰も彼も、男も女も、一人ずつ頭を下げない者以外は、全て容赦なく殺されてしまった。
この大広間に残るのは土下座を続ける貴族を止めた者と、多くの死体と、王女と──、
『────』
──大虐殺を行った冬将軍だけだった。
何を考えているのか、冬の精霊がこの大虐殺を成し遂げたのだ。
アイリスの左手とカズマの命を縫い留めていた白刀を抜いた冬将軍は、先ほどまでの執拗な攻撃性を無くしたかのように、背中を向けて逃げようとする貴族たちへの攻撃を行った。
誰の許しを得て、去ろうとしているのだと無言で伝えているようだった。
死体を抱え床に蹲り泣き叫ぶ少女に見向きする事もなく、モンスターは殺害を続ける。
刀の切れ味を確かめるように、虫けらを消し飛ばすように、息をするように冬の精霊は人を殺し続けた。そうしてプライドも闘争心も何もかも捨てた者以外はもう誰もいなくなった。頭を下ろす相手が主ではなくモンスターである事を咎める者も誰もいない。
殺して殺して殺して殺し尽くして。
あれだけ騒がしかった広間は静寂に静まり返っていた。
このまま何もしなければ冬将軍はそのまま広間から城の外へと出ていくだろう。
地面に転がる虫けらのように、這い蹲って、豪雪という自然の猛威が過ぎ去るのを待てば良い。これはただの天災なのだ。地震が突発的に起こるように、台風が通り過ぎるような自然現象。
──ただの人が、自然現象に勝てる訳が無いのだから。
『────』
暴虐の限りを尽くした冬将軍。
誰のものかも分からぬ死体を踏み躙り、斬撃により外の様子がほぼ丸見えとなった壁に脚を進めていた冬の精霊はピタリと脚を止める。
白い総面から冷気を吐き出し、脚を止めた将軍が目を向けるのは一人の王女。
「ねえ、カズマ様。今度、城下町の方で雪とカボチャを使った催しがあるんですって。一緒に行きませんか?」
「カズマ様。クレアは最初こそあなたの事を忌み嫌っていたけど、最近は随分とあなたの事を信頼していると思うってレインが言ってましたよ。……ふふっ、少し妬けちゃいそうです」
床に腰を下ろし、自らの負傷を気にする事なく亡骸に話し掛ける少女。
この場で唯一誰よりも頭が高い状態となった彼女は平伏する訳でも、立ち上がる訳でもなかった。ただ亡骸の修復を行う王女が冬将軍に対して一切の関心を向けなかった事。
何が問題かと言われたら、精霊に対する礼を尽くさなかった事だろうか。
『────』
「クレア? クレアはどこ……? カズマ様? ……眠いんですか?」
僅かに居合の構えをする冬将軍。
鞘に収めた刀、将軍の左手が鍔を押し白刃の姿を僅かに覗かせる。
「私も……少し眠いです」
僅かに王女の青い瞳がチラリと冬将軍を捉える。
あと数秒の命だ。ほんの数分で行われた残虐な行い。非道な血のパーティー、その終焉の幕は王女の首で下ろされようとしていた。
白い死を前にして、王女が見せるのは絶望でも悲哀でもない、微笑だった。
「────」
人は簡単には壊れない。ただ時には壊れないと生きてはいけない。
遠くを見ていた自分がふと我に返るような瞬間。解き放たれる寸前の殺意を前にほんの微かに瞳に光を灯しながら、しかしカズマの肉体を抱えるアイリスは立ち上がる事は無かった。
武器が無くても、魔法はある。戦う手段はある。
その為に日々の研鑽を繰り返してきたのだから。
だが、それがなんだと言うのだろうか。その時を前にして護るべき臣下も最愛の人も、誰も守れない王女など生きていて良い訳がない。もう諦めてカズマと同じ場所に向かうべきだ。
この話はこれでおしまい。
瞼を閉じて、冬の処刑人にパーティーの閉幕を宣言して貰おう。
鞘から解き放たれる斬撃、それがアイリスの首に届こうとした瞬間だった。
「──まだ終わりではないですよ」
直後響いた金属音、剣同士が生み出す馴染み深い音に瞼を薄く開く。
どこか虚ろなアイリスの瞳、そこには相も変わらず地獄の光景が映り込む。多くの死体と壊れた壁から降り積もる雪。床に座り込んだアイリスの前に、一人の男が立っていた。
爽やかな表情には余裕を見せ、茶髪を冷風に靡かせる。
細く見えるが、しなやかに鍛えられた長身をスーツに包み、手には一本の魔剣を携えている。
その顔立ちはイケメンと呼ばれる類の者で、助けられた女なら胸をときめかせるような造形。地獄に咲く一輪の花のように穏やかな佇まいを見せる。
「申し訳ありません、アイリス様。剣を取ってくる間にこのような事態になるとは……」
「…………」
微かに目を伏せて告げるミツルギ。
それは無残に屠られた命への憐憫と共に、それを行った相手への義憤だった。
あらゆるモノを切り伏せる魔剣グラム、油断なく構える魔剣使いは王女に目だけを向けて微笑み掛ける。その直後、彼女が抱き抱えている相手がカズマである事に気付く。
「……佐藤和真も死んだのか」
「ちがっ……! これは……」
「…………」
顔を上げるアイリスを痛ましい表情で見るミツルギは目を背け、冬将軍に剣を向ける。
武装をしている時間は無かった。武器は魔剣一本のみ。
僅かにでも白刃に斬られればそれが致命傷になる可能性は高いだろう。
「それがどうした……」
ミツルギの瞳に宿るのは使命感。
背後にいる王女の命を守る、その使命に命を賭して剣を握る。
「余裕を持って倒せる、そんな相手ではありません。相手は冬将軍、援軍もすぐに駆け付けてきますので暫しの間、ボクの後ろにいて下さい。大丈夫です、ボクが必ず守ります」
「…………」
「安心して下さい。ボクが来たからにはもう安全です。世界の平和の為に、不条理から多くの人々を守る為にこの剣を振るいなさいとアクア様は仰られた。ボクはその為にここに立っている!」
まるで創作の主人公のような振る舞いを見せるミツルギ。
実際に状況としてはそうなのだろう。強大な敵、味方は大勢が死に至り、城の王姫は紛れもないピンチだ。そこに現れる女神に導かれし勇者という構図の完成だ。
「ボクは勝つ! 魔王と戦った後も多くの敵を葬り去って来た! そしてこれからも! ボクは決して負けない!! ――行くぞ冬将軍。勝つのはこのボクだ……!」
広間の中心で風になる者が衝突する。
魔剣と白刀、武器を握り合う者同士による斬撃が、衝撃波が広間の一角を破壊していく。
+
人生で死ぬ事は一回限りだと、誰が言ったのだろうか。
この異世界に来てからも俺はそれなりに死ぬ事があった。
首を斬られたり、首が折れたり、身体を溶かされたり、身体を上下に真っ二つにされたり、ヒュドラに丸のみで溶かされたり、首を斬られたり、細胞の一欠片も残さずに爆死した事もある。
「ぅぅ……」
思えば首に関する死に方が多かっただろうか。
人体の急所、相手にとって確実な殺害方法として首を狙うのが合理的なのだろう。以前エリスに言われた事もあるが、俺はそれなりに痛みの伴わない、尾を引かない死に方に恵まれたという。
「ぅぁ……!」
だが今回は随分と惨たらしく死んでしまった。
手足はもげ、内臓は飛び出て、王女の前で無様に死んでしまう。さぞかしみっともなかっただろう。アイリスも呆れてしまったのではないのか。
気まぐれに失敗したことへの責任など考えずにさっさと逃げるべきだったのだ。
中途半端に格好つけて死んでしまっては意味が無いだろうに。
「ぁぁぁっっっ!!!?」
そんな事を床にのたうち回り叫びながら思った。
別段痛みは無い。身体をまさぐっても身体から内臓が零れている訳でも腕が無い訳でもない。それでも先ほどの喪失感や痛みの余韻がまるで魂にまで残っているような感覚に俺は襲われていた。
取り敢えず、そろそろ正気に戻らなくてはならない。
涙を流し嗚咽を漏らしていると、いつの間にか誰かに抱き締められている事に気づいた。
「ぁー……?」
「大丈夫です」
「ぁぅ……?」
「もう、大丈夫ですから」
白銀の長髪、ゆったりとした白い羽衣と白皙の肌。
柔らかく温かい少女の身体、出会った頃と変わらない少女が俺を抱き締めていた。
ふんわりとした甘い少女の香りが鼻腔を擽り、大切な物を扱うように背中を摩る掌の感触。正面から俺を抱き締めながら、苦悶と悲哀を青色の瞳に浮かべた姿に俺は息をするように口を開いた。
もう何度も逢った事のある女神、見覚えのある白銀の髪はきっと月光が映えるだろう。
「……エリス様?」
「はい。やっと会えましたね、カズマさん」
「さっきまで、一緒だったじゃないですか」
「ふふっ……。そうですね。ずっと一緒です」
片目を閉じてウインクをする姿はあざとさよりも可愛らしさが勝る。
何よりもこんな至近距離で安堵したかのような笑みを見せるエリスに鼓動が高鳴りを覚える。いつの間にか椅子に座る俺、その膝に真正面から座るエリスとは唇が触れそうになる程に近い。
「その……。ごめんなさい、カズマさん」
「えっ? ……いや、全然重くないですよ。エリス様の体重は凄く軽いですから。それに降りなくて良いですよ。俺と一晩をネットリと過ごした仲じゃないですか」
「ちちち、違います! そうじゃなくてカズマさんの精神状態についてです」
「俺の?」
「はい。……その、本来ならば死ぬ際に何かしらのダメージを受けた方には、ある程度の精神への干渉、それによる鎮静化が行われるのですが……。今回、その鎮静化が上手く効かなかったみたいでしたので私が直接対応する形になってしまいまして、……申し訳ありません」
「いえ、俺としてはエリス様と合法的に触れ合えたので全然オーケーですよ。今後ともこんな風にイチャイチャしたいです」
「そうですか? それでしたら、良かったです」
にっこりと微笑を浮かべる姿は正しく女神だ。
羽根布団のように軽い体躯を俺に預け、失った体温を補充するかのように身体を擦りつけるエリスの姿は見た目相応な可憐さと微笑ましさ、何よりも鼓動が高鳴りを覚えるのを感じた。
「カズマさん、今ドキドキしてますね」
「エリス様とこんなに密着出来てドキドキしない訳ないじゃないですか」
「そうですね。私もドキドキしているんですよ」
「そうですか……」
「触ってみますか?」
「イエス」
これ見よがしな態度を見せるエリスに遠慮なく手を伸ばす。
羽衣の上から触れる女神の乳房、パッドの質感は確認出来ず、しかしながらふにふにとした柔らかさに俺の意識は容易く奪われてしまった。以前の乳肉の感触を思い出そうとする掌の動きに小さく呻くエリスの甘い声音が耳裏に響き、自然と彼女を抱き締める腕に力が籠ると──、
「いやいやいや、そうじゃない!」
「ひゃぁっ!?」
思わず叫んだ俺は現状の事を思い出し、どうにか踏み止まった。
今がどういう状況なのか、何故俺が死んだのかを思い出して女神から手を離す。そうして理性の全てを振り絞り、彼女を椅子に座らせると俺は立ち上がる。
「エリス様。アイリスは? 俺が死んだ後どうなりましたか?」
「…………」
「……エリス様?」
「いえ、なんでもありません。カズマさんが死んだあと冬将軍はアイリスさんを放っておいて、背中を向けて逃げようとする他の貴族の方の殺害を優先しました」
俺から目を背け、虚空に視線を向けるエリス。
その先にアイリスたちが映っているのだろう。文字通りの神視線に俺は喉を鳴らす。俺が見つめる先、女神が語るのは俺の為だけに行われる異世界実況話である。
「あっ、こ、これは……! い、いえ、タイミング良くミツ……? ルギさんが参戦しました! 危なかったですね。ダクネスももうすぐ到着、これは……ギリギリなんとかなりそうですね」
「…………」
断片的な情報を聞かされるというのは中々に辛い。
テレビやラジオのようなものではなく、目の前の光景を見た第三者による主観での説明。別段説明が上手い訳でもない相手による実況・解説は非常に心身を不安にさせる。
「まあ、身体は無いんだけどな」
「あんまりそういう冗談は好きではありません。……あっ!」
「!?」
「い、いえ……大丈夫です。……ぇぇ!?」
「…………」
「冬将軍も強いですねぇ……あっ、ミツ? ルギさんの腕が一本吹き飛びましたよ!」
「マジかよ」
文字通りの神視点を人間は見る事は出来ない。
だからこそ少しでもより多くの情報を得る為に重い口を動かす。
「あの、エリス様」
「はい?」
「どうしてあの時アウリープは冬将軍を召喚出来たんですかね」
「…………」
「複数人のステータスや寿命、あとは多分アウリープ本人のを含めても、そんなに強いモンスターが召喚出来るとは思わなかったんですが」
今更聞いても遅い事だが少しだけ気になった事だ。
俺が指摘した事に対し、思案顔のエリスはチラリと俺に目線を向ける。
「直接的な原因までは分かりませんが……間接的な原因としては色々あるんでしょうね」
「例えば?」
「神器と言っても様々です。そういった中には人間の強い感情に比例して一時的に性能が増幅するといった物もあります」
「あの指輪もそういう類の物だったと?」
「たぶんですが……」
ピンチの時になると覚醒するというお約束展開によくある神器だったのか。
秋刀魚や蛸は畑で取れ、猫は火を吐き空を飛ぶ、そんな異世界なのだ。そういう物があっても不思議ではない。寧ろそんなものよりも幾らでもチートな物も人もゴロゴロといる世界なのだ。
チートでもなんでもない存在は、もはや俺だけではないのだろうか。
「あの時、滅茶苦茶俺の事を睨んでいましたね。どんだけ憎たらしかったんでしょうかね」
「……他には気候も影響していたかと思います」
「気候」
「はい。本来、冬のピークは既に過ぎていて雪は降らない筈なのですが、今年は雪精が非常に活発的となった影響で冬の精霊が発生しやすかった、とかでしょうか」
「……要するに、あんまり良く分かっていない、と」
「ごめんなさい。何かしらの変化が神器に発生していたのは事実ですから、回収できれば何かしらは分かると思うんですが……」
「いえいえ、顔を上げて下さいエリス様!」
悲痛な顔を浮かべて頭を下げるエリスの上体を俺は起こしに掛かる。
確かに何かしらのイレギュラーがあって想定よりも強いモンスターが召喚されてしまった。だがそれが既に過去の出来事だ。何が原因だったかを追究するよりも、今起きている出来事に対処して神器を封印する事が最優先なのだ。
抱き起こすと顔を見られるのが恥ずかしいのか、咄嗟に抱き着いてくるエリス。
「でも、カズマさんが死んでしまって……」
「久しぶりに死にましたけど、まあ今回は歴代で一番痛い死に方でしたけど、そろそろ結構慣れてきたかなって思うので。だから、エリス様もあんまり気に病まないで下さい」
「カズマさん。……ありがとうございます」
僅かに目尻に涙を浮かべる女神は微笑を浮かべる。
そんな儚げで今にも消えてしまいそうな彼女を抱き締めながら俺は頭を掻いた。首元に顔を埋めるエリス、白銀の長髪に手櫛を通すと絹のような滑らかさが心地良さを伝える。
ピクッと身体を震わせるエリスだったが、俺の掌を受け入れたのか髪を触られる事を拒絶しない女神は、俺の背中に手を回し体重を預け無言の抱擁を続ける。
穏やかな時間、死んで何も出来ない自分に与えられるエリスとの抱擁に俺は瞼を閉じる。
「…………」
「…………」
もう、このままで良いのではないのか。
正直に言って、あの冬将軍は魔王よりも強く感じた。無理ゲ―だ。
戦力としてはミツルギにダクネス、城の選りすぐりの騎士たち。小細工を弄する己よりも数と質の揃った戦力が揃っている筈なのだ。今から自分が行って、いったい何になるというのだろうか。
──もう何もかも諦めて、エリスとこうして一緒にいても良いのではないのか。
「カズマさん」
「はい」
「そろそろ彼方に戻る準備をしましょうか」
「ぇ」
そんな弱気になる俺をエリスは許そうとはしなかった。
「いや……いやいや、俺が行ったところで勝てないですよ。対策も思いつかないですし。それに、あんまり愚痴とか言いたくないですけど、俺頑張ったと思いませんか? 柄にもない避難誘導もしましたし、ダクネスじゃないのに将軍の囮になったりして死にましたよ」
「…………」
「ちなみに、ちょっと聞きたいんですけど将軍に毒とかバックスタブって使えるんですか?」
「精霊に奇襲攻撃や毒は効かないでしょうね……間違いなく対応されるかと。仮に成功しても冬の精霊ですから、降ってくる雪を吸収してある程度回復するかと」
ほんの少しだけ苦笑を浮かべるエリス。
「でしょう? なら無理ですよ。ミツルギの腕が飛んだんでしょ? あいつよりステータスで劣る俺が行っても何にもなりませんって。もう無理ですよエリス様。温室育ちが良く頑張ってきましたよ! もうちょっと神様は俺に優しくしてくれても良いんじゃないですかねぇ!」
愚痴り続ける俺に無言で頷く女神。
そんな彼女は、俺の言葉が尽きた後に、一言こう言った。
「でも、アイリスさんを泣かせないと言っていたじゃないですか」
閉口する俺に微笑む白銀の女神。
額を合わせて、竦む心を支えるような言葉をエリスは掛けてくれる。
「確かにカズマさんは物凄い武器も能力も持ってはいません。でも、カズマさんはその状態で多くの敵を倒して、最後には何だかんだ言って勝ってきたじゃないですか」
「────」
「市販の武器や使い捨ての物と頭脳を駆使してあらゆる困難を乗り越えてきたでしょう。世界の危機に陥れた魔王をカズマさんが倒してくれたじゃないですか」
どうして、こんなに信用されているのだろう。
俺はそんな大それた存在ではない。買い被り過ぎにも限度がある。
本当の自分は怠惰で愚かで屑でどうしようもない存在だ。金があったら働かず、食っては眠ってニートを止められない。そんな相手にどうしてこんな優しい言葉をくれるのだろう。
「最後にはカズマさんが倒してくれるって、いつも見ていましたから」
出来るのだろうか。
勝てるのだろうか。あんな怖い相手に。
「私は好きなんです。何の力もない冒険者が困難に打ち勝つ痛快なところが。お姫様を勇者が助ける素敵なところが。だから」
だから。
だから、なんだ。
この女神は、俺にどうして欲しいのだ。俺はどう応えればいい。
「いつかのリベンジです。カズマさんが冬将軍を倒すところを見せて下さい」
今更ながら俺は随分と愚かな存在だと思う。
これだけ言われて、褒められて、求められて、ようやく立ち上がれる。
──ここで立ち上がらなければ、女神が惚れた佐藤和真ではない。
「しょうがねえなああああ!!」
冬の精霊を相手にして、戦う術は未だ思いつかない。
やる気と度胸、そして虚勢を胸に、俺はあの世界へと戻る事になるのだ。
その為にまずは──、
「エリス様が蘇生してくれるんですか?」
「いえ、蘇生魔法を掛けてくれるのは私じゃありません。蘇生魔法を掛けられ次第、いつでも参戦出来るように支援魔法と此方から送り出す準備を進めておきますね。『パワード』!」
「ん? じゃあ誰が」
「……さっきちゃんと呼んでいたじゃないですか。『ヘイスト』!」
含みを帯びた笑みを見せるエリス。
クスクスと笑いながら支援魔法を掛けてくれる白銀の少女の言葉、その意味が分からない俺に。
≪カズマさーん! カズマさーん!!≫
――有り得ない筈の声音が俺の耳に届いた。