異世界帰りのハイスペック勇者様は、一緒に連れ帰ってきた最愛の狐耳少女(パートナー)と平凡で穏やかなイチャコライフを送りたい! ~微コミュ障でオタクな最強タッグのあまあMAXな共依存物語~ 作:室谷 竜司
「この子、昨日もいたよね? もしかして、この神社に住みついてる子なのかな? というか、なんかわたしたちのことじっと見てない?」
ユリシアの言う通り、銀色の狐はこちらにじっと視線を向け続けている。うーん、何処となく恥ずかしそう? それに……、その視線が何かを懸命に伝えようとしているようにも見えたのは、俺の気のせいだろうか?
「も、もしかして怒ってたり……? 昨日、こんなところでわたしたちがえっちなことしてたから……。自分の住処を汚されたと思ってるのかな……? 隠蔽能力使ってたはずなのに、わたしたちのこと見えてる感じだったし」
「た、確かにそうだったな……。昨日はごめんよ……。お前のテリトリーを汚すつもりはなかったんだ」
あくまでユリシアの推測に過ぎないが、そう思い込むと途端に途轍もない罪悪感が俺たちの心を支配してきたので、俺たちは慌てて目の前の野生狐に頭を下げた。まぁ、人間の言葉が理解できるかは分からないけど。
すると、目の前の狐はふるふると首を横に振った。その仕草は、俺たちに"気にしなくて良い"と伝えているようだった。これって、俺たちの言葉を多少なりとも理解できているってことで良いのかな?
ってか、やっぱりこの狐には俺たちの姿が見えていたんだな。ふーむ、野生動物には流石に能力も通じないのかな。
それから目の前の狐は再び俺たち……というか、俺に視線を向けてくる。時々ユリシアにもチラチラと視線は投げているようだが、それ以上に俺のことが気になるのか、警戒しつつも何か言いた気な目を俺に投げかけていた。時々口の開閉を繰り返しており、それが何かを迷っているのだと何となくだけど理解できた。
それでも、時折恥ずかしそうに俺たち二人から視線を逸らしてしまう。まさか、昨日の俺たちの行為を見て恥ずかしいという感情を覚えているのか!? 野生の狐って生物同士の交尾を見て羞恥心を覚えるものなのか!? ……いやいや、んなわけないだろう。俺の思い違いだろう。
「銀色の毛並みかぁ……。思い出しちゃうなぁ……」
不意にユリシアがそんなことを呟く。その瞳は潤んでおり、今にも泣き出してしまいそうだった。もしかすると、今は亡きユリシアのご家族の中に同じような毛色を持った人がいたのかもしれないな。それを目の前の狐と重ねてしまっているのだろう。
ここで俺がユリシアに安易に言葉をかけてしまうのは無責任だと思う。だから俺は、無言でそっとユリシアの肩を抱いてやる。失った家族は取り戻せないしユリシアの心の傷を完全に癒やすことはできないけど、それでも何もせずただ見ているだけというのは俺にはできなかった。
「リョウ……、ありがとう……。わたし、リョウがいてくれて幸せだよ……。だから、もう大丈夫……。大丈夫……なはずなのにね……。どうしてだろう……、涙……止まらない……、うぅ……」
「無理しなくて良い。泣きたい時は我慢するな」
「うん……、ありがとう……、本当に……」
しばらくの間、ユリシアは俺の胸に顔を埋めて静かに涙を流し続けた。俺はそんなユリシアをそっと抱きしめ、ユリシアが落ち着くのをじっと待っていた。勇者としての力は持っていても、こういう時は無力だ。ただ寄り添ってやることしかできない。それがとても悔しい。
そんなもやもやとした気持ちを抱えながらユリシアの頭と背中を優しく撫でていると、徐々にユリシアの肩の震えが治まってきた。少しはユリシアの力になれたのだろうか。
「リョウ、もう平気だよ。ごめんね、取り乱しちゃって」
俺の胸に顔を押しつけていたユリシアからそう声をかけられる。だから俺は、ユリシアの身体から腕を程気、そっとユリシアを俺の身体から放す。
「そっか。今みたいに、悲しい時は我慢せず泣いた方が良いよ。我慢すればするだけ辛くなるから」
「うん、そうだね。その時はまた抱きしめてね」
「もちろんだ。俺にはそうすることしかできないからね」
「ううん、それだけで充分なの。リョウがいてくれるだけで、わたしは充分幸せなの。本当の家族はもういないけど、今はリョウがいるから大丈夫。もちろん、それでもふとした時に悲しくなっちゃうけど。でもね、わたしはちゃんと幸せだから」
「大丈夫、分かってるよ」
優しく微笑むユリシアに、俺もそっと微笑み返す。ユリシアの言葉からは本気の感情が伝わってきた。だから、俺はユリシアを信じる。きっと俺は、ユリシアの支えになれているのだろう。喜びの感情が溢れ出してくるのを感じた。
それから、しばらく放置してしまっていた野生狐へと視線を戻した。どうやら、ずっと俺たちの様子を伺っていたようだ。と、その時だった。
「幸せそう……」
そんな声が聞こえた。何となくユリシアに似た声だったが、今のはユリシアの方からは聞こえてこなかった。俺は慌てて周囲をきょろきょろと見回すが、やはり誰もいない。この空間には、俺とユリシア、それから目の前で俺たちをじっと見つめる銀色の野生狐しかいないのだ。
「ね、ねぇ、今何か聞こえた……よね……」
「あ、ああ、幸せそうって……」
「えっ、そ、そんなこと言ってたの!? わたしには分からなかったけど……」
「ど、どういうことだ? ユリシアには理解できなかったの?」
俺にははっきりと"幸せそう"という言葉が聞こえたのだが、ユリシアには何故かその言葉が理解できていなかったみたいだ。ユリシアの知らない言語だったのか? いや、でも今のは日本語……だったよな。
俺の持つ言語理解の能力はあくまで異世界の言語を翻訳するだけで、こちらの世界のあらゆる言語を都合よく日本語に翻訳してくれるわけではなかったはずだ。だから、日本語のはず……なんだけどなぁ……。ここだけ異世界……なんてこともないだろうし。
「ぜ、全然分からなかったの……。でも、なんか懐かしい声だった……。それにね、気のせいじゃなければ、その子から聞こえてきたような気がするの」
「懐かしい……? いや、それよりも、今の声がこの狐から聞こえてきたって……、そんなまさか……」
俺は恐る恐る狐に視線を戻す。すると、丁度俺と狐の視線が重なる。その瞳は、何かいろいろな感情をごちゃ混ぜにしたような、複雑な色を覗かせていた。
「な、なあ、今の……お前か?」
「や、やっぱり分かるんだ……、あたしの言葉……」
「んえっ!? マ、マジでお前なの!?」
「ほ、ほら、そうだったでしょ? 何言ってるかは分からないけど……」
「ひ、ひとまず、俺が話してみるよ」
もう何が何だか分からない。狐が喋るなんてことが有り得るものなのか!? い、いやいやいや、普通は有り得るはずがないだろう。となると、この狐は一体……
「え、えっと、俺の言葉、分かるんだよな?」
「わ、分かる……。あなたは人間さん……で良いんだよね?」
「あ、ああ、そうだよ。それで、ユリシア……えっと、こっちの子の言葉は分かるか?」
そう問いかけると、狐は首を横に振る。ふむ、ユリシアがこの狐の言葉を理解できないのと同じように、この狐もユリシアの言葉を理解できていないようだ。先ほどから俺にばかり視線が向いていたのは、恐らく俺の言葉しか理解できなかったからだろう。
「どうして……」
「ん?」
「どうしてお姉ちゃんがあたしの理解できない言葉を話してるのか分からないの……。それに、こんなところにいるなんて……」
「……お姉ちゃん……?」
わけが分からない。今、この狐はユリシアのことをお姉ちゃんと言った。話せば話すほど謎が深まるばかりだ。
「お姉ちゃん? リョウ、どういうこと?」
「い、いやな、この子が今ユリシアのことをお姉ちゃんって呼んだんだよ」
「お姉ちゃん……? ……って、この声……、まさか……」
何か心当たりでもあるのか、ユリシアはじっと狐に視線を向けながら黙り込んでしまう。そして、少しの沈黙の後、ユリシアは恐る恐るといった感じに再び口を開いた。
「メル……シア……?」
メルシア……? もしかして、この狐の名前か? そして、この狐はユリシアのことをお姉ちゃんと呼んだ。これはもしかして……。
「……? お姉ちゃんが何を言ってるのか分からないよ……」
残念ながら目の前の狐にユリシアの言葉は届かない。固有名詞ですら伝わらないのか。この二人が通じれば何かが分かる気がする。ここは俺が二人の仲介をするべきだろう。そう思った時、俺の脳裏にとある能力名が思い浮かぶ。
「テレパシー……」
「えっ?」
「……?」
ぽつりと呟いたその言葉に、ユリシアと狐が同時に首をかしげる。その仕草が何処となく似ているように思えたのは、もしかしたら気のせいではないのかもしれない。
「テレパシーを使えば、もしかしたら言葉が通じるかも……」
「そ、そっか。念話なら言語は関係なかったっけ」
「確かな。だから、試してみる外ないだろう」
「お、お姉ちゃんと話せる?」
「恐らく……。まだ推測の域を出ないけど、可能性は高いと思う」
「な、ならお願い!」
「ああ、分かった」
俺は頭の中で能力名を唱える。そして、ユリシアと銀狐にパイプを接続する。人間以外の存在と繋げられるかは分からないが、この子はただの狐でないことは確かなので、きっと問題はないだろう。
「(……これでどうだ?)」
俺は念話で二人に話しかける。すると、すぐに反応が返ってきた。
「(うん、繋がってるよ。……あっ)」
「わっ、す、すごい……。こんなことができるの? ……って、あっ)」
ほとんど同時に返事をしてくれた二人だったが、次の瞬間にはお互い顔を見合わせながら固まってしまった。
「(どう? 言葉、通じる?)」
「(わ、分かる……。分かるよ!)」
「(こっちも、ちゃんと理解できた。ユ、ユリシアお姉ちゃん……だよね? あたしのこと……分かる……かな?)」
「(うん、今ので確信した。あなた、メルシアでしょ?)」
「(良かった、覚えててくれたんだね……)」
「(わたしがメルシアのことを忘れるわけがないでしょ。……生きててくれたのね……、良かった……。ホントに良かったよ……)」
「(あたしも、お姉ちゃんにまた会えて嬉しい……!)」
二人はそう言葉を交わすと、どちらからともなく歩み寄り、身体を寄せ合って涙を流し始めた。それが喜びの涙であることは、二人のやり取りや雰囲気からでも容易に察することができる。俺は邪魔にならないよう、静かに二人の姿を見守っていた。正直、もらい泣きしそうだった。
*
「(ご、ごめんね、リョウ。この子はメルシア。わたしの妹)」
一頻り涙を流したユリシアは、はっとした様子で俺に向き直り、目の前の喋る狐改めユリシアの妹を俺に紹介してくれた。
「(妹……。なるほど、やっぱりか。君がユリシアのことをお姉ちゃんって呼んでいたのはそういう理由があったからなんだね。うん、いろいろ納得)」
「(そう。あたしの名前はメルシア・フォクサローゼリス。それで……えっと……、あなたはユリシアお姉ちゃんの……旦那様?)」
「(だ、旦那様!? リョウがわたしの旦那様……、えへへへへ♡)」
「(っ!? お、お姉ちゃん!?)」
ユリシアの顔がだらしなく緩む。そんな姉の様子に、妹狐は驚いた様子を見せていた。いやまぁ、愛しの姉のこんな姿を見れば、驚くのも無理ないか。俺から言わせれば、こんなユリシアの表情も可愛いのだが。
とまぁ、そんなことはさておき、本題に戻ろうか。どうしてこう、いつもいつも脱線してしまうのか……。
「(えっと、俺たちはまだ結婚してないんだけど……)」
「(そうなの?)」
「(この人はね、わたしの恋人なの)」
「(霜崎涼です。よろしくな)」
「(恋人……、う、うん。よろしく。そ、その……、昨日は……覗いてごめんなさい……。まさかその……、してるとは思わなかったの……)」
妹狐は視線を彷徨わせながら、昨日のことについて謝罪の言葉を俺たち二人に伝えてきた。……今思ったけど、妹狐って呼び方なんかしっくりこないし、これからはメルシアちゃんと呼ばせてもらうことにしよう。
なるほど、そうか。今思えば、さっきから恥ずかしそうに目を泳がせていたのも、その中身がユリシアの妹、メルシアちゃんであるのなら納得の反応かもな。まぁ、あんな濃厚接触を間近で見てしまえば、年頃の女の子なら恥ずかしくなっちゃうよな。
……って、ちょっと待ってくれよ……? よく考えてみれば、つまり俺たちは昨日、メルシアちゃんに行為を見られた……ということになるのか!?
「(っ……!!)」
ヤバい……。そう理解してしまうと途端に恥ずかしさがこみ上げてくる……。うわぁ、なんてことだろうか……。まさか、よりにもよって彼女の妹に行為を目撃されてしまうとは……!!
俺の隣では、ユリシアも顔を真っ赤にしてしまっていた。流石のユリシアでも、実妹に見られるのは恥ずかしかったようだ。
「は、はわわわわ……! わたし……、妹であるメルシアにあんな姿見せちゃってたってこと!?」
「(お、お姉ちゃん? 何を言って……)」
「(ユ、ユリシア、妹さんに伝わってないぞ?)」
慌てすぎて念話を通すことも忘れてしまったようで、メルシアちゃんにはユリシアの言葉が理解できなくなってしまい、メルシアちゃんが不安気に首をかしげていた。
「(あっ、ご、ごめんなさい……。つい取り乱しちゃった……。にしても、うぅ……、まさか妹にあんな姿見せちゃうなんて……)」
「(お姉ちゃん、気持ち良さそうだった。だから、二人の邪魔できなかった)」
「(ひう……)」
メルシアちゃんのストレートな物言いに、ユリシアはさらに頬を紅潮させて顔を俯かせてしまう。きっとメルシアちゃんには悪気なんて一切ないのだろうが、その純粋さがかえってユリシアの羞恥心を煽る結果になってしまったのだろう。
そりゃ、あんな穢れのない瞳で見つめられて、挙句自分の痴態に対して"気持ち良さそうだった"なんて言われれば、死にたくなるくらい恥ずかしくなるのも仕方ないと思う。あの無垢な一撃を喰らって顔を赤らめる程度で済んでいるユリシアはやはり何処かしらずれているのだろう。
と、俺はそこでとある疑問を思い出した。この狐の中身がメルシアちゃんだということが分かったからこそ気になってしまうことがあった。
「(そ、そういえば、どうして俺たちの存在に気がついたの? 昨日、隠蔽能力は使っていたんだけど……)」
「(匂い……かな。懐かしい匂いがしたから、その匂いを探してたの。そしたら、ユリシアお姉ちゃんがいたんだ)」
匂い……か。獣人族は多少野生的なのかな? 家族の匂いに敏感に反応するくらいだし。というか、匂いまでは隠せないのかよ、隠蔽能力。これ、結構欠陥じゃね?
「(なるほど、匂いで分かったんだな。ちなみに声は?)」
「(二人の姿を見つけるまでは聞こえなかった)」
良かった。声まで駄々洩れだったらどうしようかと思ったけど、そんなことはなかったみたいだな。もっとも、別の要因で気配を察知されてしまったら結局意味がないのだけど……。
「(そ、そっか。まぁその……、変なもの見せちゃってごめんな)」
ユリシアの妹ということは、恐らくまだちょっと幼いだろう。そんな子にはあの光景は聊か刺激的すぎたかもしれない。しかも、それが実姉の痴態であれば尚更ショックだっただろう。俺は今一度メルシアちゃんに頭を下げた。
「(だ、大丈夫。びっくりはしたけど、別に気にしてない。それに、お姉ちゃんのあんな幸せそうな顔見れただけでもあたしは嬉しかったから。……ま、まぁ……、あの後あたしも少し変な気分になっちゃったけど……)」
「(メ、メルシア……?)」
「(な、ななななななんでもないっ! そ、それよりお姉ちゃん、なんかおっぱい大きくなりすぎてない? 昨日からずっと気になってたんだけど……。狐族ってそんなに大きくならないよね?)」
……話を逸らした? まぁ、触れられたくないことの一つや二つあるもんだしな。ここは追及しないで挙げるのが優しさってものだろう。
にしても、今のメルシアちゃんの口ぶりからするに、ユリシアの胸の成長具合は二十歳前に限らず狐系獣人族全体から見ても逸脱したものなのだろうか? まだまだ知らないことは多そうだ。
「(あ、あー、これね……。わたしもよく分からないんだよね……)」
強調するように自分の両掌でぐにぐにと自分の両胸を揉みながら、ユリシアは首をかしげる。勇者の加護による反応、というのも、あくまで俺の推測でしかないからな。今は分からないとしか答えようがない。
「(そうなんだ。大きなおっぱい、憧れちゃうなぁ)」
ユリシア自身の手によって柔らかく形を変える二つの膨らみに羨望の眼差しを向けるメルシアちゃん。やっぱり、何処の世界の女の子も大きい胸には憧れちゃうものなのかな?
「(えへへ、良いでしょ♪)」
誇らし気に胸を逸らすユリシア。その弾みで胸がぶるんと大きく揺れる。一瞬だけメルシアちゃんの目つきが鋭くなったのを俺は見逃さない。けど、すぐに何処か寂しそうな瞳に変わってしまう。
「(うん、すごく。でも、あたしはもう望み薄かな。何せこんな姿だし)」
そんなメルシアちゃんの切なそうな声も気になったが、それ以上に今発された言葉を聞いて、俺とユリシアはまだまだ気になることがたくさんあったことを思い出す。
「(そうだ! そのことについてとか、他にもいろいろと気になることがあるんだけど……、質問しても良いかな? メルシアちゃん)」
「(あ、そうだね。なんでメルシアがここにいるのかとか気になる。メルシア、良ければわたしたちにいろいろ聞かせてほしいの)」
「(うん、平気だよ)」
そうして俺とユリシアは、何故ここにメルシアちゃんがいるのか、どうして人形でなく純粋な獣形態になってしまっているのかなど、いろいろと質問してみることにした。メルシアちゃんは、自分が覚えている限りのことを一つずつ話してくれた。
まずは今に至るまでの経緯だが、メルシアちゃんは向こうの世界で世界のバランスを壊す原因となった例の連中に襲われ、一度は命を落としてしまった。しかし、その後もぼんやりとではあるが意識は残っていたらしい。長い時間、真っ暗闇を漂う感覚があったという。すると、ある時暗闇の中にいた意識が浮上し、気づけば何故か獣の姿でこの神社内に倒れていたとのことだ。
恐らくだけど、向こうの世界で命を落とした際に肉体は失ってしまったが、何らかの原因により魂だけの存在となって空間を彷徨っていたのだろう。暗闇を漂う感覚、というのはつまりそういうことなのではないだろうか? もちろん、確証はない。ただの憶測に過ぎないが。
メルシアちゃんの実体験はなかなか非現実的な現象ではあるが、俺は既に異世界召喚なんていう非現実的な体験をしてしまっているので、メルシアちゃんの話を聞いて疑問点はいろいろと思い浮かんだが、驚きまではしなかった。
というか、俺はこの現象について、一つ思い当たることがあった。異世界召喚なんていう現象があったのだから、もしかしたら有り得ない話ではないのかもしれない。もちろん、その現象が引き起こされる原因なんてものは一切分からないしあくまで俺の推測でしかないけど、ひとまず俺の考えについて話すだけ話してみよう。
「(転生……ってやつかもしれない……。メルシアちゃん、この世界は君が元いた世界とは別の世界だってことは何となく分かる?)」
俺がメルシアちゃんにそう聞くと、メルシアちゃんはこくりと頷いてみせた。
「(うん、それは何となく。たまにあたしに食べ物をくれる人がいるの。その人の言葉がどうやっても理解できなかったから、あたしの元いた世界とは違うんだってことは分かってた)」
メルシアちゃんに食べ物を分け与えてくれる人がいる……? つまり、俺たち以外にもこの神社を訪れる人間がいるということか? その辺についても追い追い聞いてみることにしよう。
「(それだけで判断できたの?)」
「(あたし、元の世界だったら、基本的にどの国の言語も理解できたし)」
「(そ、そうなの? そりゃすごいね)」
「(ふふん、メルシアはね、狐族の中で一番優秀だったの。フォクサローゼリス家でも歴代最高って言われてたくらいだし)」
「(えっ、ユリシアよりも?)」
自慢気に胸を張るユリシアに対して、俺は思わず素手聞き返してしまった。なんせ、俺の知るユリシアは常人ならぬステータスを所持しているのだ。だから、そんなユリシアよりもさらに優秀な存在がいたのかと驚いてしまったのである。
「(うん。わたしなんてメルシアに比べればまだまだだよ)」
すると、ユリシアはあっさりと認めてしまう。まさか、妹であるメルシアちゃんの方が姉であるユリシア以上に優秀な存在だったとは……。
「(お姉ちゃんだって充分優秀だったじゃん)」
「(そんなことないって。だってあなた、あの年で魔法を習得してたじゃない。それも三属性も)」
「(けど……、あたしはみんなを守れなかった……)」
「(メルシアは悪くない。悪いのはアイツらなの)」
「(そ、そういえば、今更だけどお姉ちゃんはどうしてここに!?)」
恐らく、先ほどからずっと気になってはいたのだろうが、切り出すタイミングを見つけられなかったのだろう。少し焦った様子でユリシアにそう問い詰めていた。
「(わたしね、あれからリョウと出会って旅をすることになったの。実はね、リョウは召喚された勇者様なんだよ)」
「(ゆ、勇者様!? す、すごい!)」
真っ直ぐに純粋な目を向けられてしまい、俺は何ともむず痒い気持ちになってしまう。そんなに大したことはないと言いたいところだけど、神様曰く俺は常人の域を超えているらしいからな。だから、否定することもできず、メルシアちゃんの純粋な憧れの眼差しを真正面から受け止めることになり、非常にくすぐったい感覚を覚えてしまっている。
「(それでね、わたしとリョウの二人でアイツらを倒したの。だから、向こうの世界は平和になったんだよ)」
「(お、お姉ちゃんと勇者様が!? そうだったんだ。じゃ、じゃあ、お姉ちゃんも死んじゃったってわけじゃないんだね)」
「(大丈夫、わたしは生きてるよ。リョウ、それからメルシアのおかげでね。メルシアは、同族みんなのことは守れなかったかもしれないけど、ちゃんとわたしのことは守ってくれたんだよ)」
「(あたしが、お姉ちゃんを……?)」
「(そう。あの時、メルシアがわたしを風魔法で吹き飛ばさなかったら、きっとわたしも死んでた。でも、メルシアがわたしを逃がしてくれたおかげで、わたしはみんなの仇を取れたんだよ。これはね、わたしとリョウとメルシア、三人の力で掴んだ勝利なの)」
俺も、ユリシアからその当時の詳しい内容については聞いたことがなかった。聞けばきっとユリシアの心の傷を余計に抉ってしまうと思ったから。
だが、そういう経緯があったのか。ユリシアが俺に"戦いたい"と強く進言してきたのも、きっと自分を逃がしてくれたメルシアちゃんの意思を無駄にしないためだったんだな。
「(お姉ちゃん……、ありがとう……)」
「(んで、今ユリシアがここにいる理由だけど、これは俺の願いなんだ)」
「(勇者様の願い?)」
「(一応、勇者としての使命を全うしたってことで、俺は神様からとある報酬をもらったんだ)」
「(……半分はわたしのお願いでもあったんだけどね。まぁ、それは別に良いか。それで、リョウがもらった報酬っていうのが、わたしを連れて元の世界に戻る権利だったんだよ
「(勇者様の元の世界……。つまり、ここがそうなの!?)」
「(そういうことだ。どうやらメルシアちゃんは、偶然にも俺の世界に転生してきたみたいだな。まぁ、本当に転生なのかも定かじゃないんだけどね)」
何がどうなって異世界転生(仮)なんていう謎現象が巻き起こったのかはさっぱり分からないが、ユリシアがメルシアちゃんという大事な家族と再会することができた。今はそのことを素直に喜ぼう。異世界転生、万歳!