深夜に食べる食事というのは魅力的な物がある。
十二時を少し過ぎる頃、謎のテンションに囚われてコンビニで買ってきたカップラーメンを食べた時の感覚に似ている。夜中に物を食べると太るとか、不健康だとか、そんな正しい事に対して若さにかまけて食べる度に手軽に悪い人間になるという気分に浸れるからか。
この世界にはない手軽な中華麺の存在を思い出し、思わず俺は呟いた。
「カップ麺食いてぇな」
「……? どうしたの?」
「いや、それより味の方はどうですかお頭」
「うん。このシチュー美味しいね。心が温まるよ」
「そうですかい」
「うん」
「……」
目元を赤く腫らした女盗賊は大人しくシチューをスプーンで掬っていた。
木のスプーンで掬ったホワイトシチューは白い湯気が立ち上り、とろみのある白い汁の中に一口大に切った鶏肉や野菜が御椀の中でスプーンに掬われるのを待っている。
「お金。ごめんね」
「ん?」
「あんなに怒るとは思わなかったからさ」
ポツリと一滴の滴が地面に落ちるような声でクリスが呟く。
盗賊職を選んだ女神、なんか格好良さそうという理由で王都にある多くの悪徳貴族の屋敷に忍び込み義賊を始めた盗賊の女はぐすぐすと鼻を啜りながら謝罪の言葉を口にした。
そんなしおれた花のような姿に罪悪感を覚え、俺はなんとなしに頭を掻いた。
「いや、まあ、……俺も悪かったよ」
「……」
「……あー、ちなみに深夜に物を食べると太るってのはご存知ですか?」
「基本盗賊職ってのは体力仕事だからね。滅茶苦茶動く事を強いられるから寧ろ食べられる時には食べないとね。常にお腹が空いた時に食べられる物があるとは限らないからね」
どこかの戦場にでもいるかのような事を語る女盗賊。
そんな話を聞くと、本来の冒険とはそれぐらいにシビアなのだろう。
ただ俺たちのパーティーはゲームのような街から街を渡り歩いて魔王の城に向かうような生活をしている訳でも無く、アクセルに拠点を持ち、アクセルの街の周辺で適当なクエストを行うという生活なので基本的に飯に困るという事は無い。
「それに太るって言ったらカズマ君だって食べてるじゃん」
「なんかシチュー温めていたら食いたくなったからな。まあ俺は大丈夫だろう」
「どこからその自信が来たの?」
「異世界から」
「その減らず口は生まれた時からだろうね」
小腹が減ったので、現在は少なく盛ったシチューを俺も食べている。
先ほどまで泣き出した女神の介抱を行い、駄女神の同族とはいえガチ泣きする少女を見ていると良心が僅かに痛んだ結果いたたまれずに夜食でもと誘ったのが原因だ。
「それで?」
「えっ?」
「いや、ほら神器の話。するんじゃないのか?」
「そ、そうだね」
気まずい空気を払拭するべく俺は彼女に話を振る。
この世界には神器と呼ばれる超強力な装備や魔道具が存在している。
それらは数が少なく希少であり、神器と呼ばれるだけの強大な力を保持している。それらを所持しているのは決まって黒髪黒目の人間。つまり日本からこの異世界に転生してきた者達だ。
神器とはつまり日本人に与えられる転生特典の事なのである。
目の前の銀髪の少女、その本体である女神エリスは神器の回収を行っている。
なんだかんだと日本とは異なる常識、理不尽に強い魔王軍やモンスター達に小説通りのチート展開にならず、或いは装備を使いこなせずに第二の人生を終わらせる同郷の者達も多いらしい。
そうして主が死に、残った神器は本来の主の手から離れていく。
基本的に転生特典はその本人にしか使用出来ないらしい。
専用装備であり、他者に渡った時点でその能力は大幅にダウンする。
あらゆる物を斬り裂く強力な魔剣は少し切れ味の鋭い程度の剣になるといった程度だ。
そんな神器を目の前の銀髪盗賊娘が回収して回っている。
理由としては、この世界の住人が悪用する事を防ぐ為、ひいては世界を守る為だが。
「それで、今回の獲物はどんな奴ですかい、社長」
「社長って。……お頭だよ、助手君」
「冗談ですよ」
御椀の中身が空になる頃。
ポツリポツリと調子を取り戻し始めた盗賊娘が手に入れた神器の情報。
「今回二つの神器が貴族に引き渡されたっていう情報を手に入れたんだ」
「ヘイお頭。ちなみにそういう情報ってどこで仕入れてんの? やっぱり盗賊ギルドとか?」
「ふふっ……サトウカズマさん。私の正体をご存知でしたら自ずと察しはつきませんか?」
口調を変えるクリスの正体。それは女神である事だ。
この世界では通貨の単位になるほど、女神エリスは有名であり宗教の中ではエリス教こそがトップクラスの加入者を誇っている。
そんな神様ならば下界の、下々の人間の事も常に観察しているのだろうか。
「エリス様。流石に人のプライバシーまで覗くというのはちょっと。それはストーカーって言うんですよ。ただでさえヒロイン属性のある女神様なのにストーカー属性まであるんですか?」
「ちちち、違います! そういった神器に関しての情報はエリス教の方、特に神器を悪用する可能性の低い宗教に傾倒している人を中心に情報網を敷いているんです。そんな方々の事までは見ていません」
では誰を見ているのかと思うが、あまり神の機嫌を損ねたくはない。
揶揄いすぎない程度に話に相槌を打ちながら、仮面盗賊団頭領の言葉に耳を傾ける。
「話を続けるよ。まずは……」
とある貴族が行方不明となっていた神器を高額で購入したという事。
神器の一つは、生物の寿命や体力を吸収する事で指定された数値に達した分だけこの世界に存在するあらゆるモンスターを召喚、使役する事の出来るチートアイテム。
もう一つの神器は相手に触れるだけで瞬時に相手の姿形に変身出来るという物らしい。
いずれも劣化や時間制限があるらしいが、他のチート持ちの連中が使用していた神器と比べても性能自体はダウンしていないと、俺が出したお茶を啜りながら女盗賊は告げた。
「まあ……。前者は危なそうってのは分かるけど、後者は何? 悪魔の実的な感じ?」
相手に触れるだけで良いのなら男が女にもなれるという事だろう。
TS展開を楽しむ事ができ、なおかつ合法的に女風呂や更衣室に入る事が出来る。
パッと思いつくとしたらそんな使用法だが犯罪という面では最悪の部類だろうか。
そんな俺の思考を読み取ったのか。
僅かに呆れ顔を見せながら、デザートに作ったぼた餅とお茶を口に放り込むクリスは。
「……? えっと、例えばこの神器を使用すると人間だけでなく生きとし生ける者全ての者へと肉体の構造を変える事が出来るようになります」
「それはモンスターとか魔王とか? エリス様にでも?」
「生きている者全てです、カズマさん。そしてこの神器は、変身した相手の能力を一部引き継ぐ事が出来ます」
「チート! 糞チートだわ! 寧ろ俺が欲しいぐらい!!」
そんなチートと呼べる神器を使用していた転生者は再び土の中に戻ったらしい。
エリス本人が死んだ事を確認したらしく魔王軍との戦いにおいて有意義には使用出来なかったらしい。確かに戦闘よりはスパイといった諜報向きではあるだろう。
「それで魔王の事務処理も終わったので、神器らしき情報が悪徳貴族に買い取られたという情報を得たのですが」
「無かった?」
「いいえ。宝感知スキルにそれらしい物を、以前カズマさんと王城に忍び込んだ時のような凄いお宝の気配を感じ取ったのですが、件の屋敷についてはそれなりに警備が厳重でして」
「で、俺の。優秀な右腕である俺の協力がいると」
「まあ、そうですね」
そうして話は辿り着くべき場所へと至る。
即ち、サトウカズマの協力を求めて、女神兼盗賊を行っている銀髪の少女はこの屋敷に忍び込んできたのだ。そうして無様に泣かされて現在は事情を話すだけ話している。
「――カズマさん?」
「今、頭の中を整理中」
ガシガシと己の頭を掻きながら俺は意識を思考に巡らせる。
確かに放置しておいたなら危険であるという事は分かる。分かるがそれだけだ。
対岸の火事に心を揺らす事が無いように、周囲の野次馬と共に大変そうだなと思って、通報だけはしてその場を去るのがサトウカズマの在り方だ。
わざわざバケツに水を入れて走り寄ったりする正義感は持ち合わせていない。
このまま順当にいけばアイリスと結婚出来るだろう。
そうすれば、その先に待ち構えているのは城での怠惰で自堕落な生活だ。
その生活の為ではないが、今更仮面盗賊団の正体がバレるリスクも捕まる危険性も犯しがたいと、そんな事を考えると微妙に踏ん切りがつかない。
「――――」
目の前でテーブルを挟み、青紫色の瞳を揺らす少女。
俺を見る瞳の奥に宿る微かな怯えと期待を見てしまうと、気づかないうちに溜息を溢すとピクッと身体を強張らせるのが分かった。
毎回毎回、どうしてこんな面倒な役割が回ってくるのだろうか。
今、この屋敷には世界を代表していると言える程に高い幸運のステータスの持ち主しかいない。なのにも関わらず、危険で、面倒で、大した見返りがある訳でも無い。
本当に幸運のステータスは機能しているのだろうか。
「カズマさん。――駄目でしょうか」
ガチ泣きをする程に言い負かされ、ある程度は立て直しても僅かに精神面は不調だろうか。
チラチラと此方を伺い見る姿は可愛らしい物があるが、同時に僅かな苛立ちを覚える。あの天界にいるであろう女神の肉体ではなく快活でやんちゃな姿が似合うクリスだからだろうか。
『――私、この街にいらない女神ですか』
――いや、そうではない。見覚えがあった。
俺は覚えている。
泣き真似ではなく本当に苦しくて悲し気で、誰かに助けを懇願する姿に見覚えがあった。
物憂げな様子なんて絶対に似合わない悩みとは無縁そうなムードメーカーの姿を重ねる。
…………。
「たく……。しょうが――」
「カズマさん。一つ提案があるのですが」
「ん? なんでしょう」
そんな時、クリスが口を開く。
僅かに重い空気が漂う中、何かを決意したような眼差しを向けるクリス。
「その。盗賊団のお仕事は名声も何も得られないのです。ただ、代わりと言ってはなんですが」
「――――」
僅かに頬を赤らめながら自らを腕で抱くクリスは告げた。
女神エリスとしての雰囲気も混ざり合い、仄かに赤らんだ頬と妖艶ともいえる表情で。
「ちゃんと手伝って下さるなら。その、……少しくらいでしたらこの身体にエッチな事をしても良いですよ?」
「やります」
+
扉が開く音に顔を上げる。
「へい、らっしゃい。昨日の今日で来店したお客様。まだ開店していない早朝に何用かな? いや、分かっているとも。昨日に比べてやけにピカピカと見え難くなっておるが何やら面白そうな状況に着実に脚を踏み入れつつある男よ」
「ああ、暫く屋敷の方を留守にするからゼル帝を預かってて欲しいんだ。今度また面白そうな商品買うからさ」
「ほう。良かろう。精々二股でもかけて刺されるが吉とでた」
「二股じゃねーし!? まだしてないから!」
「……ふむ、女神なら人間じゃないので実質浮気じゃない。そもそも王女と付き合っていると明言してないので恋人でもないかもしれないからセーフだろう、と思い込み始めている性欲魔よ。それは貴族や王族には通じない浅はかな理論武装だと告げておこう」
「そんな事考えてないけど!? やめろお前、今見え難いんだろ!」
「一つ忠告するならば刺されても良いように腹回りの武装は強化するか、回復のポーションは常日頃から持ち歩くのが吉と出た」
「おっと、連れを待たせてるからな! 何言っているか分かんないがその鶏よろしく!!」
慌ただしく魔道具店の店から出ていく男の背中を見届ける。
扉が閉まり再び静寂が戻る中で、唯一先ほどの状況とは変わった物を見下ろす。
白い毛並み、赤いトサカを持つ立派な鶏は籠の中で静かに仮面の男を見上げる。
「ふむ。あの発光女もいない事だし、久方振りにゆっくりしていくと良い。ゼル帝よ」
「コケ、コッコッコー!」
+
「行こうか、お頭」
「うん。はい、荷物」
旅行用のバッグ、荷物を受け取り背中に背負う。
向かう先はテレポート屋、そこから王都に向かい少し離れた街に向かう予定だ。魔王城に向かった時以来の久方振りの遠出だ。
「ねえ、助手君」
「どうした?」
「めぐみんさんやダクネスに何も言わなくて良いの?」
「良いのって言うか、書き置きは残したからな。大丈夫だろ。そもそも……」
――そもそも、最近はずっとこんな感じだ。
魔王討伐後は色々と情勢も変わり始める中、互いの用事で屋敷に全員が揃っている時間も少ない。以前のような馬鹿をしたり尻ぬぐいをしたり冒険をしたりする訳でも無くなってきた。
酒の味を覚えためぐみん。たまに爆裂娘を連れて自分の信者にチヤホヤされる為にアルカンレティアにほぼ毎日向かうアクア。魔王を討伐したパーティーの一員としてベルゼルグ王国の顔に自信のある大貴族達からの求婚の日々にキレるダクネス。
それぞれが何だかんだと忙しく、たまに朝御飯などで揃う位だろうか。
「ずっと一緒に、か」
「助手君?」
「いや。あいつらも基本的に自由人間だし、今回の旅に関してはうるさい荷物も無いしちょっとした修学旅行の気分だわ」
「流石にアクアさんの事を荷物呼ばわりは止めてあげてよ」
当たり前の話だが俺はあいつらの保護者ではない。
口にするには気恥ずかしい物があるが、これまで苦楽を共にしてきた仲間という奴だ。
「そういえばあいつ。天界で仕事しているらしいけど、エリス様は行かなくてよろしいのですか?」
「エリス様は止めてってば! ……あたしの場合、今回はキチンと有給を消費して来てるから良いの!」
「ふーん。優秀ですねお頭は」
そんな事に対してドヤ顔をするクリスの薄い胸にそっと触れる。
もにゅんと一見なさそうな彼女の貧乳だが、それでも手のひらに感じる柔らかさは、彼女が紛れもなく女の子であるのだと俺に教える。
堂々と左手で彼女の乳房を衣服越しに揉んでいると、自分の胸が揉まれているという事を唖然たる面持ちで俺の顔と揉みしだく手を交互に見て。
「……ちょっ、ちょ、ちょっと! ちょっと!! 何してるの!? えっ!? ええっ!?」
「――かつて誰かが言った。貧乳はステータスだと! 希少価値だと。つまり自分で育て育む事の出来る素晴らしい物だと。誇れクリス。お前のおっぱいは最高だ。おっぱい!」
「誰? いやっ、そうじゃなくて!」
「おっぱい?」
「何を堂々とセクハラしているのさキミは!」
「おっぱい」
「ちゃんと喋ってよ! ぁ、こ、こら揉むな!」
「いったい……」
バシッと俺の手を叩き落としたクリスは慌てて自らの胸部を腕で隠す。
顔を赤らめて、涙目で睨んでくる姿には興奮を覚える物があるが、まずは自らに非が無いという事を証明するべく、肩を落として吐息した。
「おいおいクリス。昨日……、いや今日自分で言った事を忘れたのか? 確かいつでも好きに私の身体を好きにして良いですよって。俺はその契約に従ってるだけだが?」
「だけだが? じゃないよ! その話はちゃんと神器を回収してから、少しだけって話だよ!」
「は? 何言ってんの? お前が盗賊をやるのを手伝う際に自分の身体を使って良いって言ったじゃん。そして俺は今回の神器奪取の活動に関して現在進行形で手伝っている。つまり、既にお頭のおっぱいを揉んで大きくする事も合法スティールを食らわせても文句は言われない筈だ。流石にちょっとエッチな展開ぐらいならって考えているなら都合が良すぎませんかねぇ」
「――――」
「あっ、言っておきますが、頬にキスみたいな子供だましではないですよね。そんな映画のラストみたいなオチでしたらアクセルの街に住む住人や冒険者にクリスの事を『パンツ脱がせ魔の師匠』呼びを定着させますから。自分の発言には責任もってくださいね。エリス様」
「ぅぅ……。やだ……、汚される。もうお嫁にいけない身体にされるよぉ……」
「その時は俺が貰いますよ。結婚しましょうエリス様」
「エリス様って呼ばないで……」
「可愛いですよエリス様」
「くぅぅ……ッ!」
セクハラをする度に初々しく恥ずかしがる女神は可愛らしい。
心が洗われるというべきか、手の届かない存在だからか、アクアのように気安いのだ。
「ほら、エリス様。俺の聖剣見て下さい。エリス様のちっぱいのせいで爆裂魔法を撃つ準備に入ってますよ」
「そのちゅんちゅん丸を落ち着かせて下さいカズマさん。あと公共の場でそんな事していると本当に天罰を落としますよ。例えば駆け込んだトイレには必ず先約がいるとか」
――今更ながら女神を引き連れたこの小旅行が楽しいと思い始めて。
「すみません天罰は止めて下さい。……ちょっとテンションが高くて。結局寝てませんし」
「それは……。まあ此方にも非はありましたから。ただカズマさん」
「はい」
「できればもう少し。……そうですね。せめて公共の場ではアイリスさんの時みたいに紳士を心掛ける方が女性にとっては好ましいですよ」
「はい。気を付けま、……今なんて?」
思わず隣を歩く彼女を見ると。
クリスは。否、女神エリスはくすくすと笑って。
「私は女神ですから。――魔王を倒した勇者の事はちゃんと見てますよ?」