インフィニット・オーケストラ ~咲き乱れる百合の花~ 作:とんこつラーメン
「長男の『
千冬の隣に座る百華は、衝撃的な発言をした後で淡々と話し始める。
横で驚きの余り空いた口が塞がらないでいる千冬を無視して。
「お…お前が男だった…だと…? そんな馬鹿な……お前は間違いなく女じゃないか……」
「そうね。確かに、今の私は正真正銘の女よ。この口調も、女として生きていくしかない事が避けられないと知った時に、無理矢理に変えたの。もう二度と、男らしく振る舞う事は不可能でしょうね。なんせ、男として生きてきた時間より、女として生きてきた時間の方が長くなってるから。完全に女としての習慣とかが体に染みついてしまっている」
息を吐き、微笑を浮かべながら肩を竦ませる。
その顔を見て、千冬はすぐに理解した。
百華は全てを受け入れてここにいるのだと。
「どうして私がこんな風になったのかは後で話すとして、、まずは色々と順を追って説明しないといけない」
窓の外から見える月を見つめ、百華は静かに語り出す。
千冬が知らない『真実』を。
「本来は五人兄弟だった私達は、まともに顔を見る暇も無く自分達の弟と無理矢理に引き離された。けれど、私達は万夏兄さんがいてくれたお蔭で何とか頑張れた。よく兄さんは言っていたわ。『いつの日か、こんな所なんて抜け出して、皆で一夏に会いに行こう。そして、五人で力を合わせて生きていこう』って」
「……………」
「結局、それは永遠に叶わなくなってしまったけど」
「私が…一夏を連れ出してしまったせいで……」
「そうよ。一つ聞きたいんだけど、貴女はどうして一夏を連れて行ってしまったの? 資料によれば、貴女と一夏との間には殆ど接点なんて無かった筈だけど?」
必ず聞かれると思っていた質問。
本当は誤魔化したい。嘘をつきたい。
けれど、それだけは絶対にしてはいけない。特に、この場では。
もしも嘘をついてしまえば、間違いなく取り返しのつかない事になる。
千冬はそう確信していた。
「……一人で逃げ出す勇気が無かったんだ」
「……なんですって?」
「心細かったんだ……仮に逃げ延びられても、一人で生きていく勇気も自身も無かった……だから…誰でもいいから一人だけ連れて行こうと思った。それが……」
「一夏だった…ってわけね」
百華の拳が怒りに震える。
感情に任せて拳を振るえば、千冬は簡単に殴られてくれるだろう。
だが、そんな事なんて百華は望んでなんかいないし、意味も無い。
それを理解しているのか、マドカと厚志、真紀もまた必死に我慢していた。
「つまり、貴女は一夏を選んだわけじゃない。咄嗟に選んだのが偶然にも一夏だった……ってわけ?」
「あぁ……本当に済まない……」
唇を噛み締めて、自分のやってしまった事を今更ながら思い知る。
だが、どれだけ悔いても過去は戻ってこないし、死んだ人間は決して生き返らない。
「もしも、何かが違っていれば、貴女の傍には私や兄さんたちがいた可能性もあるわけか……」
考えても意味が無いIF。
何故なら、もしもそうなったとしても、今と同じような状況になる事は容易に想像が出来たから。
「……皮肉なものね。その時の貴女の選択が、図らずも研究者達の望んだ結果になるだなんて……」
「なん…だと…? それはどういう事だ…?」
「そのままの意味よ」
鋭い目つきで睨み返すと、それだけで千冬は怯んでしまった。
それを見て呆れたマドカは、大きく溜息を吐いた。
「百華。どうやらこの人は全く何も知らない。いや、知ろうとすらしなかったようだぞ」
「そうみたいね。そこら辺は偽りの姉弟同士でも似てしまったって事かしら」
「何なんだ一体……お前達は一夏の何を知っているというんだ…」
「『真実』よ。そして、その『真実』こそが、箒と鈴が彼を心の底から憎悪している理由に直結する」
「あの二人が一夏を恨んでいるだとっ!?」
一夏にとって大切な幼馴染である筈の二人が、あろうことか一夏を恨んでいる。
俄かには信じられない事だった。
「回りくどい言い方は嫌いだから、ストレートに言わせて貰うわ」
少しだけ間をおいて、百華はハッキリと宣言した。
「織斑一夏は、織斑計画における唯一無二の『失敗作』なの」
「一夏が……失敗作……?」
「その通り。別に、私達はあの子が何であっても、弟である事実は変わらないから気にはしないけど、あのクソ研究者たちは全く違った」
再び頭に血が上りそうになるが、大きく深呼吸をしてから自分を落ち着かせる。
「一夏には私を初めとする他の兄弟や被験体たちとは違い、戦闘能力は全く無くて、身体能力もどれだけ努力をしても凡人の粋を越えられない……らしいわ」
「らしい…?」
「この事は私も後で知らされたの。奴らが遺した研究資料を読んでね。その事も後で話すから、今は黙ってて」
「わ…分かった……」
本当は今聞きたかったが、百華にそう言われては黙るしかない。
ここは静かに話を聞くことに。
「生まれたばかりの段階で研究者たちによって勝手に『無能』の烙印を押されてしまった一夏だったけど、連中はそんな彼にも…いや、そんな彼だからこその活用法を見出した」
「活用法……?」
「どんなに連中が望む才能が無くても、『男は男』だって事」
「え……え?」
「本当に察しが悪いわね。つまり、連中は一夏の事を『種馬』にするつもりだったって事」
「た…種馬っ!?」
流石の千冬も、そこまでストレートに言われれば一瞬で理解をする。
「一夏に色んな女を犯させて、『織斑』の遺伝子を植え付けさせる。そこから彼以上の才能の持ち主が天然的に誕生するかもしれない…という実験をするつもりだったのよ」
「なんてことを……!」
「それを計画した際、より効率よく女を犯す為に、連中は貴女が一夏を連れ出す少し前に、密かにある改造を施した」
「な…なんだそれは! 教えてくれ!」
「言われなくても。一夏に施された改造、それは……」
「それは……?」
「『フェロモン』よ」
「フェロ…モン……?」
普段では余り耳にしない単語。
勿論、意味ぐらいは知っているが、予想外の答えに一瞬だけ千冬は呆けてしまった。
「人間の女性にだけ作用する完全無臭の特殊なフェロモンを、あの子の分泌物…涙や涎、鼻水や汗とかから放出して、それを少しでも嗅いで体内に取り入れてしまった者は、半ば強制的に発情して、一夏の事を好きになる作用が発生する。効果が発現するのは主に10代から30代の女性限定。要は、体から無意識の内に惚れ薬と媚薬の効果を持つ物質を出してたって事。あ、そうだ。もう一つ効果があるんだった。もしも発情したのが10代後半以上の女性だった場合、強制排卵させる効果もあったらしいわ。確実に女を孕ませるためでしょうね」
百華としても早く話し終えたいのか、一息で一気に話した。
それを聞いた千冬は何を想像したのか、顔を赤くして俯いている。
「だ…だが、私は一夏と長い間一緒にいても、何の問題も無かったが……」
「私達に効果なんてあるわけないじゃない。計画の実験体にはデフォで抗体が埋め込まれているから」
「そ…そうだ! 束も平気そうにしていた! それは……」
「あの人に常識を求めちゃダメよ」
「そ…そうだな……」
簡単に納得されてしまう辺り、束も中々に哀れである。
「本人の意思を完全に無視して、その意思と心を操られているに等しかった。分かる? 好きでもない、異性として意識していない人間を無理矢理に好きになってしまう苦痛が。本人に幾ら悪気が無い、自覚が無いとはいえ、一生に一度の大切な初恋を奪われるような真似をされた箒と鈴が本気で憎悪をするのも理解出来ると思わない?」
「というと、あの二人も……」
「えぇ。単なる友達として見ていた相手の事を、何の脈絡も無く突如として好きになってしまっていた。本人達にも理由は分からない。そして、その『呪縛』から解放されてから知った『真実』」
「……………」
「正直、初めて会った時は本当に酷かった。まるで、一夏の存在こそが自分の全てみたいな発言してたし」
「それで…その…二人はどうなったんだ?」
「束さんが開発した『中和剤』で体内にあるフェロモンを消し去って、ようやく正気に戻った。そして、二人が落ち着いてから教えたわ。自分達の身に何が起きていたのか、その原因は何なのかをね」
「最初は全く信じてなかったな。だが、私達の持つ『物的証拠』を見せた途端……」
「怒髪天を突きましたね。今はまだマシですけど、もしもあの直後に一夏君に会っていたら……」
「まず間違いなく、彼は殺されていたに違いないね。僕も本気で怖かったし」
その時の事を思い出したのか、厚志と真紀は顔を青くして身震いした。
どうやら、本気で怒り狂った鈴と箒は相当に怖かったようだ。
「今も、あの二人は何かを企んでいるようだけど、一応の忠告はしているから大丈夫でしょう……多分」
「保証は出来ないのか……」
「それだけ、あの二人の憎しみが深いって事よ」
実際、暴走した時の二人は誰にも止められない。
どうやら、怒りによって本来の潜在能力が解放されるようで、スコールとオータムのコンビですら苦戦は必至なほど。
舐めて掛かれば命の保証は出来ない。
「これもまた後で知った事なんだけど、もし仮に貴女が一夏を連れ出さなくても、あのまま彼は適当な家に養子に出される予定だったらしいわ。そこでフェロモンをばら撒いて、女たちを孕ませまくって『織斑』を養殖する。それこそが研究者たちが一夏に与えた唯一無二の役目」
「では…私がしたことは……」
「全くの無意味。それどころか、連中の実験の手伝いをしてしまった事になるのかしら」
「そ…そんな……」
まさか、何も知らなかったとはいえ、自分が連中の実験に加担してしまっていた。
その事実を聞かされ、千冬は愕然となって頭を押さえる。
「私は…あの二人に何て詫びたら……」
「知らないわよ、そんな事」
冷たく突き放す百華ではあるが、それは当たり前だ。
誰かに何かを言われて詫びても意味が無い。
これは、自分自身で答えを見つけなければいけない事なのだから。
「因みに、あの子にはここへと入学する際に『予防接種』って形でさっきも話した『中和剤』を打ってるから、もう彼の体内には欲情フェロモンは存在しないわ。正真正銘の人畜無害になってる」
「そうか……それを聞けただけでも良かったと思うよ……」
ここでようやく千冬の心にほんの少しだけ余裕が生まれる。
だが、それもすぐに消し飛んでしまうようなことを聞かされるのだが。
「それと、これも言っておかなくちゃね」
「なんだ……?」
「あなた達、ずっと監視されてたわよ? あのクソッタレな研究者たちに」
「なんだとっ!?」
「あの連中が、そう簡単にあなた達を逃がすわけないじゃない。もしもの時に備えて、いつでも自分達の元に引き戻せるように、常に監視衛星で見張ってたのよ」
「ど…どうやって私達の場所が……」
「逃げた瞬間からずっと見てたから。一秒たりとも逃がさないようにしていれば、探す必要もないでしょうに」
「は…ははは……。そうか…そうだよな……あいつらが私達の事を簡単に見逃す筈がないものな……」
自分の馬鹿さ加減に呆れるしかない。
今日ほど、自分の事を馬鹿だと思った事は無い。
「ま、今ではもうその監視衛星も破壊されて、監視の目は無くなってるんだけど」
「……お前達がやったのか?」
「まぁね」
より正確に言えば、専用の超長距離狙撃装備を使って狙撃をしたセシリアの功績なのだが。
その出来事により、実は百華の中でセシリアに対する好感度は最大に近い。
「…こちらからも一つ、聞いてもいいか?」
「何を?」
「私が消えた後……どんなことがあったんだ? 計画は普通に続行されていたんだろう?」
「そうね…どのみち、話すつもりではいたけれど……本当にいいの? もし聞けば、もう後戻りは出来ない。ついでに言うと、死にたくなるわよ」
「構わん。私にはそれを知る義務と責任がある。聞かせてくれ」
「はぁ……いいわ。聞かせてあげる。かなり長くなると思うけど」
「別にいいさ。時間ならある」
「……それもそうね」
一応、他の三人にも許可を取ろうと思って目配せをするが、百華の意図を組んでくれたのか、何も言わずに頷いてくれた。
「ありがとう。けど、これを話せば、必然的にこのIS学園の秘密も話す事になる」
「学園の秘密…だと?」
「えぇ。それでもいいなら話すわ。今に至るまでの私達の軌跡をね……」
まだまだまだまだ続くんじゃよ。
次回は、過去の話が主になると思います。
百華が女になった原因や、ふたなりになった原因とか。
他にも、亡国機業に入るまでの話等々。
次もまたエロは一切なしのシリアス展開です。
あと少し…あと少しで『エロまっしぐら!』な展開に出来る!
頑張れ私……!