声が、した。
「わ。いきなりグロな空間に来ちゃったんですけど。やだーSAN値チェック入っちゃう」
場にそぐわぬ能天気な声音が、戦場と化した広間に、膝を付いたままの王女に届く。
水色の髪の毛は川のように滑らかに揺れ動き、髪と同じ色合いの羽衣と白磁の肌、そして肌身に感じる神気は見る者全てにその存在を鮮明に脳に刻み付ける。
その美貌は美醜を語る事すらおこがましい絶世の美少女。
青色のガラスのような瞳はどこまでも澄み切った海のように鮮やかだ。
まるで地獄に現れたオアシスのように、王女のすぐ傍に現れた水の女神。
突然現れたアクアは、独り言を告げると己の身体を腕で抱きながら周囲を見渡す。
「しかも寒いし……。王城ってこんなスプラッタな場所だったかしら。ハロウィン?」
水の瞳が捉えるのは眼前で広がる光景は瞬きを繰り返しても変わらない。煌びやかなパーティーが開かれていたであろう大広間、そこにあるのは血と埃と雪だ。
もはや広間どころか、室内としての機能が失われた空間は横の壁が殆ど失われている。
窓はガラスどころか周囲の壁ごと吹き飛び、城壁は斬撃の嵐に意味を失っている。
外の豪雪、肌に染みる冷風と空から降り続ける雪を隔てる物は何もない。これでは外にいるのと何も変わらないが、冷風が周囲に散らばる死体の鮮度を保っているのは運が良かった。
そして雪の降り掛かった死体、手足の散らばった床を気にせず戦うのは一人の男とモンスターだ。魔剣の勇者ミツルギと対峙する冬将軍は、もはや他の事を気にする必要が無い程に戦闘に熱中しているように思える。
光が、迸った。
白刀と魔剣がぶつかる度に澄んだ金属音が周囲に響く。
剣の舞と呼べるような戦い、それも既に終わりが見えていた。
括目せざるを得ない冬将軍の剣技、それに対し、片腕をどこかに置いてきたのか疲労を顔に見せ始めたミツルギは片手のみで戦っている。
止血の暇はなく、身体をどこか不自然に揺らしながら魔剣使いは懸命に戦っていた。
使命に魂を燃やし、人々を救う勇者として。
それでも、いつかは人間として限界がくる。経験を積んでも出血を続ければ人は死ぬ。
剣技の合間にも血を周囲に振り撒くミツルギも、僅かに身体を揺らす。
ほんの僅か、それを冬将軍は隙として捉え、眼前の敵の首へと一撃必殺の刃を振るう。
「――『デコイ』!!」
勇者の死、それがスキルによって回避される。
男に振るわれる凶刃、確殺に至る死を防ぐのは人類最高峰の防御力を持つ女だ。
クルセイダーによるスキルは白刃の軌道を男の首ではなく、スキルを使用した女へと向かわせる。咄嗟に上げた腕を守る籠手へと刀は吸い込まれ、僅かな血と鉄の破片が周囲に飛び散る。
「ああ!? こっちも壊れた!」
女の悲鳴は痛みによる物ではない。ただ防具が破損した事による驚愕の声だ。
ドレス姿に、そこら辺で拾った籠手と剣を手にしたダクネスは凛々しい眼差しを相手に向ける。
雪風に晒されて、なおかつ冬将軍の剣舞による攻撃は、もう幾度も繰り返された。
この奇妙な戦線が保たれているのは、紛れもないダクネスの防御力の高さによる物だ。仲間を守る騎士の鏡、何も知らない人物がダクネスを見たら、その満身創痍な姿に息を呑むだろう。
「……貴様、そんなにまで私を裸に剥きたいのか。こんな公衆の面前で」
ダクネスの援護が無ければ、既に重症のミツルギはその命をエリスの元へ送っただろう。
ただ、代償として戦闘の余波で彼女が身に纏っていたドレスはボロボロ、平時ならば男共の視線に晒されただろう、白い乙女の柔肌に薄く赤い血が滲んだ彼女の姿が広間に晒される。
裂傷を血で滲ませながらも口端を歪めるダクネスは平常運転だ。
「はぁ……はぁ……。そんな攻撃で私を好きに出来ると思うなよ。今の私はあの頃とは違う。もう頭を下げるなどという屈辱よりも……、じわじわとドレスが千切れあられもない姿を男共の下種な視線に晒すシチュエーション。んッ……何てことだ。今の状況、意外と悪くない!!」
戦闘状況はおおよそ把握出来た。
取り敢えず、アクアに分かる事は、ダクネスはもう手遅れだという事だけだ。
「……うーん、『ハイネスヒール』! ついでに『パワード』! 『プロテクション』!」
「!? ……アクア様! 来てくださったのですね!」
「えっ、あ、はい。あの、頑張って下さい」
「はい! ありがとうございます! う、ぉぉおおおお!!」
「アクア!? 来てたのか……!」
「チャンスよダクネス! 地味で影の薄い貴方が活躍出来る唯一の見せ場じゃない! もっと真面目に頑張りなさいな! ……ちょっとこっちに来ないでってば、冬将軍はあっちよ。ねえってば」
状況はギリギリながらもダクネスとミツルギで拮抗している。
そう判断すると、此方を見上げている王女を、アクアは見下ろす。
正確には彼女が抱き抱える、魂の抜けた最弱職の男、その亡骸に目を向ける。
黄金を溶かしたような髪は血で濡れ、白い肌は死人のように青ざめている。
左手からは出血が止まらず、何よりも青色の瞳はカズマを見ながらもどこか空虚だ。
「『セイクリッド・ハイネスヒール』」
「ぁ……」
「そこそこカズマも治っているじゃない。でも自分の怪我も治さないとアイリスも死ぬわよ?」
「…………どうして」
「なーに?」
「どうして、ここにいるんですか?」
「カズマが呼んだでしょ、死ぬ寸前に私の名前を呼んだでしょ? だから来たの」
「……!」
突然の出来事に戸惑うアイリスは、しかし遺体を庇い敵を見るような眼差しで睨みつける。そんな彼女を安心させるかのように小さく微笑む水の女神はアイリスの目の前で屈みこむ。
彼女は、王女の目の前で死んだ男に回復魔法を掛けながら、衣服を漁り、ある物を取り出す。
「カズマってば、大口叩いて結局私がいないと駄目なんだから……」
「何を……」
「大丈夫よ。私は、カズマにも貴方にも、危害は加えない」
「…………」
「呼んだ直後に死なれたから、どこに飛べば良いかちょっと焦ったけど……」
「……メダル、ですか?」
「そ。私由来の特別なメダル、カズマはちゃんと持ってたからコレを起点にここに来たのよ」
スーツの裏ポケット、そこから転がるのは小さな青色のメダルだ。
どこにでもあるようで、中々見つからない希少価値のある由緒正しき小さなメダル。
「欲しい? 欲しくない訳がないわよね。まあ、あげるには条件があるけど」
「条件?」
周囲の絶望的な空気など知った事ではない。
絶対的絶望を覆す、そんな理不尽で圧倒的な神は王女に微笑む。
――パン、と肉を叩く音がした。
「現実を見なさいな」
「は、ぇ?」
「カズマさんは死んでる。ブツブツと現実逃避している場合じゃないでしょ」
「――――」
呆然と熱を持つ頬に触れるアイリスは瞳を揺らす。
叩いた掌を揺らしながら、遺体の損傷の修復を行うアクアは水色の瞳を王女に向ける。
「良い? コレはカズマじゃないの。魂はもうここにはいなくて、コレはただの死体」
「――――」
「あんたが悔やんでも泣いても、カズマさんは死んじゃったの。それを認めなさいな」
すぐ近くで聞こえる喧騒、戦闘の音が遠くに聞こえる。
それらの全てを無視してアクアの水色の瞳が、アイリスの青色の瞳を見つめる。
一瞬の交錯する瞳、先に目を伏せたのは王女の方だった。
「……私の、所為なんです。私がもっと強かったら、カズマ様は死なずに済んだのに」
「…………」
「私よりも弱くて、でも勇敢なカズマ様のお陰で多くの命が救われた。でも、私はそんな彼を目の前で……、何も出来なかった。カズマ様を守れなかった……」
それは神へ行われる懺悔だ。
後悔と絶望、枯れた筈の涙が再び頬を伝う。それでもカズマを見つめる瞳は遠くへと向かう事は無い。多くの騎士を、民を死なせて、クレアも死なせて、カズマも死なせた愚かな自分。
死んだ責任は全てアイリスにあると、そう告げる王女をアクアは笑う。
「そんな訳ないじゃない。カズマがどれだけ死にやすいか、アイリスは知らないでしょ」
「ぇ……」
「まあ、どうせ恰好付けて話しているんでしょうけどね。カズマなんてスペランカーみたいにポコポコ死んでいるのよ。みみっちいスキルを数だけ身に着けて、でも調子に乗ってそこら辺にある階段で躓いて死んじゃう。それがカズマなの」
「それは……!」
「だから、カズマが死んだからってアイリスの責任じゃないわ。カズマが死んだ、それだけよ」
「――――」
責任云々など語っても仕方がない事だ。
誰が悪いかなど言われても、間違いなくアイリスではない。無駄に気負って、他人の死は己が守れなかったからと苦しまれたら、その人の死はいったい何だったのだろうか。
アクアの言いたい事は分かる。
ただ、それでもと苦悶の表情を浮かべる王女の頭に女神は手を置く。
「……アイリスは良い子ね」
「アクア、様?」
「アイリス。カズマは私が蘇生するから。なら、アイリスが今行う事は何?」
水の女神が問う。王女がするべき事は何か。
後悔するなとは言わない。ただここで現実逃避を続けるのか。自分を責めるだけなのか。
アクアの言葉に、アイリスの青色の瞳に波紋が生じる。
唇を震わせ、アイリスが何事か、辛い現実に引き戻したアクアへと、言葉を紡ごうとして。
「アイリスさん」
差し出されるのは王家の秘宝、脈々と血を受け継いだ者にのみ使用できる宝剣。
王女へと差し出すのはメイド服を着た白銀の少女。二対の視線を受け、頬の傷を掻く盗賊娘はどこか気まずそうな顔で告げる。
「いやあ、宝物庫から取ってくるのに手間取っちゃった」
「はー、これだからエリスは駄目なのよ。パッドだし」
「ちょっと待って下さい! パッドは関係ないのでは!?」
「というか、そっちは大丈夫なの?」
「……それに関しては問題ありません。先輩の準備が出来たらすぐにでも可能ですよ」
差し出された宝剣、それを手に取るアイリス。
弱々しいながらも王女の手が、剣を受け取り、女神の言葉に立ち上がる。
「アクア様。ありがとうございます」
「良いのよ。後で美味しいお酒でも恵んで頂戴。高級だと凄く良いわね!」
「分かりました。それとカズマ様と致した事について詳しくお聞きしたいです」
「……あれ、あたしは?」
「クリス様は大丈夫です」
「……あ、そ」
「あら~? エリスってばアイリスに嫌われてるんですけどー! プークスクス」
「まあ、今はいいや! あの子も分かっただろうし。先輩は蘇生魔法を急いで下さい。それだけが取り柄ですよね?」
「急いでるわよ。……ていうか、今なんか言った?」
「何も」
軽口を叩き合う女神を尻目に王女は剣を構える。
遠目ながらも既にアイリスの存在を知覚しているのか、冬将軍は僅かに此方にも意識を割いている。隙は無く、自らの手でこじ開けて、退治するしかないのだ。
青髪の女神にも、此方を見て微笑を浮かべる銀髪の泥棒にも。
彼女たちには言いたいことが色々ある。ただ、今は、それらをねじ伏せて、まずは――、
「冬将軍を倒してきます!」
+
《カズマさーん! はやく来てー!》
空気を読まない間の抜けた声音が暗い空間を切り裂く。
聞こえる筈の無いその声は、鬱屈とした状況を照らす女神による物だ。
どこか切羽詰まった、きっと何とかしてくれるという思考を放棄した少女の声色が鼓膜を震わせる度に、俺の心に宿っていた昏い物が水のように流されていくのを感じた。
エリスに支援魔法を掛けて貰いながら、何となしに手が触れるのは最後に彼女と触れた唇。
僅かにざらついたその感触に、残る物は何もない。
ほんの数日前、彼女と、アクアと別れてからほんの二日程度しか経過していない。
ホームシックになるにしてもあの水の女神に哀愁を抱くには早すぎる。
体感時間的には数日というよりはまるで一月が経過したかのような、そんな感覚が胸中に押し寄せた事に俺は思わず眉を顰め、それをエリスに見透かしたような面持ちで告げられる。
「カズマさん、口元が緩んでますよ。『プロテクション』!」
「そんな事ある訳ないじゃないですか」
「呼んだら健気に応じてくれる、そんなところがちょっと可愛いんじゃないですか?」
可愛い訳がないし、あの女神に健気という辞書があるのだろうか。
呼んだつもりはなく勝手に家の留守番を止めたアイツには説教を食らわせてやりたい。
にこにことエリスは微笑を俺に向ける。
何が楽しいのか、何となく人の胸中を読んでいそうな幸運の女神。支援魔法が掛けられていくのを肌身に感じながら俺はエリスに話し掛ける。
「よくもまあ、俺を蘇生出来たなって思いますよ。あの場所って相当な激戦地ですよね」
「ダクネスも参戦して冬将軍の攻撃を引き受けてくれていますから。以前よりも更に硬くなりましたからね、アクア先輩の支援魔法込みですが、もう防具が必要ないんじゃないかってぐらいに。冬将軍の顔は見れないですが戸惑っているのは分かりました」
冬将軍が驚くほどの防御力を誇る女など、ダクネス以外にいるものか。
アクセルの街どころか、世界で最も硬い女である事は疑いようがないだろう。
「それにアイリスさんも参戦しましたよ。これで最悪の状況からは立て直せましたね」
「アイリスも……」
彼女の言葉に脳裏を過るのは、死ぬ寸前の光景。
刀に貫かれた俺に手を伸ばそうとする返り血を浴びた金髪少女の悲哀に満ちた顔。
彼女も苦しかったのだろう。悲しかったのだろう。
それでも剣を取って戦っているのだろう。ダクネスと共にアイリスも戦っている。憂慮する表情すら美しかった彼女が剣を手に戦っているのだ。
ならば、どうして俺が戦いに行かない道理があるのだろうか。今すぐ行くべきだろう。
「────」
エリスに目を向けると何かを期待するような面持ちで俺と目を合わせる。
青色の澄み切った瞳は、まるで勇者か英雄を見るようにキラキラと輝いて見えた。そんな彼女の眼差し、それを向けられる自分自身に対して思わず鼻で笑ってしまう。
「……このまま行っても、たぶん首チョンパされてすぐに戻って来ますよ。期待されても何の作戦もありませんから。このまま俺が行く意味ってあります?」
「────」
口ではどうとでも言えるのだ。
ただ、実際には無力な自分にはあのモンスターをどうこう出来るとも思えない。何の作戦も、何の武器も持たない冒険者がどうすれば勝つ事が出来るのか。
「では、一つ助言を。先輩があの場にいる以上、冬将軍の弱体化は可能でしょう」
「……魔王だけじゃなかったんですか?」
「今の先輩でしたら通常のモンスターだけではなく精霊に対しても同様の事は出来ます。実は先輩ってカズマさんが思う以上に凄い方なんですよ?」
エリスの語る先輩、つまりアクアの事だが現在の彼女は魔王討伐以前に対して枷となっていたらしい力の全てを扱う事が出来るらしい。通常下界に降臨する場合、多少の力は制限するらしいが、アクアはそういった規則を無視しているという。
それだけ膨大な力を、チートと呼べる程に持っているのに普段がアレだから残念女神なのだ。
「あいつが出来る弱体化は身体能力低下とかですか?」
「回復阻害と魔法抵抗力の低下などが主ですね。……この魔法抵抗力の低下がヒントになると思うんです」
魔法抵抗力の低下、即ち魔法に関するスキル攻撃が通りやすくなるという事だ。
数多のスキルを所有する俺だが、将軍を撃破出来る魔法スキルを所有していただろうか。一体何が有効なのかと考えて、エリスの聡明さに思わず拍手する。
「……テレポートで紅魔の里に送って、里の人達に倒して貰うとかですか。流石ですねエリス様」
「違います! 流石にそれは里の方も困りますし、私が先ほど何て言ったか忘れたんですか!」
関係ないが美少女は怒っても美少女だ。特に女神は。
白銀の長髪を揺らし、俺に手をかざす彼女は怒りながら支援魔法を続ける。
「冗談ですよ。取り敢えず何とかなりそうです」
「それは良かったです。では……」
パチンと指を鳴らすエリス、突然俺の背後に出現するのは白い扉だ。
俺が何度も死ぬ度にアクアに蘇生されて、彼方へ戻る時に出現する見慣れた扉。
《カズマさーん! ねえ、聞いてる? ねえ!》
思わず苦笑するような緊張感のないアクアの声。
エリスと顔を見合わせると、雪が解けるような柔らかい微笑を彼女は浮かべる。開かれた純白の扉、その先へと進もうとする俺の手を掴む白銀の女神。
「……これで最後の支援魔法です。幸運の女神の名において祝福を! 『ブレッシング』!!」
幸運の女神、エリスから直々に掛けられた支援魔法。
チートにも近しい高い数値を誇る俺の幸運、それが反則気味に高められる。じんわりと身体に感じる彼女からの支援魔法に感謝していると、俺を抱き締めてくるエリスと一瞬見つめ合う。
「助手君」
気が付くと俺とエリスの唇が触れ合っていた。
親友がするような、親愛と友愛の籠った唇が重なり合うだけのキス。
艶やかな唇の感触、伝わってくる心地良さは支援魔法以上に俺の心を満たす。
名残惜し気な表情はきっと俺もしていたに違いない。それでもそっと胸板を押して優し気に微笑む姿は正しく人類を支え導く女神に相応しい。
言葉を紡ぐ事すら惜しいと感じる数秒間は、遠くから届く声に終わりをもたらされる。
《カズマさーん! カズマさーん! はやくきてー! はやくきてー!》
…………。
唇を離して見つめ合った俺とエリスはどちらともなく笑った。
「んじゃ! いってきます!」
今度こそ俺は彼女の視線を背中へ受けながら、走り出す。
一度目は敗北した。完膚なきまで叩きのめされて惨たらしく殺された。
それが何だと言うのだろうか。
一度負けても次に勝てば良いだけで、今更恰好付ける意味はない。
俺は俺の事を良く知っている。
スキルもステータスも性格も、何もかも。
物語に出てくる勇者のような真正面から戦う勇猛果敢な男ではないのだから。
アイリスの前だから、どこか恰好付けていたのだろう。
王女の前だから、婚約者の前だから、そんな似合わない真似はやめだ。
俺の名前は何だ。俺は誰だ。
そう、俺の名前は佐藤和真。魔王を討伐した冒険者、最強の最弱職である。
「――いってらっしゃい」
小さくも確かに届いた言葉に、返す言葉は無かった。
純白の扉を前にして、彼女の声援を受けて振り返る事は無かった。
ただ、今度は勝つ。必ず。
それだけを胸に、俺は扉を抜けた光の中を駆け抜けて――。