「なーに? めぐみんの日課に私が? 嫌よ、外になんて出たくないし。気まずいのは分かるけど誘われたのはカズマさんなんだからさっさと済ませて来なさいな」
めぐみんとアイリスが衝突した次の日。
女神たちとの楽しい混浴がバレないかと思ったが、アイリスからの追求はなかった。
王女であるからには俺と違い何かと忙しいのだろう。生真面目な性格は相も変わらずキチンとするべき事を行う姿勢は見習いたいものである。出来るかどうかはともかくだが。
「どうせ寝ているかゴロゴロしているだけだろ?」
「嫌。昨日は疲れたし今日はこの後少しやる事があるから駄目よ。……急にどうしたの」
「ほら、昨日のアレでめぐみんがカッカしてるんじゃないかって」
「確かにあの子は基本的に短気で当たり屋気質だけど……大丈夫じゃないかしら」
「アイリスもついてくるのにか? 楽しい散歩になりそうだな」
「そんなの放置したあんたの自業自得じゃない」
パジャマ姿の水の女神は昨日の甘えた姿はどこにいったのか。
欠伸をして、心底どうでも良さそうな顔をする彼女の姿に僅かに苛立ちを覚える。
既に早朝も過ぎて、アクアの朝ご飯の最中に彼女の部屋に訪れた。
何故かクリスとの共用だという彼女が宛がわれた部屋を覗くとキチンと掃除も行き届いているようだ。既に優雅に朝食を食べ終わりつつある彼女が腰かけているベッド、その隣に座り込む。
ふんわりと漂う朝食のパンと彼女の柔らかな体臭が鼻腔を擽る。
なんとなく背後から彼女を抱き乳房を揉むと、半眼で鬱陶しそうに手を叩く。
そんな風にじゃれ合いながら彼女から女神パワーを受け取っているとアクアが俺に首を振る。
「大体カズマは何をビビっているの?」
「は? ビビッてないけど?」
「選択するっていうのはね、そういう事よ。遅かれ早かれ後悔は来る。なら今を後悔しないようにしなさいな。キチンと自分で選択して行動する、優柔不断なあんたでもそれぐらいは出来るでしょ? 相手がカッカしていてもビビらずに言う事を言わないといつまで経っても終わらないわ」
「――――」
アクアは俺にビビっていると、恐れていると告げた。
俺がめぐみんに対して恐れを抱いていると、彼女の想いを断つ選択、その決断が出来ていないと言った。その考えは間違いではない。僅かながらでも楽観的にめぐみんが冷静な対応をしてこの話は終わりだと思わなかった訳では無い。
楽観的な展開、そんな物は失われ時間が経過する程に口が重くなっていく。
俺がするべき選択、その決断は既に決まった物だ。変える事は無い。
既に舵は切られたのだ。それを本人に告げられず懺悔するかのようにアクアと話している。
そもそも、こうしてみっともなくアクアに告げられるのなら。
めぐみんにだってキチンと伝えられない筈が無いのだ。さっさと告げるべきなのだ。
ただ、それが今更ながらに――、
「……情けねぇなあ、俺」
「そうね、情けないわね」
アクアの静かな声色が、呆れと冷たさを装っている。
いつの間にか肩と肩が触れ合うような距離になっている事に気付きながらも今更互いが指摘する事は無い。口では罵倒しながらも女神の柔らかな掌が俺の手を包み込み握り締める。
「でも、他でもない私を頼って来てくれたのは嬉しかったわ」
「……アクア?」
「大丈夫よ、カズマ」
「――――」
「カズマがどんな選択をしても、私は見捨てないから」
目の前には水のように透明で美しい水色の瞳、どこまでも見通す神の眼差し。
その瞳は一切揺らぐ事は無く、その奥には俺の不安気な顔が見える。聖母のような表情、慈しむような態度をたまに見せる彼女の姿は、ずっとこの状態であってくれたらなと思わせる。
「大丈夫よカズマ。そんなに気負う事は無いわ。こう思えば良いの」
「――――」
「最後に上手くいけばそれで良しってね。カズマならなんとかするでしょうしね」
「そんな適当な……」
過程がどうあれど最後に結果が良ければ全て問題無い。
なんて能天気、なんて無責任なことだろうか。ただ悪い気はしなかった。アクアの信頼に満ちた瞳を見ているとこのまま上手くいくのでないかと勘違いしそうになる。
「それに失敗しても大丈夫だからね、カズマさん」
「失敗って何だよ。爆裂魔法を受けた時か?」
「もしも本当にそうなっても私たちとずっとずっと一緒だから。ちょっと寂しいけどアッチでも楽しく過ごしましょう? どうせ遅いか早いかの違いなんだし」
「――――」
「だから、大丈夫だよ」
+
「『エクスプロージョン』――!!」
爆炎が雪を吹き飛ばし大地を抉る。
轟音、頬を撫でる熱量、そしてその威力。
その一撃は岩を砕き、山をも崩し、多くの敵を滅ぼして来た一撃必殺の魔法だ。
ただ、その一撃を味わうモンスターが冬眠の為か見当たらないのが残念だが。
ともあれ俺が冬将軍に放った爆裂魔法など大したことが無いと、そう思わせるに足る強力な魔法を眼前に俺は頷く。隣には顔面から雪上に突っ込んだ頭のおかしい紅魔の少女。
「ぶふ……どうですか、カズマ。今日は何点でしょうか」
肌に刺さる爆風、舞い上がる雪は空に舞い上がる爆炎。そして破壊力。
魔王討伐後も変わらずに爆裂魔法の道を歩み続ける少女の魔法は誰にも止められない。
「90点だな」
「ほう。その心は」
「少し力み過ぎているように感じた。破壊する、その一心に専念し過ぎて肝心の爆裂魔法の美が少し損なわれているように感じた」
「なるほど。どうやら私もまだまだなようですね。やはり爆裂道は奥が深い……」
どこか恰好付けた台詞を吐く少女だが地面に倒れている以上恰好はつかない。
転がったトンガリ帽子を拾い上げて、ついでにめぐみんの小さな身体を抱き起こすとドレインタッチで体力と魔力を分け与える。そんな一連の様子を青色の瞳がジッと見続ける。
「何か言いたそうですね」
「いえ、めぐみんさんの爆裂魔法、素晴らしかったですよ」
「……そうですか」
「ええ」
「そうだぞめぐみん。以前よりも更に火力が上がったんじゃないか」
「まあ、そうですね。ダクネスが男漁りをしている間も私は自己研鑽に努めましたから」
「待て。誰が男漁りだ。私はそんな事はしていない! 当家に寄せられる見合いを断る為にこうして出向いて来ていてだな――」
王都の外、遠目に見える城壁を尻目に俺とめぐみん、アイリスとダクネスでの散歩。
本来ならば俺と年下の少女二人だけの散歩だったのだが昨日の騒動を見て心配になったのだろう、パーティーの壁役がこうしてお目付け役として来る事になった。
ちなみにクレアやレインは冬将軍や例の公表への対応もあり忙しくて来れなかったという。
「いや、マジで助かったよダクネス」
「ん。今日はクリスもいないからな……、まあ、私がいれば大丈夫だろう」
「その自信はどこから湧いてくるんだ」
「ふふっ……カズマを見ていると虚勢の張り方が身についてくるものだな」
「褒めてないだろ」
とはいえダクネスという女性の仲裁役が存在するというのは助かる。
貴族である以上、色々と忙しいだろうに彼女は仲間の為に心を砕き付き合ってくれたのだから。防御力の高い同性の目があるならば昨日のような事が発生しても止める事は容易いだろう。
――それだけにこの状況を取り巻く原因を解決する言葉を発する事が未だに出来ない事に、胸中が鎖で縛られたかのように痛みを覚える。
「めぐみんさんは他の上級魔法を覚えるつもりは無いんですか?」
「ええ、勿論。他の上級魔法を取得するよりも我が爆裂魔法の方が破壊力は上ですので」
「一発しか撃てないのにですか?」
「一発もあれば十分なのです。ここぞという時にカズマが私の爆裂魔法が必中になる状況に導いてくれる。私たちのパーティーはそうやって前に進んで来たのです。そういえばこうして散歩が終わると毎日のようにおんぶをして貰ったのを思い出しますね」
男を取り合う女たち。字面にすれば昔の俺ならば腹立たしく思うだろうが今は違う。
彼女たちは決して馬鹿じゃない。俺やダクネスがいる以上、表面上は険悪なムードになるのは控える頭脳と理性はあるだろう。
その程度の理解と信頼は共に過ごした時間と経験が教えてくれる。
だからこんな風に心配する必要はないかもしれない。
もしかしたらちょっと喧嘩する程度で解決するものかもしれない。
もしかしたら、ひょっとしたら。大丈夫かもしれない、と。
気がつくと少しでも楽な方に意識が向きそうになる自分に嫌悪感を抱きながら、俺は彼女たちを連れて王都へと帰還する。
雪道を通り、人の少なくない通りを歩いているとアイリスが俺の手を取る。
「カズマ様。滑るかもしれませんから」
「エスコートしろって? しょうがねえなあ」
「いえ、カズマ様が転ばないように私がエスコートします」
もしかして俺はそこまで貧弱に見えるのだろうか。
くすりと笑うダクネスに雪玉を投げつけながらアイリスの柔らかい手を握る。特に違和感も無くなんとなしに取った行動だったが、紅色の瞳がジッと此方を見つめ続ける。
「……。というか今日はどうしたんだアイリス。こんな散歩に付き合う必要は無かったんだぞ」
「おい、『こんな』とはどういう意味だろうか」
「いえ、私も気分転換をしたかったと言いますか。こうしてカズマ様と触れ合う時間も幸せだなと」
「――――」
ニコリと微笑を浮かべるアイリス。可愛い。
めぐみんやダクネスの視線を感じながら臆する事も恥じる事もなく告げる姿は王族に相応しい。以前までならば恥じらっていたが今では堂々と告げられる言葉に俺がたじろいでしまう。
白昼堂々と好意を告げられ思わず目を逸らす俺の手を引いて歩くアイリスに。
まるで周囲に見せつけるような彼女の姿に。
「は」
――めぐみんが鼻で笑った。
「なんですか?」
「いいえ? 別に。……ただ昨日の啖呵の割に行っている事は子供だなと」
「子供、ですか」
なんとなく嫌な予感が胸中を過る中、握った手を離した彼女は俺を庇うように前に出る。
相対する敵、それらから全てを護る騎士のように、アイリスはめぐみんを前に目を細める。
「ええ、ええ。思えば昨日のは安い挑発でしたね。全く私とした事が……あんな虚勢に……」
「――――」
「結局貴方はそうして触れているだけで満足しているだけの子供ですよ」
「――――」
「そんな事をしてもカズマは、カズマの心は貴方の物にはなりませんしね」
紅の双眸の奥、種火だった火は徐々に強く燃え広がるのが分かった。
目を細めるめぐみん、その瞳の奥に宿るのは不安、そして強い怒りの炎だ。その炎は消火は叶わず、アイリスをも焼き尽くさんとする大火へと広がる。
その業火を前に大空の瞳を逸らす事なく目の前の少女を射貫く。
「昨日の事でしたら水に流しましたのに」
「嘘ですね。貴方はしっかりと根に持っている。分かりますよ」
「お、おいめぐみん」
「ダクネスは少し黙ってて下さい。というか邪魔しないで頂きたい」
「……カズマ様もお願いしますね」
仲裁に入ろうとするダクネスを止めるめぐみん。
眦を鋭くして、唇が触れ合いそうなほどの距離でめぐみんがアイリスを睨む。
「アイリス。私は以前カズマは私の男だとそう言いましたよね」
「……そうでしたか?」
「言いましたよ。物忘れの酷い貴方に、人の物を取ったらなんて言うか教えてあげましょうか?」
泥棒ですよ、と魔法使いの唇から言葉が零れる。
王女の耳元にハッキリと聞こえるように告げるめぐみんを冷ややかに見つめるアイリス。
「それは違いますよ」
「いいえ、違いありません。貴方は私の知らない間を狙ってコソコソと泥棒のように私の男にちょっかいを掛けたんです。卑怯で最低な人間なのですよ。それで本当に王女ですか?」
「……一つだけ間違ってますよめぐみんさん」
「なんですか」
「カズマさんは最初からめぐみんさんの男では無い事です。ちょっと手を握って、キスをして、思い出を重ねて。でも……、それだけです」
「ほう、言うじゃないですか」
「それにめぐみんさんはちゃんとカズマ様から愛していると言って頂けたのですか? そんな訳ないですよね。めぐみんさんは言われていないですよね。……私と違って」
「アイリス……ッ」
「私の婚約者を奪おうとする今の貴方こそ泥棒ですよ。みっともない人」
「アイリス――!!」
胃が痛くなるような煽り合い、その軍配はアイリスに向く。
胸倉を掴み、頬を叩くように殴り合う二人。その細腕のどこにそんな力があるのか、信じられない膂力で、めぐみんがアイリスを殴り、アイリスがめぐみんを殴り返す。
「ぶっ殺!」
「此方の台詞です!」
怒りの形相で殴り合い、髪を引っ張り、掴みかかる彼女たち。
煽り合いを始めた時点でこうなる事は予想出来たが周囲の人間を背景に殴り合う二人。
呆然としている合間にも雪や泥に塗れ痣だらけになりながら戦う二人に慌てて止めに入るも、通報があったのか駆け付けた衛兵に連れられて王城に帰還する事になってしまった。
+
扉をノックする音、開けると王女がいた。
傷一つ無い肌はアクアか誰かが治したのだろう。
ゆったりとした寝間着の彼女は枕を抱えて上目遣いで俺にこう言った。
「その……一緒に寝ませんか?」
「喜んで」
自分の婚約者からの誘いなのだ。断る訳が無い。
既に夕食を食べて風呂に入り寝るかどうかのタイミングで突撃して来た彼女は、しかし俺の部屋に入る訳では無く、そのまま別の場所への移動を促す。
廊下を歩く事少々、連れてこられた場所は彼女の自室だ。
「傷治ったんだな」
「アクア様が治してくれました。……めぐみんさんも怪我を治されましたよ」
「そっか」
扉の見張りはなく、室内は無人だ。
そして、俺の腕を引くアイリスが此方に向ける眼差しはどこか艶やかだ。
何となくそういう雰囲気なのだと理解出来た。
このままベッドに押し倒してしまおうとする俺を余所に、王女はふと明後日の方向を向く。
「…………」
「どうした?」
彼女が目を向ける先、そこには何もない。
掃除の行き届いた彼女の自室、その部屋の隅を見てみるも何も見えない。
「いえ、なんでもありませんよ」
「アイリス? もしかして幽霊的な物がいたりしたか? 見えちゃった?」
「そんなお化けがいたら私が斬りますからご安心下さい。大した事はありませんから」
ロイヤルスマイルを決める王女は何でもないと首を振り俺に抱き着く。
夜の密会、王女との抱擁をしながらそのままベッドに倒れ込もうとする俺に彼女が囁く。
「カズマ様……。私はまだ子供に見えますか?」
「……いや?」
改めてアイリスに目を向ける。
背丈も伸び始め、最初に会った時よりも豊かな双丘やくびれた腰が際立つ。見た目だけではない、あの頃の無垢で何も知らなかった瞳には多くの経験を飲み込んで、それでも変わらない青色の瞳が俺を前に揺れ動く。
物怖じする事もなく真っ直ぐに俺を見つめる彼女は随分と成長したと思う。
「――カズマ様」
ぐいっと腕を引っ張られてベッドに押し倒される。
小柄ながらも力のある彼女、いつの間にか衣服を脱ぎ、上半身が純白の下着のみとなった金髪の少女が俺を見下ろす。
彼女は俺の手を取るとゆっくりと自らの乳房に触れさせる。花の装飾が施されたブラがくしゃりと皺を寄せ、処女雪のような白い乳肉がむにゅりと潰れる感触を掌に伝える。
思わず指を柔肉に埋めると、んぅ、と小さな吐息を漏らすアイリスと目が合う。
「――――」
青色の瞳、どこまでも透き通った眼差しは俺を前に快楽と期待を見せる。
好きになった女の瞳を前に、熱を孕んで揺れる瞳に吸い込まれるように、腹と腹を、胸と胸を重ね合わせて一つになるかのように、俺はゆっくりと彼女と唇を重ねた。