異世界帰りのハイスペック勇者様は、一緒に連れ帰ってきた最愛の狐耳少女(パートナー)と平凡で穏やかなイチャコライフを送りたい! ~微コミュ障でオタクな最強タッグのあまあMAXな共依存物語~ 作:室谷 竜司
シャトルランを終えた俺とユリシアは、体育館内の盛り上がりとは真反対などんよりとした気分を抱えながらとぼとぼとコートを後にする。
結局、俺の記録は169回であった。これ、一般学生の記録じゃないよなぁ、明らかに……。サッカー部に入っているならまた別かもしれんが……。俺はそうじゃないしなぁ……。しかもほとんどの同級生たちに今の計測を見られてしまっていたのだから、今後注目されずに高校生活を満喫するなんてことはできなくなっただろう。いやまぁ、木戸田を撃退した時からいろいろ狂い始めたのだけど……。
でも、今回に関して言うならば俺はまだマシかもしれない。恐らくユリシアの方がより注目を集めてしまっただろう。なんせ、女子でありながらシャトルラン140回越えだもんなぁ。
それでいて、ユリシアは今噂の所為で学院中の女子生徒たちから嫌悪、もしくは恐怖の感情を抱かれてしまっているらしいからな。さらに悪目立ちするきっかけにならないと良いけど……。
……って、ちょっと待てよ? 先ほどは自分たちのことであまり気にしていられなかったが、確かユリシアが計測を終えた時に周囲の学生たちから歓声が沸き上がっていなかったか……? あれは一体……。
なんてことを考えながら、周囲の学生たちの様子とユリシアのしょぼくれた様子とを交互に眺めていると、不意にユリシアのもとに近づいてくる女子生徒たちの存在を見つけた。これは……どうすべきだろうか。ひとまず様子見……で良いかな……?
そう一人で問答をしているうちに、女子生徒たちがユリシアのすぐ傍まで接近していた。その存在に気づいたユリシアが軽く身構えたのが分かった。……あいつもあいつなりに警戒しているようだ。
そして、俺もユリシア同様身構える。大事になりそうだったらすぐに止めに行けるように。
……しかし、そんな俺たちの警戒など必要ないと言うように、その女子生徒たちがにこりと微笑みを浮かべた。それから、きゃっきゃとはしゃぎながらユリシアを取り囲んでしまう。
「フォクサローゼリスさん、さっきのシャトルランすごかったよ!」
「ホントホント! 女の子なのにカッコいいって思っちゃった!」
「……え? ふえっ!?」
いきなり浴びせられた称賛の言葉に、ユリシアが戸惑いの声を上げるのが分かった。なお、俺も戸惑っている。
あれ、ユリシアって女子たちから怖がられているんじゃなかったのか? 確かさっき、雨宮さんがそんなことを言っていなかったか?
しかしながら、今俺の目の前にある現実は雨宮さんの言っていた噂事を完全に否定していた。……雨宮さんにからかわれた……なんてことはない……よな……? そんなことをする人には見えなかったし。
などと俺が首をかしげながらユリシアを取り囲む女子の集団とそれに戸惑うユリシアを眺めていると、唐突に後ろから声をかけられた。
「霜崎さん、さっきぶりです」
「ん? あっ、雨宮さん?」
俺が後ろを振り返ると、そこにいたのは俺にユリシアの噂を教えてくれた張本人である雨宮さんだった。丁度良い、この状況について聞いてみよう。
「あ、あの、噂の件……なんですが……」
俺は女子の集団を指差しながら雨宮さんにそう話を切り出した。すると、雨宮さんは何故か満足気な表情を浮かべる。
「あっ、えっと、実はですね、あの噂がでたらめだってこと、もう友達に話しちゃったんです。そしたら、すぐにそのことが広まったらしくて」
「あっ、そうだったんですか!?」
「はい。みんなもホントはフォクサローゼリスさんとお話してみたかったらしくて、あの噂がホントのことじゃないって分かって喜んでいました」
「そう……だったんですね、良かった」
俺はほっと一息吐く。雨宮さんのおかげで、まだ1年生だけとはいえ誤解を解くことができた。そりゃ安心するに決まっている。
「雨宮さん、本当にありがとうございます」
それから、俺はみんなの誤解を解いてくれた雨宮さんに感謝の念を伝えた。まさかこんなすぐに動いてくれるとは……、とても優しい人なんだなぁ。そう思った。
「えっ!? あっ、そ、そんなっ……! わ、私も誤解しちゃってたわけですし……、そんな感謝されるようなことは……。むしろ、これまでフォクサローゼリスさんを無自覚に悲しませちゃってたって考えると……」
「ははっ、雨宮さんは本当に優しいですね。けど本当、そんな気にしなくて良いですよ。誤解を解いてくれただけでも充分嬉しかったんです」
「……え?」
「だから雨宮さん、もう一度言わせてください。ありがとうございます、ユリシアを助けてくれて」
そう言って、俺は雨宮さんに頭を下げる。彼女は気にしすぎだ。噂を信じてしまうのは仕方ないことなのに。けど、そういう小さな失敗でも自分を責め、そして誰かのために悲しんでくれるところが、きっと彼女の優しいところなのだと俺は思う。まぁ、思いつめすぎて潰れてしまわないか心配ではあるけど……。
「わっ、あ、頭上げてくださいっ!!」
「はい。それで雨宮さん、感謝の気持ち、受け取ってくれますか?」
「……はい。その……、どういたしまして……です……。な、なんか、こんなに感謝されると照れちゃいますね……、あ、あはは……」
そう言うと雨宮さんは自身の頬を掻く。良かった、ちゃんと感謝の気持ちを受け取ってくれた。そのことに俺は安堵し、肩の力を抜く。
「雨宮さんのそういう優しいところ、とても憧れてしまいます」
「そ、そんなに褒められるとさらに照れちゃいますよぉ……。ヤダ……、顔が熱い……、んうぅ……。そ、そうだ、さっきのシャトルラン!」
照れと恥ずかしさのあまり顔を真っ赤に染めた雨宮さんは、これ以上俺に褒めちぎられまいと話題を変えた。
「えっと、シャトルランですか?」
俺も、別に雨宮さんを虐めたいわけじゃないので、素直に彼女の話に乗る。しかし、シャトルラン……か……。少しの間忘れかけていたけど、そういえばシャトルランの件は片付いていなかったんだったな……。
というか、このタイミングで雨宮さんからシャトルランの話を振られるなんて……、非常に嫌な予感がする……。
「すごかったです! フォクサローゼリスさんも霜崎さんも! 私、あんな記録見たことないです! やっぱり何でもできるんですね、カッコ良かったです!」
……やっぱりな、うん、分かってはいたから……、こういうことになることくらい……。分かってはいたけど……、それでもこういう眩しい瞳を向けられると微妙な気持ちになる……。
俺もユリシアも、こんなに注目を集めるつもりはなかったんだ……。あくまで欲しかったのは平凡な日常と程良い数の友人であって、称賛やら知名度やら人気は要らないんだよなぁ……。
「え、えっと、ど、どうも……」
俺は曖昧な返事をしてしまう。雨宮さんにはそんなつもりがないということは充分に理解しているけど、こうして自分の記録を褒められれば褒められるほど、俺の気持ちはどんよりと沈んでいってしまうのだ。
けど、せっかく褒めてくれている相手に対してあからさまに落ち込んだ様子を見せるわけにもいかず、このような曖昧な態度を取らざるを得ないわけである。
「あ、あれ……? も、もしかして、私私なんかまずいこと言っちゃいました……?」
そんな俺の曖昧な反応を見た雨宮さんは、先ほどまで憧れの感情を滲ませていた表情を瞬間的に曇らせ、不安気に俺にそう尋ねてきた。
あからさますぎただろうか……。途端に罪悪感が込み上げてくる。俺は咄嗟に頭の中で言い訳を考え、それを口にした。
「あっ、いえ、そ、そういうわけじゃないんですよ……。ただその……、面と向かって褒められることに慣れていなくて……、ちょっと恥ずかしくなってしまったというか何というか……」
虚言を吐いて相手を騙すなんて、我ながら酷い人間だとは思う。けど、下手に本心を吐露して相手を落ち込ませたり傷つけてしまうよりかは幾分かマシだとも思う。
「そ、そうだったんですね、良かった……」
どうやら上手く誤魔化せたようで、雨宮さんはほっと息を吐く。うん、これはこれで罪悪感が半端じゃないが、まぁ良いだろう。
それから、雨宮さんは唐突に自身の胸を押さえ、そのままくるりと俺に背を向けた。何事だろうか……と思っていると、体育館内の喧騒の中にぼそぼそという小さな呟き声が聞こえてきた。
「にしても、さっきの霜崎さん……、反則でしょ……! か、可愛すぎるんですけど……! ど、どうしよう……、は、鼻血……出てないよね……?」
本来ならば聞き取れないであろう声量だが、五感鋭敏を持つ俺にははっきりと聞こえてしまった。そして、五感鋭敏を持っている自分が少しだけ嫌になった。
自分の発言で誰かが悶える様子を見るなんてどんな仕打ちだよ……。本気で恥ずかしくなってきてしまったではないか……。
俺はもう雨宮さんを見ていられなくて、彼女から目を逸らした。その視線の先には、未だに女子生徒たちに囲まれ続けるユリシアの姿があった。
「今まで話しかけてあげられなくてごめんなさい。でもその……、これからは仲良くしてくれると……嬉しいです……」
「えっ、あっ、は、はい……。えっと、こ、こちらこそ……?」
「あっ、ずるいっ! 私も!」
今までは噂の所為でユリシアに近づくのを躊躇っていた女子生徒たちだったが、雨宮さんのおかげでその誤解も解け、キャッキャとはしゃぎながら各々がユリシアに話しかけていた。
ユリシアはそんな女子生徒たちの様子に目を白黒させしどろもどろになりながら、何とか言葉を返している。もしかしたら、ユリシアからしたら女子生徒たちの態度が急に変わったことにまだピンと来ていないのかもしれないな。
というかそもそも、あの様子だと噂のこともよく知らなそうだな。いや、本人なんだから知らなくて当然……なのか? でもなぁ、ユリシアなら知っていたとしても何も言わず放っておく、なんてこと普通にしそうだから何とも言えない。
となると、紗夜たちはどうなのだろう? 紗夜なら、この噂を知っていたとしたら真っ先に行動しそうなものだけど……。親友を放っておくほど薄情な子ではないことはこの1カ月弱で分かっている。
「なんか、すごいことになってますわね」
なんて考えていると、不意に隣からそう話しかけられる。そちらに振り向くと、そこには薊美さんの姿があった。
彼女も物珍しそうに目の前の光景を眺めていた。丁度良い、薊美さんに噂のことについて聞いてみよう。
「薊美さん、お疲れ様。ところでさ、ユリシアに関する良くない噂が流れていたことって知ってた? 俺、知らなかったんだけど」
「えっ、噂ですか? ワタクシは存じ上げませんわ……」
「紗夜はどうなんだろう」
「紗夜さんからもそんな話は聞いたことありませんわね。ユリシアさんのことであればすぐにでも解決しようとしそうですが、そのような兆候も見られませんでしたわ」
薊美さんはふるふると首を横に振りながらそう言った。俺も薊美さんも、そして恐らく紗夜すらも知らない……。この流れだと、寺田君もこの噂を知らないと考えて良さそうだな。
ユリシアの関係者にこの噂が漏れないよう情報操作が行われていそうだな。気づかないうちに俺たちを四面楚歌状態へと陥れようとした……ということだろうか。
あの取り巻き共、木戸田を失ったことがそんなに悔しかったのか……? いや、恐らく木戸田というよりも都合の良い金袋を失ったことが悔しいのだろうな。何処までも意地汚い女共だ……。
まぁでも、雨宮さんのおかげで1年生はどうにかなりそうだ。これなら特に慌てる必要はないだろう。もう少し様子を見ることにしよう。
「そっか、ありがとう」
「でも、どうやら解決したようですわね」
「うん。ユリシアのために誤解を解いてくれた人がいたんだ」
「あら、そうなんですの?」
そう首をかしげる薊美さんを他所に、俺は今一度背後を見やる。そこには、未だに胸を押さえて悶絶する雨宮さんの姿があった。俺はまたも目を逸らしたくなったが、そこはぐっと我慢した。
薊美さんは俺につられるまま同じように視線を背後にやった。そして、ブツブツと呟き声を上げる雨宮さんの姿を視界に入れるや否や、薊美さんは半眼になった。
「何、やっているのですか? この方は……」
「え、えっと……まぁ……、いろいろあったんだよ……、うん……。そ、それより、この人が誤解を解いてくれた人。えーっと、おーい、雨宮さん……? そろそろ戻ってきてほしいんだけど……」
俺は完全トリップ状態の雨宮さんを現実に呼び戻すべくそう声をかける。すると、雨宮さんははっとしてきょろきょろと周りを見やる。
「あっ、ご、ごめんなさいっ! 私ってば、つい自分の世界に……」
そしてようやく今の状況を思い出したようで、雨宮さんはぺこぺこと俺に頭を下げてくる。俺はそれを手で制し、改めて薊美さんに紹介した。
「それじゃ改めて、この人は雨宮紅葉さん」
「あら、よく見たら新歓で同じ班だった方……ですわよね?」
薊美さんが雨宮さんの顔をまじまじと覗き込みながらそう言った。あ、ちゃんと覚えていたんだ、薊美さんは。あの朱鷺、彼女も割と暴走していたような気がしたんだけど……、そんなことなかったのかな?
「あ、薊美さん!? い、何時の間に……。で、でも、覚えていてもらえて光栄です」
そう言いながらこちらをチラ見してくる雨宮さん。もしかしなくても、俺が覚えていなかったことを若干根に持っているよね……?
「その節はすみませんでした……」
咄嗟に口から謝罪の言葉が出てくる俺。
「いえいえ、お気になさらず」
雨宮さんがそう返してくる。満面の笑みが逆に怖い。
「一体何があったのですか……?」
薊美さんはそんな俺たちのやり取りを不思議そうに見つめていた。だが、すぐに本来の要件を思い出し、再び雨宮さんへと向き直る。
「雨宮さん、聞きましたわ。ユリシアさんへの誤解を解いてくださったのですわよね。本当にありがとうございます」
そう感謝の言葉を述べると、薊美さんが雨宮さんに対してぺこりと綺麗なお辞儀をした。薊美さんにとってユリシアが大切な友人であるということがその真剣な様子からひしひしと伝わってきた。
「えっ!? わわっ、霜崎さんに続いて薊美さんにまで頭下げられちゃいましたっ……。そ、その、頭を上げてくださいっ、薊美さん」
「は、はい」
紗夜と言い薊美さんと言い、ユリシアは良い友人に恵まれたな。それが俺には自分のことのように嬉しく思えた。
*
「この3人で集まって昼食食べるのって初めて……だよね?」
学食にて、席に座った寺田君がそう呟く。その言葉に、俺は同意の意を示すようにこくりと頷いてみせる。
「まぁ、涼さんとユリシアさんが一緒にいないことがほぼありませんからね」
そう言ったのは薊美さんだ。彼女の言う通り、俺とユリシアが学院内で一緒にいないということは授業の時以外ほとんどないからな。
だから、現在集まっているメンバーが俺と寺田君、それから薊美さんの3人であるということは相当レアなのではなかろうか。
なお、ユリシアと紗夜の2人は俺たちの座る席とは少し離れたところにいる。俺たち3人は遠くに座る彼女たちの様子をボーっと眺める。
「結構賑わってるね」
「そうですわね」
今、彼女たち2人はクラスの女子生徒たちと昼食を囲んでいる。その中には雨宮さんの姿もあった。体力テストの後、すぐに仲良くなったようだ。雨宮さんの積極性が眩しい。
「まさか、ユリシアさんの方から涼さんとの昼食を断るとは思ってもみませんでしたわ」
「それくらいクラスに馴染めたことが嬉しかったんだろうな」
薊美さんの言う通り、ユリシアは先ほど俺のもとにやってきて、
「ごめん、リョウ。今日はお昼別々でも良い? クラスの人たちに誘われたの」
と言ってきたのである。その時のユリシアの表情は、若干俺に対する申し訳なさも感じさせたが、それ以上に喜びの感情やら楽しみという気持ちを全身に滲ませていた。よほどクラスメイト達との昼食が楽しみだったのだろう。
そんな幸せそうなユリシアの様子に俺もつられて嬉しくなり、二つ返事で了承した、というわけだ。
「でも良かったの? 霜崎君」
「ん? どうして?」
「彼氏としては寂しいんじゃないかなって」
寺田君のその言葉に、しかし俺は首を横に振って答えた。
「んいや、そんなことないよ。むしろ嬉しい。ああしてユリシアが友人たちと楽しそうにお喋りしてるのを見れて満足してる」
満面の笑みを浮かべて友人たちとの会話に花を咲かせるユリシアの姿を視界に映し、俺は頬を綻ばせる。
「君は本当にフォクサローゼリスさん思いなんだね」
「まぁね」
「誤解が解けて良かったですわね、本当に」
「うん。雨宮さんには感謝してもしきれないな」
「ええ、そうですわね」
ユリシアたちの姿を捉えながら、薊美さんも俺と同じように頬を緩ませていた。やっぱりこの人、なんだかんだ言いつつユリシアのこと好きだよな。
なんて思いながら、俺はふと思いついた質問を薊美さんに投げかけてみることにした。
「ところで、薊美さんは良かったの? ユリシアとか紗夜と昼食食べられなくて。寂しいんじゃない?」
ちょっとばかし意地悪だったかな? まぁでも、たまには薊美さんをからかってみても罰は当たらないだろう。
「なっ、そ、そんなことありませんわっ」
俺の質問に対し、薊美さんは顔を真っ赤にさせながらそんな抗議の声を上げた。だが、場所は弁えているようで、大した大声は出していない。流石は御嬢様だ。
「む、むしろ嬉しいくらいですわよ。だって、ユリシアさんがいないということはつまり、ワタクシが涼さんを独占できるということなのですから」
視線を明後日の方向へと向けながらそう言う薊美さん。見ると、彼女は顔どころか耳の先まで茹で蛸のように赤くさせていた。ユリシアも大概だけど、薊美さんも薊美さんでツンデレなんだなぁ。
「そ、それに、クラスメイトとの憩いの時間をワタクシのような別クラスの人間が邪魔するのは本意じゃありませんわ」
続けて照れくさそうに吐き出されたその言葉に、俺も寺田君も口元をニヤ尽かせることしかできなかった。
この人は本当に、何処までも友人思いな良い人なのだと再認識させられる。それはきっと、寺田君も感じたことだろう。
「そ、そんなことはどうだって良いのですわっ。そ、そんなことよりも、先ほどの体力テストですわっ」
恥ずかしさの限界値に達したようで、薊美さんが急に話題を反らした。その内容は、よりによって体力テストの話だった。あーあ、今まで忘れかけていたのになぁ……。
「涼さん、先ほどのシャトルラン、すごかったですわ」
「それは確かに。169回なんて記録、ボク初めて見たよ。いやぁ、本当にすごいね、君は」
寺田君も薊美さんの話題転換に乗っかってきた。くっ、いつの間にか俺の方が追い詰められているではないか……。
こういう時、ユリシアがいればいろいろとフォローしてくれるんだが……。して……くれるよな……? 多分……。
けど、そんなユリシアが今はここにいない。俺は今になって、自身の傍らにユリシアの存在がないことを悔やんだ。
縋るようにユリシアに視線を向けると、丁度彼女と目が合う。しかしながら、返ってきたのは幸せそうな満面の笑みだけだった。嬉しさと悲しさの同居した感情を抱えながら、俺は一つ大きな溜息を溢すことしかできなかったのだった。