ここは王都で最も神聖な場所。
アクシズ教の教会でもエリス教の教会でも無い特設会場。
この日の為だけに建てられる事になったアクシズ・エリス教合同の会場は広々としており、なおかつ天井が無い。女神の天候操作魔法により青々とした空がどこまでも広がっている。
参列するのは国から集った有力な権力者、或いは名のある貴族達。
誰もが無言のまま、厳かな空気を保ちつつ教会内のパイプオルガンに耳を傾けている。会場の外には大勢の冒険者や見知った顔が野次馬として参加している。
その光景に既視感を覚える。
以前、悪徳領主と結婚寸前だったダクネス、彼女を取り戻す為にパーティー全員で突撃をした。あの時とは異なり、今度は俺が祭壇の傍に立ち一人の少女を、否、俺の結婚相手を待っている。
――今日が俺とアイリスの結婚式だった。
半年という期間はあっという間に過ぎていった。
結婚式の準備やら、色々な準備をしていると春が過ぎて、夏が過ぎて、秋が来て、そしてアイリスの誕生日になった。
彼女が成人する日に俺とアイリスが結婚する、それは既にこの国の誰もが知っている事だ。
「あんた、似合わないわね」
「うっせ。始まってんぞ。今日は真面目に頼むからな」
「分かってるってば。この私に任せなさいな!」
今回の式を担当する聖職者を一睨みして、俺はその時を待つ。
バクバクと高鳴りを覚える心臓、まさか本当にこの日が来るとはと驚きを隠せない。
――ちなみに挙式の日の朝、つまり今日の朝だが、既に入籍の書類を役所に提出済みである。
つまり俺とアイリスは夫婦で、俺は王家に婿として入るのでベルゼルグ・スタイリッシュ・ソード・カズマを名乗る事が出来るだろうが、それはそれだ。緊張をしなくなる訳ではない。
前世では引きこもりのニートとして死んだ俺が、王女と結婚するのだ。
いつの間にか、こんなところまで来たのだと少し感傷に浸り、緊張を解すべく吐息する。
既に式は始まっている。
参列者は貴族の中にもチラホラと見知った顔が見える。
特にダクネスやクレアやレイン、国王を始めとした王族など豪華な面子だ。
アイリスとの結婚にあたり、当然親への挨拶は必要だった。
この国の王族は全員血気盛んだ。娘が欲しければ私と戦って貰おう! と言って戦闘が始まる事を予想していたのだが、気づかない内にアイリスが説得していたらしい。
血が流れる事は無く普通に交流を進める事が出来たのはアイリスのお陰だ。
他にもクレアと決闘をして全力でスティールをして警察に捕まったり。
ロリコン扱いをしてくる冒険者連中に嫌がらせをして、ロリマと呼ぶのを止めさせたりと、長い挨拶回りだった事が今更ながら走馬灯のように脳裏を流れた。
そうして周囲を見渡して、参列者に一人いない事に再び既視感を覚える。
「――――」
俺が祭壇の傍に立ち、少し時間が経過して控室から花嫁が現れた。
純白のドレス、顔の前をヴェールで覆い俯きながら歩くアイリスは、ヴェール越しでも人目を惹き付けて離さない、そんな美しさを放っていた。
参列者も俺もヴァージンロードを歩いてくる彼女の姿に目を奪われていた。
付き人に手を引かれて、真っ直ぐに此方に歩いてくる王女は美しかった。
そして、彼女は祭壇の前に来た。
俯いていた顔を上げて俺を見つめる蒼の瞳と金髪。
すくすくと成長していく彼女も以前よりもさらに身長が伸びていた。
成長期とは恐ろしいものだ。
身長だけではない、豊かな双丘、くびれた腰と、時間を経る度に俺の理想の女へと変貌を遂げていた。彼女は俺と目が合うと微笑み、脳裏にその存在を鮮明に焼き付ける。
美しい、綺麗だとそれしか思い浮かばない俺の語彙力の無さが悔しかった。
「……綺麗だぞ、アイリス」
「……カズマ様も、お似合いですよ」
「本当か? さっきそこの馬鹿に笑われたんだが」
「変ではありませんよ。似合ってますよ」
にっこりと微笑む王女。かわいい。
もう脚を向けられない程に俺は彼女に首ったけだった。
そうして見つめ合う俺たちは音楽が鳴りやむと共に祭壇に身体を向け、聖職者に向き合う。
この世界の結婚式は聖職者であれば神父でなくても良いらしい。
例えばこういった結婚式で祝福をした実績のあるアークプリーストにして女神本人ならば最高だろう。アクセルの街とは違い、祝福をしたいというプリーストはいるが、王家としては女神が行ってくれるなら当然そちらの方を優先するだろう。
その結果、誓いの祭壇の前に立つ俺とアイリス、その前方中央に立つのは青髪の聖職者だ。
「汝、アイリスは。この引きこもりでニートで最弱職のカズマさんと結婚し、神である私とついでにエリスの定めに従って、夫婦になろうとしています。あなたは、その健やかな時も、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も、貧しい時も、カズマを愛し、カズマを敬い、カズマを慰め、カズマを助け、その命の限り、堅く節操を守ることを約束しますか?」
「はい!」
聖職者であるアクアの文言が何かおかしいが気にする程ではない。
目の前の女の頭がおかしいのはいつもの事で、寧ろ今回はキチンと空気を読んでいる気がする。
ざわつく参加者はチラチラと彼女に視線が向けるが、大まかには不自然な部分は無い。疑惑の目を抱くよりも明るい声で誓いの言葉を告げたアイリスに次の瞬間には誰もが目を向ける。
「カズマは幸せ者ね」
「そうだろ?」
アイリスの言葉にコクリと頷くアクア。
たまに慈悲深い聖母のような顔と言動をする彼女だが、今日がそういう日なのか。
普段よりも真面目な表情を見せるアクアはアイリスに微笑を浮かべると、俺に目を向ける。
「汝、カズマはアイリスと結婚し……、堅く節操を守る事を約束できるの? 無理じゃない?」
「おい」
ざわざわと周囲が騒がしくなるのは当然の事だろう。
当然、そういう反応が発生する事は想定済みで、それを理解した上で俺とアイリスは彼女を選んだのだ。ちなみにエリスも考えていたが彼女にすると式どころでは無くなるだろう。
「冗談よ。……サトウカズマさん。あなたはアイリスを死ぬまで伴侶とし、健やかな時も、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も、いついかなる時も彼女と共に、その人生を歩み続けることを約束しますか?」
「約束します」
「それでは指輪の交換と誓いのキスを」
アクアの言葉に従い、俺はアイリスと指輪交換を行う。
王子の指に嵌めるのは以前プロポーズした時に渡した白銀の指輪を。俺が指に嵌めるのは王族が結婚する時まで肌身離さず持ち続けるという伝統がある、盗賊として王城に潜入した時にアイリス本人から盗んだ指輪だ。
それが今、彼女の手によって俺の左手薬指へと嵌められる。
「――――」
指輪の交換を終えて、最後に誓いのキスだ。
祭壇にて、大勢の人間に見られながら接吻をするというのは少し恥ずかしい。
そんな思いはヴェールを上げて王女の顔を見ると簡単に吹き飛んだ。
白い肌に形の良い眉。
薄っすらと頬を赤らめて大きな蒼の瞳がジッと俺を映している。
ふわりと漂う甘い香り、薄化粧をした花嫁は随分と大人びて見えた。
顔を上げて、瞼を閉じる彼女は僅かに口を窄める。
キス待ち状態の顔を見下ろして、俺はゆっくりと顔を近づけていく。
お父さん、お母さん。
普通の子に真っ直ぐに育てよと言っていたあなた方の息子は。
強く凛々しく可憐な王女と、大勢の人々に祝福されながら、遂に結婚します。
「――――」
俺がアイリスと唇を重ねる直前だった。
バタン、と会場の扉を壊す勢いで開ける音に咄嗟に目を向ける。俺だけではない、アイリスも、アクアも、ダクネスも、参列者も、誰も彼もがこの式を邪魔した原因に反射的に顔を向けて。
教会の外にいた野次馬も、その来訪者に目を向けると遠巻きに見守る。
眩しい陽の光を背に一つの人影が立っていた。
この式場に参加していなかった、唯一のパーティーメンバー。
「……めぐみん」
絶対に来るという重ねた月日による信頼があった。
他ならぬ彼女は、必ずこういう事をしてくると培った日々が確信を生んでいた。
王都の中心で爆裂魔法を完成させためぐみん。
彼女は真剣な顔で紅の双眸を輝かせると、その場の人の視線を集める事を気にする事なくマントをバサッとひるがえし、祭壇に立つ俺を見て静かに良く通る声で言った。
「――悪い魔法使いが来ましたよ。本能に従って、花婿を奪いに来ました」
ダクネスの結婚式を思い出す発言に小さく頬が緩む。
ヒーローのように啖呵を切り、堂々としたその姿は相も変わらず格好良かった。
俺が女だったらきっと惚れていて、その夜には抱かれてハッピーエンドだったろう。
チラホラと見知った顔が俺とめぐみんを見る中、見知らぬ連中は当然の如く驚き慌てふためく。警備の兵士を呼ばれ騒ぎになる中で、俺はダクネスや傍に控えていたクリスに目線を向け、最後に将来の義父である国王に目礼をするとアイリスとアクアを連れて祭壇に仕込んだ裏口に入る。
エリス教でもアクシズ教の教会でも無い専用の式場を用意したのはこの為だ。
何だかんだでアイリスと仲が良さそうに見えるめぐみんがきっと何かをしてくれると信頼していた。だからこそ入念な準備をしておき、こうして素早く行動に移す事が出来たのだ。
ちなみに彼女が言って聞くような女だったら、そもそもこんな事はしていない。
「ふふっ……本当にこうなりましたね」
「その、良かったのか? 途中でこうなって……」
「式が終わったら退屈な披露宴がずっと続きますから。それにしてもカズマ様は凄いですね。めぐみんさんはてっきり来ないと思ってましたが、本当に……」
「まあ、打ち合わせとか無しだから、上手くいったなとは思うな」
隠し通路を抜けると式場の裏側に出る。
裏に回された馬車には荷物やら聖剣やら、必要な物を事前に準備しておいた。まるで駆け落ちでもするかのような荷物だがそうではない。
馬車に乗り込もうとしていると別口から来た女騎士がアイリスを見て声を上げた。
「アイリス様!」
「クレア!」
「凄く……、凄く……! 似合って……! ぬああぁぁぁっっっ!!!」
「ク、クレア……苦しいってば。カズマ様が見ているから……!」
ウェディングドレスを着たアイリスに抱き着く護衛。
感極まり何かを言っているが涙声で言葉にならない様子だが、今回俺たちが乗る馬車の御者をすると立候補してくれた。テレポートでも良かったのだが、体裁というのは大事らしい。
そんな風に美しい女たちの絡みをジッと見ていると見知った爆風が馬車を揺らす。
腹にズンと響くような爆音。
肌を撫でる爆風はただ破壊を奏でるだけではない。青空に咲き誇る爆裂の業火は今までに見たどの爆裂魔法よりも美しい百二十点満点の物だった。
どうやら本当に爆裂魔法を王都で撃ったらしい。
わざわざ教会ではなく外の特設会場にしておいて良かった。
「い、今のは……!」
「めぐみんね」
「めぐみんだな。……おい、クレア。今のうちだ」
「は、はい」
「アクア。じゃあ、手筈通りあとは任せるわ」
「カズマさん。こういうのって丸投げって言わない?」
「ば、馬鹿言うなよ。アクアやエリス様、ダクネスを信じているから出来る事だよ」
「……まあ、良いわよ。ほら、二人とも馬車に乗る前にちょっとここに並びなさいな。麗しい女神様から貴方たちに――祝福を。『ブレッシング』!!」
「ありがとうございます、アクア様! また逢いましょう!」
「アイリスもまたねー! カズマをよろしくー!」
アクアとは一度ここで別れる。
祝福の魔法が体内で渦巻くのを感じながら俺たちは馬車に乗る。別れの言葉を告げる必要は無い。死ぬ訳では無く、俺が呼んだら距離などお構いなしに彼女たちは来るのだから。
乗り込んだ馬車が動き出すのを確認しながら俺は一息吐く。
一度似たような状況でめぐみんが爆裂魔法を撃った事を俺は知っていた。悪い魔法使いを名乗るなら当然撃つだろうし、その後のフォローも既に女神ズやダクネス、なにより国王本人にもしっかりと頼んである。悪いようにはしないだろう。
この半年間、この日の為に必死に動いたのだ。彼方はなんとかなるだろう。
「さて……、アイリス」
「はい」
「色々と頑張ったんだが、ニヶ月と少ししか休暇を貰えなかった。ごめんな」
「いえ、凄くあると思うのですが」
「アイリスも一年ぐらい休みたくないか? 働かないで食う飯は旨いぞ?」
「それはちょっと……」
俺たちはこれから新婚旅行を行う。
旅行とは言っても、ベルゼルグ王国と関係の深い国にも挨拶に向かうといった仕事も発生するので完璧な新婚旅行とは言い難い。
正式な挨拶をする時には一度テレポートで王都に戻る事もあるので色々と台無しだ。
それでもそれなりの休暇だ。
アイリスの手帳に記載された『やりたい事リスト』を全て成し遂げるには十分でないだろうか。鞄から取り出した手帳を見る彼女を見ながら俺をそう思った。
「カズマ様」
肩に寄りかかる金髪の花嫁。
一生に一度お目に掛かれるかどうかの衣装を着るアイリスは、その蒼の瞳を揺らす。
思えば、全ての始まりは彼女にこうして話し掛けられた事だった。
金色の髪を揺らし、甘い声色で、しなだれかかる彼女に俺は目を向ける。
「ずっと一緒にいましょうね。もう二度と離れませんから」
「ああ。俺もだよ」
柔らかな唇と唇を重ねる。
誓いのキスは誰にも見られる事なく、しかし俺の心に深く刻まれた。
死が二人を分かつまで、というつもりは無い。
死んだ後も一緒にいられるならきっと楽しいだろう。
ただ、今はまだ結婚したばかりで死んだ後の事など分からない。
それでも、きっと、アイリスと二人なら、どこへだって行けるだろう。
もう背後に目を向ける事は無かった。
俺たちが互いの体温を確かめ合う中で、王都の門を出た馬車が駆け抜ける。
どこまでも、ただ真っ直ぐに――。
『最強の最弱職、王女に手を出す』 完
これにて、魔王を倒した後のカズマとアイリスの話は終わりです。
執筆期間にして半年、ラノベ三冊強分の文字数。
なんだかんだで長い物語になりましたが、何とか止まる事なく書き続けられたのは、応援してくださった読者の皆様のおかげだと思います。
本当に、ありがとうございました。
番外編というか蛇足話やIFは、気が向いた時にでも。
最後までご愛読、誠にありがとうございました。
最後に宜しければ感想、評価お願いします。
ではまたどこかで。祝福を!