「――この貴族に見覚えある?」
「知らない」
テレポート屋を経由して到着した王都。
当時魔王討伐の為の最前線でありこの世界に転生してきた日本人たちも数多く拠点としている国の首都だ。この国で最も栄えている都会はアクセルとは異なりやはり人通りは多い。
人混みの中で聞こえる喧騒や馬車の音など騒々しい音が鼓膜を掠める中で、俺は隣を歩くフードを被った盗賊職の銀髪少女に目を向ける。
彼女が此方に渡してきたのは一枚の絵。
この異世界は日本人が偏った知識を披露する事で一部の技術が飛躍的に特化している。インフラ関連や食事といった物が最たる例だろう。とはいえこの異世界で写真技術は発達しておらず絵の上手い人物が似顔絵を描く事で対応している。
「まあ美人だと思うけど、好みじゃないな」
「そんな事を聞きたい訳じゃないんだけどね」
絵には金髪青目の女、貴族が描かれていた。
おそらく年齢は二十を過ぎた程度だろうか。
その絵をジッと見ても全く身に覚えも無い為軽口を混ぜて聞き返す。
「悪そうな顔には見えないけどな。……もしかして親戚とか?」
「違うよ。知らないなら良いんだけど」
「ふーん。……要するに忍び込む家の家主がそいつって話だろ?」
「その通り」
王都の道、アイリスが住む王城から遠ざかり、俺とクリスは他の街へと向かう乗合の馬車に向かう。今回の獲物となる貴族の女が隠しているとされる神器は王都の屋敷ではなく別荘となる王都から少し離れた別の街にあるらしい。
そんな説明を受けながら荷物を積んである馬車の空いた席を購入し座る少女。それなりに重要機密な話をする事と個人的に他の人間と乗りたくなかったので、金に物を言わせて他の席も買い占めたがクリスとしては都合が良かったらしい。
「そのフード意味あんのか?」
「あるよ。前回の王城侵入から大分時間が経過したけど、銀髪ってだけで疑いの目が向く可能性もあるからね。王都にいる銀髪の人って珍しいし人目も惹くから。一応これもある程度の認識阻害の魔法が施された一品だよ」
そういって鼠色の外套を羽織っていた彼女は人目も無くなったとの事でフードを脱ぐ。
ふわりとショートの銀髪を揺らすクリスを横目に、彼女の身体に密着するように隣に座ると、近すぎたのかジロリと俺を見るだけで、何も言わずに数枚の紙切れを渡してきた。
受け取り開くと目に入るのは、恐らくこれから侵入する予定である屋敷の見取り図だ。
「一応、カズマ君も確認しておいてね」
「よく手に入ったな」
「うーん。偶然、運よく手に入っちゃってさ」
「偶然」
「あたしって運が良いからね」
何がおかしいのかクスクスと笑う盗賊の女。
そんな事を話している間に先頭に多くいる馬車群がそれぞれの街を目指して進み、一台、一台と別の道を進んでいく。そんな光景を馬車に取り付けられた窓、カーテンの隙間から俺は見届ける。
「ところで近くない?」
「エリス様と密な距離にいたくて。そろそろ寒くなってきたし」
「エリス様って言わないで! ……全く、キミってばちょっと気を許すと際限なくセクハラしてきそうで怖いよ」
「怖がらなくてもこの仕事が終わったらセクハラじゃすまない事するから安心してくれ」
「今の言葉に安心の要素ってある?」
「大丈夫だって。ちゃんと酒も買ってきたし準備はバッチリ。それに俺だって流石にいきなりの青姦はハードルが高いからさ……」
「待って!? 何か飛躍してるよ!」
身体を休めつつも夜の相棒と雑談をしていると床に振動が伝わる。
ある一定の振動、馬車に備え付けの小窓を見るとゆっくりと移動を開始するのが分かった。
「――そういえばキミはあんまり旅行とかしないんだっけ」
「あいにく旅行とか外出とは無縁だしな。なあ知ってるか? 俺がアクア達と一緒に行く旅行ってさ! いっつも魔王軍幹部とかヤベーのに遭遇するんだけど!! ……最終的には引き籠ってあんまりアクセルから出なかったな」
「きっとそういう星の下に生まれたんだよ」
「嬉しくないな……。クリスは?」
「あたしはね、これでも結構色んな場所に行ったりしてるよ。盗賊職を募集しているパーティーに加わってちょっと遠出したりもしたね」
「ほぉ。凄いじゃん」
そういえば俺たちがアクセルの街周辺にいる間も、隣に座る彼女は様々なパーティーに加入し色々なクエストを受注していた。
盗賊スキル持ちが二人いても困るからと俺たちのパーティーへの勧誘を断ったクリスは、それはもう八面六臂な活躍を繰り広げ、多くの冒険者たちに手を差し伸べてきたのだろう。
そんな俺の反応に関心を示したと思ったのだろう。
青紫色の瞳に俺を映し、にんまりと頬を緩ませる盗賊娘。
「……聞きたい? あたしの華麗な冒険話」
「いや別に」
「ちょっと! ここはお頭の話を聞く場面でしょ!」
「そのお頭に睡眠時間を奪われて助手は眠いんだよ。あれがパワハラって奴ですね。それに今日の夜明け頃には色々と凄い事をするつもりだし。仕事前に体力を削りたくないから昼寝するわ」
「あ、うん」
「……クリスは素直で良いな」
「な、何? 急に?」
「いや、アクアだったら暇だから構いなさいよ、ヒキニート! って喚くだろうしダクネス辺りなら呼吸するだけで硬い物が大好きなモンスターとか呼び寄せるし。……幸運の女神による確約された安眠って最高ですわ。クリス最高。愛してる」
「……! そっ、そう。良かったね」
ポリポリと頬の傷を指で掻く盗賊娘。
おざなりな褒め言葉だったが純情無垢な女神には効いたのか。
仄かに頬を赤らめる少女はそっと俺から目を逸らす。
「じゃあ、クリス。膝枕して」
「うん。……なんて?」
「膝枕して。良い感じの枕なんて無いからさ。お前が枕になって」
「はあああ!? なんであたしが!」
「あっ、眠いわー。でもこんな硬い板の上で寝たら絶対に寝違えて、仕事失敗するわー。心苦しいけど睡眠不足を補う唯一の存在に断られたら仕方がないわー!」
「キミって最低だね……」
おっとゴミを見る目ですね。
養豚場の豚を見るかのような女神兼盗賊の眼差しに僅かな興奮を覚えると、もはや言い争う事が面倒だと感じたのか小さく溜息を吐いた彼女は体育座りの体勢を止めて両脚を馬車の床板に伸ばした。
ニーソに包まれた程良い脂と肉に覆われた脚をポンポンと彼女は叩く。
「これで良い?」
「……もう少し色っぽく。復唱して『どうぞご主人様。私のいやらしい脚を枕に――』」
「あんまり調子に乗ると馬車から蹴落とすよ?」
「すみません」
中身が女神だからと言っても堪忍袋の緒という物も存在している。
決して軽くはない頭を下げると、再度吐息を吐くクリスは俺の後頭部を手で掴む。
まさかアイアンクローか掴んだ頭部に膝蹴りでもするつもりかと暴力の気配に内心ガクブルとしていると床を向いた俺の頭は更に下方向へと押される。
土下座が見たいのかと思い、俺の後頭部を掴む力に素直に従うと顔面に柔らかい感触が。
顔面に感じる独特の感触。
温かさと柔らかさと女特有の甘い香りが俺を包み込む。
「…………ふむ。悪くないな」
「なんで上から目線なのかな?」
「なんとなく。これが神の膝下かって思うと自分が偉い人になった気分でして」
「そ、そっか。……あの、自分でしておいてなんだけど仰向けになってくれる? うつ伏せだとちょっと恥ずかしいから」
「お構いなく」
「いやあたしが構うんだけど」
「良い匂いだ」
「か、嗅ぐの禁止!」
短パンとニーソの間にあるすべすべの柔肌に頬擦りをしながらクリスを見上げると今更ながら膝枕が恥ずかしいのか顔を赤らめている。
見慣れぬ角度からの初々しさのある恥じった表情に思わず俺は笑みを溢した。
「ローアングルで見上げるエリス様も可愛らしいですね。なんか、こう……良いですね」
「エリス様は止めてってば! あと今のキミって凄くおじさん臭いんだけど! ……ちょ、ちょっとこっち見るの禁止ね」
揶揄うとますます頬まで赤らめる少女に頬が緩むと、形の良い眉を顰めた彼女が暴力的手段に出る前に仰向けになれという指示に素直に従う。
再度ジッと銀髪の美少女の顔を見上げると俺の目元を柔らかい手のひらが覆い隠した。
+
「助手君の仮面姿、久しぶりに見るね」
「というか、盗賊団としての活動も久しぶりだな」
馬車で三時間で目的の街に到着。宿を見つけて下見に一時間。
侵入ルートの確認と外食、二回目の昼寝(膝枕抜き)を済ませた後。
時計の針が上を向く頃、俺とクリスは闇夜に身を潜ませて目的の貴族の別荘に侵入していた。
クリスは黒のスパッツに黒のシャツ、ナイフと軽装だ。口元を覆うのは同じく黒色のマスクで唯一浮き出ている色は夜風に揺れる短くも美しい銀髪だ。
最初期は銀髪盗賊団と呼ばれた元となった彼女は近くで見ても美少年といった所だ。
対する俺も黒を基調とした装束だ。
黒色のブーツ、ロープと短剣といった武装に、燈色の襟巻がアクセントとなっている。
そして装着した口元の空いたバニルマスクを装着する事で盗賊団の右腕に変貌していた。
「……一応賞金首として指定されている名称は銀髪盗賊団だったよね」
「ああ、アレ。アイリスに頼んで仮面盗賊団に変更して貰った」
「何してるの!?」
「そろそろ俺たちも三億の賞金首になりたいですね」
「あたしとしては寧ろ下がって欲しいんだけどな!」
財力、権力、そしてイケメンが世界を制する世界だ。
小声で悲鳴のような声を上げる器用な少女を無視して周囲を見渡す。
塀を乗り越えて庭から入り込み侵入したが未だに見回りの数は想定よりも随分と少ない。
「今後はお頭も仮面つけてくださいね。良ければプレゼントしますよ」
「うん……。まあその辺りは任せるよ」
俺が拠点を置いているアクセルの街は基本的に治安が良い。
理由としては犯罪となりえる要因がサキュバスの経営する店によって浄化されるからだ。性的な欲求や暴力的な衝動など、力の強い冒険者の理性が強いのは夜な夜なサキュバスのお姉さんが望んだ夢を通じて精を採取するからである。
そういった男達にとっての理想郷は他の街には少ない。
モンスターと人の共存が難しいといった諸々の理由が存在し、結果的に世紀末とまで言わずとも治安は決して良いとは言い切れない。だからこそ貴族が己の財産を守る為、警備員を雇ったりするなどの対策を講じるのは必然と言えるだろう。
「あれ……?」
「お頭。静かに」
「あ、うん。ごめん」
思ったより数は少ないが警備がいないとは言っていない。
今宵は満月ではないが襟巻と仮面の二つのアイテムによる底上げがあるから調子は良い。
敵感知スキルが此方に歩み寄ってくる存在を主に教え込み、俺もまたクリスに目線で告げる。
「……」
「何? ぁ……!」
頷くクリス。
潜伏スキルを使用する為、彼女を壁に押し付けるとジロリと睨まれる。
「ちょっと助手君。くっつき過ぎじゃない? 潜伏スキルなら十分に発動しているよね?」
「すみませんお頭。盗賊業は久しぶりなので少し動きを忘れてて……。あと、お頭だって今のジェスチャー忘れてたよな」
「アレは助手君のパントマイムかと思って」
「引っ叩くぞ」
抗議の視線を向けてくる女盗賊に抱き着きながら数秒。
壁の染みと化した俺たちの前を欠伸をした警備員が一人歩いて行く。
……盗賊業が久しぶりなのは嘘ではない。
自慢ではないが魔王討伐後はアクアやめぐみんと共にかつてのヒキニート時代と何ら変わらないような生活を過ごし、ダクネスにガチギレされた時期があった。
今でこそ真人間に戻り人としての生活を送っているがそれまでの活動においてブランクがある。なのでクリスと悪徳貴族専門の盗賊を行うにはある程度の動きを思い出す必要がある。
「……お頭、ちょっと良いですか」
「何? というかまずはお尻から手を放して欲しいんだけど」
「今日はウォーミングアップという事で俺が基本的に衛兵を倒しますね」
「えっ、ちょっと」
ジト目で此方を見る盗賊から手を離し、疾走スキルで駆ける。
完璧に背後を取り、迫り寄る俺へと振り向く前に背中に触れドレインタッチを行う。
「だ……っ!」
咄嗟に叫ぼうとする衛兵の口を塞ぎ、約一秒程で意識を奪う。
スキルも調子も良好であり、物陰に気を失った警備員をそのまま放置して数分。
「……ん? おい! ぐっ!!」
「あれ? おい寝てんじゃ……ごふっ」
居眠りしているように装った警備員に釣られる同僚達を無力化していく。
元々警備は手薄であった事もあり練度も低い衛兵たちは俺の手によって意識を奪っていく。
「ふっ、造作もない」
「凄いね助手君。でも全員倒す必要性は無かったんじゃないかな」
「これは感覚を取り戻す為に必要だったってのと、まあ撤収する時にスムーズに出来るようにという事で」
「う~ん。ブランクなんて全然ないと思うけどね」
「まあ慎重で悪い事はないだろ」
「助手君は慎重というよりは臆病じゃないかな? チキンだよね」
「ははっ、言うじゃないか。……ちょっと怒ってる?」
「怒ってない」
その後もスムーズに屋敷の捜索は進み、クリスの案内に従い主がいる部屋に向かう。
盗賊娘曰く家主の部屋付近に宝感知が引っ掛かったらしい。
「で、ここか」
キチンとカーテンは閉められ暗闇を孕んだ部屋に忍び込む。
油のささった扉は静かに開き、足音を立てずに入り込むと貴族らしくはない簡素な部屋だ。
別荘だからとは言えども、貴族らしい金に物を言わせて購入した絵や壺などの装飾品はまるでないのは住まう貴族が不要だと判断しているからか。
「……助手君。あのね」
「しっ、起きる前に金庫を開けて下さい」
「そうじゃなくて。さっきから宝感知をしてるんだけどね。全然それらしい物を感じないの」
「――――」
「…………」
「どういう事?」
「分かんないけど。数日前まであった反応がないんだよ。もしかして、どこかに移動したか誰かに売ったかもしれない」
「……どこに?」
「さ、さあ?」
頬を掻き曖昧な笑みを浮かべるクリスに僅かにイラっとする。
とはいえ、困惑した様子の彼女を見るに誰かに売り渡したという可能性も高いだろう。
「仕方ない。撤収を――」
「う、ううん? そこに誰かいるの?」
「――『スティール』! そして『バインド』!」
「えっ? きゃあ!」
ベッドの近くで話せば睡眠の質が浅い人間ならば起きる事もあるだろう。
寝ぼけ眼で上体を起こす貴族の女に、俺は咄嗟にスティールを行い盗んだブラジャーを使用してバインドを行う。流れ作業のように彼女を寝台に押し倒し布で目元を塞ぐ。
「――動くな」
「は、え……だ、誰?」
「少しでも動いたらお前が着ている衣服を全てスティールしていき、餓えた衛兵どもの前に差し出す。欲望に満ちた男達の前にその熟れたいやらしい身体を差し出せばどうなるか。ナハハハ! ……この意味が分かるな? オォン?」
「ひぃ!」
「うわぁ」
背後からドン引きしたような声色に、そういえば腰にロープがあった事を思い出す。
とはいえ、過去を振り返る事は出来ないものだ。ブラジャーの拘束は解けない。
コクコクと頷く貴族の女から少しでも情報を得るべく声を意識して変えて話しかけた。
「――知ってる情報を吐くだけ吐いて貰おうか」