異世界帰りのハイスペック勇者様は、一緒に連れ帰ってきた最愛の狐耳少女(パートナー)と平凡で穏やかなイチャコライフを送りたい! ~微コミュ障でオタクな最強タッグのあまあMAXな共依存物語~ 作:室谷 竜司
「大丈夫? ユリちゃん」
「うん……、平気……」
その場にしゃがみ込むわたしに、サヤは不安気に声をかけてくる。そんなサヤに"大丈夫"と強がってみせるも、正直精神的ダメージはかなり大きい。
思えば、昨日のお昼に感じた悪感情は、ほとんどがわたしに向いてはいたけれど、ほんのごく僅かにだけリョウたちにも向けられていたじゃないか……。
くそっ……、どうしてあの時わたしは細かいところにまで注意を向けずに、ほんの表層だけ見て"問題ないよね"なんていう愚かな判断をしてしまったのだろう……。
わたしがもっと警戒心を持てていれば、他の人たちに迷惑をかけることもなかったかもしれないのに……。自分に対する苛立ちと後悔の念が募る。
もちろん、警戒していればどうにかなっていた……という保証はない。しかし、多少なりとも事を小さくできていたのではないか……と、後悔の念を抱え始めたわたしの頭はそう考えてしまうのだ。
ヴィオレイウスでリョウと旅をし、様々な困難を乗り越えてきた。そのおかげでわたしも少しは成長できたのだと、最近少しずつ自信を持てるようになってきていた。
けど……、やっぱりわたしはまだまだだった……。成長したのはステータスだけであって、人としては未熟なまま……。それがとても悔しくて……、腹立たしくて……、気づけばわたしの視界は滲んでいた。
……いや、泣くわけにはいかない。泣いたら、無力を認めて諦めたのと同じ。まだまだ未熟だけど、昔のようにすぐに諦めてしまうほど弱っちいわたしじゃない。今からでもできることを探す、それくらいできるでしょう? ユリシア・フォクサローゼリス。
「ごめん、取り乱した」
わたしは足に力を込め、その場に立ち上がる。正直言うと、まだ焦っている。自身に対して怒ってもいるし、後悔だってしたままだ。でも、やると決めたからには前を剥いていなければならない……。うじうじしている暇があったらさっさと立ち上がれと、心の奥底から叱咤の声が飛んできたような気がした。
「えっと……その……、ごめんね、フォクサローゼリスさん……。やっぱり、こんなこと本人に言うべきじゃなかった……」
わたしに昨日会ったことを教えてくれた友人……リノが、申し訳なさそうに目を伏せそう謝ってくる。取り乱した所為で、かなり心配をかけてしまったようだ。彼女は何も悪くないのに。むしろ謝るのはこっちなのに。
「話してほしいって言ったのはわたしだよ。だから、リノは謝らなくて良い。むしろ、わたしの所為で迷惑かけた。ごめんなさい」
「い、いやいや、フォクサローゼリスさんは悪くないよ!」
「ありがとう。んで、本題に戻るんだけど、クラスの人たちの様子がおかしい理由はみんな同じって考えて良いのかな?」
とりあえず、今は情報収集に努めるべきだ。そう思ったわたしは、話を元に戻し、彼女にそう問いかける。
「え、えっと……、う、うん……」
まだ少しわたしに遠慮しているようだったけど、リノはわたしの質問に素直に頷いてくれた。わたしの様子が普段通り……とまではいかずともそれに近い状態に戻ったことで、リノのわたしへの心肺は少し和らいだようだ。
「ほら、今教室にいる人たちって、みんな何かしらの部活に所属してるからさ」
それから付け加えるように、リノは教室内にいた他のクラスメイト達に視線を向けながらそう言った。
彼女につられるように、わたしも教室内にいる人たちに視線を向ける。すると、みんなこちらの話を聞いていたらしく、一様に頷いていた。
なるほど、リノの言う通り、この場にいる人たちはみんな何かしらの部活に所属しているみたいだ。
リノを含めると、今この場にいる部活参加勢は計10人。その全員が揃って部活から追い出された……と。
「ねぇ、みんなに聞いても良い?」
わたしは、今度はこの場にいる全員に声をかけてみることにした。せっかくなら、より多くの人たちから情報を集めたいからね。
ただ、彼らがみんなリノのように素直に答えてくれるとは限らない。今のところは、彼らから向けられている視線に悪感情は感じられないけど、心の中ではわたしを良く思っていないかもしれないから。
なんせ、わたしはみんなが部活から追い出されてしまった原因そのものなのだから。わたしと関わるとろくなことにならない……。少なからずそう感じた人だっているはずだ。
だから、恨まれても避けられても、わたしは文句を言うこともできない。そうすることが当然だし、正しい判断だと思うから。寂しいけど、仕方のないことなのだ。
「うん、もちろんだよ。何でも聞いて」
「俺も、知ってる限りのことを話すよ」
「フォクサローゼリスさん、遠慮は要らないよ」
しかし、わたしの考えとは裏腹に、この場にいる全員がにこやかな笑みを浮かべてわたしに応じてくれた。そっか、そうだったね。ここには優しい人たちがいっぱいいるんだったね。
目頭が熱くなる。先ほどとは別の理由で、わたしの視界が滲んでいく。迷惑をかけたのに、誰一人としてわたしを拒絶しようとはしなかった……。それがとても嬉しかった。
けど、みんなの前で泣いてしまうのは恥ずかしい。だから、わたしは今度も涙を堪える。そうして、わたしは改めてみんなに向き直った。
「ありがとう、みんな。えっとね、幾つか聞きたいことがあるんだけど……」
そう前置きしてから、わたしはまず一つ目の質問を投げかける。
「ここにいるみんなは、全員同じ部活に所属しているのかな? それとも別々?」
「別々だね。私は……知っての通り軽音部所属だけど、ここにいる中で軽音部所属なのは私と栗生さんの二人だけかな」
「うん、そうだね」
最初に答えてくれたのはリノとクリュウさんの二人だった。なるほど、軽音部はこの二人だけか。
それから、他のみんなも各々の所属部活名を答えてくれた。結論、被りはほとんどなかった。
「軽音部、情報部、茶道部、陸上部、テニス部、卓球部、柔道部、それから文芸部……。見事にバラバラなんだね」
「みんな部活は違うけど、追い出された理由は一緒なんだ」
それまで静かに成り行きを見守っていたサヤがここで口を開く。そんなサヤの言葉に、わたしも同意の意を示すようにうんうんと頷く。
まさか、複数の部活で同じような状況になっているとはね……。もし、ここにいるみんなの所属している部活が全員同じ、もしくは2種類程度だったなら、わたしを理由に1年を拒んでいる部活はまだ一部だけという可能性もあったかもしれない。
だが、今みんなが挙げてくれた部活は前部で8つだ。その8つの部活全てが1年生を拒んだとなると、これはもう……
「他の部活でも同じ状況かもね……」
「そうだね……」
サヤの言葉に、わたしはまたも首を縦に振る。
「ねぇ、うちのクラスで他の部活に所属してる人っていたっけ?」
「えっと、確かいたはずだよ。あと4人くらいかな」
「あ、俺、昨日そのうちの二人と話したよ。石塚と角田なんだけど、その二人も部活追い出されたって……」
「その二人は何処の部活に入ってるの?」
「石塚が科学部、角田は演劇部だったかな」
科学部に演劇部……。これで、今名前が挙がっている部活は計10箇所となった。……うん、もうこれはほとんど確定事項だね。
A組・B組含め、部活に所属している全ての1年生が部活から追い出されてしまった……としか考えられない。10箇所の部活で同じように起きた追放騒ぎを、偶然で片づけることなんてほぼ不可能だし。
「どうしてこんなことに……。というか、ユリちゃんがいるからって何? ユリちゃん、何も悪いことしてないじゃん」
怒りや悲しみの感情がこもった声で、サヤがそう呟く。そんなサヤの言葉に、他のみんなも同調し頷く。
こんなにも味方がいてくれるなんて、とても心強い。などと考えつつ、わたしはみんなに自分の考えを伝えてみることにした。昨日、リョウと話したわたしに関する新たな噂の可能性のことだ。
「多分、わたしの悪い噂が流れてる」
「噂……? それってこの前の?」
クラスメイトのうちの一人がわたしの言葉に真っ先に反応し、そう聞き返してきた。その問いに、わたしは首を振って答える。
「リョウに近づこうとする女の子たちをわたしが片っ端からしばき倒してる……だっけ? ううん、多分その噂じゃないと思う」
「そうなの?」
「その噂の内容じゃ、どう考えても先輩たちが1年全員を拒絶する理由とは結び付かない。それに、その噂はちょっと前から流れてたんでしょ? なのに、昨日になって突然部活を追い出されるようになったのはおかしい」
「そっか、確かに……。あの噂が原因なら、もっと前から出入り禁止にされていてもおかしくないもんね」
わたしの説明にリノが"なるほど"と相槌を打つ。他のみんなも一様に納得顔を浮かべてくれていた。
それを確認したわたしは、再び口を開き説明を加えていく。
「そう。だから、今回の騒動には前とは別の新しい噂が関係してると思うの」
「新しい噂……。それって一体……」
「う、うん。それについてみんなに聞いてみたかったんだけど……、知らなさそうだね」
みんなの様子に、わたしは思わず苦笑を浮かべてしまう。まぁ、噂の可能性についてわたしが話し始めた時から何となく気づいてはいたけど。だって、誰一人として噂の可能性を考慮していなかったっぽいし。
「ご、ごめんね……」
なんて考えていると、リノが少し落ち込んだ様子でそう謝罪の言葉をかけてきた。あっ、しまった……。落ち込ませるつもりはなかったんだけど……。
わたしは慌ててフォローを入れる。
「あっ、いや、謝らなくて良いの。他のみんなも、全然気にする必要ないからね」
「で、でも、噂の内容が分からないと、何もできないし……」
「噂っていうのも、あくまで可能性の話なわけだしさ……。だから、えっと……うーん……。あー、それじゃあさ、昨日部活に行った時、先輩たちはどんな反応してたか、教えてくれるかな?」
わたしがフォローを入れてもみんなの表情は晴れなかった。それだけ、みんなはわたしの力になろうとしてくれている。
そんな彼らの罪悪感を払しょくするには、今の彼らが答えられそうな質問をしてあげるべきだろう。わたしとしても、せっかく協力しようとしてくれているみんなに、そんな悲しい顔はさせたくないからね。
「あっ、それなら答えられる」
良かった。みんなの表情が少し明るくなった。そのことにほっとしつつ、わたしはみんなの言葉に耳を傾ける。
噂の内容を聞く代わりに用意した質問だけど、きっと良いヒントは得られると思う。どんな時でも、わたしは決して無意味な質問はしない。
「えっとね……、なんか怖がられてる感じがしたかな」
「あー、確かにそんな感じしたな。何というかこう……、化け物を見るような目だった、あれは」
「ば、化け物……!? そんなに怖がられてたの……?」
「うん……。その所為か、まともに取り合ってもくれなかったよ。近づかれたくない……。話もしたくない……。そんな態度だった」
……思った以上に有力な情報が得られた気がする。恐怖心を覚えられている……というのがかなり重要なポイントだ。
ただ、その情報を得たとしても、答えまでは導き出せない。
わたしに関する噂一つで、1年生全員を化け物扱いするなんて……、少しばかり反応が過剰な気がする。どんだけ大規模な噂を流したのやら……。
「そっか、うん。教えてくれてありがとね」
「いえいえ。むしろ、このくらいしか教えてあげられなくてごめん。あっ、でも、もしかしたら雨宮さんなら何か知ってるかもしれないね。彼女、噂には結構敏感みたいだから」
「なるほど。じゃあ、後でクレハにも聞いてみよう」
情報通がいるというのはありがたい。というか、クレハって噂に敏感だったんだ……。そういえば、リョウは前に流れていたわたしの噂をクレハから聞いたとか言っていたっけ。
「ん? 私がどうかしたの?」
などと考えていると、不意にそう声をかけられた。わたしを含めた全員の視線が、その声のした方へと向く。
「あっ、噂をすれば何とやら……ってやつだね。おはよう、紅葉ちゃん」
そこにいたのは、今丁度名前が挙がったクレハ本人だった。何というグッドタイミングだろうか。
「うん、おはよう。んで、何かあったの?」
「今ね、フォクサローゼリスさんに関する新しい噂が流され始めてるかも……って話をしてたんだ。それでね、雨宮さんなら何か知ってるかなぁって」
「ユリシアさんに関する新しい噂……!? そ、そんな噂が!? 私、そんなの初耳なんだけど……」
だが、残念ながらクレハも何も知らないようだった。そっかぁ……。となると、今回の騒動はわたしの噂が原因じゃないのかなぁ……。昨日のお昼に感じたあの視線は、全部わたし自身が招いてしまったものだったのかな……。
いや、でもなぁ……、わたしに心当たりなんてないし……。やっぱり、例の取り巻き共が広めた噂の所為としか考えられないんだよね……。
「あはは、そっかそっか。ごめんね、クレハ。変なこと聞いちゃって」
「いや、大丈夫だよ。にしても、また噂されちゃうなんて……、酷いね」
「本当にね。でも、私はユリちゃんの味方だから。何があっても、ユリちゃんは悪くないって、私は叫ぶよ」
「もちろん、私も同じ気持ちだよ」
サヤがわたしの手を取り力強くそう宣言した。それに続くように、クレハもわたしの空いたもう片方の手を握ってきた。
「ありがと、サヤ。クレハも」
「私たちもフォクサローゼリスさんの味方だよ」
「うん。みんなもありがとう」
みんながわたしに笑顔を向けてくれていた。ホント、みんな良い人すぎだよ。優しすぎだよ。
だからこそ、そんなみんなに迷惑をかけてしまった自分が嫌になる。これでもし、今回の騒動の元凶がわたしだったら、きっと立ち直れない。
……だから、できれば噂であってほしい。そう願うことしかできなかった。
*
その後も、続々と登校してくるクラスメイトたちに、今回の騒動について知っていることはないかと聞いて回った。
だが、結果は芳しくない。有力な情報は得られなかった。
「……まさか、C組は全滅なんてね」
授業中、そんな呟きが漏れてしまう。騒動のことが気になりすぎて、今日は授業に集中できていなかった。
C組の人たちは、誰一人としてわたしに関する噂を知らなかった。そして、昨日の様子から、リョウとテラダ君も特に何の情報も持っていなさそうだった。
だが、恐らく1年全員が知らないというわけではないだろう。なんせ、昨日のお昼、わたしに悪感情を向けてきていた人の中に1年生の姿もあったのだから。
つまり、わたしと関わりの深い人たちにだけ情報が行き届いていないということだ。これ、絶対噂がわたしに届かないよう、誰かが裏で情報操作しているでしょ……。
多分だけど、うちの学校のシステムを上手い具合に利用されている。
この学校、各学年AからCの3クラスに分けられているけど、どうやら1年生のクラス分けはランク付けの意味も持っているようなのだ。
A組はほとんどが良家の令息・令嬢で構成され、B組はそういったお偉いさんたちと一般庶民の中での入試の成績上位者が半々くらい。
そして、C組はと言うと、その他の余りものが集められたクラス……というわけである。こういった階級分けをしないと文句をぶーたれるお貴族様が時々出てくるらしいのだ。
なお、2年生以降はそういった区別はなくなるらしい。どうしてなのかはわたしにも分からない。
それはさておき、こういうシステムがあるから、A組・B組とC組の間にはどうしても壁が生まれてしまう。その最たる原因は、庶民が萎縮し遠慮してしまうから。
その結果、C組の学生は仲間内の関係にとどまってしまう。当然、うちの学年も例に漏れず、ほとんどの人がクラス内にしか友人を持っていない。
そんな状況で、もしA組とB組にだけ噂がばらまかれたら? ……当然、わたしたちC組にはその噂は届かない。
もちろん、中にはクレハのように社交的な人もいるし、リョウやテラダ君のように向こうからC組の人たちに歩み寄ってくる人もいる。噂をばらまいた張本人は、そういう人たちにだけうっかり噂が届いてしまわぬよう注意しておけば良い、というわけだ。
よほどわたしを追い詰めたいみたいね……。噂を揉み消す材料がなければ何もできないということをよく分かっている。現に、今まさしくわたしは行き詰まり状態に陥ってしまっているわけだし……。
いかにも馬鹿っぽい連中と思っていたけど、あの取り巻き共もそれなりに知恵は働くらしい。仮にも朱鷺舟の学生……ってことか。
ただ、1年の交友関係まで把握していることには少し違和感を覚える。もしかしたら、他にも協力者が存在するのかもしれない。
ふと、脳裏にルナの顔が過る。最近めっきり顔を見せなくなってしまったことと何か関係があるのでは……?と、頭の片隅で考えてしまう。
まさか、わたしとリョウの関係を引き裂こうとして……
「い、いやいや、あいつがそんなことするわけない……」
わたしは、今し方脳裏に浮かんだ考えを振り払うように頭を振る。友人を疑うなんて、切羽詰まっているとはいえ最低なことをしてしまった……。
犯人捜しは今は止めておこう。先に噂の特定を澄ませないと。
とは言っても、今手元にある情報だけでは噂の特定なんてできないのだけど……。しかし、だからと言って、うちのクラス以外の人たちに話を聞けるとも思えない。先輩たちは当然取り合ってくれないだろうし、恐らく1年の別クラスの人たちもわたしとの接触は避けるはず。噂にそうするよう誘導されているだろうからね。
そうでなければ、既にわたしは噂を知っている1年たちから文句を浴びせかけられているはずだ。1年生全員が恐怖されるような噂なんて、彼らからしたら風評被害でしかないわけだし。
でも、現実は違う。彼らは遠巻きからわたしを睨むだけで、わたしに近づこうとはしてこなかった。噂に操られてしまったがために……。
そういうわけで、状況は絶望的と言って良い。憤りを覚え、わたしは小さく溜息を吐いてしまう。
……この先、どうすれば良いのやら。
*
その後も状況が進展することはなく、とうとう4限の授業まで終わってしまった。机に突っ伏し、うなだれるわたし……。
何とかすると息巻いておいて、何一つできていない……。ただただ時間だけが無意味に過ぎていく……。そのことに苛立ちを覚えてしまう。
「ユリちゃん、大丈夫?」
わたしを心配するように、サヤがそう声をかけてくる。みんなの優しさだけが、今のわたしの心の癒やしだ。
「うん、大丈夫だよ……。でも、噂のことが全然分からないの……」
「もしかして、授業中ずっとそのこと考えてたの?」
「うん……。けど、正直お手上げ状態で……」
「そういう時は一度休みを入れるべきだよ、ユリシアさん」
クレハもこちらに近づいてくる。
「だね。ユリちゃん、お昼にしよ。ご飯食べれば少しはリフレッシュできると思うよ。それに、涼君とも会えるし」
「そだね……。二人の言う通りだね……」
確かに、今のままでは何の解決も望めないだろう。一度疲れた頭を求刑させる必要はありそうだ。ついでに、リョウと
ということで、わたしは二人と学食に向かうべく椅子から腰を持ち上げた。……のだけれど、
「ユリシア・フォクサローゼリスはいるかしら?」
突然、教室の外から名前を呼ばれてしまう。何事だろうかと思い、わたしは声のした方へと視線を向ける。教室内に残っていた他の人たちも、同じように扉の外に視線を注いでいた。
えっ……」
思わず、わたしは驚きの声を上げてしまう。扉の前には二人の女学生が並んで立っていた。その後ろにも複数人の学生の姿がある。
……学生がわたしを訪ねてきた? どういうこと? てっきり、噂の所為でわたしには近づいてこないと思っていたのだけど……。
「あっ、あそこにいましたわ」
「あら、本当ね。それじゃ、失礼するわ」
そんなことを考えていると、先頭に立っていたうちの一人と目が合った。すると、彼女たちは怒りの形相でずかずかとC組教室内に侵入してきた。
目標は当然、わたしだ。まだ少し動揺していたが、ひとまずわたしも彼女たちに歩み寄ることにした。
「あっ、ユ、ユリちゃん」
「……なんか嫌な予感がするんだけど」
などと口にしながら、サヤとクレハがわたしの後に続く。うっ……、あんまりこの二人を巻き込みたくはないんだけどなぁ……。でも、拒むこともできないし……。
「アナタの所為で部活動から追い出されてしまったわ」
「私もですわ。どうしてくれますの?」
近づいてくるわたしに対し、先頭に立っていた二人の女学生が各々そんな怒りの声をぶつけてくる。やっぱり部活の件だったか……。
それに続くようにして、後ろにいた学生たちもそれぞれわたしに怒鳴り声を上げる。そんな彼らの怒りを静かに受け止めつつ、わたしは頭の中で考えを巡らせていた。
噂によってわたしに近づくことを躊躇させられていたのではなかったのか……? もしそうじゃなかったとしたら、どうしてこの人たちは今になってわたしの前に現れたのだろうか……。
普通、噂が耳に入った時点でわたしに文句を言いに来るはずだ。自分たちに振りかかる不利益を最小限に抑えるためにも。それなのに、彼女たちは事が起きるまで何のアクションも起こさなかった。
考えられる可能性は幾つかある。例えば、自分たちは関係ないと高をくくっていた……とか、1年生と2・3年生との間で噂に対する認識のずれが生じていた……とかね。もしくは、彼女たちはそもそも噂を知らなかった……なんてこともあるかもしれない。
「あら、無視するとは何様のつもりですか?」
「何とか言ってみなさいよ」
っとと、一人で考え込んでしまった所為で、彼女たちの怒りがさらに膨れ上がってしまった。
とりあえず謝ろう。迷惑をかけてしまったのも事実だし。
「ごめんなさい。わたしの所為で迷惑をかけた」
そう言って、わたしは彼女たちにぺこりと頭を下げる。できれば、彼女たちからいろいろ話を聞きたい。
そのためにも、まずは謝罪が必須……と思ったのだけど、
「ふーん、案外素直に頭下げたわね。……まぁでも、謝られたからって私たちはアナタを許すつもりもないのだけど」
返ってきたのは、わたしを突き放すような冷たい言葉だった。誤ったところで許してはくれないか……。
「ま、待って待って! ユリちゃんは悪くないの!」
「そ、そうそう。だから、できれば一旦落ち着いてほしいな」
どうしようかと頭を悩ませていると、サヤとクレハがわたしたちの間に入ってきた。そして、必死にわたしのフォローをしてくれていた。
「フォクサローゼリスさんを責めないで!」
「こっちの話も聞いてくれよ」
サヤとクレハを後押しするように、C組の他のみんなも声を張り上げる。……ここでもわたしはみんなに助けられてしまった。情けないなぁ……。
「……はぁ」
クラスメイト達の声に溜息を溢す女学生。そんな彼女は、まるで可哀そうなものを見るかのような瞳でクラスのみんなを見回していた。
……あの目、覚えがある。昨日のお昼にリョウたちが回りから向けられていた目と同じだ。
「……噂は本当のようね」
そして、ぼそりとそう吐き捨てた。……やっぱり、この人たちは噂を知っている。その上で、わたしのもとへとやってきたのだ。
どうして、今更になって文句を言いに来たの……? そんな疑問がぐるぐると頭の中を駆け巡る。
やはり何かがおかしい……。これは、何としてでも彼女たちから噂について聞きださないと。
「お願いします……! その噂、わたしたちに教えてください」
再度、わたしは彼女たちに頭を下げる。みっともないかもしれないけど、今のわたしにはこうすることしかできない。こういう時は、下手に相手を刺激してはならないのだ。
しかし、彼女たちからの返事はない。……これでもダメなのか。そう内心で嘆きながら、わたしは恐る恐る頭を上げてみる。……すると、
「えっ……」
まとめ役の女学生がわたしに向けて右腕を振り下ろそうとする姿を、わたしの瞳は捉えてしまった。思わず、間抜けな声を上げてしまう。
そして、次の瞬間には、わたしは彼女に頬を叩かれていた。ぴしゃりという乾いた音が教室中にこだまする。驚きのあまり、誰も声を出せずにいた。
……まさかここまでされてしまうとはね。叩かれた頬は痛くないけど、それとは対照的にわたしの心はずきずきとした痛みを訴えてくる。
濡れ衣でここまで責められてしまうと、流石に本気でへこむ……。同時に、どうしてわたしがこんな目に合わなければならないのか……という怒りの念も湧き上がってくる。
まずい……。わたし、追い詰められて心に余裕がなくなってきている……。精神が安定感を失い、ぐらりぐらりと揺らいでいるのが分かる……。
でも、こんなところで萎れてはならない。踏み止まらないと……。
「ユ、ユリちゃん!! 大丈夫!?」
「平気」
静寂を破るようにして飛んできたサヤからの心配の声に、わたしは問題ないと一つ頷く。そして、努めて冷静にわたしを殴った女学生を見据える。
「ごめんなさい。でも、わたし……ホントに知らないの」
「アナタ……、またそんなことを……」
「しらを切るつもりですわね……」
「ち、違う! ただわたしは、あなたたちから話が聞きたくて……」
そう叫ぶわたしに、まとめ役の女学生は再び腕を振りかぶる。折れそうになる心を必死に繋ぎ止め、わたしはその腕が振り下ろされるのを静かに待つ。
……信じてくれるまで、何度だって耐えてみせる。
「ダメぇ!!」
が、振り下ろされる寸前、サヤがわたしを守るようにわたしの前で両腕を広げた。わたしは咄嗟にサヤを引き留めようと彼女に手を伸ばしたが、それよりも早く女学生が振りかぶっていた腕をだらりと舌に下げた。
どうやら、わたし以外の人に手を上げるつもりはないらしい。わたしはそのことにほっと安堵の息を吐いてしまう。
「はぁ……、そこに立たれると困るのだけど」
「ダメ! ユリちゃんに酷いことしないで!」
「酷いこと……ねぇ。その女の方がよっぽど酷いことをしていると思うのだけど」
「どうして? ユリちゃん、何も悪いことしてないよ!」
憐みの表情を浮かべる女学生に、サヤは力強い口調でそう叫ぶ。そんなサヤの姿に、女学生はまたも溜息を一つ吐く。
「本当に知らないのね……、可哀そうに」
「もう、いっそのことここで現実を突きつけてあげては如何ですか? その女は口を割るつもりがないようですし」
「そうね……」
そう言って、二人の女学生は頷き合う。どうやら、噂について教えてくれるみたいだ。どんな形であれ、話をさせるきっかけを作ってくれたサヤには感謝の言葉しかない。
これでようやく状況が進展する。そう思った次の瞬間、目の前の女学生の口からあまりに予想外すぎる一言が跳び出した。
「アナタ方が庇おうとしているその女……ユリシア・フォクサローゼリスは、アナタ方を洗脳し利用する最低な女なのよ」