※この作品はR-18です。

最強の最弱職、王女に手を出す   作:毒蛇

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第四十三話 衝突

 ――開口一番にその少女が言った。

 

「私がアクセルの街に行ったら、屋敷に誰もいないじゃないですか」

 

 城内の廊下、窓から見える景色は雪と面白い形に穴の出来た城壁。

 いったい誰がそんな事をしたのか、破壊の爪痕が残る建物は隙間風が肌に刺さるような気がして視線を窓から隣を歩く黒髪の美少女に目を向ける。

 

 絹のように滑らかで普段から手入れが施されている濡羽色の長髪。

 独特のローブは紅魔族の里でしか手に入らない特注品、トンガリ帽子は魔法使いの証。マナタイトを豊富に使用した杖をしっかりと持つ彼女は荷物を背負い普段通りの様子で俺に話し掛ける。

 

「帰省から戻り屋敷で二日程待っていたのですが誰も来ないじゃないですか。ダクネスやカズマはともかく、アクアもいったいどこに行ってしまったのだろうかと」

 

「…………」 

 

「せめてメモの一つくらいは残して欲しかったです。心配しましたからね」

 

「それは悪かった」

 

「というか、用事ってこの事だったんですね。城で舞踏会なんてカズマも出世しましたね」

 

「いや、悪かったよ。あと、俺はともかくアクアに関しては気づいたらいたというか……」

 

「いえいえ、良いんですよ。まさか私が屋敷で一人寂しくしている間、アクアもダクネスもこっちで楽しく過ごしているなんて思わないじゃないですか。それにカズマの事ですから、また一か月以上帰ってこない可能性も高いですから」

 

「…………」

 

 ネチネチと俺に小言を呟いてくるのは俺のパーティーメンバーの一人、めぐみんだ。

 すっかり忘れていたが、紅魔の里に帰省するついでにその優秀な頭脳を活かしてゆんゆんの仕事のサポートを行っていた。

 それが終わるのがちょうど城の舞踏会から数日程度と聞いていた事を思い出す。

 同時に、胸中に抱き始めた違和感を誤魔化すべく彼女に首を振る。

 

「で、そっちはどうだったんだ」

 

「どうもこうも余裕でしたよ。あの子も以前と違ってそれなりに受け入れられるようになりましたし、何より私の頭脳明晰な働きによってゆんゆんの長としての引継も順調に進みました」

 

「ほーん……」

 

 適当な雑談、白々しい会話の一連に高鳴る鼓動。

 何故か無言のままでいるアイリスを背後に、俺とめぐみんはとある部屋に辿り着く。

 

 扉を開けるとテーブルゲームに興じるアクアとダクネスがいた。

 

「ねえ、ダクネス。今のテレポートは狡いと思うの。もう一回しない?」

 

「そう言ってもう五回目だぞ。アクアも同じ戦略ばかり……おや?」

 

「あっ来たのね。めぐみん。おかーえり」

 

「……ただいま帰りましたよ。アクア、ダクネス」

 

「めぐみん。私に会いたかった? 寂しかった?」

 

「ええ、アクアが騒がしくしないと中々に寂しいですからね。勿論、会いたかったですよ」

 

「めぐみん……! めぐみんは良い子ね。それに比べてダクネスは手加減もしない駄目な子」

 

「お、おい。勝負は正々堂々と言ったのはアクアじゃないか。それにさっき不正も」

 

「きーこーえーまーせーん」

 

 にへら、と何も考えてなさそうな柔和な笑みを浮かべる水の女神。

 さり気なくボードゲームに使用している駒の位置を変えようとする手を叩き落とすのは腹筋バキバキ最硬令嬢ダクネス。彼女もパーティーで唯一不在だっためぐみんの存在に顔を明るくする。

 

「来ましたよダクネス。貴方の家の使者が呼んでくれなければ私は数日無駄な時間を過ごすところでした」

 

「ん……アクアやカズマがこっちに来ている以上、行き違いが発生すると思ってな」

 

「流石は出来る女ですね。お礼にギルドにダクネスの笑える話を一つしておきました」

 

「ほー、やるじゃないかララティーナ」

 

「私に勝つだけの知能は持っているようね、ララティーナ」

 

「ララティーナはやめろ。……というかちょっと待て。めぐみん今なんて?」

 

「冒険者に親しまれやすい貴族というのは希少価値ですよ」

 

「あいつらの場合は完全に私を舐めてるだろ!」

 

 場所は違えどもこの四人が揃えば大体こんな感じの空気になる。

 適当に力を抜いて、適当に雑談を交わして、適当にクエストに行ったりして。

 ――こんな時間がずっと続けば良いのにと俺は今でもそう思う。

 

「あっ、アイリス様。申し訳ありません。見苦しい姿をお見せしました」

 

「ふふっ……構いません。ララティーナのそんな姿はここでは見る事が出来ないもの」

 

「屋敷でしたらアイリスもダクネスの痴態をいくらでも見る事が出来ますよ」

 

「本当ですか!?」

 

「こっ、こら! めぐみん! 変な事をアイリス様に吹き込むな!」

 

「…………」

 

 少し、不思議だった。

 別に会話自体は不自然な物ではない。よくある何てことのない雑談だ。

 ただ、俺の目線が向くのは鈴音のような笑い声をあげるアイリスや、馬鹿な話をするアクア、相槌を打ちながらも主君にも気を使い会話を振るダクネスではない。

 

「……カズマ? 私の顔に何かついていますか?」

 

 めぐみんの様子は、いつもと変わらない。

 優しく、短気で、仲間を大切にしていて、思いやりに満ち溢れていて。

 城門の兵士と言い合いになった事など彼女を知っている身からすると、初めて会った時から喧嘩っ早くて――いつもと変わらなすぎる。

 

 今のめぐみんのいつも通りは、魔王討伐前後のようにアクセルにある屋敷で個性豊かながらも決して退屈しない仲間たちと過ごしている時のいつも通りだ。

 彼女が手に持っている新聞、その一面を飾っている内容など知らないと言うように。

 

「め、めぐみん……その」

 

「はい?」

 

「……み、見なかったのか」

 

 抽象的な口ぶり、言葉を選ぶ俺をジッと見るめぐみん。

 どう告げるべきか、それを俺の口から伝える前に、小首を傾げる。

 

「これですか?」

 

「……あ」

 

 テーブルに無造作に置かれる新聞に目が向かう。

 それは今朝の朝刊。城での襲撃、アウリープの件、そして俺とアイリスの事が書かれていた。

 

 勘違いではない事を理解して、黒色の美貌が息がかかる程の距離にある事に気付く。

 俺を見上げるめぐみんの紅色の瞳、そこに彩られる感情を僅かながらに読み解く。

 そこに浮かぶ彼女の感情に俺は困惑に眉を顰める。

 

「カズマ、ダクネス、アクア。ついでにアイリス」

 

「なになにー?」

 

「ズルいですよ」

 

「――?」

 

「私がいない間に『将軍殺し』なんて二つ名を貰っているじゃないですか!!」

 

「――――」

 

 そこにあったのは賞賛と僅かながらの苛立ちだ。

 新聞に記載されている内容を要約すると俺を含めたパーティーが冬将軍を撃破した事、悪徳貴族の企みを防いだ事をあの場にいた多くに貴族達が賞賛していると。

 仲間が得た称号を喜びながら、同時に自分も欲しかったと喚きたてる。

 

「しかもなんですか!? 最後は城をも巻き込んだ決死の爆裂魔法って!! そういうのは私の役目じゃないですか。どうして私を呼び戻さなかったんですか!」

 

「ねえ、待って。私の事については全然書かれていないんですけど! この麗しい女神アクア様が皆の傷を癒し、敵を倒す事に貢献したのよ。誰よこの記事を書いた人!!」

 

「あ、あまり女神について大まかに書くのは避けようという意向で……」

 

「はあああ!!? ちょっとダクネス。全然活躍が出来ないからって他の人の活躍を情報規制なんかしちゃって。すっかりみみっちい悪徳貴族ね。そんな風に育てた覚えはないわよ」

 

「!? あ、悪徳貴族だと!!? ちょっと待て! そんな事を言われる筋合いはない!!」

 

「ねえ待って! アイアンクローは痛いから! 痛い痛い! ごめんなさい!」

 

 閉口する俺を余所に、めぐみんが指を差した記事に注視するアクアとダクネスは思い思いの言葉を語っていく。

 そんな彼女らを無視して俺は紅魔の魔法使いが指差した記事に目を向ける。

 

 正確には記事の大きさに。

 めぐみんが指差した記事、それは確かに目を引く程に大きい物ではあるが。

 

「……そんな物よりも注目するものはないんですか」

 

 ぽつり、と呟かれた声。

 か細い声色、しかしこの部屋にいる人間にはよく届く声はアイリスの物だ。

 

「そんな物? 将軍殺しと龍殺しの王女様が随分と調子に乗っているようですね」

 

「別に乗ってません。二つ名なんて物は実績を踏まえた民衆が目を惹きやすい称号でしかないですから。それにめぐみんさんには魔王殺しという称号があるじゃないですか」

 

「分かってないですね! 称号というのはいくつあっても良いのです!! 向上心を忘れては人間は爆裂魔法のように成長出来ませんからね」

 

「ええ、そうですね。でも。そんな物です。他に見る物がありませんか」

 

「……急になんですか」

 

 静かに、しかし告げられるアイリスの言葉に小首を傾げる魔法使い。

 俺の背後でだんまりを決め込んでいた王女は、その青色の瞳をめぐみんに向ける。

 

「――――」

 

 アイリスの言葉に、俺は息を詰め、黙り込んだ。

 その間、室内の視線はアイリスに集中する。視線に込められた感情は様々で、共通するのは疑念というべき感情だろうか。

 アクアはともかく長年過ごしためぐみんの様子にダクネスが気づかない筈が無い。

 微笑ましいいつもの空気に、水を差す発言に王家の懐刀、その次期当主が囁く。

 

「その、めぐみん」

 

「なんですか、ダクネスまで」

 

「確かにその記事も注目する物だろう。だが……、その記事よりも目を引く物が無いか」

 

「どれですか?」

 

「――――」

 

 眉を顰め疑惑の表情を向けるめぐみんに、瞳を伏せたダクネスの表情。

 何かを察したのか、長い睫毛に縁取られた目を伏せ、寂し気に瞳を揺らす彼女は、白くも細長い女の指で新聞に指を向ける。

 握られたからか皺の寄った新聞、その一面を飾る写真に指が触れる。

 

 それはアウリープが捕まった事や俺たちが舞踏会で冬将軍を撃破した事では無い。

 確かに記事としては、新聞にも載っており、今頃アクセルの街の冒険者も見ているだろう。

 だが、そんな小さな記事ではなく――、

 

「私とカズマ様が結婚する事について何か無いんですか?」

 

「――――」

 

 俺とアイリスが婚約する、その内容が一面を最も大きく飾っていた。

 他の内容など置き去りにするように、大々的に多くの人の目に触れるように。

 

 違和感の正体、それはめぐみんがその記事を明らかに無視しているような態度だ。

 まるでそんな物は存在しないと言わんばかりの態度に、気づいていないのかと思ったが。

 

「ギルドや街の人でさえ知っている事をめぐみんさんが知らない筈がないですよね」

 

「――――」

 

「まだ公表して数日ですが、それでも国側の発表はあらゆる媒体を通じて多くの人に届いている。それは今日、私はこの目で確認しました」

 

 何も俺とアイリスは外でエロい事をしたかった訳では無い。 

 彼女が食べたがっていたピザの購入ついでに、正体を隠しながら城からの公表を受けた市民の反応も見て来たのだ。

 

「めぐみんさんがアクセルや紅魔の里にいてもこの都に入ったなら気づかない筈がない。それだけの情報に城下町の方々は凄く盛り上がっていましたから」

 

 ギルドでも、店でも、宿でも。

 どこでもここでもそこでも、王女の結婚という娯楽は民衆には受けている。

 

 そしてテレポートは王都の入り口付近に設定される以上、この城にまで脚を踏み入れるなら、めぐみんが気づかない筈が無い。知らない筈が無いのだ。

 そして知っていれば、俺の知っているめぐみんがこんな平然とした態度を取る筈が無い。

 仮にも仲間以上恋人未満という関係ながらも、ちょっとしたキスまでしたというのに。

 

 部屋の視線は王女と黙り込む魔法使いに固定される。

 まるで犯人を問い詰めるような、そんな状況に俺は何も言えない。

 

「アイリスとカズマが婚約……? そんな訳ないじゃないですか」

 

 向けられる視線に、余裕すら見える微笑を浮かべるめぐみん。

 肩を竦め、いったい何を言っているのかと言わんばかりの態度で彼女は語る。

 

「大方、今回の事件を解決するにあたって、必要な情報だったんでしょうね」

 

「あ……?」

 

 めぐみんのその言葉に俺は眉を顰める。

 いったい何を言っているのかと。そんな俺の反応を余所に、

 

「この悪徳貴族でしたか。この人の、ひいてはその一派の目を誤魔化す為に作為的に作られた内容に違いありません。情報が発信されたのはアウリープなる者を捉えたのと全くの同じ時間帯。なんでも銀髪盗賊団の偽物が大勢いたらしいじゃないですか。それらを捕まえる為に仕方なく、ええ、仕方なく撒き餌として用意した情報ですよ。そうに違いないです」

 

「――――」

 

「現に騎士団によって全員が捕まったらしいじゃないですか。明日か明後日になれば城側から嘘であると謝罪と否定の声明が発せられますよ。だから私はこんな物を気にする必要がないかと思ったのですが」

 

「――――」

 

「もしかしてダクネスも引っ掛かったんですか? そんなんじゃ領主になんてなれませんよ。アクアも、王都のギルドで噂を広めるのは程々にして下さいね」

 

 自信満々、これこそが真実だと声高らかに告げるめぐみん。

 高性能な彼女の頭脳が導き出した答え。

 彼女にとっては俺と王女の結婚はあり得ない物なのだろう。

 

「……嘘ではありませんよ。めぐみんさん」

 

 そんなありもしない幻想を、少女が優しくそう語りかける。

 声には悲痛な色と、しかし子供を諭し導くような決意があった。相手の間違った答えを導く教師のように、どうして間違っているのか、それを丁寧に教える。

 

「私とカズマ様は結婚します」

 

「アイリス。その男の戯言なんて信じてはいけませんよ……」

 

「今年の、私の誕生日に、結婚すると声明を発表しました」

 

「――――」

 

 ゆっくりと彼女の微笑が崩れていく。

 余裕を、笑みを浮かべていた彼女の表情は無へ、ただ奥歯を軋ませる。

 

「そんな訳ないでしょう」

 

「いいえ。本当です。私とカズマ様は――」

 

 唐突に響く鈍い音に声が止む。

 テーブルを叩く掌が、王女と最弱職の写真が皺を寄せ、紙面が破ける。

 

「そんな訳ないでしょう!!!」

 

 血を吐くような絶叫、何もかもを捨てたような無表情を超える。

 拳を白くする程に握り締め、めぐみんがアイリスを正面から睨みつける。

 

 静かな面持ちのアイリスは、めぐみんの眼差しを正面から受けて怯むことは無い。

 その態度が気に入らないのか、基本的に短気な彼女は怒りで頬を朱に染める。

 

「何を余裕があるみたいな顔をしているんですか。……ちょっと親の力で外堀を埋めたからなんだって言うんですか。これで何かが変わる訳が無いじゃないですか」

 

 化けの皮を剝がされたように、先ほどまでの余裕然としていた姿はもう無い。

 ミシミシと杖を握り締めて怒りのあまり魔力が全身から僅かに噴き出す魔法使い、対してどこまでも広がる空のように青色の瞳でめぐみんを捉えるアイリスは視線を逸らす事は無い。

 

 その静かな眼差しに、目を細め今にも魔法を放ちそうな雰囲気のめぐみん。

 この状況下でカッカする彼女が最終的にどういう手段を行うのかを俺は知っている。

 彼女が唯一持つ世界最高峰の破壊魔法、爆裂魔法を放つ事だ。

 だが、こんな場所で撃ってみろ。誰もここには残る事は無い。皆仲良くエリス様の元へ出荷だ。

 

 今までにないくらいの怒気を放つめぐみん。

 知らぬ間に身体が僅かに震える中、俺を押し退け前にめぐみんの前に立つ王女。

 

「は」

 

 嚇怒に顔を歪めながら、ふと鼻で笑う魔法使いは意識的に苛立つ雰囲気を霧散させる。

 あくまで自分の方が有利だと、切り札を隠し持っているような余裕の表情を作り直す彼女。

 

 ふと、周囲を見るとオロオロとするばかりのダクネスと、無表情のアクアが目に付く。俺もそうだが、彼女たちに僅かながらでもフォローをするという気遣いは無理なようだ。

 それでも何か言えないかと乾いた口を開く。

 

「めぐみん。そんなにカッカすると暴発するぞ。ボンってなるぞ。それにお前の爆裂魔法はこんなところで撃つ物じゃないだろ。もっと世の中の為に無駄撃ちはやめとけって」

 

「ちょっと黙って下さい。それにカズマはこんなところで撃ちましたよね。何もしていない私よりも建物を破壊しておいて何か物を言える立場なんですか?」 

 

「こいつ……!」

 

 引っ叩こうと思ったが紳士らしく閉口し、事態を見守る。

 ――アクアの可哀想な物を見るような眼差しが心に染みる。

 

「王女の権限で結ばれようとしても、そうはいきませんよ。大体なんですか、カズマ様って。カズマは偉い人でもなんでもないですよ。お兄様はどうしたんですか?」

 

「お兄様はもう卒業しました」

 

「そうですか。所詮はごっこ遊びですからね。ですが、今更カズマの事を意識しても遅いですよ」

 

「……何故ですか?」

 

「私とカズマは、とっくに仲間以上の関係なのですから」

 

「…………」

 

「どうせ貴方では手を握る事が精一杯でしょうけど、実はもうキスもしているんですよ?」

 

「…………」

 

「所詮、貴方の恋心なんて恋に恋しているだけに過ぎませんよ。諦めて下さい」

 

 言いたい放題である。何よりも仲間にばらさないで欲しい。

 ただ一言言うとしたらそもそも彼女の台詞は見当違いになる。何故ならば――、

 

「ふ」

 

「……何を笑っているんですか?」

 

「お頭様が、いえ、めぐみんさんが可哀想だなって思いまして」

 

「今更お頭なんて気安く呼ばないで下さい。貴方はもう盗賊団をクビにしました。大体可哀想とは何ですか。現実を知って壊れましたか?」

 

「違いますよ。……キスなら私もしましたし、その先の事だってもうしちゃいました」

 

「――――」

 

 その一言にめぐみんは「は」と肺の中の息を吐く。

 お前は何を言っているのだと、しかし僅かに冷静さを残しているのか俺に目を向けるめぐみん。ついでに知らなかったのか、此方を見るのはダクネスと素知らぬ顔のアクア。 

 

「……嘘です」

 

「いいえ? 実はさっきも、その……。しちゃったんです。恋人としてはしたない事をしたり、何度もキスをしたりしました。めぐみんさんと違って、何度も何度も何度も」

 

「――――」

 

 その言葉が脳に染み込むように、めぐみんの顔が強張っていく。

 敵を見つけたかのように眉間に皺を寄せ、今にも爆発しそうな魔力の風を帯びる彼女は、ギロリとアイリスを睨みつける。

 それら全てを無視して、王族のオーラを醸し出すアイリスはめぐみんを見下ろす。

 

「私、めぐみんさんが可哀想だと思ったんです」

 

「あ……?」

 

「――私よりも早く出会って、私よりも多くの思い出を紡いで、私よりも長い時間を過ごしたのに、それだけの時間があったのに恋人未満の存在にしかなれないんだなって。なんて――」

 

 

 可哀想な人。

 

 

「――――」

 

 がしゃん、とテーブルに置いてあった皿が床に落ち、真っ二つに割れる。それが戦いの合図なのか、少なくとも俺には彼女たちの関係が壊れる音に聞こえた。

 その瞬間理解出来たのは、テーブルクロスを投げつけながら魔法を放とうとするめぐみんと、腰に帯刀した宝剣その柄を握るアイリスの姿、その間に咄嗟に割り込もうとするダクネスの姿。

 

「――『クリエイトウォーター』」

 

 そして同時に、俺とめぐみんに息が出来なくなる程の冷水が掛けられた事だ。

 

「ぶふっ!? つめっ、冷たっ!!?」

 

「さぶっ、さぶぶぶぶ!!?」

 

「あっ、ごめんね。つい水が出ちゃった」

 

「ついってなんだ! 手が出たみたいに言うなよ。寒っ! あっ、これ絶対に風邪引く奴だ!」

 

「めぐみんもごめーんね。でも、ちょっとだけ頭を冷やしなさいな。……すみませーん」

 

「はいはーい」

 

 怒鳴りながらもナイスなサポートを見せたヤれば出来る女神。

 殺伐とした空気を文字通りに冷却させた彼女は、メイド姿のクリスを呼び出し掃除を命じる。

 

「……いやちょっと待て。何してんすかお頭」

 

「うん? あたしは雇われのバイトだよ」

 

「王城のメイドってバイトなの!?」

 

「実はアイリスさん個人に雇われて……ってそんな話は良いから、お風呂に入ってきなよ!」

 

「そうよ! この場で一番弱っちいカズマさん」

 

「おい、一言余計だ」

 

 断固抗議しても女性陣に力で叶わず追い出される俺、眼前でバタンと閉じる部屋の扉。

 これはつまり女同士で話をするという事なのか、それを前提にアクアが魔法を放ったのか。

 

「いや、それは無いか」

 

 出来ると言っても知力が上がった訳では無い筈だ。

 とはいえ、あの空気を破壊出来る女神様とヒロイン系の女神。ついでにダクネスがいれば最悪な事にはならないだろう。

 そう思って、俺は聞き耳スキルも使わずその場を後にする事にした。

 

 

 

 +

 

 

「ふぃー……」

 

 湯船に浸かり、一息つく。

 あと少し遅れていたら本当に風邪を引いていたかもしれない。

 そもそもあの場でも初級魔法の応用でドライヤーの真似事は出来るのだから、アクアたちに追い出されたのはやはり間違いないのだろう。

 

「――――」

 

 例の如く、風呂場には誰もいない。

 掃除が行き届き、王城の風呂場にこんな時間から入る者は少ない。

 

 数日前ならばミツルギに遭遇したかもしれないが、舞踏会を終えた彼は王都のギルドで高難易度のクエストを受けて旅立った。実に勤勉な事である。

 あれだけ多くいた貴族も既に元いた場所に戻ったからか随分と静かだ。

 

「……ふう」

 

 意図せず溜息が零れる。

 脳裏を過るのは先ほどのめぐみんとアイリスの話し合いだ。

 

 いつだったか自分の為に争う女性陣の姿が見たいと思っていたが。

 実際に見るのはちょっと心が痛いどころか、目を逸らしたくなってしまう。

 

「もういっそみんな俺の女にしたらどうだろうか」

 

 全員俺の女。めぐみんもダクネスもクレアもレインもゆんゆんもウィズも俺の物。

 佐藤和真のハーレム。これならばきっと傷つかないだろうが、現実は容易くなく、いつか必ず崩壊するだろう。そして目に見えて待っているのは破滅の道だろう。

 

「ん……?」

 

 とはいえ、キチンとめぐみんとも話をしよう。

 どれだけ湯船に浸かっていただろうか、心苦しくもめぐみんに伝えるというその意志を固め直した頃、ガララッと風呂の扉が開く。

 

「――――」

 

 期待はしていない。でも悔しくも目線が向いてしまう。

 たとえ男であると分かっていても、今まで一人だったのだから仕方がない。

 

 ただ、思う。

 僅かにでもこの男風呂にもしかしたらその可能性は無いのかと。

 ――そして俺の幸運はそんな願望を遂に拾ってくれたのだ。

 

「あの、せ、背中を流しに来たのですが――」

 

「お願いします」

 

「えっ、えっと……」

 

「前もお願いします」

 

 恥ずかしそうにタオルを裸体に巻いた銀髪の女神に、俺は頷いた。

 アレだ。取り敢えずスッキリして落ち着くのだ。そうすれば何とかなる気がする。

 慌てふためくエリス、その背後から同じくタオルを巻いた水色の髪の女神を視界に捉える。

 

「あっ、そっちの子はチェンジで」

 

「なんでよー!!」

 

 

 

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