インフィニット・オーケストラ ~咲き乱れる百合の花~ 作:とんこつラーメン
連続投稿も一旦終わりです。
次回以降はのんびりといきます。
なんせ、一夏の事を『ハッピー』にする準備もしないといけませんから。
「束さんがやって来たのは、本当にいきなりだった」
小休止を挟み、百華の話が再開した。
室内にいる全員の手にはカップが握られていて、それぞれに飲み物が注がれている。
百華はアイスココア。マドカはアップルジュース。厚志は烏龍茶。真紀はオレンジジュース。千冬はコーラ。
「あの人は、どうやら千冬姉さんと出逢って、その後に色々と貴女の周りの事が個人的に気になって調べていた結果、織斑計画の事を知ったみたい」
「あいつならば普通に有り得るな……」
「私もそう思う。しかも、独力で私達がいたあの研究所の場所を特定してみせたらしいから凄いのよね。それでも相当に時間が掛かったらしいけど」
「確か、IS『白騎士』の開発と並行して捜索していて、発見できたのは白騎士事件の直前だったらしい」
「あいつ…そんな事、私には一言も……!」
「た…多分、千冬さんに心配を掛けたくなかったから…じゃないでしょうか……」
「あいつに、そんな殊勝な心があるのか……?」
「少なくとも、貴女よりはあると思うわよ」
「うぐ……」
昔の束の排他的な性格を知っている千冬は、未だに束の性格があそこまで変貌したのが信じられないでいる。
百華からの一言で何も反論できないでいるが。
「本当は、すぐにでも強襲を掛けたいと思ってたらしいんだけど、流石の束さんも、並大抵の準備じゃ返り討ちに遭うかもしれないという懸念があった。だから、相当に時間を掛けて準備をしながら、密かに研究所の事を見張っていたみたい」
「その準備は、すぐに無駄になってしまったけどね」
束が着々と準備を進めていた途中で、研究所に亡国機業のチームが強襲を掛けて、研究所とスタッフの殆どを排除した後、たった四人だけ生き残っていた被験体の子供達を救助、保護した。
「その事を知った束さんは、全ての準備が無駄になったにも拘らず、心から安堵したそうだよ」
「その手の準備は、無駄になるに越した事は無いがな」
準備した物は、また別の事に利用できる。
何事も考え方次第なのだ。
「ねぇ…ISが誕生してから数年後ぐらいに、いきなり束さんが行方不明になったりしなかった?」
「あ…あぁ……。政府からISコアの製作を要請されて、それを疎ましく思った束は、467個のISコアを製作した後に姿を消した。だが、どうしてそれを知っている?」
「そりゃ知ってるわよ。なんたって……」
「その時、束さんが向かった場所こそが、私達がいたモノクローム・アバターの基地なんだから」
「そ…そうなのかっ!?」
学生時代からずっと神出鬼没だったから、どこに消えても不思議じゃないとは思ってはいたが、まさか百華達の所に行っていたとは予想できなかった。
「まだ救出されて間もなかったから、私達は基地内で精神的なリハビリを繰り返していたの」
「我ながら、あの頃は酷かったな……」
「うん……僕達四人、揃って完全な対人恐怖症になってたからね」
「そうですね……。当時、私達が唯一、心を許していたのは、私達の事をその手で救ってくれた上、優しく抱きしめてくれたスコールさんとオータムさんだけでした……」
命を、未来を、尊厳を守ってくれたスコールとオータムには感謝の言葉しかない。
だからこそ、四人は彼女達の事を誰よりも尊敬し、同時に好いていて、まるで本当の母親や姉のように慕い、愛している。
一生返せない程の恩を貰っているから。
「やって来たのが色んな意味で世界的に有名な人物だったから、最初は流石に基地内は厳重体勢になっていた」
「けど、あの人は抵抗しないという証に両手を上げながら白旗を掲げ、その後に付けられた手錠も大人しく受け入れていた」
「信じられん……」
あの束が自ら手錠を掛けられる。
千冬には全く想像できない光景だ。
「そして、スコールさんと話してから、『私達に会わせて欲しい』ってお願いしたそうよ」
「余りにも唐突な事でスコールさんも驚いていたらしいけど、彼女の真剣な表情と目を見て、自分達が同行することを条件に会わせる事を許可した」
「もうその頃から、あいつは変わりかけていたんだな……」
親友の身近な変化にすら気が付けていなかった。
つくづく、自分の視野が狭かったのかを実感する。
「最初、私達は凄く怖かった。なんせ、あの頃の私達にとって、篠ノ之束と言ったら、自分達を苦しめた研究者達と同じようにしか感じていなかったから」
「ISが誕生したせいで、私達は更に歪んでしまったからな……」
「けど、束さんはあいつ等とは違って、僕達には何にもしてこなかった。それどころか……」
「いきなり、声も出さずに涙を流して、その場で私達に向かって土下座をして、震える声で謝罪をしてきました。『ごめんなさい。本当にゴメンなさい』と」
束は知ってしまった。
自分の身勝手でどれだけの人々の人生が歪んでしまったのかを。
自分の親友の妹や弟と言っても過言じゃない子供達が、この世の地獄のような場所で、苦しみ、傷ついていたのかを。
「オータムさんが言ってたわ。『心が堪えられなくなったんだろう』って」
「あいつが……」
知らなかった、親友の弱い部分。
知ったつもりでいたのは、自分だけだった。
「けど、そんな事をいきなり言われても、私達はそう簡単には受け入れられなかった」
「そうだろうな……」
「最初は殴ってやろうとかも思っていたが、あの人の顔を見たら、不思議とそんな気は失せていった」
あの自信過剰な性格をしている束が、涙と鼻水を流しながら、床に額を擦りつけながら只管に謝り続けている。
そんな姿を見せられれば、百華達でなくても毒気を抜かれてしまう。
「それで確か、真紀が恐る恐る土下座をする束さんに近づいていってから、こう言ったのよね。『もう気にしてませんから、頭を上げてください』って」
「そうしたら、一気に束さんの涙腺が完全崩壊。もうワーキャーと泣き喚きながら真紀に抱き着いて、ず~っと『ごめんね。ありがとう』って言い続けてた」
「その後、僕達も一緒に抱き着いて泣きまくってたけどね」
「子供だったのよ、私達は」
後にスコールはこう語っている。
『あの時の彼女達は、まるで本当の家族のようだった』と。
「その後、束さんは自らの意志で亡国機業へと入り、その頭脳をいかんなく発揮し、ISの研究を続けながらも、世界の平和の為に尽くしていった」
「それから、篠ノ之博士に導かれるようにして、色んな奴が入ってきたんだよな」
「セシリアにシャルロット……」
「私達と同じ境遇のラウラと、束さんが直々に救出をしたクロエ……」
「更識家からは楯無さんと簪さんが、布仏家からは虚さんと本音さんが出向してきて……」
「元から入っていたダリルさんの恋人であるフォルテさんもギリシャ政府の命令で入ってきた」
「そして…箒や鈴も……」
まるで、運命に導かれるかのように、次々と仲間達が集結していく。
ご都合主義だと言われればそれまでだが、百華達からすればどうでもいい事だ。
大事なのは過程ではない。紡いだ絆こそが大事なのだから。
「それと、これもちゃんと言っておかないといけないわね」
「な…なんだ…?」
「……織斑計画はまだ終わっていない」
「なっ……!?」
今夜の間に、千冬はどれだけ驚いただろう。
今度の驚きは、これまでで一番だったが。
「ファ…亡国機業によって潰されたのではなかったのか…!?」
「私達だって最初はそう思ってたわよ。けど、現実は非情だった」
「どうやら、スコールさん達が潰した研究所は、あくまでも日本中に点在している数多く存在している研究所の内の一つに過ぎなかったらしいわ」
「研究所一つ潰された程度では、奴らはビクともしないってことだ」
「そ…そんな……」
悪夢はまだ終わっていない。
それどころか、悪化しているかもしれない。
千冬はまたもや顔面蒼白となった。
「まだ見ぬ他の研究所では、私達の妹や弟たちが今も大量に『生産』されて…廃棄され続けている」
「しかも、質が悪い事に、数年程前に連中は非常に強力なバックを得てさらに増長し始めた」
「強力なバック?」
「きっと、千冬姉さんもよ~く知っている団体よ」
「私もよく知っている……? ま…まさか……!」
「どうやら、察しがついたようね」
手に持っているカップを傾けて、ココアを一口飲んで口を滑らかにする。
「『女性権利団体』。それが現在の亡国機業の目下の敵の名前であり……」
「現在、織斑計画を裏からバックアップしている連中だ」
「あのバカどもが……織斑計画を手伝っている…だと……!」
女性権利団体は、千冬からしてもいい印象は無い。
モンド・グロッソで優勝しただけなのに、自分の事をまるで神のように崇拝している狂信的な連中。
彼女達の信仰の対象には束も入っていて、彼女もまた権利団体の事を憎みまくっている。
「組織自体はかなり前からあったみたいだけど、ISの登場で一気に力を増していったみたい」
「亡国機業の現在の目的は、女性権利団体を壊滅させ、同時に織斑計画をも完全に消し去る事」
「その為に、私達は死に物狂いで訓練を重ね、強くなってきた」
「もう二度と、僕達のような悲しい子供達を生み出さない為に」
「お前達は……強いんだな……。それに比べて私は……」
平穏を望む事と、安寧に溺れる事は似ているようで全く違う。
千冬は安寧に溺れていた。残された者達の事なんて考えもせずに。
「済まない……本当に済まない……」
俯いて前髪で表情が隠れた千冬から、再び謝罪の言葉が出る。
だが、百華の顔は険しいままだった。
「さっきから何度か謝ってるけど……それ、全く響かないわ」
「え……?」
「あんまりこんな事は言いたくないけど、ここは敢えて言わせて貰う。貴女…取り敢えず謝っておけばいいとか思ってない?」
「そ…そんな事は無い!」
「そっちはどう思っていても、私達には全く届かない。なんていうか…『誠意』を全く感じないのよね」
「せ…誠意……?」
先程までの決意に満ちた瞳とは打って変わり、まるで氷のような視線を向けられる。
自分の何がいけないのか全く分からない千冬は、ただただに戸惑うしかなかった。
「束さんは言葉だけじゃなくて、行動で示してくれた。自分の全てを犠牲にする覚悟で、あの人は私達に会いに来て謝ってくれた。分かる? その時に私達は、束さんの本当の気持ちを『言葉』じゃなくて『心』で理解出来たの。でも、貴女の言葉はそうじゃない。軽いのよ…凄く」
「で…では、私はどうすればいいんだ? 束と同じように土下座でもすればいいのか?」
「それぐらい自分で考えなさいよ! 他人と同じ事をしたって意味が無いでしょうが!!」
「!!!」
遂に百華がキレた。
いつまでの煮え切らない千冬の態度に我慢が出来なくなったのだろう。
本当はマドカもとっくにキレていたが、百華が我慢をしている事で彼女も我慢していた。
だが、百華のキレ具合を見て『これなら、もっと早くキレておけばよかった』と少しだけ後悔した。
「…なんていっても、どうせ何も思いつかないでしょうから…チャンスをあげるわ」
「チャ…チャンス?」
「えぇ。マドカ。礼のアレをお願い」
「遂にアレの出番か」
マドカが自分の専用機の拡張領域から取り出したのは、少し大きめのVRゴーグル。
普通はVRゲームなどをする際に用いる物だが、束の手によって魔改造されていて、別の用途にも使うことが出来る。
「な…なんだそれは……」
「例の研究所を襲撃した時、沢山の研究資料も同時に発見したらしいの。今までの私達の話の一部分は、それを参考にしているの」
「だが、見つけたのはデータとしての資料だけじゃなく、映像資料も残されていた。資料と言っても、実際には連中が動画作成気分で面白半分で記録していた物だがな」
VRゴーグルに映像資料。
それを聞いただけで、猛烈に嫌な予感がした。
「これには、束さんが実際に見て整理をした映像が映し出される仕組みになっている。これを貴女にも装着して、千冬姉さんがいなくなった後の研究所の様子を見て貰うわ」
「もしも、それに耐えられて正気を保っていられたら、その時は私達も貴女の事を許そうと思う」
「けど、耐えられるかな? なんせ、あの束さんもそれを製作している間は、半ば発狂しかけて自分の脚にナイフを突き刺して、痛みで辛うじて正気を保っていたって聞くし」
「あの……別に、無理をしてしなくてもいいんですよ?」
「いや……私はやる。やってみせる」
マドカからVRゴーグルを受け取ると、いきなり百華達に椅子に座らせられた。
「い…いきなり何をする!?」
「悪いけど、このまま椅子に拘束させて貰うわ。見ている最中に変に暴れられても、他の部屋に迷惑だろうし」
今度は百華が自分の拡張領域から四本の鎖を出し、それを使って千冬の両手足を椅子に固定していく。
「いや…いいだろう。これぐらいならば喜んで受けてやる。お前達の苦しみに比べれば、この程度……!」
「そう。それじゃ、ゴーグルは私が装着させてあげる」
完全に椅子に括り付けられた千冬の頭部に、VRゴーグルを被せて、耳にもちゃんとヘッドホンを付けた。
「これでよし…と。準備はいいかしら?」
「いつでも大丈夫だ」
「では……スタートよ」
スイッチを入れてから、四人は静かに部屋の扉を開ける。
去り際に百華が振り返り、一言だけ呟いた。
「いい
その晩、千冬の部屋にはこの世のものとは思えない絶叫とも悲鳴とも聞こえるような声が響き続けていたという。
やっと『真実』が終わった~!!
次回は、一夏サイドのお話。
ここから彼が『ハッピー』になる話が始まります。
そして、次々回には千冬が実際に見た映像の話を……?