ある日のこと。
俺は美城プロダクションの本社ビル、その最上階にある社長室に呼び出された。
プロダクション内は当たり前だが社会人とアイドルばかりで、俺は浮いているから不審な目で見られないか気になってしまう。
居心地の悪さを感じながらエレベーターに乗って目的の最上階にたどり着く。
社長室の扉をノックする。
「入ってこい」
その言葉を聞いて重厚な扉を開けて部屋の中に入る。
社長という一人の人間に割り当てられた部屋にしては広すぎるそこは、最高権力者だけに許される余裕のある空間だ。
机やソファー、棚に観葉植物などは日本トップクラスの芸能事務所のボスにふさわしい高級感のあるもので揃えられている。ガラス張りの壁は見晴らしがよく、そこから青空と街が見える。
そして正面の机に座って俺を見据えているのは、美城プロダクションの社長、つまり俺の父親である。
「座れ」
俺は促されてソファーに腰掛ける。
社長室で社長としての役割を果たしている親父と会うと親子とはいえ緊張してしまう。
実家ではそんなことはなかったんだが。
「久しぶりだな、元気か?」
「ああ、まあね」
俺が高校に入って一人暮らしすることになってから、親父と会う機会はかなり珍しくなった。忙しい人だし。俺が母さんに顔を見せに実家に行っても親父はいないことが多い。
昔から親父は仕事上平日も休日も働いていることが多くて、相手をしてもらったことは平均的な親子より少なかったと思うが、仲が悪いってわけではない。
「最近どうだ? 何か変わったことはあるか?」
「……別に」
嘘である。
俺の人生は最近大きく変わった。三人の女の子の主人になった。しかしそれを親父とはいえ他の人間に漏らすわけにはいかない。だからシラを切る。
……ちひろの言うところによれば、俺が美城プロダクション社長の息子、親父の息子として生まれたのは、前世の、別世界にいた俺が意図的に魔法の力でそうした結果らしい。今の俺にそんなことをした覚えはないが、俺が親父の息子であるのが仕組まれたことだと思うと、少しモヤる部分はある。だからって俺と親父の関係が変わるわけではないし、どうすることもできないけど。
「そうか、……お前は将来についてどう考えてる?」
あ、この話が来たか。
「私はお前に私の後を継いで美城プロダクションの社長になってほしいと思っている。家を継ぐつもりになったか?」
「うーん……」
親父は昔から俺にこういうことを言うが、正直、まだプロダクションを継ぎたいかどうか自分でも決めかねている。俺はまだ高校生だし。
だいたい世襲ってどうよ? 周りが納得するのか? 親父が俺にプロダクションを継がせたいと思っても実力がなければ他の社員もタレントもついてこないし、プロダクションを潰してしまうだろう。もしプロダクションを継ぐならふさわしい実力を身に着けないといけない。血縁だけで跡継ぎになるってのは俺自身納得できない。美城プロダクションは日本の芸能界に名を轟かす大手だし、それを継ぐなら責任は重大だ。たくさんの所属アイドルそれぞれにファンがいるし、社員やその家族、他にも仕事で関わる多くの人の命運を左右するって覚悟しなければ継ぐことはできない。
「今の俺じゃまだプロダクションを継ぐとは言えない……」
「継ぐのは嫌か?」
「……」
かと言って、美城プロダクションを継ぎたい気持ちが全くないってわけでもない。
アイドルは好きだし。美城プロダクションという企業はすごいと思っている。この学園に入って一年間アイドルとして努力する他の学生たちを見てよりアイドルという存在に対する尊敬の念は強くなった。
ぶっちゃけた話をすると、俺が美城プロダクション以外の有名企業のトップに自分の実力だけでなれるかって言ったら難しいだろうし。無能なのに完全コネでプロダクションを継ぐってのは嫌だけど、少しはコネを使ってもいいかな、みたいな微妙なご都合主義な思いもある。
祖父さんや親父が築き育ててきた立派な企業を子孫として引き継ぎたいって殊勝な思いもなくはない。
「継ぐとは言えないけど、継がないって決めたわけでもない。まだ決められないんだ」
「そうか」
親父は無感情に相槌を打つ。
「高校を出て、たぶん大学に行って、就職が近くなったらその時に決めさせてほしい。美城プロダクションに入るか、それとも別の道に行くか」
「お前の気持ちはわかった、だが、私の考えは違う」
え?
「お前にこの美城プロダクションを継ぐプロデューサーとしての適性があるかどうか早めに見極めたい。お前がダメなら別の人間を後継者にしなければならないからな」
「そう言われても、俺はまだ高校生だし、プロデューサーとしての適性なんて……」
その時、コンコンと扉が社長室の外からノックされる。
「入り給え」
「失礼します」
スーツ姿の美しい女性が部屋に入ってくる。
「新田くん、これが話しておいた私の息子だ。君には彼の教育係をやってもらいたい」
「は?」
俺は間の抜けた声を出してしまう。
女性は親父の言葉を聞いて若干の呆れを見せる。
「社長、失礼ですが、改めて確認させてください。本気なんですか?」
「ああ、もちろんだ」
親父は愉快そうに頷く。
「そうですか……わかりました」
女性は諦めたように応える。
俺は二人が何を話しているのか、ついていけない。
教育係ってどういうことだ?
「創太、彼女は私の信頼する部下で優秀なプロデューサーである新田美波くんだ。お前は彼女のアシスタントになって、彼女にプロデューサー見習いとして教育してもらいなさい」
「え? え?」
「新田くん、わかっていると思うが、これは我がプロダクションの将来がかかった重要な仕事だ。君を評価しているからこそ任せるんだよ」
「……承知しております」
「創太、プロデューサーはアイドルを預かる責任の重い仕事だ。その重みを引き受けろ、でも楽しめ」
俺はスーツの女性―新田さんとともに社長室を出た。
彼女の後について、歩きながら話す。
「社長―あなたのお父さんが、私に高校生の息子を教育してくれって言ってきた時は驚いたし反発したわ。そんなの私の仕事じゃないだろうって。でも社長には逆らえないわね。単に上司の命令だからってだけじゃなくて、あの方は時々変なことをやるし、それを成功させてきた実績のある人だから。アイドル業界って普通の世界とは違うからね。一般人とは違う感覚の人がたくさんいるし、そういう人たちに勝つためには普通のことだけやっていては駄目だったりするから、変なことでも許容される」
へー、親父はそういう風に社員の人からは見られてるのか。知らなかった。
新田さんは立ち止まって振り向く。
「美城創太くん」
「は、はいっ!」
初対面だけど、俺は彼女を知っている。新田美波、元美城プロダクション所属の人気アイドルだった有名人だ。アイドルを引退後、プロダクションに入社し、プロデュースされる側からする側に回ったという珍しい経歴の人だ。
元人気アイドルだけあって、今でも相当な美人だ。落ち着いて、優しそうで、しかも知的そうな女性だ。
しかし、彼女は表情をキリっと引き締める。
「私はあなたをプロデューサーとして教育することになったけど、あくまでも通常のプロデューサー業のついでだから、あなただけにそんなに時間を割くことはできないの」
「あ、はい」
「それにプロデューサーの仕事っていうのは机上の勉強で身につくものじゃないから、実際にアイドルを相手にして仕事しなきゃ身につかないけど、プロデューサーがどうプロデュースするかによって、一人のアイドルの人生が左右されるの。私もまだまだプロデューサーとして未熟で日々勉強している。下手なプロデュースをしてしまったらアイドルに申し訳が立たない。だから、悪いけどあなたにそんなに重要な仕事をさせるつもりはないわ」
新田さんの言葉と表情にプロの矜持を感じた。
「え、ええ。当然だと思います。俺はできるだけ邪魔にならないように、何か少しでも手伝えれば十分です」
俺の言葉を聞くと新田さんは表情を緩める。
「そう? 理解してくれてありがとう。よかった、社員の息子さんがワガママで、『俺は社長の息子だぞ! トップアイドルと話させろ!』とか言う子じゃなくて」
「い、いや。そんなこと言いませんって」
新田さんの綺麗な笑顔にドキドキする。
表情を引き締めていても緩めても美しい人だ。
それから、俺達はある部屋に入って、新田さんから資料をもらって色々話を聞かされた。
アイドルのプロデューサーという仕事は、たくさんのデータを基にして不確定な見通しの中で多くの意思決定をしなければならない。しかもクリエイティブな要素もあるし成功するかは水物だしプレッシャーは大きい。
だからプロデューサー業は知性、観察力、決断力、コミュニケーション能力、創造性、忍耐力など多方面の能力が必要な難しい仕事なのだ……という話を聞いた。
新田さんの言葉には実感と熱意がこもっていて、聞きながら思わず背筋が伸びた。
そして、プロダクションの社員と同じようにプロダクションの中を自由に行動できる俺専用のパスと社内ネットワークのアカウントをもらった。高校生でこんなものを持っているのは俺以外いない。
俺のプロデューサー修行は、当面は新田さんの仕事を見せてもらったりプロダクション内で下働きさせてもらう形で行おうという話になった。
「ちょっと厳しいことばかり言っちゃったけど、私はあなたを応援しているから、特殊な立場でこれから大変だろうけど頑張ってね」
「は、はいっ」
新田さんは俺の手を握って励ましてくれた。
その手の温もりで俺はなんとなく彼女を信頼することにした。