オフェンスファールを取られてしまった俺は葵にボールを投げ渡した。
「それじゃ、行くよ。お兄さん!」
意気揚々と攻めの構えを取る葵だった。
俺は考えた――右からくるか、それとも左?
すると、葵はクイックモーションから鮮やかなシュートを繰り出した。
「しまっ……」
ブロックに飛ぶが間に合わない。入ったと確信しているのか、葵はリバウンドを拾いに行かず、フォロースルーを丁寧に決めていた。
ボールは見事、リングへと吸い込まれていったのだった。
あっという間に葵に二本取られてしまった。あと一本決められてしまえば、俺の負けである。
「さぁ、お兄さん! 次はお兄さんの番だよ」
葵が俺にボールを渡してきた。葵からボールを受け取り、オフェンスの準備をする。
「さぁ、こい!」
ディフェンスの体勢を取る葵。そのディフェンスには中々、隙が見つからなかった。
くそ――抜けない。
やけになった俺は力強く右方向にドライブした。
「甘いよ! お兄さん!」
あっさりと俺の動きに葵が反応した。
「くそ!」
一旦、葵から距離を取り、立て直した。すでにドリブルしているため、シュートフェイクを使って飛ばせるというのは難しい。
そもそも、俺には外からのシュートは無いに等しいが。
「私を抜くくらいだったら、私のおまんこにお兄さんのボールをぶつけるくらいしないと意味ないよ。えへへへ……」
突如、葵が卑猥なことを言って来た。集中力が乱れる。
「葵。あんまり変なこと喋るとテクニカルファール取るわよ」
審判をしている麗香が警告した。
「すみません。もうしません」
不服そうに答える葵だった。
「くそ!」
今度は左サイトにドライブを仕掛けた。すると、俺と接触した葵が倒れ込んだ。
「オフェンスチャージです!」
麗香が俺にオフェンスチャージの審判を下した。
「やりぃ!」
葵は自慢げに俺を挑発するかのように嘲笑った。
「くそ!」
苛立ちのあまり思わず叫んでしまった。葵は淡々とボールを俺に投げ渡した。
俺は気持ちを落ち着かせ、スリーポイントラインでボールを構える。
「お兄さんは、なんで部活やめちゃったの?」
「な、なんだ急に……」
突然、葵は俺が部活を辞めた理由を尋ねてきた。
「ちょっと、気になってさ。私も男バスの練習たまに見る時あったけど、別にお兄さん、下手っていうわけじゃないよね。身長だって高いし。なんでか辞めちゃったのかちょっと、気になってさ」
「別に大した理由なんかねーよ。ただ、練習が辛くてやめただけだ」
そうだ。俺は練習が辛くてやめたんだ。
平日も毎日練習、そして土曜日も練習。俺はゆっくりダラダラとしていたかった。
実際、辞めてからだらだらすることができた。一日中アニメを見たり、ゲームをしたりと堕落しきった生活を送っていた。
「本当にそう?」
葵が獲物を狙う鷹のように鋭い目つきで俺を直視した。その目には何でも見透かしそうな、ただならぬ雰囲気が感じられた。
「お兄さんは何か別の理由でバスケを辞めたんだじゃないの?」
「な、何かってなんだよ……」
「そーだね……例えば、花苗の才能に苛立って辞めたとか。花苗も私ほどじゃないけど、バスケ上手いからねー。妹が自分より才能のあることが許せなかったんじゃない? どう、 違う?」
葵の言葉に対して、怒りとも恐怖とも言えない不思議な感情が湧き上がった。
なんだ――なんなんだこいつは。
一体、どうしてそんなことを……
「うあああああ――――!」
俺は叫び、力強くドリブルした。葵の横を抜き去る俺。葵はどういうわけか、仁王立ちし、ディフェンスしてこなかった。
左足に思いっきり力を込めて飛んだ。普段ならボールを持った状態では届くはずのないリング。
しかし、俺はあっさりとダンクシュートを決めることができた。
数秒ほどリングにぶら下がった後、着地するとリングから『ギシ……ギシ……』とベットで行われるあの行為みたいな音が鳴り響いていた。
「すごい。まさかその身長でダンクシュートできるなんて……さすがは花苗のお兄さんってところね」
唖然とした様子で麗香が呟いた。『さすがは花苗のお兄さん』という言い方はとても気に入らないが、特に咎めることはせず、葵にボールを渡した。
「ほら、今度はお前の攻撃だぞ」
「うん、そうだね」
葵がボールを持った。外からのシュートも警戒して、近い距離で俺はディフェンスの構えを取った。
「私の見込んだ通り、お兄さんもやっぱりセンスあるよ」
「うるせぇ」
吐き捨てるように葵に告げる。俺は葵のことを本気で好きになりかけていた。
だが、それは禁忌(ダブー)にも等しき感情なのではないかと感じ始めた。
こいつは――良くも悪くもぐいぐいと人との『距離』を詰めてくる。
誰にも伝えたことのないのに、葵はあっさりと俺の
末恐ろしい奴である。
「おお。怖いなー。ちょっと、お兄さんに本気出してもらおうと思って適当に言っただけなんだけど、当たっちゃったのかな?」
あっけらかんとした様子で答える葵だった。挑発しているのか、葵はニヤニヤと笑っている。
俺は葵のボールを奪い取ろうとするが、巧みなドリブル技術によって、簡単に躱されてしまう。
「花苗の才能が妬ましいの?」
「……」
「そんな花苗に欲情するなんて、よく考えたらお兄さんってとんだど変態だよね」
「うるせぇ」
耳の近くで激しくタンバリンを鳴らされているかのように耳が痛い。なぜこいつはこんなことを言ってくるんだ。
いつもの葵と何かが違う。
「このクソ下衆変態野郎」
いつまでも耳に残りそうな纏わりつくように吐き捨てると、葵は華麗なドリブルで俺を抜き去った。
才能の違いを無慈悲にも見せつけるようなドライブ。
俺はぎりっと歯をくいしばった。
「変態はテメェだろうが!」
葵のシュートを掃き落とすべく、高くジャンプした。もう少しでボールに触れそうである。
「さすが、お兄さん。でも……」
葵は空中でボールを下げ、俺のブロックを交わした。
「私の方が一枚上手だよ」
ダブルクラッチシュートを決め、俺は葵に負けた。
『ダン……ダン……』と小さく弾んでいるバスケットボールを麗香が拾いにいった。
「え、えーと……三対一で葵の勝ちです!」
「お兄さん、私の勝ちだからちゃんと奢ってね!」
「ああ、分かってる」
「ふふふ。上手かったでしょ。私のドリブル。ボール使いの魔術師っていう二つ名があるからね。もっとも、あっちのほうのボールを扱うのも得意だけど」
葵は変な手つきで指を動かし始めた。どうやらいつもの調子に戻ったようである。
こいつは一体、どうしてあんなことを言ったのだろうか。よく分からない。
その後、俺たちは学校の近くにあるとある喫茶店に移動した。
「へー。こんなお店があるんだ。初めてみたわ」
麗香は落ち着きのないそわそわした様子で店内を見渡した。
お店はほどよい明るさの照明で照らされており、店の所々にあるアンティークな置物がレトロな雰囲気が漂わせている。
ゆったりとしたジャズの音楽が流れており、中々良いお店である。
「葵、お前よくこんなお店知ってたな」
「うん。よくここに花苗と来るんだ」
葵は表紙が焦げ茶色のメニューを捲った。
「私、このビッグパフェにする」
葵は一つ千円近くするビッグパフェを指差した。写真で見ても、かなりのボリュームのパフェであると分かった。
「葵、これ一人で食べれるのか?」
「もちろん」
自信満々に言う葵だった。こんなの男の俺でも完食できる気がしない。
「それじゃ、私はアイスコーヒーにするわ」
「俺もアイスコーヒーで」
店員に注文を頼み、雑談しながら待つこと十分。アイスコーヒー二つとビッグパフェがテーブルに運ばれてきた。
「うわー! おっきい。こんなの口の中にぶっこまれたら、おかしくなっちゃいそう。えへへへ……」
「お前は本当にブレないな」
俺はアイスコーヒーにミルクとシュガーを投入した。スプーンでかき混ぜると、コーヒーの色が黒から茶色のような色に変わっていった。
「う〜ん……やっぱ、美味しいな。パフェは!」
葵はものすごい速度でパフェを食べ進めていった。葵は中々の大食いのようである。
葵はパフェをスピーンで取り出すと、麗香の口元に近づけた。
「はい。麗香さん。あーん♡」
「あ、ありがとう葵……」
麗香は恥ずかしそうに葵から差し出されたパフェを食べた。
おお……これがいわゆる微百合というやつか。
麗香が一口パフェを食べ終えると、再びスピーンでパフェを取り出し、今度は俺の方に差し向けてきた。
「はい! お兄さんも。あーん♡」
「ちょ、ちょっと葵!」
麗香は慌てて葵に『あーん♡』を食い止めようと試みた。
「お兄さん。早く食べなよ。わ、私と麗香さんの唾液が
「葵! 気持ち悪い言い方はやめなさい!」
「まぁまぁ麗香さん。さっきなんて、麗香さん用具室でお漏らししちゃったじゃん。あれに比べればこんなの大全然大したことないよ!」
「ああ! やめて葵! 恥ずかしいから思い出させないで!」
麗香は顔から火が出そうだと言わんばかりに顔を隠した。
「それじゃ、葵。一口いただくぞ」
俺は葵から差し出されたパフェをパクッと食べた。
「さすがお兄さん……本当……へ、ん、た、い♡」
「お前にだけは言われたくはない」
葵の軽口に対していつもの調子で返す俺。
あれほど罵倒されても、変態だと言われてもなぜだが俺は心の底からこいつのことは嫌いになれないのだった。
個人的に女性キャラの中で葵がお気に入りです。好きな女性キャラについて、感想いただければ幸いです。