――ざわざわと周囲の喧騒に耳を澄ませる。
壁に背中を預ける俺は周囲の人々に目を向ける。城の大広間、そこには大勢の死人だった人々がいた。まるで時間を巻き戻したかのように、多くの貴族達がそこにいた。
ただパーティーが開かれている訳ではなく、彼らがその手に持つのは腕や脚と血生臭い。
取り敢えず戦いは終わり、今はその後処理中。
とはいえ、魔力も無い最弱職に出来る事は無く、仲間の背中を遠く見守るだけだ。
なにせ先ほど冬将軍の最後の一撃に首チョンパされたばかりなのだ。既に天界に帰還していたエリスと顔を合わせ、アクアに蘇生されて、ほぼ半裸のダクネスに壁際にまで運ばれたのだ。
「目覚めましたか?」
「……貴方が、アクア様ですか」
「ええ、そうです。先ほどエリスという私の後輩に逢いましたよね? そう、私こそが本物の女神、水の女神なのです」
「おお、ありがとうございます、ありがとうございます、エリス様。アクア様にも、感謝を」
「ええ、礼なんて良いわよ。ただちょっとこの用紙にサインして頂けるかしら?」
水の女神アクアが行う蘇生魔法は間違いなく強力な代物だ。
聞くところによると王都の高名なプリーストの更に熟練した者しか後遺症もなしに蘇生させるという高等魔法は出来ないらしい。
本来ならばアクアの話など鼻で笑うだろうが、少し前まで手足は吹き飛び、首がもげるような惨殺の後だからか、彼女の話術や性格も相まって思ったよりも受け入れられている。
意外にもアクシズ教への入会希望書にサインをするのは本当に僅かながら存在するが、疲労の為に書類を破きに向かう事も叱る事も厳しい状況だ。
現在、アクアとエリスによる冬将軍に殺された者の蘇生が行われている。
遺体は雪で冷やされていた事や死んだ直後である事を考慮しても、斬撃により吹き飛んだバラバラの手足を遺体として復活、更に蘇生魔法という手間がある為、それなりに時間が経過している。
「おい、これってマクセル卿の脚じゃないか?」
「ならこっちのはグレイラット卿の方か。その足枷ってあの人のじゃないのか」
「アクア様! 次の方をお願い致します」
「はいはーい」
ただ、あまり悲観的な状況ではない。
このような状況下では流石に文句も言わずに黙々と蘇生を行うアクア、そしてきっと後で苦労するのだろう天界にいるエリスの尽力により、復活した貴族、そして兵士たちが率先して同胞の手足を運ぶなりして行動しているのだ。
脅威を前に、プライドも何もかもかなぐり捨てて一丸となった彼らの姿は中々に好ましい。
絵面としては中々にグロな光景ではあるが。
「カズマ様」
「アイリス」
そんな光景を壁の染みと同化するように見ていると一人の少女が俺の隣に来る。
どこか物憂げな表情ながら怪我はなく、血で少し汚れた以外に特に変わりない姿を見せるアイリスに隣を進めると、俺の身体に密着するようにして王女は広間の床に腰を下ろす。
急遽支給された毛布を持ってくる彼女に湯気の立つ飲み物を渡す。
「お疲れ」
「いえ、カズマ様こそお疲れ様です。寝ていても良かったんですよ?」
「いやいや、流石にこの状況下で一人で寝に行くのはちょっと……」
普段ならば周囲の空気も目線も無視出来るが、俺の隣にいる金髪碧眼の美少女が働いている中、一人ベッドのある空間に向かうというのも如何な物だろうか。
そんな訳でスーツはボロボロ、武装は破損したまま、俺は彼女の作業が終わるのも見ていた。
「というか、王女なんだから別に働かなくても良いんじゃないか」
「いえ、そんな訳には参りません。あまり活躍出来ませんでしたし、せめてこれぐらいは、と」
王女は動けない俺に代わり、戦闘終了後も遺体の回収や回復を率先して行っていた。
王族自らが行動する、それに心打たれた貴族も多いのだろう、こうしてある程度の数、復活する貴族が増えて人手が足りて来たところで俺の元へと脚を進めたのだろう。
「……失礼します」
「ん?」
謙遜するアイリスは毛布を膝元に掛け、そっと俺の腕を手に取ると胸に抱き抱える。
ふにふにとした柔肉の感触を腕に感じながら、じんわりとアイリスの熱を覚える。
抱き枕を抱えるかのように、繊細な手つきでガラス細工に触れるように俺の腕を彼女は抱く。
「どうした?」
「駄目、でしたか?」
「駄目じゃないです」
「…………」
基本的に他人の目線など気にしないが、流石に周囲の目もある。
アイリスの事を考えるとこういった触れ合いもせめて人気の無い所でするべきなのだろうが、断ろうとする素振りを見せると途端に死にそうな顔を見せるアイリス。
そもそも王族のスキンシップを断るなど万死に値する。ならば仕方がない。
ちょうど両脇に誰もおらず、少し肌寒かったのだから。
「アイリスはあったかいな。あと柔らかい」
「カズマ様は冷たくないですね」
「え? ああ、そうだろ。さっきまた死んでたからな。漸く身体が温まってきたわー」
「……本当に温かいです」
恋人のように指を絡めて腕を抱き、安堵の吐息をする彼女の横顔は随分と大人びて見える。
時間にして数十分程度、それだけで事態は目まぐるしく動いたのだ。戦闘も含めてきっと多くの経験を得て、きっとそれ以上に疲れたのだろうと判断する。
――冬将軍を撃破してから約一時間が経過していた。
中空にいた将軍を爆裂魔法で倒しはしたが、思った以上に火力が出てしまった。冒険者のステータス、魔力など本当に大した事はない。だが女神による支援魔法と超高純度のマナタイトによる爆裂魔法は思った以上の火力が出てしまった。
避難していた事で死者はいないが、塔の一部と城の壁、ついでに城壁が少し消し飛んだ。
めぐみんが散々爆裂魔法を使った事でどれだけの被害が生じたかを知っているからこそ最低限の被害に収める事は出来たと思うが、それでも被害はそれなりに大きい。
手にした冒険者カードには確かに冬将軍を撃破した旨のメッセージが表示されている。
貴族を大虐殺したモンスターを滅ぼしたのだ、何とかなるだろう。なって欲しい。
「ちなみにコレって被害請求とかきちゃう……?」
「確かにお城はそこそこの被害を被りましたが主犯も捕まえられましたので、そんな事はしないと思います。たぶんですが。だから、そんな青白い顔をしなくても大丈夫ですよ」
「ちょっと血が足りないだけだから」
今回の戦いは死傷者0という扱いである。
確かに多くの人間が死にはしたが、その後に一人も漏れなくアクアに蘇生されている。死んで逃げられると思ったら間違いだ。既にアウリープも蘇生させ兵士たちに連れて行かれた。
「城の壁の修繕なら多分世界で一番上手い奴がいるから任せてくれ」
「本当ですか!? それは良かったです。代々受け継がれてきた伝統あるお城ですから」
城の壁の修理なら多分アクアでもなんとかなるだろう。
酒を積んで交渉すれば一週間もしないで修復は出来る筈だ。以前魔王軍との戦い、その最前線の砦の壁を数日で強靭な物にした女神の力は本物だ。
「いや、まあ……。装飾品とかは弁償させてくれ。壊れた物とかあったらだが」
「カズマ様がそう仰るなら……」
そんな会話をしながら俺はそろそろ彼女を連れて広間を出るかを検討していた。
確かに爆裂魔法を始めとした様々な被害の爪痕が城には残ったが、別にインフラ関係が壊れたかというとそうでもない。居住スペースは問題無く、公的な場所が少し吹き飛んだだけなのだから。
「もう少しだけこうしていても良いですか?」
「おう、勿論」
とはいえ、彼女の感触と体温をもう少しだけ感じていても良いだろう。
後処理や諸々の後片付けはダクネスや復活したクレアやレイン達貴族が対応してくれる筈だ。こういう時は明日の自分に任せて、風呂に入って、ぐっすりと眠ってしまいたい。
「アクア様は……凄いですね」
「え? まあ、魔力と回復魔法の腕だけは確かだからな。腕だけは」
他人から見ると外面の良さと回復魔法の腕の確かさに驚くのは当然だ。そして知るにつれて、その中身や、アクシズ教の御神体である事を知ってげんなりするまでがセットだ。
「私も……いえ、それよりもカズマ様」
「どうしたー」
「私は、その……カズマ様が好きです」
「おう。相思相愛だな」
「はい!」
此方を向いてニコリと笑みを浮かべるアイリス。可愛い。
周囲には今もなお動いている貴族や休んでいる貴族がいる中で、イチャイチャする俺とアイリスに文句を言う者はいない。近しい者は現在進行形で忙しく、最弱職と体温を分かち合う王女の周囲は空気を読んでか誰もいない。
だから、彼女の柔らかな声音はよく聞こえた。
「相思相愛って言いながら、アクア様やクリスさんに手を出したカズマ様ですけど」
「ちなみに……三人とも俺の物という事にしたいと思ってます」
どさくさに紛れて三股宣言をする俺に半眼を向けるアイリス。
見つめ合うと、半眼ながらも長い睫毛やきめ細かな白い肌と長い金髪は触れたくなる程に美しい。キスしてしまいそうな距離感に鼓動が高鳴りを覚えながら、彼女の反応を待つ。
「……増えたりするんですか」
「そんな増殖したりなんてしないから」
「本当に?」
「はい」
「ふーん……」
自身の金髪に指を入れていたアイリスは、小首を傾げて俺を見る。
小悪魔のような眼差し、しかし青色の瞳には俺に対する強い信頼が浮かんでいて。
自分で言いながら下種な思考に頭が痛い。
ハーレムと口にしていながらも実際にする度胸は無かった。何だかんだ言って日本で過ごした俺の価値観的に一途に一人の人間だけを愛していくんだろうなと内心ではそう思っていた。
しかしアイリスへの想いはそのままに、女神への想いも大きい物となって心に残った。
だから屑と言われても開き直った俺はもう決めてしまった。
実に見苦しい事なのだが、どちらも手に入れてしまいたいな、と。
無論、アイリスが断ればそれで終わりの話だ。
ドン引きされるか、或いは失望を瞳に宿して俺を見るかもしれない。土下座して説得を試みるつもりだが、それでも駄目なら何かしらの方法で謝罪はするつもりだ。
そんな事を考えて必死に頭を回す俺をジッと見るアイリス。
輝く双眸は俺を見て何を考えているのか、俺の手を握る彼女の言葉を待つ。
「カズマ様」
「はい」
「……話は変わるのですが、明日の朝刊が楽しみなんです」
「…………あれ!?」
唐突な話題転換。何がどうして新聞の話になるのか。
剛腕な王族だからってそんな強引な話題転換が許されるのだろうか。
俺の反応を余所に、あっさりとした表情のアイリスは別の話題を続ける。
「本当なら、本日のパーティーの最後に大々的に発表しようと思っていたのですが」
「ん?」
「国の重鎮や他国の来賓の方も招待してサプライズするつもりでしたが、今回冬将軍を始めとしたサプライズを逆に私が受けてしまいました。台無しにされて私は怒ってます」
「それは……悪かった。ただ俺もクレアもアイリスを巻き込みたくなくて」
サプライズに失敗してイラっとする気持ちは分からなくもない。
ただ、いったいどうしてこのタイミングでそんな話をするのだろうか。アイリスは決して俺をおちょくったりするような意地の悪い少女ではない。だから、なおさら、意味が分からない。
毛布に包まれる中で、俺の手を握る少女の手は柔らかい。
ただ、彼女は急に何を言い出したのかと困惑に眉を顰める俺を見ながら王女は続ける。
「だからサプライズは無しで先ほど国から正式に公表しました。国内や国外に、新聞や魔水晶を通じて同盟国や関係諸国、全ての街や、ギルドに、多くの人に、キチンと伝える事にしました」
「何て……?」
話題が唐突に変わり過ぎて咄嗟に頭が回らない。
目を白黒とする俺にくすりと微笑を浮かべる王女は艶やかな唇を震わせる。
その一言こそ、俺の理解を本当に置き去りにしたもので――。
「――ベルゼルグ・スタイリッシュ・ソード・アイリスは、冒険者サトウカズマを婿とする、と」