「アウリープ? その貴族が借金の代わりに持って行ったんだな?」
「ひゃい! そそそ、そうです。我が家の借金返済の為に買い取られていきました」
「本当だな? 嘘だったらまたくすぐりの刑と衣服を一枚剥ぐからな。もう一枚の薄いパジャマしかないが、泣こうが漏らそうが俺の両手の進撃は決して! お前の衣服を全て剥くまで! 止まらないと知るがいい!!」
「ほ、本当です!」
ガクガクと震える女体を抑えつけながら俺は貴族の女から情報を吐き出させていた。
俺が組み伏せた借金持ちの貴族の女は神器の詳しい性能については知らないがソレを持っている事を借金主、アウリープという男爵に話すと目の色を変えて借金の利子として持ち帰っていったらしい。
「よし、次はスリーサイズを教えろ!」
「ええっ!? それは、ちょっと……恥ずかしいので」
「はぁん? あんたのその熟れた身体のどこに恥ずかしい要素があるんだ? 誇れよ、寧ろその豊満な胸を張れよ! 貴族ってのはどいつもこいつもエロい身体しやがって。アレか。普段から良いもん食ってるから差が生まれるのか! えぇ? どうなんですか?」
「そ、そんなこと言われましても。我が家はそこまで裕福という程ではないのですが」
「俺の相棒がさぁ! パッド付けないといけない程のコンプレックス、ちっぱいに持ってるんだよ! 謝れよ! 謝って! そのうち良い男を捕まえられそうな最高にエロい身体に成長してごめんなさいって! 貧乳も良いじゃんって! さあ、早く!」
「ご、ごめんなさい。巨乳の良い身体でごめんなさい! 貧乳も、ぷっ。良いですよ。……ところで良い男を捕まえられそうって話について詳しく」
「笑った! 今笑ったよこの人!」
「お頭うるさいですよ。……ん? 本当だよ。大半の男なんて紳士の皮を被った狼だからちょっと胸に腕を当てればイチコロだって。失敗してもセクハラしたって事で訴訟起こして金を毟り取れば借金だって返せる。これを繰り返せばアンタは行き遅れじゃなくなるとも」
「……なるほど。もっと詳しく聞きたいのですが、先ほどのプレイと良いその渋いお声と良いさぞかしイケメンの殿方でしょうね。……失礼ですがお名前を伺っても宜しいですか?」
「ああ。イケメンな俺の名は、何を隠そうサトゥ!?」
「こらぁ!」
手刀状にしたクリスの手が俺の脇腹を直撃する。
マスクをしていても分かる程に赫怒に染まった貧乳少女がギロリと俺を睨みつける。思ったよりも白熱してしまった名も知らぬ貴族の女への質問は中断される。
同時に相棒の容赦の無い一撃に声を出せない程度に思わず膝を付く程度に悶絶しつつ、一周程廻って冷静になった頭脳が迂闊な行動に出る寸前だった事に気づく。
己の下着に拘束され目隠しをされながらも頭の回る優秀な女だ。話術で俺を油断させる事で自らのペースに巻き込み情報を得ようとしたのだろう。その手腕に俺は驚愕した。
「サトゥ様!? おのれ、推しに貢いだ金の回収方法と私の婚活攻略術を聞いていたのに邪魔しおって! 貧乳の分際が! 解け! ぶっ殺してやる!!」
「貧乳、貧乳ってうるさいよ! というか借金ってそんなしょうもない理由なの!?」
「しょうもないとは何! 格好良いお兄さんに夜な夜な可愛がられる事の何がいけないっての!」
「――そうさ、悪い事なんてないさ。お姉さん、名前を伺っても?」
「セリーナよ。イケメンのお兄さん」
「んっふ。分かってるじゃないかセリーナ。ん……俺と一夜のパーリーナイトしない?」
「見えてないよね? っていうか助手君は別にイケメンじゃないよ?」
「そうでしたか。でしたら結構です」
「お頭ァ!!」
俺の名前は佐藤和真。
真の男女平等主義者。たとえ仕事の相棒だろうとドロップキックを決める男。
女を下敷きにし、クリスと掴み合いになっているとバタバタと此方に走り寄ってくる複数の反応を敵感知スキルが俺に教えた。真っ直ぐにこの部屋に向かうという事は先ほどドレインタッチで体力を奪った衛兵が復活したのだろう。
「ちっ、時間切れだ。――『スリープ』」
「……ぁ、ぅ」
睡眠魔法を使用してなお、ドレインタッチを使用していた魔力量はあまり減ってはいない。柔らかい拘束具をズボンに仕舞いそそくさと眠りについた令嬢の衣服と布団を整えると、既に脱出口としていた窓際にいるクリスがなんとも言えない微妙な顔をしていた。
「助手君。早く!」
「……なんですか、その顔」
「うん? えっと、これは悪口とかじゃないんだけどね」
「はぁ」
「――キミって一家に一台欲しいなって」
+
王都の高級宿は決して名ばかりの物ではない。
アクセルの街とは違い、小型ではあるが部屋の中に小さな浴槽が設置されている。フロントで頼むと別料金で専属の魔法使いがお湯を入れてくれるというシステムだ。
とはいえ、それは魔法を使わない人限定であり、初級魔法を取得している俺にとっては自力でお湯を生成する事が出来る。クリスが俺の事を万能器具のようだというのも頷けるだろう。
「あー疲れた」
魔力自体は大して消費してはいない。
ただほんの少し前まで夜の仕事をしていた身としては、こんな些事を行うよりも今すぐにでも酒を飲むか眠りたい気分なのだ。
そんな訳で、勤勉に何かの資料を読み漁るクリスの前に大皿とグラスを持っていく。
「んー」
「ほら、酒飲めよ。焼き鳥だってあるぞ」
「でも、神器の行方も気になるし。ここで逃すと暫くは見つからないと思うんだよね。アレって結構危険な代物だし」
「そんなの明日でも良いだろ。急ぎじゃないんだ。明日の事は明日の俺たちに任せようぜ。今日の俺たちはしっかりとやる事をやったんだから。……ほれ、食え」
「ん、んぐ。うん、……美味しいね! この肉カモネギ? 高かったでしょー」
「遠慮せずに食えよ。って言っても全部露店で事前に買ってた奴だけどな。高級露店なんて需要あるのな」
「貴族の使用人とか使い走りで買う事もあるらしいね。……というか、馬車に乗る前に何やってるのかって思ったらこんなの買ってたんだね」
「どうせここを仮拠点とするんだったら成功にしろ失敗にしろ、ちょっとした宴会をクリスと開きたくてさ」
「ふーん」
「なんだよ」
「カズマ君は優しいなーって」
「は」
何か疑わしい目を向けてくる彼女に鼻で笑い返すが一応は事実である。
今回の作戦では成功、失敗に関わらず速やかに屋敷から脱出したらテレポートで王都に戻る。荷物などは全て王都の高級宿屋に全て預けておいた為、証拠なども残りにくい。
我ながら完璧と言える作戦では無かっただろうか。
「まあ、テレポートとか使える時点で魔法使いなら大分高位にいるだろうし、普通ならそれなりの役職につけるだろうね。わざわざ盗賊職と一緒に本物の盗賊を行う必要性は無いからね。あ……、義賊ね」
「言い直さなくても分かってるって。ほら、乾杯しようぜ」
「何に乾杯するの? 盗賊の方はあんまりだったけど」
「んー? 情報は得られたし問題は無いだろ? そんな訳で愛しのエリス様に」
「何がそんな訳なんだか……、カズマ君に」
「あれれ、お頭? 飲む前から頬が赤いですよ」
「うるさいよ」
カチン、と澄んだ音が二つのグラスに生まれる。
俺は果汁酒を、クリスはクリムゾンビアをそれぞれ飲む。
焼き鳥と酒を頬張る女神様というレアな光景を目にする訳だが、よくよく考えると少し前まで先輩の方の女神が酒を飲む姿から吐く姿までしっかり見ていたのを思い出す。
「……」
「ん……、腿肉が柔らかくて良いね。そして」
グビリとグラスに入れた酒が彼女の胃袋に注がれていく。
「くぅ……ッ! 仕事終わりの一杯は格別だね! ほらカズマ君も飲んで飲んで」
「お、おう」
「そういえばカズマ君はあんまりお酒好きじゃないんだっけ」
「まあ、嗜むぐらいで愛飲するって程でもないな。たまにアクアが秘蔵する酒を飲むくらい」
「……キミはアクア先輩の事、本当に好きだねぇ」
「今のどこにそんな要素があるんだか」
決してオッサン臭いなどと言ってはいけない。
洒落たグラスではなくジョッキに注ぎながら俺も食欲を満たす。
「……」
「……ねえ、この匂いは?」
「ああ、アロマですよ。良い匂いでしょ、媚薬効果があるらしいです」
「ふーん。……ん?」
「ほら、グイっと。お頭のちょっと良いところ見てみたいー!」
「ねえ、今媚薬って言った?」
「言ってない。……おいなんだその目は。俺の注いだ酒が飲めない訳じゃないよな。おら、飲め。もっと飲め! 飲んで食っていこうぜ!」
食欲が満たされれば人間には性欲と睡眠欲が残る。
睡眠など取りたい時に取れば良い。だがもう一つはそうではない。
仕事は既に終えた。
そして残されたのは女神との約束である。
目の前の女の身体を好きにして良いと言われたのだ。あとはタイミングだ。最良で最善で最適なタイミングで目の前の盗賊娘をベッドに誘い込む。
彼女の背後にあるベッドは一つのみ。どのみち荷物を置く為という名目で一人部屋にしておいたのだ。夢で散々予習も行ってきた。
――今、予習の成果を発揮しよう。
「クリス」
「うん?」
グビリとジョッキを傾け、美味しそうに酒を飲む彼女は俺の呼びかけに目を向ける。
照明を反射する青紫色の瞳は光の角度による物か、本体である女神の瞳と重なって見えて。
「セッ〇スしようぜ」
「ごばっ……!」
散歩に行こうぜ、の感覚で話しかける。
クリスは口に含んだ酒を吹くように吐き咽る。
「ちょ……げほっ、ごほっ、ふぁ、ふぁっ!?」
「よくよく考えたら約束もしているし、回りくどくやるとクリスのペース的に酒で眠るオチもありえそうだなって。和姦成立しているしもう直球で勝負しようかなって」
「直球すぎない!? 女神もビックリの剛速球だよ!」
「うけるー」
「うけないよ!」
目を白黒とさせる彼女の横に座り込み肩に手を廻す。
腕に抱いたクリスは思った以上に華奢な身体をしておりピクッと身体を動かすが、どこかに逃げ出す素振りは無い。
「ほら、約束してくれたじゃないですか、エリス様。ここまで頑張ってお膳立てしたんですから経験豊富、百戦錬磨の年上らしく俺を神リードしてください」
「り、リードって、そんな」
「え? でもエリス様ってアクアより後輩って言っても結構な歳なんじゃ――」
「サトウカズマさん。それ以上続けたら本当に天罰を落としますね。あと天界は基本的に時間の流れがゆっくりなんです」
「すみません。調子乗りました」
とはいえ土下座するつもりも、腕に抱いた彼女を離すつもりもない。
酒で血の巡りが良くなったのかほんのりと頬を赤らめるクリスと見つめ合う。
……改めて見るとクリスという盗賊は美少女だ。
ショートの銀髪、スレンダーな身体は触れてみると女体である事を意識させる。決して胸が大きい訳ではないが、しっかりとくびれたく腰やホットパンツに包まれた柔らかな臀部や太腿はいつまでもこねくり回したくなる。
至近距離で見る肌は染み一つない透き通るような雪肌は男の目を惹きつける。
「ん……ちょっと、くすぐったい」
その肌に触れたくて何となしに頬に触れる。
ふにゅんと手のひらに感じるシットリとした肌は吸い付くようだ。そんな風に手のひらで彼女を感じていると、ふいっと俺から視線を外すが触られる事に抵抗はないのかされるがままだ。
「…………」
「……ん」
聞こえるのは心臓の鼓動。
目に見えるのは美しい銀髪、否。薄紅色の唇だ。
親指で触れるとふにゅりとした感触と共に柔らかく形を変える。
男のガサツな唇とは違い、瑞々しく温かい女の唇が俺の指に柔らかさを返す。
チラリと此方を見る青紫色の瞳は熱を帯びたかのようにトロンとしている。
酒の酩酊感による物か、それともこれからするであろう行為に対しての興奮なのか。経験の乏しい俺としては後者であって欲しいが、それはあくまでも身勝手な期待でしかない。
相手が何を考えているかなどきっと目の前の神ですら分からない。
――だから行動に移すのだ。移さなくては、ならないのだ。
「――――」
ふと、チクリと胸中に棘が刺さったかのような痛みが奔る。
それは何による物か。目の前への相手に対する『約束』をゴリ押しにした事か。
或いは、ここにいない誰かの、見てはいない誰かへの罪悪感なのか。
高鳴る鼓動に胸が痛む。
耳の奥で血の巡る音が聞こえる。
今更、止める事は出来ない。そのつもりもない。
目の前の美少女に、匂いに、雰囲気に、熱を孕んだ眼差しに、どうしようも無い程に呑まれた男が、性行為を覚えたての思春期の男が抗える物ではないのだから。
即ち――、
「それはそれ、だ」
「ぇ……?」
「目を閉じろ」
「ぁ……うん」
佐藤和真の得意技は明日の自分に任せる事だ。
明日生きている保証なんてない。実は明日が寿命でしたという事もある。
ならばこそ、今この瞬間を生きる俺は後悔など決して残してはいけないのだ。
小さく呟いた俺の魔法の言葉の意味が分からず小首を傾げるクリス。
銀髪の少女に意味を告げる事はなく、そんな小動物のような仕草に苦笑を抱きながらゆっくりと、確実に顔を近づける。近づけていく。
「――――」
「――――」
くしゃりと彼女の手が俺の衣服を掴み皺を作る。
観念したかのように瞼を閉じたクリスはそっと自ら顔を近づける。
ゴクリと喉を鳴らし、近すぎてぼやける視界を諦めて、俺もまた目を閉じて唇を窄めて。
――ガチンと唇に痛みが奔った。
「いったー!」
「いてて……、マジかよ。……マジか」
距離を離し思わず唇を手で押さえる。
焦り過ぎたからか、唇を通り越して相手の歯に当たったようだ。
僅かにヒリヒリとする唇を抑える中で、俺は自分の情けなさに死にそうになっていた。
「ここは決めるべきだろ、俺……」
もはや行為とかそんな雰囲気ではない。
冗談抜きでサトウインポになりかねない最低の気分で、同じく手で口元を抑えて悶えているクリスから無言のまま目を逸らしてベッドに潜り込む。
鼻腔を擽る媚薬成分があるとかいうアロマの匂いが、今はただ鬱陶しかった。
「死にたい」
「あ、はは。やっちゃったねー」
苦笑するクリスの声が背中から聞こえるが、どうでも良かった。
もう駄目だった。苦笑すら俺を中傷する悪魔の嗤い声に聞こえてきた。
こんな気分になるのは女オークに襲われた時以来だろうか。
「……鬱だ」
「カ、カズマ君? 大丈夫?」
「エリス様。どうか目覚めたら全て忘れてますように」
「あたしは忘れないよ」
どこかにいる神にささやかな祈りを捧げるが。
最も近くにいた神は残酷にも子羊の哀れな祈りを叶えるつもりはないらしい。
「カズマ君」
「ほっといて。酒でも飲んで寝たら? ベッドは俺が使うから」
「…………」
陰惨とした気分だったが部屋から出る気も背後を振り向く気も無い。
今の俺に出来る事は睡眠を取り、明日の早朝速やかに屋敷に帰る事だけだ。
暫くの間、室内には静寂が広がる。
正確には眠ろうとする俺を余所に、グラスに酒を注ぐ音だろうか。
……少しはフォローしろという理不尽な思いは仕方がない。
グビグビと喉を鳴らして豪快に飲む姿は振り向かずとも分かる。
目を閉じたからか聞き耳スキルのように聴力が僅かに敏感だからか、ことりとグラスを置くクリスが俺の寝るベッドに入り込んできた。ギシリとベッドが軋む中、目を閉じていても俺が眠った正面方向に回り込み横になるのが分かった。
一体何のつもりなのか。遅いフォローをするつもりなのか。
起きている事を悟られないように、しかし耳に神経を集中する俺に。
「カズマ君、起きてる?」
「――――」
「さっきのキスは酷かったね」
「――――」
明け透けな言い方に思わず俺は絶句した。
無言のまま身構える俺を余所にクリスの囁き声が至近距離で聞こえる。
「でも」
「――――」
だが、ボロボロとなったガラスの心を溶かす鈴音の笑い声は邪気の無い心地良い物だ。
ベッドから叩き出そうという意思すら萎えた俺の頬を撫でる女のくすくすという笑い声は、決して嘲笑の類では無かった。ともすればそれは、呆れのような苦笑とも呼べる物で。
「こんなファーストキスなら、絶対に忘れないよ」
瞼を開けると女神がいた。
女神のような柔和な笑みを浮かべるクリスがいた。
そんな微笑を呆然と見ていると、距離が縮まる。
唇に触れる感触。キスだ。クリスからキスをされた。
もう眠ってしまったのか、夢にしては随分と都合の良い女神は。
「サトウカズマさん」
「――――」
「約束通り、エッチな事。……しましょうか」
そんな淫靡で素敵な誘い文句を口にした。