異世界帰りのハイスペック勇者様は、一緒に連れ帰ってきた最愛の狐耳少女(パートナー)と平凡で穏やかなイチャコライフを送りたい! ~微コミュ障でオタクな最強タッグのあまあMAXな共依存物語~ 作:室谷 竜司
「えっ、あ、薊美さん……!?」
最初に声を上げたのはまとめ役の1年女子だった。先ほどから目まぐるしく変わっていく展開についていけていないようで、その声から彼女が半パニック状態にあることがひしひしと伝わってくる。
もっとも、わたしもついていけていない。あれだけ突き放したはずのサヤとクレハがわたしを庇ってくれていることも、そしてこの場にルナが登場したことも全く分からない。
……でも、何となくだけど風向きが変わったような感覚は覚えていた。これから何かが始まる。クラスのみんなも、その他の1年達も、そしてわたしも知らない何かが……。
「はぁ……ふぅ……。あら……、皆さんお揃いのようですわね。ごきげんよう」
ルナは教室の後ろで硬直したままの1年生たちに一つ挨拶をすると、すぐにこちら側へと視線を戻した。怒りの灯った彼女の瞳には、わたし……ではなく木戸田の取り巻き共が映されていた。
その視線を受けた取り巻き共は、実に鬱陶しそうな表情でルナを睨み返していた。ただ、ルナの存在がこの場に加わっても、奴らは決して余裕の態度を崩さなかった。
「あらあら、薊美財閥のご息女様が何の用かしら?」
それどころか、ルナに対して挑発紛いの言葉を吐き捨てている。もし、わたしがこんなセリフを吐かれたら、恐らく一瞬で怒りが頂点に達してしまうだろう。それくらい不快なセリフだ。
実際、ルナも大分頭にきてしまったようで、奴らを睨む視線が一層鋭くなっていた。だが、流石は大財閥の御令嬢と言うべきか、静かに怒りはしつつも奴らの挑発に乗ってはいない。
きっと、これまでにも挑戦的な言葉のやり取りは経験してきているのだろう。殺人を良しとしないこの世界だからこその"理性的な戦い方"をルナは心得ているのだ。相容れない存在とは殺し合う……そんな世界にいたわたしには、ルナのような立ち回りはできないと思う。自信がない。
「ワタクシがこの場に来た理由、貴女方ならば察することくらいできるのではなくて?」
「あー、そういうことね。貴女もこの女に洗脳されているのね。可哀そうに」
「……はぁ。まぁ、今はそれで構いませんわ」
連中の返答を聞いて話し合いは無駄であることを察したルナは、面倒くさそうに溜息を吐くとそう一言だけ呟いた。
「あら、どういう意味かしら? それ以外の理由がある、とでも言いたい態度ね」
「……」
「黙ってないで何とか言ったらどうなの?」
それっきり黙りこくってしまったルナの態度に連中も苛立ちが抑えられなくなってきたようで、ルナにぶつける言葉がだんだんと荒々しくなってきていた。
しかし、そんな言葉の数々を受けても、ルナは一向に口を開こうとしない。ただただ軽蔑と怒りの入り混じった瞳で連中を静かに見据えているだけだ。
「これ以上何もないなら、早くこの場から散ってもらえないかしら? 私たち、これから重要な仕事をしなくてはならないの。そこにいられると気が散るわ」
そう言ってルナに手で追い払うジェスチャーを向けても、ルナは奴らに応じない。それどころか、無言のまま少しずつこちらに歩み寄り始めた。
いつもはちょっと馬鹿っぽいルナだけど、今の彼女からは妙な威圧感と頼もしさを感じる。それまで緊張で強張っていた身体からふっと力が抜けていくのが分かった。
「あの、月菜ちゃん……」
「ええ、大丈夫ですわ。安心なさい」
こちらに近づいてきたルナにサヤが一言声をかけると、それまで硬く引き結ばれていたルナの口から優し気な声が発せられた。
その声に、サヤとクレハが同時にほっと息を吐く。よく分からないけど、ルナの声に説得力のようなものを感じた。
ルナはそのまま歩みを進め、そしてわたしの背後まで移動した。どうしたのだろうかと思い振り返ってみると、ルナは先ほどわたしが脱ぎ捨てたセーターとリボンを拾い上げていた。
「ユリシアさん、リボンもつけないままなんて朱鷺舟の学生としてみっともないですわ」
そう言って、拾ったリボンをわたしに手渡してきた。
彼女から受け取ったリボンに視線を落としながら呆然としていると、今度は後ろからそっとセーターをわたしの肩に被せてきた。それから数秒、ルナはわたしの肩をぎゅっと抱きしめ、同時に耳元で
「あとはワタクシに任せなさい」
そう呟き、わたしから身体を離した。ルナの温もりから離れた身体は、しかしながら彼女の言葉と被せてくれたセーターのおかげでじんわりと温かいままだった。
「……ありがとう。ホントに……ありがとう……、ルナ……」
これまで我慢してきた涙が、ルナへの感謝の言葉とともに一気に溢れ出してきてしまう。ルナが拾ってくれたリボンを胸に掻き抱きながら、声を上げて泣きじゃくる。
そんなわたしの頭と背中を、サヤとクレハの二人が優しく撫でてくれていた。それが嬉しすぎて、わたしの瞳からさらに多量の涙がこぼれ出してしまう。
「ふん、何勝手にお涙劇場繰り広げて盛り上がっているのよ。どうせその涙だって演技なのでしょう?」
「先ほど自分が犯人だと白状したのに、ここにきてまぁた周りに媚び始めるなんて……。洗脳がまだ解けていない人たちを利用して逃げようったってそうはいかないわよ」
「ここにはもう貴女の味方はほとんどいないわ。悪足掻きなんて真似、止めたらどうかしら」
取り巻き共が何かいろいろと好き勝手言っているが、正直奴らの言葉なんてどうでもよかった。ルナやサヤ、クレハへのありがとうの気持ちで胸がいっぱいだった。
「そういうわけだから、貴女たち3人もそいつの演技に付き合う必要なんてないのよ。ほら、分かったらそこ退きなさい。撮影の邪魔よ」
「退かないよ、私たちは」
「ユリシアさんを見捨てたりなんてしません。先輩方の汚い掌の上で踊るつもりなど毛頭ありません」
「何ですって……。言って良いことと悪いことが……」
強い意志の籠ったクレハの言葉に、取り巻き共の怒りは一瞬にして再頂点まで登りつめた。先頭でスマホを構えていた取り巻きが、肩をふるふると震わせ顔を真っ赤にしている。本性を剥き出しにしたその表情は、実に醜かった。
「……自分たちに向けられている視線にも気づかないとは、何とも愚かですわね」
だが、怒りに満ちた連中の声は、そんなルナの一言によって掻き消されてしまう。
「は? どういう意味よ」
「そのままの意味ですわ。気になるなら、自分自身の目で確認してみれば良いではないですか。後ろを見ればすぐに分かりますわよ」
「後ろ……?」
ルナに言われるがまま、連中は揃って背後へと振り返る。そして、各々言葉を失っていた。
連中の背後にあったのは、奴らを後押ししわたしを攻め立てるような視線ではなく、むしろそれとは正反対の負の視線だった。
C組のみんなはもちろん、先ほどまではずっと取り巻き側だったはずの1年生たちすらも連中に対して疑惑の視線を向けていた。ルナが登場してから……いや、もしかするとその前……奴らがわたしに強引に迫り始めた時から流れは変わり出していたのかもしれない。
だとすると、奴らは誰かによってではなく、自分たちがとった行動によって自分たちの首を絞めていた、ということになる。やっぱり、こいつらはただの阿呆だ。
「ね? 分かりましたでしょう? 味方がいないのは、ユリシアさんではなく貴女方なのですわ」
「なっ……、ど、どういうこと……!? 何故そんな目を……」
「貴女方はやりすぎました。幾らなんでも、1クラス規模の騒動程度で全裸土下座を要求し、挙句それを証拠映像と称して録画しようとすれば、誰だって怪しいと感じますわよね」
動揺を隠せずにいる連中に対し、ルナは極めて冷静に言葉を続けている。すごいな、ルナがこんなにも頼りになる人だったなんてね。今、わたしの目に映るルナの背中はすごく大きい。
「な、何故私たちが怪しまれなきゃならないのよっ。そこの女はおよそ30人もの学生の人としての尊厳を踏み躙ったのよっ。これくらいの報いは受けて当然でしょう!?」
「ふむ。では、録画する必要はあったのでしょうか。人前で全裸になり土下座するだけでも、他人の意思を一時的に捻じ曲げてしまったことへの代償としては充分だと思うのですが。それを映像として残すというのは、これ以降も貴女方がユリシアさんを縛りつけ、場合によっては彼女の社会的立場を失わせることすらできてしまう……そのための脅迫材料を作ることと同義なのではないでしょうか」
「な、何を言ってるのよっ。そんなわけないでしょうがっ。映像として残すのは、あくまでその女に他人を洗脳したことに対する罪を忘れさせないようにするための手段でしかないわっ。脅迫なんかじゃないのよっ」
ルナの落ち着いた問いかけに対し、連中は必死に声を張り上げ反論を繰り返す。この必死さからして大分怪しいだろうなぁ。奴らの背後でこの状況を眺める1年生たちの奴らに対する疑惑の視線は強まったように感じられる。
「ですが、インターネットが発達したこのご時世、意図せず情報を拡散してしまう……なんてことだって有り得ます。もし仮に貴女方の言うことが真実だったとしても、そういった可能性がある以上永久に残しておけるような媒体で人の尊厳を侵害するような映像を保存するのは危険です」
「そ、そんなことにはならないわよ」
「絶対にそうならないという保証はありませんわ。とにかく、そんな危険な手段を採ろうとしたことが、他の皆さんの貴女方に対する信用を損なう結果に繋がったのではないでしょうか」
そう言うと、ルナは同意を求めるように事態を傍観し続けていた1年生たちへと視線を向けた。そんなルナに対し、1年生たちは揃って首を縦に振っている。
「さ、流石に動画に収めるのはやり過ぎなんじゃないかな……って思いました」
「あ、あと、態々私兵を呼ぶのもやり過ぎかと……」
まとめ役だった女学生の一言で、それまで放りっ放しだった不良共にみんなの視線が集中し出す。そういえば、あいつらは結局どういう連中なのだろうか? ホントに取り巻きの私兵……?
「か、彼らは万が一のためにお呼びしただけですわっ」
「万が一……と言うと?」
そっか。ルナは奴らが登場した経緯を知らないのか。
「フォクサローゼリスが洗脳を解かなかった時の最終手段ですわ。痛みや快楽などの強い刺激を与えれば洗脳が解ける、と聞いたので」
「なるほど、そういう噂も流されていたのですね。ちなみに、他の方々はこの情報を知っていましたか?」
ルナからの問いかけに、1年生たちは今度は揃って首を横に振った。その反応を確認すると、ルナは再度取り巻き共へ視線を戻す。
「皆さんの知らない情報を、何故貴女方は御存じだったのでしょうね」
「そ、それは……だから、1年生にはまだ情報が行き届いていなかっただけなんじゃないかしら?」
「き、きっとそうよ。だってほら、噂への認識にもずれがあったくらいだもの。そういうことだってあるはずよ」
ルナからの鋭い指摘に、連中は言葉を詰まらせながらもなんとか反論を述べている。結構追い詰められていると思うんだけど、それでもまだ見止めようとしないのか……。何というか、往生際が悪い……。
そんな奴らに周囲から向けられる視線は、奴らが言葉を発するごとに冷たさを増していっていた。正直、奴らが惨めすぎてみてすらいられなくなってきた。
「ん……?」
その時、わたしの耳はまたも廊下から聞こえてくる誰かの足音を捉えた。バタバタといういかにも慌てているような足音は、少なくともリョウのものではないだろう。彼はどんな時でもあまり激しい音は立てない。
となると……、一体誰のものだろうか? テラダ君……だったらきっと一緒にリョウの足音も聞こえてくるよね。
「……どうやら来たみたいですわね」
ルナも近づいてくる足音を認知したらしく、ポツリとそう呟いた。この足音の正体を、どうやらルナは知っているみたいだ。
「薊美さんっ、。お、お待たせ……しました……はぁ……はぁ……」
などと考えているうちに、足音の主がC組教室内まで入ってきた。……えっと、あの人……誰だったっけ? 何処かで見たことあるような……? 何処だったかなぁ……。
「なっ、せ、生徒会長……!?」
「お待ちしておりましたわ」
あっ、そうか。生徒会長か。そうだそうだ、新歓の時司会やってた人だ。そんでもって、わたしとリョウが恋仲だって学校中に知られる原因になった人でもあるんだよね、確か。
でも……、生徒会長が何故ここに? ルナは来るって分かっていたみたいだし、もしかしたらルナと一緒に裏で何かしていたのかも?
「丁度良かったですわ。日高会長、一つお聞きしたいことがあるのですが……、よろしいですか?」
「はぁ……はぁ……は、はい、構いません」
「洗脳は強い刺激を与えれば解ける……という情報、会長はご存じでしたか? ここにいる1年の方々は皆知らないらしいのですが」
「ちょっ、ま、待ちな……」
ルナから早口で発せられた生徒会長への質問に、取り巻き共の制止は間に合っていなかった。というか、止めたら止めたで余計立場が危うくなるような気もするけどね。まぁ、どっちに進もうと同じか。
「いえ、そんな話は聞いたことがありません……」
「せ、生徒会長にもまだ流れていなかっただけなのではないでしょうか。少なくとも、私たちはそういう情報を耳にしましたわよ」
「まぁそうでしょうね。貴女たちの自作自演なのだから、知っていて当然……なのではないですか?」
生徒会長にまで睨まれ流石にピンチを悟ったのか、ここにきて取り巻き共の顔が少しずつ蒼くなってきていた。
二人に任せきりになってしまうのは申し訳ないけれど、このままいけばきっと事件はスムーズに解決することだろう。
「な、何を言っているのよ。自作自演だなんて、変なことは言わないでほしいわ。私たちだって、ただ噂を耳にしただけなのよ」
「……苦しいですわね、その責任逃れ。そろそろ見止めたらどうです? ユリシア・フォクサローゼリスが他人を洗脳していた……なんて噂は真っ赤な嘘だということ」
「既に各部活から報告は上がっています。その証拠がこちらの資料です。もう逃げ場はありませんよ」
もしかして、ルナと会長は各部活の部長に掛け合ってくれていたのかな? そうして集めた資料が、今会長が手にしているあれなのか……。
そこまでしてくれていたなんて、頭が上がらないな。
「そ、そんなのでたらめに決まってますわっ。だ、だって、フォクサローゼリスは噂が真実だと認めたのですよっ!?」
「ユリシアさんのことです。自分の所為でみんなが傷つくなら、いっそ自分一人が汚名を被った方が良い……とか考えていたのでしょう。まったく、自己犠牲もほどほどにしていただきたいものですわ」
少しきつめの視線がルナからわたしに向けられてしまう。うっ……、完全にお見通しだったのか……。少し気まずくなってしまい、わたしはルナから視線を逸らす。
「本当だよ。もっと自分のことも大事にしてよね」
「ユリシアさん一人が傷ついちゃう方が嫌なんだよ?」
が、逸らした視線の先には膨れっ面のサヤと呆れ顔のクレハがおり、続けざまにお小言を頂戴してしまう。
ルナだけでなく、サヤやクレハにも気づかれていたみたいだ……。あとでちゃんと謝らないとな……。
「そ、そんなわけないわ……」
「そ、それに、こんな証拠映像だってあるのよっ!」
ルナからのいたって冷静な返しを受けて尚、連中は反発を続ける。今度は、先ほどサヤたちに見せていた例の証拠映像をルナに対して突きつけていた。
ルナはその映像をただ静かに最後まで眺めていた。そして、最後まで見終えるや否や口を開く。
「この顔……、普通に気持ち悪いですわ……。涼さんとイチャついている時のデレデレ顔に近い感じがしますわね……」
「き、気持ち悪い……って。ま、まぁ、そうかもだけどさ……」
ストレートに気持ち悪いと言われ、思わず声を上げてしまった。気持ち悪いのは自分がよく分かっているけどさ……、そんなはっきり言わなくても良いじゃん……。
「あー、確かに涼君とべたべたしてる時の顔だね、よく考えたら」
「でも、確かに一見邪悪にも見えてしまいますわね。しかもこのタイミングですから、疑われても仕方ないかもしれませんね。ユリシアさん、どうしてこのような表情をなされていたのかお聞きしても?」
「ふえっ!?」
聞かれたくない質問が飛んできてしまった……。いやまぁ、流れ的に効かれるか元は思っていたけどさ……。い、嫌だなぁ……、答えたくないなぁ……。
「い、言わなきゃ……ダメ……?」
「このままでは誤解が晴れませんよ。それとも、実は本当に洗脳しようとしていたのですか?」
「そ、それは違う。違うけど……恥ずかしいなぁ……。で、でも……」
でも……、わたしのために裏でいろいろと動いてくれていたルナの努力を、わたしの感情一つで水の泡にしてしまうのはダメだよね。言わなきゃ。
「わ、分かった……、言う……。そ、その……ね……」
そこで一度深呼吸を挟み、わたしは再度口を開いた。
「実はね……、いつもお昼食べ終わってからリョウと屋上でイ、イチャイチャ……してたの……。だからね……、あの顔はリョウとのイチャイチャが楽しみすぎて出ちゃったもの……なんだよ……。んうぅぅぅ……」
「……え、えっと……な、なるほど……」
「も、もしかして、お昼休みいつも教室に戻ってくるのが遅いのって……」
「……その所為です」
沈黙……。滅茶苦茶居心地が悪いんですけど……。反射的にわたしは顔を俯かせ、身体を縮こまらせてしまう。
「ま……」
やがて、サヤの口から声が漏れる。そして……
「「「紛らわしいわっ!!!」」」
「はうぅぅ……、ごめんなさい……」
教室内の至る所から同時にツッコミが飛んできた。
「まったく……、なんて顔してるの……、ユリちゃんは……。屋上でのいろいろに対しては何も言わないけど、せめて他の人の目があるところでは自制しなよ……。そうすれば、こんな大事にもならなかったかもしれないのにさ」
「……ユリシアさんへの説教は後にしましょう。えー、こほん。というわけなので、貴女方の言う証拠映像も、実際は噂とは何ら関係ありません」
「チッ……」
「さて、他に何か言いたいことはありますか?」
追い詰められ歯噛みする取り巻き共に、ルナは静かにそう問いかけた。だが、きっとこれ以上の手札は奴らにはないとルナも理解していることだろう。その声には何処か余裕のようなものを感じた。
そして、取り巻き共は黙ったまま目を泳がせている。まだ諦めていないようだ。……そこまでしてわたしを貶めたいのか、こいつらは……。どんだけ木戸田のことを崇拝してるんだよ……。あんなクズ人間の何処が良いのだか。
そんなことを考えつつ、奴らからの返答を待っていると、予想外の方向から不意に言葉が飛んできた。
「お嬢、よく分かんねぇ事件に巻き込まれた挙句、じっと棒立ちのままなんてそりゃねぇぜ」
不良共だ。奴らも、学生同士のいざこざをただ黙って聞かされ、フラストレーションを貯めてしまっていたようだ。
……なんか、また嫌な予感がするな。追い込まれた奴は何をするか分からないからなぁ……。もしかしたら、あの不良共のストレスを上手い具合に利用して、この場を強引に突破してくるかもしれない……。
……何時でも動けるように、構えておくべきだろうか?
「……そうね。仕事、してもらおうかしらね」
「この場にいる私たち以外の学生は、全員ユリシア・フォクサローゼリスの毒牙にかかってしまったみたいですわね。まさか、お守りの効果まで打ち消してしまうとは……。なんと恐ろしい……」
「な、何を……!?」
ルナが口を挟もうとするが、それよりも早く取り巻きが言葉を続けた。
「なので皆さん、ここにいる方々を洗脳から解放してあげてください」
「へっ、そうこなくちゃなぁ。んじゃお前ら、今度こそ行くぞ」
やはりか……。だが、予想はできていた。なので、不良共とほぼ同時に動き出すことができた。
「な、何をしているのですかっ。今すぐ止めさせなさいっ」
「ふふふ、今から洗脳を解いてあげますわ」
ルナの叫びも奴らには届かない。実に不愉快な笑い声を上げ、不良共を煽るような言葉を連発していた。
「みんなっ、今すぐこの場から逃げてっ」
そんな中、わたしは一人の学生に近づこうとしていた不良の一人と相対しながらそう声を張り上げる。
みんなも身の危険を感じ、わたしの声に従って教室の扉へと急いで駆け出す。だが、ここはホームルーム。机の配置がみんなの行動速度を奪ってしまっていた。
そうしてみんなが思うように動けず苦戦を強いられている間に、不良共に扉の前へ先回りされてしまった。……閉じ込められたか。
くそっ、このままじゃみんなが危ない……。逃げられない以上、何とかわたしがみんなを守り抜くしかないのだけど、教室中のあちこちにみんなが散らばってしまっているこの状況はまずい……。
「このっ……」
「ぐっ……、テ、テメェッ……」
「そこで眠ってて」
「ぐふっ……」
ひとまず、わたしは目の前にいた奴を行動不能にさせ、それにより不良共からの注目をわたしに集中させることにした。
「何ッ!? その女、意外にやるぞ」
「なら、複数人でかかるぞっ」
よし、良い感じだ。これで、ある程度の余裕ができた。今のうちにみんなを一箇所にまとめよう。
「みんなっ、窓際後ろの角に固まってっ! 散らばってるのは危険だからっ。んえいっ、あんたは邪魔っ」
「ぐおっ……、コイツ……」
みんながわたしの指示通り動いてくれていることを横目で確認しつつ、わたしは襲い掛かってきた不良のうちの一人の鳩尾を一突きする。
と、その時だった。
「ちょっとっ、止め……止めてよっ……」
サヤの悲鳴が聞こえた。それから、間髪入れずにクレハやルナ、さらには生徒会長の叫び声も聞こえてくる。
何事かと思い、不良共からの攻撃を往なしながら声のした方へ視線を向けると、そこには取り巻き共4人に囲まれるみんなの姿があった。
……いや、囲まれているというより、捕らえられていると言った方が正しいだろう。それぞれ取り押さえられてしまっている。
「み、みんなっ!!」
「よそ見してんじゃねぇ……よっ!」
「あんたはすっこんでてっ」
あー、くそっ、不良共が邪魔だ。みんなを助けに行きたいけど、こいつらを放っぽり出したら次は他のみんなを危険にさらしてしまう。
「や、やだっ……。い、痛いっ……」
「貴女たち、何故そんなものを……!?」
「貴女方には関係ないことですわ」
「な、何するのっ! 止めてよぉ……」
わたしが不良共に気を取られている間に、取り巻きはサヤたちを縄で拘束し始めた。恐らく、あの縄はわたしをどうこうするために用意したものなのだろう。
まずいまずいまずい……!! 奴らの好き勝手にさせたら絶対まずいっ……。先に奴らをどうにかすべきだった……。
「おいおい、お友達がピンチだぜ。助けにいかなくて良いのかよ?」
「あんたらが邪魔で助けに行けないのよっ。このっ」
そうしているうちに、ルナが腕を完全に拘束されてしまった。そのまま取り巻きの一人に無理矢理引っ張られ……
「なっ……、まさか……」
教室前扉に構える不良のもとへとルナを連れていこうとしていた。わたしが有象無象で手一杯になっているうちに、ルナをあの不良に犯させるつもりだ……。
絶体絶命……。そんな4文字が脳裏を過った。
「は、放しなさいっ。こんなこと許されると思っているのですかっ!?」
「私たちは貴女方にかかっている洗脳を解いてあげたいだけなの。それって、正義以外のなにものでもないわよね。悪く言われる筋合いなんてないわ」
「勝手なことを……。くっ、止め……」
「さあ、今楽にしてあげますよ。では、よろしく」
「へへへっ、ホントに良いのか?」
絶望の中、わたしの耳にそんなやり取りが届く。ごめんなさい……、ルナ……。巻き込ませてしまったばっかりに……。
助けられなくて……ごめんなさい……。
「んぐあああああああっ!!!」
わたしが諦めかけたその時、そんな叫び声が聞こえてきた。同時に、居間まで相対していた不良共が驚愕の表情を浮かべだした。
何が起こった……? 恐る恐る、わたしはルナのいる方へと身体事振り返る。すると、そこには……
「……」
「……えっ!? リ、リョウ!?」
我が最愛の彼……リョウが教室前扉に立っていた。そして、先ほどまでそこに構えていたはずの不良はと言うと……
「あ……ぐああ……あぁ……」
教室前壁際で蹲っていた。恐らく、リョウによって軽く蹴飛ばされたのだろう。あの様子だと、しばらくは起き上がれなさそうだ。
「な、何故アンタが……」
「涼……さん……?」
「薊美さん、無事化?」
「え、ええ。一応……」
みんなが呆然とする中、リョウはルナの腕にかけられていた縄を解いた。それから、ルナを自身の後ろに隠し、教室内をぐるりと一瞥していた。
「さてと……、大分好き勝手にやってくれたみたいだな」
「テ、テメェ、よくも……」
「……黙れ。貴様らに用はない」
「ぐあっ……」
リョウに対し怒鳴り声を上げた不良だったが、そんなリョウの言葉の後、一瞬にして昏倒させられていた。
見ると、倒れた不良のすぐ傍に靴が転がっていた。……もしかしてこの靴、先ほどリョウが蹴飛ばした不良のものか?
「なっ、ど、どうなって……ぐはっ……」
そんなことを考えている間にまた一人、リョウによって気絶させられていた。さ、流石……、すごい早業だよ……。
「あと3人……か。なら、素手で充分か。薊美さん、そこの女を見張っておいてくれ。俺は残り3人を始末してくる」
「えっ、あっ、は、はいっ」
リョウの迫力に気圧され、ルナは上ずった返事を返す。それを聞くや否や、リョウは素早い身のこなしでこちら……具体的には、未だ状況を掴めず硬直状態の不良共に接近してきた。
それから僅か10秒、残りの不良共はリョウの手によりあっさりと寝転がされてしまっていた。今の動き、わたし以外の人は目で追えたのかな……?
なんて暢気な考えをしていると、唐突にリョウに抱きしめられた。……うん、わたしも他の人同様、状況が呑み込めていない。
「ごめん……、本当にすまない……。来るのが遅くなった」
「えっ……、い、いや……、そんなことないよ」
耳元でリョウが謝罪の言葉を述べてきた。駆け付けたタイミングが遅かったことを気にしているようだ。
けど、結果論ではあるがみんな何事もなかった。だから、遅いなんてことは全くないとわたしは思う。
「ありがとう。でも、ごめんな。……ともかく、無事で良かった……。安心した……」
「う、うん……、平気……だよ? サヤやクレハ、ルナたちが助けてくれたから」
「そっか。それじゃあ、後でみんなに礼を言わないとな」
そう言うと、リョウはわたしから身体を離した。見上げた彼の顔には、喜びと怒りの両方が同居していた。
「……そうだね。えへへ」
その表情に、わたしの口から自然と笑みがこぼれてしまう。絶体絶命だったけど、彼が来てくれたことで流れが再びわたしたち側に傾いた。そのことにほっとしてしまった。
「そ、そんな……嘘でしょ……」
「これ以上の抵抗は出来まい。諦めろ」
「ふ、ふざけないで頂戴っ! 私たちは無実よっ! むしろ、洗脳を解除しようとした紛れもない正義なのよっ! それをアンタが邪魔して……」
「正義……ねぇ。んじゃ、その正義とやらについて1から説明してもらおうか。というわけだから、よろしく頼む」
取り巻きの言葉に、リョウは呆れた溜息を吐くと、不意に教室の外に向けて声を張り上げた。
……誰かいるのかな?
「は、はい……」
疑問に思っていると、外からそんな返事が聞こえてきた。予想は正しかったみたいだ。声質的に女子のものだろう。
一体誰だろうか……?と、教室中の視線が開け放たれた教室入り口に注がれる中、その声の主がゆっくりと姿を現した。
「……?」
だが、現れた姿に見覚えがなく、わたしは無言で首をかしげてしまった。他の人たちも、今し方姿を見せた存在にはピンときていないようだ。
「「「「なっ……」」」」
しかし、取り巻き共だけは反応が違った。明らかに動揺しているようだ。……ということは、彼女はもしかして……
「じゃあ、2度目にはなるが説明を頼む」
「分かりました……。では、まず……」
そう前置きし、
「皆さん、この度は多大なご迷惑をおかけしてしまい、誠に申し訳ございませんでした。今回の騒動の元凶は、ユリシア・フォクサローゼリスさんではなく私たちです」
そう宣言し、彼女はその場で深く頭を下げた。